あの人のワイン人生 vol.29 ~ 四方明子さん「ワインを通じて見えてきた、もうひとつのスペイン」

「ワインを学んで初めて、スペインという国が立体的に見えるようになったんです。」
穏やかな笑顔でそう語るのは、在バルセロナ日本国総領事の四方明子さんです。外交官として約40年にわたりスペインと向き合ってきた四方さんですが、ワインを本格的に学び始めたのは意外にも比較的最近のこと。その学びは単なる趣味にとどまらず、長年見続けてきたスペインという国を、新たな視点から見つめ直すきっかけになったと言います。今回は、外交とワイン、二つの視点からスペインを見つめ続けてきた四方さんに、ご自身のワイン人生について伺いました。

本記事は、ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」が監修しています。ワインを通じて人生が豊かになるよう、ワインのコラムをお届けしています。メールマガジン登録で最新の有料記事が無料で閲覧できます。


【目次】
1. 一枚の写真から始まったスペインへの憧れ
2. 人生のターニングポイントになったサラマンカ留学
3. 外交官として見つめてきたスペイン
4. ワインとの出会いは、意外と最近のこと
5. ワインエキスパートに挑戦
6. 「外交官として見ていたスペイン」と「ワインを学んで見えたスペイン」の違い
7. ワインは人と人をつなぐ
8. これから伝えていきたいこと


1. 一枚の写真から始まったスペインへの憧れ

高校三年生のとき、父が仕事でスペインを訪れ、持ち帰った写真を見せてくれました。父が机の上に広げた何枚もの写真には、抜けるような青空と明るい太陽、建物の写真があり、面白いことに、バレンシアやバルセロナなど、街ごとにレンガや石壁の色が違うのです。日本ではあまり見たことのない色合いに、「なんてきれいなんだろう」と驚きました。それが私にとって、スペインという国への最初の入り口でした。その頃から漠然と、スペイン語を身につけて、中南米をはじめとする国々の人々と関わる仕事ができたらと考えていました。

上智大学の外国語学部でイスパニア語学科を選んだのも、スペイン語を主専攻とし、国際関係を副専攻できる環境だったからです。ただ大学に入ってからは、正直なところ戸惑いの方が大きかったように思います。というのも、それまでスペイン人に会ったことがなく、初めて会ったスペイン人は、スペイン語を教えてくださったカトリックの神父さんたちだけだったからです。

中学生の頃に読んだ、16世紀の日本とスペインの交流についての本には強い関心を持っていましたが、実際に触れる異文化をどう自分の中で消化すればよいのか、考えあぐねる日々もありました。

2. 人生のターニングポイントになったサラマンカ留学

実際にスペインの土を踏んだのは大学三年生の時、サラマンカ大学の夏期講座に参加したときのことでした。スペイン語をマスターするのは気の遠くなるほど難しいことだと思い始めていたころでもあり、当時は女子学生の就職先も限られていた時代で、スペイン語を仕事にする夢は半分諦めかけていました。

せめてスペインで学んでから卒業しようと参加しました。この短期留学ではカルチャーショックの連続でした。一番驚いたのは、夜中になっても広場では子どもたちが走り回り、家族が談笑していたこと。日本では考えられない光景でした。

またサラマンカでは、ヨーロッパやアフリカからの学生と文化比較論について議論をしたり、スペイン人学生と夜遅くまで話し込んだりするうちに、スペイン語を使ってもっと世界を知りたいという気持ちを思い出していったのです。

3. 外交官として見つめてきたスペイン

1986年に外務省に入り、スペイン語の専門職員としてマドリードで二年間の研修を受けました。その後はメキシコ、OECD日本政府代表部があるパリ、イギリスなど、スペイン語圏や欧州での勤務を重ねてきました。

