コート・シャロネーズとは ~ 再興するブルゴーニュの忘れられた産地を徹底解説

コート・シャロネーズ

コート・シャロネーズは、れっきとしたブルゴーニュの産地。でも、コート・ドールの銘醸ワイン産地と比べて少々軽んじられているのは何故でしょうか。長期熟成には向かないとか、巷では言われることもありますが、歴史的な背景もありそうです。コート・ドールのワインが高騰する中で、良く探せばプルミエ・クリュでも5千円強で手に入るものも。高品質でお買い得なワインに出会える産地です。

今回は、この良く知られているはずのに、「忘れられた産地」とも呼ばれてきた、このコート・シャロネーズに光をあてます。

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【目次】
1. 覚えておきたいアペラシオン
2. コート・シャロネーズのアペラシオン解説
 2-1. ブーズロン:盛り上がるアリゴテの注目白ワイン産地
 2-2. リュリー:銘醸白ワインとクレマン(泡)の発祥地
 2-3. メルキュレとジヴリ:赤ワインの好敵手
 2-4. モンタニー:白ワイン産地への変遷
3. コート・シャロネーズのまとめ


1. 覚えておきたいアペラシオン

この産地の名前は港町シャロン・シュール・ソーヌに由来するとされています。そして、この地域を流れるソーヌ川は、ローマ時代からワイン貿易の拠点。川底からは当時のアンフォラも発見されています。そして、古くは中世の修道院がブドウ栽培を行っていたという歴史はコート・ドールと同様です。

そして、コート・シャロネーズは、ワインの赤白の色分けでアペラシオンを捉えてしまうと簡単。一気に親近感を覚えます。

北のコート・ドールに最も近いアペラシオンから南に隣接するマコネに向かってアペラシオンを順番に並べます。先ずはアリゴテの白ワインで有名なブーズロン、シャルドネの白ワインが主流のリュリー。そして、ピノ・ノワールの赤ワイン中心のメルキュレ、ジヴリ。最後にシャルドネの白ワインのみのアペラシオン、モンタニーと頭に入れておきましょう。

コート・シャロネーズ地図

土壌は、全般的にはコート・ド・ボーヌに近く、ジュラ紀の地層。石灰岩や泥灰土中心で、風景もコート・ドールに似た丘陵地。この緩やかな起伏のお蔭で深刻な霜害の影響がやわらげられています。比較的温和な気候に恵まれて、ブドウの成熟に困ることは一般的にはありません。

日照に恵まれて夏は暑く、乾燥した秋、そして寒い冬という大陸性気候。コート・ドールの南に位置しますが、地形や標高、風の影響で涼しい区画や暖かい区画が入り混じります。そのため、涼しい区画では、収穫はコート・ドールよりも遅くなります。

シャブリやコート・ドールで見られる酷い霜害や雹害による収量の減少。一方、コート・シャロネーズでは、開花時期の低温による生理障害の一種、花ぶるいで収量低下を訴える生産者が多いことが特徴です。

紀元1世紀以前からブドウ栽培が行われてきた割には、この産地を包括するブルゴーニュ・コート・シャロネーズのアペラシオンが認定されたのは、1990年。比較的新しいアペラシオンで、近年この産地に注目が集まってきました。

でも、この産地はワイン用のブドウ栽培ばかりという訳ではなくて、ブドウ畑は点在。歴史的にも、第一次世界大戦後はブドウ畑で働くよりも工業に従事した人たちも。そして、ブドウ栽培は、品質よりも収量優先の方向に向かいました。結果、コート・シャロネーズのワインは気軽に飲める日常ワインの位置づけになったのも自然な流れ。

全体では、4千5百ヘクタールほどの栽培面積。ソーヌ・エ・ロワール県の内44の村にまたがります。コート・ド・ボーヌとの境界的な位置にある小さな町シャニィ。この町から南に伸びる25キロの全長で、幅は7キロほどの産地です。

栽培品種は、ピノ・ノワール、シャルドネ、アリゴテ、ガメイやピノ・グリなど。醸造で、キュヴェの格付けや品質レベルによって、新樽比率や熟成期間を変えるのは、コート・ドールと同様です。

