コート・ド・ボーヌとは ~ シャルドネの頂点と優れたピノ・ノワールの産地

フランス二大銘醸地のひとつ、ブルゴーニュ(Bourgogne)地方。北のシャブリ(Chablis)地区から南のボージョレ(Beaujolais)地区まで、南北方向に細長いこの産地の中心にあるのが、コート・ドール(Côte d’Or)地区です。同地区では、世界最高のピノ・ノワール(Pinot Noir)の赤ワイン、シャルドネ(Chardonnay)の白ワインが生産されます。シャルドネの主産地にあたるのが、コート・ドールの南半分にあたる、コート・ド・ボーヌ(Côte de Beaune)のエリアです。ただし、コート・ド・ボーヌはシャルドネだけの産地ではありません。ピノ・ノワールの赤にも傑出した銘柄が少なからず存在します。面積では、北半分のコート・ド・ニュイよりもかなり広いコート・ド・ボーヌ。その分、多様性にも満ちています。本記事では、この奥深い産地について、様々な角度からつまびらかにしていきます。

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【目次】
1. コート・ド・ボーヌの概要
 1-1. コート・ド・ボーヌの地理
 1-2. コート・ド・ボーヌの主力品種
 1-3. コート・ド・ボーヌの名前の由来と歴史
2. コート・ド・ボーヌのテロワール
3. コート・ド・ボーヌ関連のマイナー・アペラシオン
4. 村名アペラシオンを名乗れる主要コミューンと代表的クリュ
 4-1. コルトンの丘の3コミューン
 4-2. ボーヌ
 4-3. ポマールとヴォルネ
 4-4. ムルソー
 4-5. ピュリニ・モンラッシェとシャサーニュ・モンラッシェ
5. 近年の価格高騰について
6. コート・ド・ボーヌのまとめ


1. コート・ド・ボーヌの概要

1-1. コート・ド・ボーヌの地理

コート・ド・ボーヌは、北端にあるコルトンの丘(La Montagne de Corton)から始まって、南端のAOCマランジュ(Marange)を構成する3つの村まで、南北約30キロメートルに連なるワイン生産地帯です。コート・ドール地区の北半分を成すコート・ド・ニュイが、東西の幅が非常に狭い地域なのに対し、南のコート・ド・ボーヌは東西にもそれなりに幅があります(ブドウ栽培面積は、コート・ド・ボーヌがコート・ド・ニュイの2倍以上)。なお、コート・ド・ボーヌの大半はコート・ドール県に属していますが、南端のAOCマランジュを構成する3カ村は、ソーヌ・エ・ロワール県の行政区分内です。

コート・ド・ボーヌは全体として、特級畑ル・モンラッシェ(Le Montrachet)を頂点とする、シャルドネを単一で仕込んだ白ワインのイメージが強い産地です。しかし、ピノ・ノワールの赤ワインも、想像以上に多く生産しており、特級畑コルトン(Corton)や、ポマール(Pommard)とヴォルネ(Volnay)両村の一級畑群など、傑出しているクリュは多数あります。とはいえ、壮大、峻厳、華麗なコート・ド・ニュイのピノ・ノワールと比べれば、コート・ド・ボーヌのピノは、一段落ちる印象です(価格がそれを物語っています)。

ブルゴーニュワインの権威であるジャスパー・モリスMW(Jasper Morris MW)は、著書の中で、コート・ド・ボーヌを4つのエリアに分類しました。ひとつめは、最北部のコルトン丘陵で、この丘は東側がラドワ(Ladoix)、西側がペルナン・ヴェルジュレス(Pernand-Vergelesses)、南側がアロース・コルトン(Aloxe-Corton)という3つの村にまたがっています。丘は、赤白の特級畑ワインを産し、独特の景観はコート・ドールの象徴のひとつです。ふたつめは、コルトン丘陵の南にあるサヴィニ・レ・ボーヌ(Savigny-lès-Beaune)、シュレ・レ・ボーヌ(Chorey-lès-Beaune)から、ボーヌ(Beaune)を通り抜け、ポマール(Pommard)、ヴォルネ(Volnay)に連なるコミューン群と、その西側にあるモンテリ(Monthélie)、オセ・デュレス(Auxey-Duresses)、サン・ロマン(Saint-Romain)の3村です。この一帯は、一部例外があるものの(ボーヌは比較的白ワインが多い)、ピノ・ノワールが主に植わっています。3つめが、ヴォルネ/モンテリの南から始まる栄光のシャルドネ3カ村、ムルソー(Meursault)、ピュリニ・モンラッシェ(Puligny-Montrachet)、シャサーニュ・モンラッシェ(Chassagne-Montrachet)です(ただし、シャサーニュにはピノ・ノワールも比較的多く植わります)。地球上のシャルドネの頂点が、この3カ村だという主張に、異を唱える人はいないでしょう。そして最後が、最南部のサントネ(Santenay)村と、AOCマランジュ(Maranges)を構成する3コミューンです。

