「年老いたブドウの樹には、美味なる果実が実る」。これは、太古の昔から、ブドウ栽培家やワイン醸造家たちに知られてきた経験則だ。もちろん留保はつく。古木なら無条件によい果実が付くわけではない。畑の立地条件(テロワール)が劣悪ならば、古木になっても質の向上はたかがしれている。とはいえ、ワイン界隈で飛びかうほかの「voodoo用語」に比べれば、古木という概念の確からしさは、かなり「固い」と言えるだろう(「voodoo用語」とは、科学的根拠や統計上の優位性が定かではない、ブラックボックス的な概念―たとえば「石灰岩土壌」―を指す)。古い樹のさまざまな利点は、かなりの程度まで合理的な説明が可能である(ただし、科学的な厳密性については後述する)。そんな事情もあって、過去15年ほどで現存する古木を保護し、その価値を称揚しようとする動きが活発化してきた。本記事では、古木のメリットとデメリット、定義と保護の試み、世界的に有名な畑・銘柄などを、前編と後編に分けて概観していく。
【目次 -前編- 】
1. ブドウの古木概論
● 古木とは何か?
● 古木の経済性
● 古木の敵と味方
● 世界最古のブドウの樹
2. 古木のメリット
● 古木のブドウはほんとうに高品質?
● マルコ・シモニットの剪定法
● 古木はサステイナブル
3. 風変わりな古木の畑
● 取り木
● ミクスド・ブラック
1. ブドウの古木概論
古木とは何か?
古木とは、「植樹から相当程度の年数が経過した、相対的に樹齢の高いブドウの木」を指す。「相当程度」というところがミソで、ごく最近になるまで、どこのワイン生産国でも「何年」という数値基準がなかったのである。後編で詳述するように、21世紀に入ってからようやく、この数値を定める試みがあちこちで始まった。だが、国家法レベルで規定されているところは、いまだにない。
それでも、古木のブドウがもたらす品質上の恩恵は、生産者のみならず消費者にも認知されている。自然な流れで、ワインラベルには、「古いブドウの樹」を意味する言葉が、昔から刷られてきた。フランス語の「ヴィエイユ・ヴィーニュ(Vieilles Vignes)」、英語の「オールド・ヴァインズ(Old Vines)」、イタリア語の「ヴェッキエ・ヴィーニュ(Vecchie Vigne)」、ドイツ語の「アルテ・レーベン(Alte Reben)」、スペイン語の「ビニャス・ビエハス(Viñas Viejas)」、ポルトガル語の「ヴィーニャス・ヴェリャス(Vinhas Velhas)」などは、すべて同義である。同じ畑から古木キュベとノーマルキュヴェ(若木のキュヴェ)の両方を生産し、価格に大きな差を付けている造り手も少なくない。
加えて、古木のブドウ樹は、ロマンチックな絵を飲み手に想起させる。数十年生きのびたブドウ樹の幹は、曲がりくねり、ゴツゴツとした瘤があって、とても太い(肥沃な土壌の樹なら、その幹の太さは、良く鍛えた大男の二の腕ほどもある)。高級ワインそのものが、長期熟成可能な性質から、ある種のタイムカプセルだと見なされがちだが、古木はそのイメージにもぴったりと重なる。齢を重ねたブドウ樹は、先祖の時代から時を超えてやってきた存在であり、「古きよき時代の賜物」なのだ。
そんなわけで、「古木」の語は、実に強力なマーケティング・ツールなのだが、基準がない点がかねてから問題視されてきた。主要なワイン生産国では通常、ラベルに記してよい言葉・情報は法律で決められていて、その運用については厳格なルールがある。だが、「古木」は例外だった。生産者が望めば、たとえ植樹してから5年の木の果実が原料でも、「Old Vines」などとラベルに書けてしまう。「古い」とは、主観的・相対的な概念だからだ。

カリフォルニア州ナパ・ヴァレーの古木 ©craig.camp
古木の経済性