残念ながらグラン・クリュはありませんが、プルミエ・クリュは数多く有します。逆に多すぎるのが問題とされることも。AOCモンタニーでは、プルミエ・クリュがアペラシオン全体の栽培面積の約6割を占めます。

産地のアペラシオン認定取得に貢献したのは、メルキュレのドメーヌ・デュ・メ・フロを1960年代から率いたポール・ド・ローネーと、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者であり、またAOCブーズロンの立役者でもあったオベール・ド・ヴィレーヌです。

2. コート・シャロネーズのアペラシオン解説

2-1. ブーズロン:盛り上がるアリゴテの注目白ワイン産地

シャニィの南にブーズロンは立地しています。オベール・ド・ヴィレーヌが、1970年代からアリゴテに注目。1997年には、ブーズロンをアリゴテ単一品種のみを認めるアペラシオンに押し上げました。広域AOCブルゴーニュ・アリゴテは、1937年には認められていましたが、アリゴテのみから造られる村名AOCは、ブルゴーニュではブーズロンだけ。かなり異例な存在です。

土壌はおよそ1億6千年前のジュラ紀、バトニアン期からオックスフォーディアン期の石灰岩や泥灰土が中心。300メートル程度の標高で、母岩上の薄い土壌はアリゴテの強い樹勢を抑えるのに寄与していると言われます。

ここでは、南向き斜面の最高の畑はアリゴテに与えられます。逆にブルゴーニュでは本来、スター品種の筈のシャルドネやピノ・ノワールは斜面の下部で栽培。広域アペラシオンのワインに使われます。

アリゴテは、かつては評価が低い品種でした。成熟度が低いと、かなり酸っぱくなります。品種のポテンシャルが低いというより、歴史的にあまり芳しくない区画、熟度が上がり難い場所で栽培。収量重視という傾向で、酸っぱくて凝縮度が低いワインになったという要因もあります。

それでも、アリゴテは18世紀には歴史に登場。20世紀に入ってからのアペラシオン規則制定前には、コルトン・シャルルマーニュの一部でも使用されていたとされています。

最近でも、ムルソーで条件付きではあるものの、補助品種としての使用が大筋で認可。他にも、広域アペラシオンやクレマン・ド・ブルゴーニュ用に、シャルドネと共にアリゴテを栽培する生産者は珍しくありません。

熟度が上がってもフレッシュさを保ち、アルコールが上がり過ぎないワインを造る上で重宝するのです。一般的には、シャルドネよりは成熟が少し遅く、酸も高く保持。ですので、あたたかな気候にも適応しやすいと言われます。

アリゴテは、ピノとグーエ・ブランの交配種。シャルドネとは兄弟です。フランスでは、70年代に栽培面積が著しく減少しますが、90年代以降にリバウンド。現在は穏やかな増加傾向です。フランスの他には、ウクライナやモルドヴァ、ルーマニアでの栽培が知られています。うどん粉病にはシャルドネより耐性があり育てやすいと言われる一方で、べと病や灰色かび病には掛かりやすいとされます。

黄金色のアリゴテという意味の、アリゴテ・ドレという系統。緑のアリゴテの意味のアリゴテ・ヴェールよりも品質的には優るとされています。一時は400を超えるほどもあったとされる細かいクローン分類ではなくて、ブドウの形態や生理学的な違いによる系統(バイオタイプ)の違いです。

一般的には樹勢が強く、芽吹きが早く、早熟。でも、収穫を待って凝縮度が高く低収量の古木のアリゴテ・ドレ。ていねいに選果・醸造、バトナージュして控えめに新樽を使った高級キュヴェもあります。収量を抑えると素晴らしいワインになると生産者は口を揃えます。ヘクタール当たり40~50ヘクトリットル程度がストライクゾーン。でも、収量が増えても品質が極端には下がらないのが悩みどころ。広域のブルゴーニュ・アリゴテは、ヘクタール当たり77ヘクトリットルが上限。ブーズロンでも、上限は66ヘクトリットル。品質重視の生産者は剪定に注意を払い、摘房も積極的です。

