ネレッロ・マスカレーゼとは?~ 高貴なるシチリアの黒ブドウ

ワインの色調は淡く、赤系果実に花の香り、そしてスパイス。溌剌とした酸に恵まれて、タンニンはしっかりとしつつも比較的滑らか。アルコールは高めで、イタリアのワインらしいバルサミックのニュアンスと、引き締まったテクスチャ。エレガントで、ピノ・ノワールやネッビオーロと間違えられることもあります。今回は、シチリアが本拠地の近年注目を集めている黒ブドウ品種、ネレッロ・マスカレーゼに光を当てます。

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【目次】
1. ネレッロ・マスカレーゼの特徴:エレガントなシチリアのピノ・ノワール
2. エトナ:地中海のブルゴーニュ
 2-1. 類まれなテロワールと栽培・醸造
 2-2. 歴史を形づくった生産者たち
 2-3. 勢いを増す産地形成
 2-4. 掟を守るか自由を目指すか
3. ネレッロ・マスカレーゼのまとめ


1. ネレッロ・マスカレーゼの特徴:エレガントなシチリアのピノ・ノワール

この品種の記録が残っているのは、18世紀。ですが、紀元前の昔にギリシャ人によって、シチリア東部やエトナ山麓に持ち込まれたのでは無いかとも言われます。そしてローマ時代には、エトナ山麓、今ではパレルモに次ぐシチリア第2位の都市カターニア周辺で栽培。マスカーリ平野に根付き、黒い色の意味を示すネレッロに続くマスカレーゼの、名称の由来になったとされます。

ネレッロ・マスカレーゼは晩熟品種。場合に依っては、11月まで収穫が掛かる事もあります。起源はサンジョヴェーゼと白ブドウ品種のマントニコ・ビアンコの自然交配とされています。うどん粉病は苦手ですが、樹勢は強く、高い酸を持ち、水不足に強く、高い標高の砂質の痩せた土壌でも成熟可能。品質の高いワイン向けの収穫は、ヘクタール当たり25~40ヘクトリットル程度に抑えられています。

ワインの色合いが薄いのは、大きな特徴です。総アントシアニン量は、ピノ・ノワールと同程度。熟成を経て色合いが薄くなったネッビオーロとも間違いやすい品種です。

このネレッロ・マスカレーゼの本拠地は、イタリアのシチリア。暖かく乾燥した夏と、温和で雨にも恵まれる冬が特徴の地中海性気候です。全般的には、こうした気候の特徴があるシチリアですが、この品種が輝きを放つのはエトナ山。

シチリア島地図

シチリアの黒ブドウ品種では量的に希少です。量では最大の黒ブドウ品種、ネロ・ダーヴォラとは対照的に、質で勝負の高品質ワイン向け。でも、1980年代末から90年代初頭のシチリアでは、土着品種や伝統的なブドウ栽培に対する関心は低かったのです。評価されていたのは、シャルドネや、カベルネ・ソーヴィニョンといった国際品種。エトナ山のブドウ栽培は評価されず、地元消費者向けと、イタリア各地を中心としたバルク販売用でした。

そのエトナ山に光が当たるに際しては、ジャーナリストの役割も大きかったと言えます。ジャンシス・ロビンソンMWはこの産地を「地中海のブルゴーニュ」と讃えてワイン愛好家にも影響を及ぼしました。イタリアやフランスでブレンド用ワインとして利用されていたエトナ山のワインが、注目され始め、古い段々畑が再生されていきました。また、イタリアワイン、特に土着品種研究の第一人者として有名な批評家のイアン・ダガタも自ら試飲会を開催。エトナ山を単一畑の産地として、ピエモンテと並び称するなど産地の評価を高めました。

現在のワインのスタイルは、赤ワインが主流。他には、日本では余り見かけませんが、パッシートや柔らかく破砕し短時間の醸しを経たロザート(ロゼ)、そして伝統方式のスプマンテに及びます。

2. エトナ:地中海のブルゴーニュ

エトナ山は、シチリア島の東海岸に立地する活火山。標高約3,300メートルで、アルプス以南のイタリアで最も高い山。ユネスコの世界遺産にも登録されています。活発な噴火活動が観測されていて、2025年の6月にも大規模な噴火が発生。観光客が避難したという事もありました。

このエトナ山を擁するカターニア県は19世紀末には、シチリアでも最大のブドウ畑を有していたと言われています。5万ヘクタールとも9万ヘクタールとも言われる広大な産地。でも、その後のフィロキセラの蔓延と世界大戦による耕作放棄によってブドウ栽培は激減しました。

カターニアの町から望むエトナ山

カターニアの町から望むエトナ山

今日の原産地呼称、エトナDOCは、火山を取り囲むように三日月形に広がっています。赤ワインの偉大な産地は、北側に集中。傾斜が比較的緩やかで、生産者が最も集中。ブドウ畑は、300~1,000メートルに広がっています。一方、白ワインは東側に銘醸地が広がります。