ブドウ樹は、丁寧に世話をすれば、100年以上生きられる多年生植物である(もちろん、後述するように、途中で病に倒れる場合もある)。とはいえ、世界のほとんどのブドウ畑に植わる樹は、齢が25年程度になった時点で、若い苗木に植え替えられている。なぜかといえば、答えは簡単、経済性である。植樹されて間もないブドウ樹は、まだ根系も小さく、幹も細いため、実る果実の量は少ない。だが、10年ほど経って成木になると、たっぷりと房を成らすようになる。そこから約15年間が、量の面での「黄金期」である。単位面積あたりのワイン生産量が、最大になる。しかし、いつまでもピークは続かない。諸条件によって多少の差はあるものの、樹齢25年を境にして、ブドウの収量は落ち始める。植え替えにはコストと手間がかかるが、それを考慮しても、新しい木にしたほうが、量を優先するワイン造りにおいては算盤が合う。一般企業の人事方針に例えるならば、20歳前後で雇った新入社員を40歳代半ばまで酷使し、徹夜で働けなくなったら解雇するのに似ているだろう。ベテランならではの実力は、そこでは考慮されない。仕事の質が高いといえども、アウトプットする仕事の量があまりに減るからだ。これまた諸条件で差があるものの、老木が実らせる果実の量は、若木の数分の1(極端な場合は10分の1程度)にまで減ってしまう。できあがるワインに、数倍の値段を付けられれば損失はないが、ごくごく例外的なケースを除き、そこまでのプレミアムを古木の果実は生まない。
ただし、この冷たい経済性が、結果的に古木の畑を守った事例もある。カリフォルニアにおける、ホワイト・ジンファンデル生産がそれだ。カリフォルニアには、フィロキセラ禍のあと、19世紀末から禁酒法(1920-1933)の時期に植えられた、ジンファンデル主体のブドウ畑(後述)が、今日まで比較的多く残されている。ジンファンデルのワインがどれほど優れているかはさておき、カベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネといった国際品種と比べれば、ブドウの売値はときに10倍以上も開く。また、誘惑者は他の人気品種だけではない。カリフォルニア州コントラ・コスタ郡には、今も古木のジンファンデルが多数植わっているが、ここはサンフランシスコの東側に位置するベッドタウンである。畑にしておくのは「もったいない」。不動産開発業者に売って宅地にすれば、けっこうなお金になる。ブドウ栽培農家としては、とっとと古いジンファンデルを引き抜き、シャルドネに植え直すか、宅地にするかしたほうが、はるかに楽な暮らしができるのだ。この危機を救ったのが、1970年代からカリフォルニアで爆発的人気を博した、安価な中甘口ロゼワイン、ホワイト・ジンファンデルだった。猛烈な需要、引きも切らぬ注文に応えるために、古木のブドウがフル活用された。往時の人気こそ無くなったものの、ホワイト・ジンファンデルは今も、古木の畑を支え続けている。大きな売上と利益を生む限りにおいて、低収量の古木でも貴重と判断されたわけだ。
古木の敵と味方
「いきいき」と長生きを望む古木には、天敵がいる。「幹の病気」と総称される、真菌性の疾患群である。ブドウ樹の幹にある、剪定でできた傷から菌が侵入すると、維管束系に定着して、木材壊死、潰瘍、木材腐朽などの症状を引き起こす。時間の経過とともに維管束の流れが阻害され、梢や幹が徐々にダメになり、最終的にはブドウの木全体が枯れてしまうという「死に至る病」だ。古木は自然に収量が落ちていくが、幹の病気に罹るとその傾向に拍車がかかるため、植え替えの大きな誘因になっている。成木のブドウ園を襲う幹の病気は複数あり、エスカ(ESCA)、ユータイパ(EUTYPA)がその代表格である。一度罹患すると、治癒する方策はないため、いかに感染を防ぐかが、古木の畑を維持するうえでは重要になる。なお、それぞれの幹の病気には、かかりやすいブドウ品種とそうでないものがある。たとえば、カベルネ・ソーヴィニョンは、エスカにもユータイパにも弱い(高い感受性がある)。カベルネ・ソーヴィニョンの古木が世界的に見ても珍しいのは、「年老いるまでに病に倒れる」から、という側面がある。