醸造では、マロラクティック発酵を行うことが多く、果実味やテクスチャの面でも、シャルドネに似た印象です。しかし、シャルドネにしてはかなり高い酸味。ブラインドテイスティングでは、そこからアリゴテと推定することも。高品質なアリゴテでは、フードルなどの大樽で発酵し、澱熟成することも普通。バトナージュなど、シャルドネと共通する醸造手法が選択されます。ただし、新樽を用いる生産者でも、コート・ドールのシャルドネと比べると控えめ。

2018年に設立された、レ・アリゴトゥール。アリゴテの地位向上を目指す生産者と愛好家の70ほどのメンバーから成る団体では、日本でもイベントを開催しました。面白いのは、この団体の発起人の一人がブルゴーニュのレストラン、ボワルージュのオーナーシェフだったこと。団体設立のアイディアはまさにそのレストランで生まれたそうです。

ブーズロンの有名生産者と言えば、シャンジーとオベール・ド・ヴィレーヌ。特にオベール・ド・ヴィレーヌの威光は絶大。ブーズロンをアリゴテの銘醸地へ押し上げた功労者と言って良いでしょう。一方、ブーズロンはアペラシオン認定が最近だったこともあり、プルミエ・クリュが存在しません。

コート・ドールのモレ・サン・ドニ。ドメーヌ・ポンソのプルミエ・クリュのモノポール、クロ・デ・モン・リュイザンが唯一アリゴテをヴァラエタルワインとして生産しています。また、ムルソーの名門コシュ・デリやヴォーヌ・ロマネを拠点とするブルゴーニュ最高峰のドメーヌの一つ、ルロワもアリゴテを手掛けています。

ラルー・ビーズ・ルロワ個人所有ドメーヌのブルゴーニュ・アリゴテ・スー・シャトル・ドメーヌ・ドーヴネ。広域ワインにも拘わらず、ルロワの威光で1本100万円に届きそうなキュヴェもあります。

こうして、有名生産者がユニコーンワインを市場に出すことで、さらにアリゴテの価値が上がっていくことでしょう。

2-2. リュリー:銘醸白ワインとクレマン(泡)の発祥地

シャトー・ド・リュリー

ブーズロンの南リュリー。この産地は、12世紀に起源を持つ歴史的な中世の城、シャトー・ド・リュリーを擁しています。産地名は、ルビリウスというローマ時代の領主に由来するとされます。

畑は第二次世界大戦後にはかなり縮小していましたが、今では、300ヘクタールを超える栽培規模。コート・ド・ボーヌの有名な白ワインのアペラシオンからブーズロンを挟んで地続き。ブルゴーニュのシャルドネ好きが、リーズナブルな価格帯のワインを探すには打って付け。歴史的にも白ワインで有名なアペラシオンです。きびきびした酸と締まったボディに柑橘系の果実と白い花の香りも。

ピノ・ノワールの赤ワインは、メルキュレやジヴリよりも軽め。19世紀には工場労働者の喉を潤すデイリーワインとして扱われたり、廉価な発泡性ワインに重宝されたりと、あまりありがたくない過去もあります。

現代の生産者、アンリ・エ・ポール・ジャクソンは、過度な抽出や樽の使用を抑制。エレガントで繊細な造りで、白赤ワインともに好評価です。ヴァンサン・デュルイユ・ジャンティアルも高く評価されているドメーヌ。収量を抑えて果実を完熟。そもそも低収量の所に、2016年は天候不順で病害に悩まされ、オーガニック栽培を断念せざるを得ないこともありました。白ワインは全房圧搾、逆に赤ワインはほとんど除梗して醸します。

そしてこの産地で、特筆すべきは、クレマン・ド・ブルゴーニュ。2025年の販売量の約半分は海外市場向け。さらに2026年には、すでにラベル表示が認められているリュー・ディ(lieux-dits)の名称を正式に生産規定に組み込むため、INAO(国立原産地名称研究所)に申請。