コート・ド・ボーヌおよびオート・コート・ド・ボーヌの地図

コート・ド・ボーヌおよびオート・コート・ド・ボーヌの地図©DalGobboM

コート・ド・ボーヌには、村名AOCを名乗れるコミューン(行政単位上の村)が、全部で16あります。しかし、コート・ド・ボーヌの村名AOCの数は、後述するAOCコート・ド・ボーヌ・ヴィラージュを含め、全部で20なのです。間違いなく混乱する食い違いですが、まずは村名AOCのブラニ(Blagny)について。ブラニは「村名AOC」であるにも関わらず、この名前のコミューンは行政上存在しません。ブラニは、ムルソーとピュリニ・モンラッシェというふたつのコミューンにまたがって存在する「集落」でしかなく、正式な自治体ではないのです。

逆のパターンもあって、それがコミューン(自治体)のルミニ(Remigny)です。シャサーニュ・モンラッシェとサントネの村境東側にある小さなコミューンで、その一部区画はAOCサントネ、AOCシャサーニュ・モンラッシェ(いくつかの一級畑を含む)を名乗れますが、自身の村名AOCはありません。

次に、最南端のマランジュは、3つのコミューン、シェイィ・レ・マランジュ (Cheilly-lès-Maranges)、ドゥジーズ・レ・マランジュ (Dezize-lès-Maranges)、サンピニィ・レ・マランジュ (Sampigny-lès-Maranges)が集まった、「合同村名AOC」になります。このほかに、AOCコート・ド・ボーヌ・ヴィラージュ(Côte de Beaune-Villages)と、村名AOCとしてのコート・ド・ボーヌ(Côte de Beaune)のふたつがあるのですが、これらについては後述します。

  1. ラドワ (Ladoix)
  2. アロース・コルトン (Aloxe-Corton)
  3. ペルナン・ヴェルジュレス (Pernand-Vergelesses)
  4. ショレイ・レ・ボーヌ (Chorey-lès-Beaune)
  5. サヴィニ・レ・ボーヌ (Savigny-lès-Beaune)
  6. ボーヌ (Beaune)
  7. ポマール (Pommard)
  8. ヴォルネ (Volnay)
  9. モンテリ (Monthélie)
  10. オセ・デュレス (Auxey-Duresses)
  11. サン・ロマン (Saint-Romain)
  12. ムルソー (Meursault)
  13. ブラニ(Blagny)
  14. ピュリニ・モンラッシェ (Puligny-Montrachet)
  15. シャサーニュ・モンラッシェ (Chassagne-Montrachet)
  16. サン・トーバン (Saint-Aubin)
  17. サントネ (Santenay)
  18. マランジュ(Maranges)
  19. コート・ド・ボーヌ(Côte de Beaune)
  20. コート・ド・ボーヌ・ヴィラージュ(Côte de Beaune-Villages)

コート・ド・ニュイと同様に、コート・ド・ボーヌ内にも特級畑と一級畑がありますが、この数についても好対照をなします。特級畑は、コート・ド・ニュイの24に対してわずか8。うち、赤白両方のワインを生産するのはコルトンの畑のみで、残りの7つはすべて白のみを産する特級畑です。一方、一級畑の数は、コート・ド・ニュイの135に対して、コート・ド・ボーヌは300~340(数え方によって多少の変動あり)と、2倍以上の開きがあり、これは総面積の広さに比例していると考えれば合点がいきます。

