あの人のワイン人生 vol.28 ~ 村田道子さん「ソムリエとして歩む家業の道」

村田道子さんと兄

「3月生まれで、”不器用な道子ちゃん”って言われていたんです」と、穏やかに話してくださったのは、秩父ワイン取締役の村田道子さんです。秩父ワインは、1940年代から続く日本を代表する老舗ワイナリーの一つ。そんな歴史あるワイナリーの中心で活躍する村田さんですが、意外にも最初から家業を継ぐことを目指していたわけではなく、一度は故郷を離れ、結婚し、子育てをしながら別の人生を歩んでいました。そんな村田さんが、「家業を継ぐ」ようになったのはなぜか、語っていただきました。

本記事は、ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」が監修しています。ワインを通じて人生が豊かになるよう、ワインのコラムをお届けしています。メールマガジン登録で最新の有料記事が無料で閲覧できます。


【目次】
1. ワインは家族の風景
2. 死を覚悟した出来事:人生を見つめなおすきっかけ
3. 人生で一番単語帳を作ったソムリエ試験
4. お客様の再訪が励みになる
5. 料理と一緒に飲んでおいしいワインを目指して
6. 秩父ワインが世界へ羽ばたく
7. 終わらない夢


1. ワインは家族の風景

私にとってワインは、特別なお酒ではありませんでした。母の実家が秩父ワインで、父も母もワイナリーで働いていたので、子どもの頃からワインが身近にあるのは当たり前のことでした。

夏休みになると瓶詰め作業を手伝うこともありましたし、ワイナリーのタンクが並んでいるところを走り回ったりしていました。今思えば、子どもながらにワインづくりの現場を間近で見ながら育っていたんです。

少し変わった思い出もあります。風邪をひくと、母が玉子酒を作ってくれたのですが、日本酒ではなく赤ワインだったんです。赤ワインに砂糖を入れて温めて、卵を溶かしたものです。赤ワインがベースだからすこし酸っぱくて、渋くて…子供の頃は「日本酒の玉子酒だったらもっとおいしいんだろうな」と思っていました(笑)。今、振り返れば、私にとってワインは、子どもの頃から日常的なものだったのです。

秩父ワイン看板商品「源作印」赤・白・ロゼの3本

秩父ワイン看板商品「源作印」赤・白・ロゼの3本

2. 死を覚悟した出来事:人生を見つめなおすきっかけ

進学を機に東京へ出て、その後、結婚し、さいたま市で子育てをしていました。そのため、長い間、家業である秩父ワインとは仕事としては関わることなく生活しており、自分が家業を手伝うことも、当時は漠然としか考えていませんでした。

転機となったのは、40代の頃です。足のつけ根に腫瘍ができて、病院に行ったら、MRIやCTを次々と撮って、その日のうちに医師からおそらく「悪性リンパ腫」と伝えられたのです。医師からそう告げられた時、「私の人生にこんなことが起きるなんて」と目の前が真っ暗になりました。

それから、入院して手術するまでは、長い闘病生活を覚悟したり、「終活」をはじめたりしていました。ところが、手術後、取った腫瘍を調べたところ、良性だったことがわかったのです。「本当に良かった」と胸をなでおろしました。

でも、この体験がわたしの人生を変えたのです。一度は覚悟した「死」。そこからの人生です。改めて「これからの人生を悔いなく生きたい」と真剣に考えるようになったのです。

これまでは、3月生まれで、クラスの中で何をやっても不器用…「自分なんて」という思いがどこかにありました。でも、この出来事を通じて「リミッターを外して生きていきたい」と思うようになったのです。

そのときに自然とたどり着いた答えが、家業であるワインづくりに正面から向き合うことでした。曾祖父が築き、父や母が守り、兄が醸造を続けているワイナリー。この歴史を受け継ぎ、自分にできる形で恩返しをしていきたいと強く思うようになったのです。特に、秩父ワインにはソムリエの知識を持っている人材がいないので、私がしっかりワインの勉強をして家族に恩返しをしたいと思ったのです。ワイナリーを手伝うことになって、母親が一番喜んでくれたのも印象的でした。

創業当時の醸造風景。創業者浅見源作と嫁マサノ

創業当時の醸造風景。創業者浅見源作と嫁マサノ

3. 人生で一番単語帳を作ったソムリエ試験

実は、自社のワインはずっと飲んできましたが、世界中のワインについて体系的に学んだことはありませんでした。そんな中、門を叩いたのが、アカデミー・デュ・ヴァンでした。

入門者コースのStep-Ⅰで、衝撃を受けたのはテイスティングです。「赤ワインの香りがするけど、なんて表現したらいいんだろう」と戸惑いました。ワインは知っているつもりでしたが、いざ表現しようとするとまったく言葉が出てこないのです。

ソムリエ・ワインエキスパート試験対策コースでは、人生で一番単語カードを作りました。暗記、暗記、暗記…とても大変でした。それでも、一緒に頑張っているクラスメイトがいるから、最後まで走り抜けることができました。

二次試験のテイスティング対策では、主人や息子たちがブラインドでワインを出してくれて、テイスティングの勉強を手伝ってくれたのがとても嬉しかったです。ソムリエに合格したときは、息子たちが「お母さんが、ソムリエになった」と一番喜んでくれました。