リュリーは、発祥の地の一つ。ニュイ・サン・ジョルジュやシャブリと並ぶ歴史があります。1822年に、リュリーとメルキュレに畑を保有していたネゴシアンがシャンパーニュからフランソワ・バジル・ユベールを招聘。瓶内二次発酵の伝統方式のスパークリングワインの生産を開始しました。

その後、19世紀末に、現存する最古のメゾン・ヴーヴ・アンバルが参入。そして、1942年設立のアンドレ・デュロルムは、1975年にアペラシオン認定されたクレマン・ド・ブルゴーニュの発展に大いに貢献しました。今では、この2社はピフォー家傘下に纏まり、クレマン・ド・ブルゴーニュ最大生産者となっています。

スパークリングワインの生産が不安定だったドン・ペリニヨンの時代が17~18世紀。瓶内二次発酵のワイン造りが確立しつつあった、ヴーヴ・クリコの時代が19世紀初頭。こうした時代背景の流れの中で、クレマン・ド・ブルゴーニュが誕生したのです。

この動きで取り残されたのが、赤のスパークリングワイン。1943年にアペラシオンが認められたブルゴーニュ・ムスーの呼称は、クレマン・ド・ブルゴーニュの誕生により主としてピノ・ノワールとガメイから造られる赤のスパークリングワイン限定となりました。

2-3. メルキュレとジヴリ:赤ワインの好敵手

メルキュレは、リュリーの南。その名は、商業と交易を司るローマ神話の神メルクリウスに由来。主たるブドウ畑は、南あるいは南東向きの斜面に広がります。そして、アペラシオン面積ではブルゴーニュ村名アペラシオンとしてはシャブリに次ぐ最大規模。約650ヘクタールの栽培面積の内、プルミエ・クリュが160ヘクタールを越えます。

メルキュレのほとんどがピノ・ノワールからできる赤ワイン。シャルドネの栽培はわずかですが、最近は増加傾向です。

赤ワインは、コート・シャロネーズの中でも、ボディや骨格がしっかりしていると高評価。産地面積も広く、知名度も高いので、日本のワインショップやスーパーマーケットでも、比較的手に取りやすいか価格で見かけます。良く知られたネゴシアンのフェヴレも広く畑を保有しています。

メルキュレのワインボトル

VGV – stock.adobe.com

村の北部の南向き斜面の畑から生まれるワインが狙い目。標高が高くて風が強い畑では、斜面の中腹の日照の良い畑に比べると品質が落ちます。

1936年にはアペラシオンが認定。実は、これに先立って1923年にシャロン裁判所の判決で、原産地保護が法的に成立。隣接するリュリーとジヴリのワイン生産者たちが、ワイン販売を有利にするため、ラベルにメルキュレと記載。これにメルキュレが異議を申し立てたことが背景にありました。

月日は流れて、2023年には100周年の公式セレモニーが実現。でも、この100年は必ずしも順調だった訳ではありません。1981年と1983年には、メルキュレは暴風と豪雨で甚大な被害が発生。これを受けて、治水や排水インフラが整備され、区画整理が行われました。貯水池設置や農道、水路整備により、雨水流出や土壌侵食を防止。ブドウ畑の区画も簡素化され、1,020区画あったものが、557区画に整理されました。

ジヴリはメルキュレの南部に続きます。最大面積のメルキュレとは逆に、コート・シャロネーズの村名アペラシオンの中では最小。旅の見どころとして挙げられるのは、18世紀に建てられたサン・ピエール・エ・サン・ポール教会。

ピノ・ノワールから造る繊細な赤ワインが主体。メルキュレと赤ワインの品質を争います。ジヴリのワインは14世紀には既に名声を獲得。16世紀から17世紀初頭に掛けてのブルボン朝初代のフランス国王だったアンリ4世にも愛されていたと言われます。今日でも、ル・プレフェール・デュ・ロワ・アンリ4世(アンリ4世のお気に入り)という名前を冠したキュヴェを通してこの逸話が伝わってきます。