1-2. コート・ド・ボーヌの主力品種

知名度や特級畑の数で言えば、シャルドネ(Chardonnay)がメインのエリアだと言えますが、実際にはピノ・ノワール(Pinot Noir)も広く植わっていて、両方が主力品種です。高名なポマールやヴォルネなどは、村名AOCも一級畑も、赤ワインしか生産できません(特級畑はなし)。白ブドウのピノ・ブラン(Pinot Blanc)、グリ・ブドウのピノ・グリ(Pinot Gris)も、作付け比率や醸造時のブレンド比率に制限は設けられていますが、白・赤ともに使用可能です(ただし、実際に用いられている例は、ほとんど耳にしません)。

シャルドネの果実

シャルドネの果実

1-3. コート・ド・ボーヌの名前の由来と歴史

コート・ド・ボーヌという名称は、中心都市であるボーヌ(Beaune)に由来します。ボーヌは、コート・ド・ニュイの中心都市ニュイ・サン・ジョルジュよりもはるかに人口が多く(約20,000人 vs. 約5,000人)、コート・ドール県全体で、ディジョンに次ぐ規模を誇っています。

町の名前は、言語学的・地名学的探究を通じて、ラテン語化されたガリア語の「ベレナ(Belena)」に由来すると、立証されています。この言葉は、ケルト神話において「光、太陽、清らかな湧水」の守護神である「ベレノス(Belenos)」の女性名詞形です。現在のボーヌ市北東部に位置するブザーズ川の美しい湧水地の周囲に、先住ケルト人たちが信仰の聖地を築いたのが都市の原点となりました。1世紀頃、この戦略的かつ水源に恵まれた宿営地をローマ軍が接収し、カストルム・ベレネンセ(Castrum Belenense)と命名しています。最初のブドウ畑が植えられたのも、このガロ・ローマ時代です。

中世に入ると、ボーヌは政治とキリスト教信仰の要衝として、急速な発展を遂げます。14世紀から15世紀にかけて、ボーヌはブルゴーニュ公国の君主たちの主要な宮廷所在地であり、ブルゴーニュ議会が置かれた首都でした。歴代のブルゴーニュ公たちは、近隣のブドウ畑から生まれる赤ワインを深く愛し、自らの富と権力を誇示するための外交カードとして、他国の王室やローマ教皇庁へ贈答したのが記録に残っています。中世から近世にかけて、一帯から産出されるワインは、個別の村名ではなく、包括してヴァン・ド・ボーヌ(Vin de Beaune:ボーヌのワイン)と呼ばれていました。これと並行して、11世紀に創設されたシトー修道院の僧侶たちが、ワイン造りにおけるテロワールの重要性を系統的に整理し、どの区画がシャルドネに適し、どの区画がピノ・ノワールに適しているかを峻別してきました。

コート・ド・ボーヌの歴史における最大のモニュメントが、1443年に設立された慈善病院オテル・デュー(Hôtel-Dieu)、現在のオスピス・ド・ボーヌ(Hospices de Beaune)です。ブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランとその妻ギゴーヌ・ド・サランは、百年戦争による貧困と疫病に苦しむ民衆を無償で救済するため、全財産を投じてカラフルな病院を創設しました。後世の多くの資産家やブドウ栽培家たちが、所有する最上のブドウ畑をこの病院に遺贈したため、オスピス・ド・ボーヌは地区全体に散らばる、きわめて良質な格付け畑の大所有者になったのです。毎年11月第3日曜日に開催される慈善ワインオークションは、当該ヴィンテージの品質と価格を測るための最重要イベ ントとして、現在も世界的な注目を集め続けています。