この産地の緯度は、37.8度。同じくらいの緯度で有名な産地は、カリフォルニアのナパ・ヴァレー。カリフォルニアは、太平洋のカリフォルニア海流の冷涼な影響を受けています。一方、エトナは、標高が気温を和らげます。昼夜の寒暖差も極めて大きく、夏場には30℃に及ぶことも。こうした自然環境のお蔭で、ネレッロ・マスカレーゼには高い酸が保持され、香り豊かに成熟します。

2-1. 類まれなテロワールと栽培・醸造

エトナ山麓では伝統的な段々畑でのブドウ栽培が行われています。急斜面を階段状に平坦化し、石垣によって区切られた畑。豪雨による土壌侵食の防止、地滑りの防止、農作業の効率化に役立ちます。そして、この石垣は、UNESCO無形遺産としても登録されています。

エトナの伝統的な石垣で区切られた葡萄畑

自慢は他にもあります。フィロキセラの被害を免れた、100年を超える自根で育つ古木のブドウ樹。砂質かつ火山性の痩せた土壌に立地する、標高の高い畑のお蔭と言われます。そうした生産者のひとつフィッリアートでは、カターニア大学に認証を受けたという樹齢200年に達するネレッロ・マスカレーゼの古木を栽培。

機械化に伴って垣根仕立てへの移行が進んだエトナの畑。1980年代からのEUの抜根計画で栽培面積自体が減少し、さらに機械化しやすい垣根仕立てへと移行しました。それが、近年、伝統的な低木の株仕立て、アルベレッロへの再興が進んできました。

収量は低く、収穫は昔ながらの手作業。このアルベレッロの仕立ては、ブドウ樹を冷たく強い風から守り、湿度を保持します。低く仕立てられますので、土壌の熱が果実の成熟に寄与するのです。有機栽培も広く取り入れられていて、硫黄や銅剤の使用も最低限。カバークロップを活用し雑草を抑え、ホルモン・トラップによる害虫対策も行われています。

一方、醸造の点では、1968年にDOCが制定されましたが、1990年代迄は目覚ましい品質向上には直結しませんでした。

エトナの伝統的なワイン造りは、ブドウ畑に隣接した所有者一家の住居と一体化した醸造所で行われていました。パルメントと呼ばれる溶岩石から造られた浅い発酵槽を使ったもの。足で踏んでブドウを踏みつぶして果汁を絞る、ポートワインのラガールを思い起こさせられます。

そして、その後は、今でいうグラヴィティフロー。ポンプなどの機械を使用せず、重力を活用して、果汁やワインが流れる一連のプロセスを築いていました。しかし、その後の衛生規制によって、ほとんどすべてのパルメントは倉庫やレストランなど別の用途へ転用されました。

今では、醸造は除梗した後、ステンレスタンクやコンクリートタンクで24~26℃で発酵。キュベによって2週間から1か月強の醸し期間を取ります。そして、多くの生産者は、大樽の伝統的なボッティなどを使い、新樽の風味をつけない熟成容器を選びます。

2-2. 歴史を形づくった生産者たち

本格的なエトナワインの品質向上は情熱的な生産者たちの出現で始まります。1988年、ジュゼッペ・ベナンティが登場。サルヴォ・フォーティと共に、今日のエトナワインの基礎を築きました。

そして、2000年代に入ると、トスカーナの偉大な造り手のアンドレア・フランケッティ、ベルギー人のフランク・コーネリッセンが活躍

そして、今日のエトナの評価形成に大きく貢献した、イタリア系アメリカ人のマルコ・デ・グラツィア。エトナをシチリアのブルゴーニュと喧伝した代表的な人物です。もともとは、アメリカにイタリアワインをインポーターとして輸出。エリオ・アルターレを始めとしたバローロ・ボーイズの売り込みも後押ししています。

このように、本格的にネレッロ・マスカレーゼが高品質ワイン用品種として知られるようになったのは比較的最近。長期熟成によってどの様な素晴らしい古酒へと変化していくのかを含めて、そのポテンシャルはまだまだ未知数。価格的にもピノ・ノワールやネッビオーロのワインよりはリーズナブル。今から先行きが楽しみです。

と言っても、フランク・コーネリッセンのマグマ・ロッソはカルト的な人気で、日本でも5万円超えの高価格。他にも、ジローラモ・ルッソのエトナ・ロッソ・サン・ロレンツォは『ワイン・アドヴォケイト』などのワイン専門誌でも既に高評価。1万円を軽く超えた価格です。