この産地の有名生産者、ジャン・マルク・ジョブロ。コート・ドールに決して負けていないと、産地に自信を持っています。収量制限など品質向上に注力してきました。

そして、この産地の38のプルミエ・クリュの中でも、クロ・デュ・セリエ・オー・モワンヌは素晴らしい畑の一つ。このクリマを代表するドメーヌ・クロ・デュ・セリエ・オー・モワンヌは、シトー会修道院が築いたワイン貯蔵施設に由来するという歴史ある生産者です。

歴史があると言えば、ドメーヌ・テナールも。設立は1842年ですが、1760年には既に土地を所有していたという老舗。白ワインの王様、ル・モンラッシェの畑も19世紀には取得しています。

フランソワ・ランプとヴァンサン・ランプの兄弟も、この産地の評価を押し上げた生産者。1970年代からブドウ栽培を行い、1991年から兄弟は別の道を歩みます。フランソワ・ランプは、モレ・サン・ドニのグラン・クリュ、クロ・デュ・タールを起源とするマサル・セレクションを、ジヴリで植樹したことでも知られています。

2-4. モンタニー:白ワイン産地への変遷

ブルゴーニュ、モンタニーのブドウ畑

コート・シャロネーズ最南端のアペラシオン、モンタニー。シャルドネの白ワインのみが認められています。ジュラ紀の石灰岩を母岩として、海生生物の化石を豊富に含んだ粘土石灰岩や砂岩の土壌。生み出されるワインは、溌剌としつつ滋味深く、有核果実の香りとリッチさも兼ね備えています。

有名なプルミエ・クリュの畑には、レ・コエールやモンキュショなどがあります。

今では、100%シャルドネのアペラシオンですが、20世紀初頭まではガメイやアリゴテ中心の栽培。シャルドネが盛んに栽培されたのは、協同組合の設立後。

1931年に創立された協同組合のヴィニュロン・ド・ビュクシーは、今では120に及ぶ栽培農家を抱えて、年間7百万本を販売しています。

そして、驚くなかれ、1936年のアペラシオン認定後、1943年には全てのワインにプルミエ・クリュの格付けが与えられていたというのです。戦時下の流通やドイツ軍の占領、地域の販売戦略という様々な事情が背景に。でも、その後、1980年代から1990年代初頭に掛けて自主的に区画整理。プルミエ・クリュの数を減らしました。

また、ブルゴーニュでは、畑の保有とブドウ栽培や醸造を分割する形態が存在します。コート・シャロネーズの有名生産者で言えば、ドメーヌ・フイヤ・ジュイヨ。プルミエ・クリュの畑の一部は取得時に支援を受けた投資家グループの所有。代わりに、ドメーヌ側はワインの割り当てを提供するというビジネス形態を取っています。

駆け足で見てきた個性豊かな村名アペラシオン。これらの他にも、ブルゴーニュ・コート・シャロネーズ、ブルゴーニュ・コート・デュ・クショワがこの産地のアペラシオン。

さらには、これらのアペラシオンにも分類されない、ブルゴーニュ全域で生産されるAOCブルゴーニュ、ブルゴーニュ・アリゴテ、ブルゴーニュ・パス・トゥー・グラン、コトー・ブルギニヨン、ブルゴーニュ・ムスーなどのワインも造られています。

3. コート・シャロネーズのまとめ

コート・ドールの光の影に隠れて来たコート・シャロネーズ。今回は、焦点を絞り5つの村名アペラシオンが読者の記憶に残るように、歴史や面白いトピックを拾ってみました。コート・ドールのグラン・クリュやプルミエ・クリュの価格高騰が著しく、手に届き難くなった今日この頃。コート・ド・ボーヌのすぐ南に位置するコート・シャロネーズのワインを試さない手はありません。この機会に、この産地の畑や生産者をもう少し深堀。色々試飲して、自分の好みに合うワインをチェック。自宅のセラーに保管して、長期熟成のポテンシャルも確かめてみたいですね。

執筆者:アカデミー・デュ・ヴァン編集部

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