オスピス・ド・ボーヌのオテル・デュー

オスピス・ド・ボーヌのオテル・デュー ©Benjamin Smith

18世紀に入ると、ブシャール・ペール・エ・フィス(Bouchard Père & Fils、1731年創立)や シャンピ(Champy、1720年創立)といった、今も操業を続ける大規模ワイン商・生産者、いわゆるネゴシアンがボーヌの旧市街に進出しました。こうした商人たちは、中世に築かれた堅牢な城壁や地下通路を、温度と湿度が一定に保たれたワインの熟成庫として再利用したのです。1850年代のパリ・リヨン・地中海鉄道(PLM Railway)の開通は、これらのネゴシアンに圧倒的な機動力を与え、コート・ド・ボーヌ産ワインを首都パリおよび海外市場へとすばやく届けるための、大動脈となりました

2. コート・ド・ボーヌのテロワール

コート・ドール地区全体が、明瞭な気候的、地形的、地質的特徴を共有しています。まず、気候はワイン産地として冷涼であり、黒ブドウ品種の中では寒さを好むピノ・ノワールと好相性です(シャルドネについては、温暖から寒冷まで、非常に幅広い気候に適合可能)。気候区分としては、昼夜および夏冬の寒暖差が激しく、乾燥して日照量の多い大陸性気候に属しますが、ブドウ生育期間中の雨は少ないほうではなく、カビ系の病害(ベト病、灰色カビ病など)の脅威は常に存在します。春の霜、夏の雹、近年では夏から秋にかけての熱波の到来も、栽培農家の悩みの種です。地形については、大まかには東または東南方向を向いた緩斜面で、斜面中腹(標高250~300メートル付近)がスイートスポットになります。標高300メートルを超えると、ブドウを完熟させられるだけの日照量と気温が得られません(でした)。標高が250メートルを切り、ふもとの平地に近づいていくにつれ、より肥沃になるとともに水はけが悪くなり、ブドウの凝縮感が失われます。地質は、大まかに言って「石灰岩土壌」です。ワインの世界には、「石灰岩土壌こそが至高のワインを生む」という、長きにわたって流布されている「信仰」がありますが、その出所のひとつがコート・ドール地区です(ほかはシャブリ地区やシャンパーニュ地方)。

春の遅霜対策として、火を燃やして空気を攪拌する(ピュリニ・モンラッシェの畑)

春の遅霜対策として、火を燃やして空気を攪拌する(ピュリニ・モンラッシェの畑)

とはいえ、コート・ドール地区内でも、北のコート・ド・ニュイ(最高のピノ・ノワールが名高い)と、南のコート・ド・ボーヌ(最高のシャルドネが名高い)では、主に地質の面で違いがあります。両方ともに「石灰岩土壌」なのは変わらないのですが、コート・ド・ボーヌのほうは少し地質年代が若く、粘土の混じる比率が高いのです(ジュラ紀中期から後期のバトニアン、カロヴィアン、オックスフォーディアンなどの石灰岩、泥灰岩が、コート・ド・ボーヌに広く見られる母岩です)。その関係で、ニュイの土は水はけがよく、ボーヌの土は保水力が高くなります。表土の厚さについても、ニュイは薄め、ボーヌは厚めです。一般に、ニュイ産のピノ・ノワールは、ボーヌ産と比べて、より骨格がしっかりしていて、力強いとされますし、長期熟成能力でも勝ります。これらのワインの特性の違いと、地質の違いの因果を結ぶ科学的な糸は、まだ部分的にしか解明されていないものの、強い相関があるのは明らかでしょう。

コート・ド・ボーヌはまた、コート・ド・ニュイと比べて傾斜が緩い一方で、標高の高低差は大きいです。畑が丘の頂上までせり上がり、標高が400mに達する1級区画もある一方で、サン・ロマンのように、ボーヌ丘陵の支脈にある谷合の低地まで、畑が伸びているところがあります。

コート・ド・ボーヌには多くのコミューンがありますが、シャルドネが主に植わる村と、ピノ・ノワールが主に植わる村に分かれます。植え付け品種を決める主要因は、土に含まれる粘土、石灰、酸化鉄の比率だと考えられています。専門的になりすぎるので、これ以上は踏み込みませんが、中世に修道僧たちが経験を通じて見つけた発見には、土壌・地質学、植物生理学の裏付けがあるようです。