ジローラモ・ルッソのエトナ・ロッソ・サン・ロレンツォ

©Irik – stock.adobe.com

2-3. 勢いを増す産地形成

エトナ保護協会とシチリア州農業省の主導によるコントラーダ(地区)を定義した公式の地図が、2022年に制作されました。

このコントラーダは、追加地理単位(UGA)として認定。現在は、142のコントラーダが認められています。

夫々のコントラーダは、各々が異なった方角を向き、水はけの良い火成岩や沖積土壌からなる独自の地質を有しています。そして、ゾーニングと呼ばれる区画のさらなる整理。エトナDOC内部の違いをさらに細かく明らかにしようという試みが行われています。

エトナ保護協会を中心に、研究機関とも連携しながら、土壌、標高、ミクロクリマなどの違いを科学的に解析。将来的には、より精緻な地理的区分が導入される可能性もあります。

そして、夫々のコントラーダの個別名称をラベルに記載できるという権利が、1991年に失われていましたが、2011年に回復。マルコ・デ・グラツィアのテヌータ・デッレ・テッレ・ネーレは、コントラーダから収穫したブドウを個別に醸造して、別々に瓶詰。コントラーダに裏打ちされた、エトナの個性を表現しています。

同じエトナDOCにあっても、例えばコントラーダのサント・スピリトからエレガントなワインを、ランパンテからパワフルなワインを造って製品ラインナップの中で対比、市場への訴求にも活用できるのです。

この様に産地形成に勢いが増しているエトナ。2013年にはワイナリー軒数は60軒程度で、栽培面積は700ヘクタールに満たなかったのに、今やワイナリー数は7倍以上に増加。一方、栽培面積も拡大しましたが、1,350ヘクタールほど。小規模な生産者がひしめき合っています。

シチリア平均の5倍とされるヘクタール当たり15万ユーロに跳ね上がった畑の価値。爆発的で計画性のない発展が進んでしまうことを、サルヴォ・フォーティやマルコ・デ・グラツィアのような生産者たちが懸念しているとも。

産地の急拡大に対して、2024年から2027年の間の当面は、エトナDOCの栽培面積拡大を最大年間50ヘクタールに制限することになったようです。

他方、楽しみなのは、この産地は40代以下の若い世代が全体の2割を占め、生産の6割を輸出に回しているという躍動感。ワインツーリズムの発展も、産地の発展に拍車を掛けています。

業界関係者のイベント、エトナ・デイズも2025年に第4回を開催。2025年には91のワイナリーが参加するまでになっています。アメリカ、ヨーロッパ、イタリアから70名以上のジャーナリストやインポーターなどが集結。ネレッロ・マスカレーゼの品質の高さが改めて確認されました。

2-4. 掟を守るか自由を目指すか

ネレッロ・マスカレーゼを使ったシチリアのワインには、エトナDOC以外にも、テッレ・シチリアーネPGI、シチリアDOC、ファロDOCなどがあります。

エトナDOCでは、カターニア県の20市町村に指定された地域の畑で栽培されたブドウを使う必要があります。ネレッロ・マスカレーゼは最低8割使用が義務。残り最大2割はネレッロ・カプッチョがブレンドされます。でも、高品質ワインの多くには、ネレッロ・マスカレーゼ単一のヴァラエタルワインも見られます。

収量もヘクタール当たり9トン。搾汁率にも規制があります。そして、指定地域に含まれていないと、産地がエトナ山に所在してもエトナDOCに認められないと言う厳しいルールがあります。

一方、テッレ・シチリアーネPGIは、国際品種やエトナ山以外の産地のブドウを含むことも可能。より自由に生産者が自身のワイン造りを表現できるカテゴリー。

カルトワインの、フランク・コーネリッセンのマグマ・ロッソも、アンドレア・フランケッティが造るパッソピッシャーロもネレッロ・マスカレーゼから造ったワインをPGIで販売。エトナ最良のテロワールは、必ずしもエトナDOC の中だけに限られているわけではないという議論もあります。

早ければ今年2026年のヴィンテージからDOCGへの昇格が目されていたエトナDOC。生産者の51%の支持が必要。小規模生産者数が増加し、生産者間での合意形成に時間が掛かっている模様です。

3. ネレッロ・マスカレーゼのまとめ

滑らかな触感、フローラルな香りとコク、そしてしっかりした酸味。そんなネレッロ・マスカレーゼを使ったワインを楽しまれる愛好家も昨今ではだいぶ増えて来たのではないでしょうか?一般愛好家が知る事になったのは最近ですが、国際的にメジャーな品種になってきたのも、そう昔のことではありません。

今回の記事で勉強すれば、プロ級の知識をたちまちゲット。ワイン選びが益々楽しくなること請け合いです。価格高騰のピノ・ノワールやネッビオーロの代替品種としても注目。まだ飲んだことがない方は、この機会に一度ぜひ試飲してみましょう。

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