外交官として長くスペインと付き合う中で感じるのは、スペインの人たちの自国愛や地元愛、自己肯定感の強さです。ヨーロッパの中でも人懐っこく、友達になりやすい人たちですが、それは相手に合わせるのが上手だからではなく、自分の軸がぶれない人が多いからだと思います。小さな田舎の村をたずねたときも、「とにかく僕の村が一番。自分が作るソーセージは最高にうまいんだから食べてって」と料理を出してくれるのです。他人と比べて卑下しない、そのマイペースさが、スペインの人たちの強さの源泉なのではないでしょうか。

外務本省のスペイン担当として過ごした4年間は、国王や皇太子、首相など要人の往来が多く、生ハムの輸入解禁や「日本・スペイン・シンポジウム」の立ち上げなど、両国の交流が大きく進んだ時期でもありました。ただスペインという国を仕事を通じて深く知る機会には恵まれましたが、この頃の私は、まだワインの奥深さには気づいていませんでした。

4. ワインとの出会いは、意外と最近のこと

1999年にパリへ赴任したことも、ワインに親しむきっかけになりました。休暇のたびに家族や友人とロワールやブルゴーニュのワイナリーを訪れるようになったのです。当時はお酒にそれほど強くない私よりも夫の方がワインに夢中で、セラーを買おうとする夫にブレーキをかけていたのを覚えています(笑)。息子には「パパとママはなんでそんなにワインを買うの」といぶかしがられたほどでした。

そんな私が、ワインの奥深さに本当に魅了されたのは、スペインの駐日大使からクリスマスプレゼントとしていただいた Viña Ardanza Reserva(ビーニャ・アルダンサ・レセルバ)というリオハ産赤ワインとの出会いでした。それまでもスペインワインは何度も飲んだことがあったけれど、そのワインは、それまで抱いていたスペインワインの印象を大きく変える一本でした。グラスを口元に近づけた瞬間、それまで飲んできたワインとはまったく違う香りが立ちのぼりました。「ワインってこんなに深い香りがするものなの!」その驚きは今でもよく覚えています。

カタルーニャ州のワイナリー Castell d'Encus(カステル・デンクス)

カタルーニャ州のプリオラートDOQaのグラタジョップスの町。現在もスペインのワイナリー巡りは続けている

ワイナリー Castell d'Encus(カステル・デンクス)のブドウ畑

急斜面のため手摘み以外考えられないプリオラートのブドウ畑

5. ワインエキスパートに挑戦

ワインは好きだけど学ぶ時間がなかなかない…そんな中、体系的に学ぶきっかけになったのが、コロナ禍です。出張や夜の残業がなくなり、「この時間をどう使おう」と考えたときに、以前から気になっていたJSA認定のワインエキスパートの試験を受けてみようと思い立ったのです。

「今年中に合格したい」という思いとは裏腹に、一次試験の暗記はまったく上手くいきません。分厚い教本を目の前に、「どうしてすぐ忘れるんだろう」ため息をついていました。あるレストランで、料理が出てくるまで少しでも勉強しようと教本を広げていたところ、ソムリエさんが近づいてきて「教本から読むんじゃなくて、オンラインの問題からはじめたらどうですか」とアドバイスをくれたのです。この助言は自分にとってとても参考になり、その後勉強スタイルを変えるきっかけとなりました。

二次試験はアカデミー・デュ・ヴァンのテイスティング講座を受講し、難しい試験に合格したときは、「本当に合格したんだ」という気持ちと安堵感でいっぱいになりました。振り返れば、ワインエキスパート試験は大変でしたが、20年かけて少しずつ気づいていたワインの奥深さと楽しさに、あらためて向き合う時間になりました。

6. 「外交官として見ていたスペイン」と「ワインを学んで見えたスペイン」の違い

ここ数年、夏休みにサンティアゴへの巡礼道を歩いていますが、毎日その土地ごとに違うワインを飲みながら、品種や地理条件の多様さ、凝り性の醸造家が多いこと、最近のトレンドまで、スペインワインの奥深さとスペインという国の多様性を同時に感じています。