3. コート・ド・ボーヌ関連のマイナー・アペラシオン

コート・ド・ボーヌには多数の高名な村名アペラシオン(AOC)がありますが、まずは広域のアペラシオン、比較的マイナーな村名アペラシオンをここで紹介します。

最初は、AOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュ(Côte de Beaune-Villages)から。これは、単独で村名アペラシオンを名乗れない、つまりはテロワールが比較的劣位にある複数の村をひとまとめにした、「合同村名アペラシオン」です。北にある、AOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュの生産可能色が赤・白なのに対し、南のコート・ド・ボーヌ・ヴィラージュは、赤ワインの生産しか認められていません。対象となるコミューンは16あり、村名AOCを名乗れるコミューンのうち、アロース・コルトン、ボーヌ、ポマール、ヴォルネは除かれます。この4つが除外されているのは、いずれも優れたワインを産する村として、歴史的に知名度が高いため、広いエリアをカバーするAOCに含めるべきではないと考えられたためです。AOCコート・ド・ボーヌ・ヴィラージュのワインにおいては、対象となっている複数のコミューン産のブドウやワインを、ブレンドして瓶詰め可能です。

次に、猛烈に誤解を招く村名AOCとして、コート・ド・ボーヌ(Côte de Beaune)があります。事情を知らなければ、その名が示すエリア全体をカバーする、広域AOCと考えるのが自然でしょうが、そうではありません。これは、ボーヌのコミューンの北側に位置する、小さな高台(標高300~370メートル、合計30ヘクタール程度)のみを対象とした、独立した村名格のAOCなのです。生産可能色は赤・白。この場所に自社畑をもつ、有力ネゴシアンたちの権益のために認可された、政治的なアペラシオンだと時に言われます。

珍しいAOCコート・ド・ボーヌのボトル©Anna & Michal

珍しいAOCコート・ド・ボーヌのボトル ©Anna & Michal

次は、ブルゴーニュ・ラ・シャペル・ノートル・ダム(Bourgogne La Chapelle Notre-Dame)。ラドワ村南部、コルトンの丘の裾野に位置する小区画なのですが、格付け上は一番位が低い、地方名アペラシオンになります。認定面積自体が約4.5ヘクタールと非常に小さいのみならず、今実際にブドウが栽培されているのは、わずか1ヘクタール前後のようです。畑のすぐ脇に建つ、11世紀に建設された古い礼拝堂に、その名前はちなみます。生産可能色は、赤・白・ロゼですが、現在はピノ・ノワールしか植わっておらず、このAOC名でワインを瓶詰めしているのは、片手の指ほどの生産者たちです。

最後が、AOCブルゴーニュ・オート・コート・ド・ボーヌ(Bourgogne Hautes-Côtes de Beaune)。これは、コート・ド・ボーヌの内側でなく、後背地(西側)に広がる地方名アペラシオンで、斜面を登り切ったところから西方向に広がる、なだらかな高原地帯が認定されています(標高280~450メートル)。対象となるコミューンの数は29です(オセ・デュレス、サン・ロマンといった、コート・ド・ボーヌの一部の村も含まれています)。20世紀末までは、高標高を主原因とする気温の低さがために、ブドウが完熟しない土地と考えられていました。しかしながら、気候変動による温暖化によってその弱点は克服されつつあり、近年注目度が高まってきています。生産可能色は赤・白・ロゼです。

4. 村名アペラシオンを名乗れる主要コミューンと代表的クリュ

コート・ド・ボーヌに属する20の村名アペラシオン(AOC)のうち、歴史的に高名な特級畑、一級畑をもつところを以下で素描します。さらなる詳細については、各村・AOCについて書かれた別記事をご参照ください。

4-1. コルトンの丘の3コミューン

コート・ド・ボーヌの特級畑(グラン・クリュ)は、北のコルトン・グループと、南のモンラッシェ・グループに分かれます。コルトン・グループの3つの特級畑、すなわちコルトン(Corton、生産可能色は赤・白、大部分が赤)、コルトン・シャルルマーニュ(Corton Charlemagne、白のみ)、シャルルマーニュ(Charlemagne、白のみ)は、標高360~380メートルほどの台地上の丘を、取り囲むように広がる斜面の畑です。アロース・コルトン(南側)、ラドワ(東側)、ペルナン・ヴェルジュレス(西側)の村境が集まるところに、丘が位置しています。3つの村にはそれぞれ一級畑もあり、村名AOC、一級畑AOCの生産可能色は赤・白です。