アカデミー・デュ・ヴァンのクラスメイトとのクラス会

アカデミー・デュ・ヴァンのクラスメイトとのクラス会

4. お客様の再訪が励みになる

何もわからないところから取締役という立場になり、社外の方と対峙しなければならない時は、最初は足のすくむような思いでした。経営していると、震災やコロナやウクライナや中東情勢のような思いがけない出来事が、売り上げや利益に影響してくることもあります。でも、その時どうしたら良いか懸命に考えて対応してきたことが、経験の蓄積や社内の改善にもなっています。

なかでも、もっともやりがいがあるのは接客です。ワイナリー訪問をしてくださったお客様にワインをご紹介したり、メーカーズディナーでご紹介したり。お客様から「おいしかったからまた来ました」「今度はチリコンカンに合わせられるワインを」と再訪してくださったときが一番うれしいです。

5. 料理と一緒に飲んでおいしいワインを目指して

私たちが目指しているのは、華やかさを競うワインではありません。「飲み手に寄り添うワイン」です。その考え方は、創業者であり曾祖父の浅見源作の時代から受け継がれてきました。

 

まだ日本でワインがほとんど飲まれていなかった頃、曾祖父は「これから日本にも西洋の食文化が広がり、ワインが食卓を豊かにする日が来る」と信じてワインづくりを始めたそうです。

その思いは、今でも私たちの原点になっています。現在、醸造を担当している兄も、「料理と一緒に飲んでおいしいワイン」を理想としています。お気に入りのペアリングは、ヤマブドウからつくられた赤ワインに、ブルーチーズとハチミツを添えたもの。赤ワインの力強さを、ブルーチーズが穏やかに包んでくれます。

社長兼醸造家の兄。シラーの樽詰めの作業中

社長兼醸造家の兄。シラーの樽詰めの作業中

6. 秩父ワインが世界へ羽ばたく

私がワイナリーに戻ってから、およそ10年になります。昨年、フランス・ブルゴーニュ地方のマコンで開催されたコンクールに初めて「甲州シュールリー」を出品しました。海外のコンクールに出品するには、いろいろ細かい書類が必要です。その書類を作成するのだけでも大変で、出品するだけで満足してしまっていました…。だから、ある朝、「銀賞を受賞しましたよ!」という連絡をいただいて、本当にびっくりしました。

「いよいよ兄がつくったワインが海外でも評価されるようになったか」と嬉しい気持ちが込み上げてくると同時に、長年続けてきたワイン造りが世界でも評価されたと、大きな励みになりました。

最近では、海外から見学に来てくださる方も本当に増えてきているのも嬉しい変化です。以前は一年に数組程度だったのですが、今ではアメリカやシンガポール、ハンガリーなど、さまざまな国から秩父まで足を運んでくださいます。

7. 終わらない夢

自社畑ドメーヌ秩父シリーズのワイン

自社畑ドメーヌ秩父シリーズのワイン

現在は、自社畑のぶどうだけで造る「DOMAINE CHICHIBU(ドメーヌ秩父)」という新しいブランドにも力を入れています。このワインを通して、「秩父にも、こんなワインがあるんだ」と、一人でも多くの方に知っていただきたいです。そして、この小鹿野(おがの)町という土地で、これからもおいしいワインを造り続けていきたいと思っています。

自社畑ドメーヌ秩父発表記者会見。小鹿野町町長(中央)と

自社畑ドメーヌ秩父発表記者会見。小鹿野町町長(中央)と

最近では、息子が大学院でワインづくりを学んで、ワイナリーを手伝ってくれています。この土地のワインを次の世代へつないでいけることを嬉しく思っています。

6代目候補の村田啓吾(息子)さん

6代目候補の村田啓吾(息子)さん

秩父ワインの畑。四方を山々に囲まれた盆地ならではの昼夜の寒暖差と石灰岩を敷き詰めた(土壌改良)水はけの良い土壌が個性をもたらしている

秩父ワインの畑。四方を山々に囲まれた盆地ならではの昼夜の寒暖差と石灰岩を敷き詰めた(土壌改良)水はけの良い土壌が個性をもたらしている


家業だからではなく、恩返しがしたいという気持ちから、村田さんは秩父ワインと向き合うようになりました。ワインを言葉にする力を身につけ、今はその想いをお客様や次の世代へと伝えています。家族から受け継いだ歴史が、これからも小鹿野町の地で、次の世代へとつながっていくのでしょう。

プロフィール

村田道子さん

村田道子(むらた みちこ)

  • 星座:牡羊座
  • 血液型:A型
  • ワイン以外の趣味:お料理、ゴルフ
  • 好きな食べ物:野菜、大豆製品
  • もし生まれ変わったら何になりたい?:生まれ変わっても主人と結婚し子供たちの母になりたい。
  • 酔っぱらったらどうなる?:主人ののろけを始めるので女友達には酒癖が悪いと言われている。
  • 人生を変えたワイン:「源作印 甲州シュールリー」兄の醸造したワインで、兄の醸造したワインを多くの方に飲んでもらいたいと思わせてくれた1本
村田道子さんと兄

豊かな人生を、ワインとともに

(ワインスクール無料体験のご案内)

世界的に高名なワイン評論家スティーヴン・スパリュアはパリで1972年にワインスクールを立ち上げました。そのスタイルを受け継ぎ、1987年、日本初のワインスクールとしてアカデミー・デュ・ヴァンが開校しました。

シーズンごとに開講されるワインの講座数は150以上。初心者からプロフェッショナルまで、ワインや酒、食文化の好奇心を満たす多彩な講座をご用意しています。

ワインスクール
アカデミー・デュ・ヴァン