特にこの10年から15年ほどで、スペインワインは大きく変わってきました。ITや化学、医学を学んだ人たちが醸造に携わるケースも増え、女性の醸造家も伝統にとらわれない発想でワインを造っています。日照時間が長く暑いスペインで、今の料理に合うワインを目指す醸造家もいますし、脱炭素の取り組みで日本より先を行くワイナリーもあります。日本では「最先端の技術に強いスペイン」というイメージはまだあまりないかもしれませんが、ワインを通じてスペインの人たちの新しいことに挑む姿勢に触れることは多いですね。

在バルセロナ日本国総領事としてCava功労騎士Cava Cofrade de Meritoに任命

在バルセロナ日本国総領事としてCava功労騎士 Cava Cofrade de Merito に任命

7. ワインは人と人をつなぐ

外交官として、ワインが人と人をつなぐと感じた場面は、ワインを勉強する前と比べて増えたように感じます。会食のときは、相手の出身地をできる限り調べて、その土地のワインをお出しするようにしています。ただ、どうしても出身地がわからない方がいたのです。「どうしよう…」と思いつつ、「会話も弾むだろう」と最近訪れたワイナリーのワインをお出ししたところ、偶然にもそれがその方の出身地のワイナリーだったのです。

地元愛の深いスペイン人には、そのワインが深く刺さったようで、会話がとても弾み、食事が終わるころには一気に距離が縮まったと感じました。

8. これから伝えていきたいこと

に和食の魅力を伝え、日本の方にはスペインワインの多様なおいしさを知っていただきたいと思っています。ワインを学んだからこそ見えてきたスペインの魅力を、これからも多くの方に伝えていけたら嬉しいです。


約40年にわたって見つめ続けてきたスペインも、ワインという新たな視点を得ることで、さらに奥行きのある国へと変わっていった。四方さんのお話をうかがうと、人生の途中で新しい学びを得ることで、長く親しんできた世界さえ違って見えるようになる…。そんなことを教えていただいたインタビューでした。

プロフィール

四方明子(しかた あきこ)

  • 星座:獅子座
  • 血液型:AB型
  • ワイン以外の趣味:歌(オペラ)、華道、絵画鑑賞、巡礼、日本酒
  • 好きな食べ物:和食なら何でも
  • もし生まれ変わったら何になりたい?:建築家
  • 酔っぱらったらどうなる?:眠りに落ちる
  • 人生を変えたワイン:Viña Ardanza Reserva

 

執筆者:アカデミー・デュ・ヴァン編集部

1972年にパリで誕生したアカデミー・デュ・ヴァンは、日本で最も歴史あるワインスクールです。ワイン・日本酒・チーズなど、お酒と食の学びを通じて、ワイン初心者の方だけでなく第一線で活躍するプロフェッショナルの方々からも支持されています。スクール運営をはじめ、テイスティングバーやワインショップ、イベントなど、学びと体験をつなぐ多彩なサービスを展開しています。

 

豊かな人生を、ワインとともに

(ワインスクール無料体験のご案内)

世界的に高名なワイン評論家スティーヴン・スパリュアはパリで1972年にワインスクールを立ち上げました。そのスタイルを受け継ぎ、1987年、日本初のワインスクールとしてアカデミー・デュ・ヴァンが開校しました。

シーズンごとに開講されるワインの講座数は150以上。初心者からプロフェッショナルまで、ワインや酒、食文化の好奇心を満たす多彩な講座をご用意しています。

ワインスクール
アカデミー・デュ・ヴァン

ABOUTこの記事をかいた人

1972 年にパリで誕生したアカデミー・デュ・ヴァンは、日本でもっとも歴史あるワインスクールです。ワイン・日本酒・チーズなど、お酒と食の学びを通じて、初心者の方から第一線で活躍するプロフェッショナルまで毎年 6,000 名以上の方々に支持されています。スクール運営をはじめ、テイスティングバーやワインショップ、イベントなど、学びと体験をつなぐ多彩なサービスを展開しています。