コルトンの丘

コルトンの丘 ©Tomas er

3つの特級畑は、合計で26の区画に分かれていて、ラベルにその区画名が書かれるのも珍しくはありません(ただし、区画名のラベル表示が認められていないところもあります)。多くの区画は、複数の特級畑名を名乗れるようになっているので、内訳はかなり複雑です(例:ル・コルトン(Le Corton)の区画は、特級畑コルトン・ルージュ(赤)、コルトン・シャルルマーニュ(白)、シャルルマーニュ(白)のすべてをラベルに記載可能)。

3つの特級畑は、総面積が160ヘクタールと、ブルゴーニュの水準では非常に広いため、最も名高いコルトン・シャルルマーニュ産の白ワインでも、南のモンラッシェ・グループほどの高値にはなりません。しかし、品質面で劣るわけではなく、最上のコルトン・シャルルマーニュは鋼のようなミネラルの凝縮感を身上とし、類い希な長期熟成能力を有します。

なお、シャルルマーニュは、AOC法上でのみ存在している幽霊のような特級畑です。シャルルマーニュを名乗れる区画はすべて、より知名度の高いコルトン・シャルルマーニュを名乗れるため、生産者はあえてその名をラベルに書きません。

4-2. ボーヌ

エリアの商業的な心臓部となっているコミューン・町で、社歴の長い大手ネゴシアンの本社が多く集まっています。400ヘクタール以上のブドウ栽培面積があり、4分の3がその数40を超える一級畑に格付けされているのですが、特級畑はありません。村名AOC、一級畑AOCとも、生産可能色は赤・白です。

 

ボーヌの町付近の標高図。町の西側の斜面がブドウ畑

ボーヌの町付近の標高図。町の西側の斜面がブドウ畑 ©OpenStreetMap

ボーヌの周辺には、その町の名を含む村名AOCが3つあり、北西方向にあるAOCサヴィニ・レ・ボーヌ、北東方向にあるAOCシュレ・レ・ボーヌ、そして前述のAOCコート・ド・ボーヌです。サヴィニとシュレはコミューンでもありますが、コート・ド・ボーヌはAOC法上だけの存在です。サヴィニは村名AOCの畑以外に一級畑もあり、いずれも生産可能色は赤・白、シュレには村名AOCの畑のみで(一級畑はなし)、こちらも色は赤・白になります。ボーヌの町からずっと西(斜面上方)にいくと、ブズ・レ・ボーヌ(Bouze-lès-Beaune)というコミューンもありますが、こちらは村名AOCとしては認められておらず、ワインはAOCオート・コート・ド・ボーヌです。

4-3. ポマールとヴォルネ

コート・ド・ボーヌ産の赤ワインで、特級コルトンと同程度に有名なのが、この両コミューンの産です。ともに特級畑はありませんが、優れた(実力では特級畑相当と言われる)一級畑が多数あります。生産可能色は、村名AOC、一級畑AOCともに赤のみ。力強く濃密なポマールに対して、柔らかくフローラルなヴォルネと、ワインのスタイルも好対照をなしています。ポマールを代表する一級畑は、レ・リュジアン(Les Rugiens)、クロ・デ・ゼプノー(Clos des Epeneaux)、レ・ゼプノ(Les Epenots)など。ヴォルネを代表する一級畑は、クロ・デ・デュック(Clos des Ducs)、シャンパン(Champans)、クロ・ド・ラ・ブス・ドール(Clos de la Bousse-d’Or)など。こうした畑は、常に特級畑への昇格が、生産者のあいだでも、飲み手の間でも議論されています(が、実現はしていません)。

次項のムルソーにも当てはまりますが、ポマール、ヴォルネは特定の畑ではなく、村名自体が高品質ワインの代名詞として、古くから知られてきた歴史があります。19世紀の中頃から末にかけて、コート・ドールにある多くのコミューンで、域内にある最も有名な畑と村名をハイフンで結び付ける改名が行なわれました(例:Gevrey村が、Gevrey-Chambertin村になった)。しかし、ポマール、ヴォルネは、コミューンの名前のほうが、中にあるどの畑名よりも知名度があったため、ハイフンによる改名の必要性を、村民たちが感じなかったのです。この考え方は、20世紀前半に、特級畑がAOC法で規定される際にも影響しました。特級畑の認定と引き替えにかかる高い税金を嫌い、一級畑に留まる決意を、どのコミューンでも村民は下したのですが、これはのちに絶望的な後悔につながってしまいます。

ヴォルネのブドウ畑にはピノ・ノワールが植わる © Mpmpmp

ヴォルネのブドウ畑にはピノ・ノワールが植わる ©Mpmpmp

4-4. ムルソー

コート・ド・ボーヌ産白ワインの「無冠の帝王」が、ムルソーの一級畑たちです。ポマール、ヴォルネと同じ事情で特級畑はないのですが、レ・グット・ドール(Les Gouttes d’Or)、ペリエール(Perrières)、ジュヌヴリエール(Genevrières)、シャルム(Charmes)などの一級畑は、実力は特級畑並だという点で、衆目が一致しています。トップ級の生産者が仕込むこれらの畑のワインは、価格も特級畑と同等です。村名AOC、一級畑AOCとも、生産可能色は赤・白ですが、赤ワインは2%しかありません。白は豊潤な酒質と一般に言われますが、現実には生産者ごとにかなりスタイルの開きがあり、一般化は困難です。

 

ムルソーの村

ムルソーの村

4-5. ピュリニ・モンラッシェとシャサーニュ・モンラッシェ

モンラッシェ・グループとひとくくりにできる、5つの特級畑があるのがこのふたつのコミューンです。同畑群は、両コミューンの村境付近に固まっています。場所的にも5つの中心にあって、品質ヒエラルキーの頂点にもあるのがル・モンラッシェ(Le Montrachet)です。この畑と、その斜面下方(東側)にあるバタール・モンラッシェ(Bâtard-Montrachet)は、両コミューンにまたがっています。一方、ル・モンラッシェから見て斜面上方(西側)にあるシュヴァリエ・モンラッシェ(Chevalier-Montrachet)は、ピュリニ側にすべてが位置し、バタール・モンラッシェから見て北側のビアンヴニュ・バタール・モンラッシェ(Bienvenues-Bâtard-Montrachet)も同様、バタール・モンラッシェから見て南側のクリオ・バタール・モンラッシェ(Criots-Bâtard-Montrachet)は、シャサーニュ側にすべてが位置しています。

シュヴァリエ・モンラッシェから、ル・モンラッシェ、バタール・モンラッシェへと、斜面下方を望む

シュヴァリエ・モンラッシェから、ル・モンラッシェ、バタール・モンラッシェへと、斜面下方を望む ©Jon Caves at Flickr

これら5つの特級畑は、すべて白のみです。認定面積は、ル・モンラッシェが7.8ヘクタール、シュヴァリエが7.0ヘクタール、バタールが11.2ヘクタール、ビアンヴニュが3.7ヘクタール、クリオが1.57ヘクタールです。斜面上部にあるシュヴァリエは、表土が薄い上に若干冷涼なため、引き締まったスタイルになり、斜面下部のバタールは温暖なのと土壌が肥沃なのとで、鷹揚なスタイルになりやすいです。斜面中腹のル・モンラッシェが、その両者の長所を兼ね備えた、完璧なワインになると言われます。

村名AOC、一級畑AOCについては、両コミューンとも、生産可能色は赤・白です。ただしピュリニには、ムルソー以上に赤ワインが少なく、ピノ・ノワールはほとんど植わっていません。一方シャサーニュは、かなりの量の赤ワインを生産します(白の3分の1程度)。シャサーニュの赤は、白と比べればずいぶんとお値頃で、通が狙う銘柄です。

5. 近年の価格高騰について

コート・ド・ニュイのピノ・ノワール同様、コート・ド・ボーヌ産シャルドネも、21世紀に入ってからの25年間で、かつてない速度の猛烈な値上がりを経験してきました。現在、世界市場全体の需要が、赤から白へとシフトしていますので、これからのブルゴーニュワインは、シャルドネのほうがピノよりも高値がつくようになるかもしれません。

以下は、世界中のワインの価格・販売店を比較できる検索サイト、Wine-Searcherが随時発表・更新している、「世界で最も高価なワイン50銘柄」のランキングから、コート・ド・ボーヌ産シャルドネの白を上から10銘柄抜粋したリストです。価格は2026年7月6日の世界市場平均価格(税別)で、日本円換算は1ドル160円で行なっています。

  1. シュヴァリエ・モンラッシェ/ドメーヌ・ドーヴネ:21,737米ドル(約348万円)
  2. バタール・モンラッシェ/ドメーヌ・ドーヴネ:21,146米ドル(約338万円)
  3. モンラッシェ/ドメーヌ・ルフレーヴ:17,996米ドル(約288万円)
  4. コルトン・シャルルマーニュ/ドメーヌ・ルロワ:10,959米ドル(約175万円)
  5. モンラッシェ/ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ:10,526米ドル(約168万円)
  6. ムルソー・プルミエ・クリュ・グット・ドール/ドメーヌ・ドーヴネ:9,246米ドル(約148万円)
  7. ピュリニ・モンラッシェ・プルミエ・クリュ・フォラティエール/ドメーヌ・ドーヴネ:8,710米ドル(約139万円)
  8. ムルソー・ショーム・ド・ペリエール(村名AOC)/ドメーヌ・ドーヴネ:8,656米ドル(約138万円)
  9. ピュリニ・モンラッシェ・アン・ラ・リシャルド(村名AOC)/ドメーヌ・ドーヴネ:8,130米ドル(約130万円)
  10. ムルソー(村名AOC)/ドメーヌ・ドーヴネ:7,962米ドル(約127万円)

コート・ド・ニュイのピノ・ノワールと同じく、生産量が極小の、ドメーヌ・ルロワ&ドメーヌ・ドーヴネのワインが、10銘柄中8つを占めるという極端な結果になっています(いずれもラルー・ビーズ・ルロワが運営するドメーヌ)。8~10位は、格付け上は「ただの村名アペラシオン」ですから、そら恐ろしいとしか言えません。生産量わずか数百本の希少銘柄を、世界中の富豪たちが奪い合っている結果です。ただし、比較的生産量の多い銘柄でも、トップ生産者の手による品ならば、「とても買えない」という点は変わりません。たとえば、バタール・モンラッシェ/ドメーヌ・ルフレーヴ(約1.9ヘクタール)の日本市場での平均価格は280,154円税別、ムルソー(村名AOC)/ドメーヌ・コシュ・デュリ(約3.8ヘクタール)は、165,075円税別といった具合です。

6. コート・ド・ボーヌのまとめ

以上が、ブルゴーニュの心臓部コート・ドール地区の南半分、コート・ド・ボーヌの見取り図です。ここは、北半分のコート・ド・ニュイと併せて、「テロワール」という概念を最もピュアな形で見せる体現者だと呼んでいいでしょう。「小道一本隔てただけで、ワインの味わいが劇的に変わる」というクリシェが、日常的に体験される現実なのが、この土地なのですから。

現在、地球上で最も広く栽培されている白ブドウ品種は、シャルドネです。遺伝学上の親にあたるピノ・ノワールとは違って、シャルドネは気候を選びません。どんな土地でも結果を出す器用さが、世界6大陸の隅々にまで、このブドウを行き渡らせました。デイリー用途のお値頃な品から超高級品まで、ほんとうにたくさんのラベルを付けたシャルドネが、毎年市場に出てきます。そんな世になっても、昔と変わらず王座に君臨し続けているのは、コート・ド・ボーヌなのです。両手の指が余るほどの数しかない、白の特級畑が生む辛口白は、なんだかんだ言っても無敵の存在であり続けています(とりわけ価格面においては)。

19世紀フランスの文豪アレキサンドル・デュマは、ル・モンラッシェについて、「脱帽して跪いて飲むべし」との名言を残しました。現代を生きる私たちも、デュマの言葉通りにするしかないでしょう。

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