「幹の病気」と称される真菌性の疾患
真冬に、ブドウ樹を凍死させるほどの寒波がやって来る産地でも、古木の畑は少なくなる。たとえば、米国ワシントン州がそうだ。極端な大陸性気候にある同州の主たる産地には、5~10年に一度のペースで、マイナス20~30℃という激烈な寒波がやってくる。耐寒性に優れる一部の品種を除き、全滅、植え直しになるのは当地では日常だ(全滅を避けるための工夫はもちろんなされているが、効果は限定的である)。したがって、こうした産地では構造上、古木の畑は生まれにくい。
一方で、古木の畑が生まれやすい産地もある。砂地の土壌にフィロキセラが侵入しにくいのは、よく知られた事実である。砂が多く粘土が少ない土の中だと、この寄生虫は摂食用の坑道を作れない。石英の砂が75~80%を超えている土壌では、フィロキセラは生きられないとされている。こうした地区では、フィロキセラ前に植えられたヴィニフェラが、そのまま植え替えされずに残っている。ポルトガルのコラレス地区、スペインのトロ地区などがその例だ。また、砂質土でなくとも、フィロキセラが嫌う条件を備えた産地がある。たとえば、火山灰や軽石を主体とする土壌は、粘土を欠くため、砂質土と同様に虫が定着できない。ギリシャのサントリーニ島やスペインのカナリア諸島がその代表で、自根のヴィニフェラが多く残されている。もうひとつは地理的隔離で、山脈・砂漠・海に囲まれたチリは、国全体がこれにあたる(ギリシャのクレタ島など島嶼の隔離も、近い例である)。
世界最古のブドウの樹
それでは、ブドウ樹はいったいどれだけ生き続けられるのだろうか。樹齢100年程度までなら、ゴロゴロとは言えないまでも、世界中の産地で見つかる。だが、世界記録クラスになると、桁が違うとまでは言わないものの、想像を絶する年数にわたって息をし続け、いまだに実を付けている個体がある。
まず、「結実する現存最古のブドウ樹」から、紹介しよう。スロベニア北東部の都市、マリボルにある「スタラ・トルタ(Stara Trta)」という名の樹である。品種は、黒ブドウのジャメトフカ(Žametovka)で、2004年にギネス世界記録に認定された。植樹は1550~1570年頃と推定されている(科学鑑定による裏付けあり)。仮に植樹が1550年だとすると、2026年時点で樹齢476年となる。この樹にはいまだ、年に35~55kgほどの果実が成り、ワインに仕込まれている。しかし、数十本という生産本数のため商業流通はしておらず、マリボル市の儀礼用贈答品として用いられるのみだ。
次に、「そのワインが商業生産されている最古のブドウ樹」について。イタリア北東部、トレンツィーノ・アルト・アディジェ州内のカッツェンツンゲン城に植わる白ブドウ品種、ヴェルソアルン(Versoaln)の大木が該当しそうだ。2004年に行なわれた年輪年代学の鑑定で、「350年超」という判定となった。ヴェルソアルンという品種は、絶滅の危機に瀕していたが、この超古木から挿し木による繁殖が行なわれ、現在は100本以上栽培されている。この樹の果実は、若木のブドウと混ぜて醸造がなされており、年間約500本が市場に出る。とはいえ、実際に販売用の在庫を見つけるのは困難を極め、不可能に近い。

カッツェンツンゲン城にある推定樹齢350年超の古木 ©VinoFamily
では、「お金を出せば難なく手に入る古木のワイン」で、最も植樹が古い銘柄は何か。いくつか候補がある。最有力のひとつが、南オーストラリア州バロッサ・ヴァレーの生産者、ターキー・フラット(Turkey Flat)のシラーズである。ヨハン・フィードラーなるバロッサ黎明期の醸造家が、1847年に植えたのが記録として残る。同じくバロッサにあるラングメイル(Langmeil)は、自園「ザ・フリーダム・ヴィンヤード」にシラーズを植えた年を1843年としていて、事実ならばこちらが4年古い。ただし、後編で紹介する世界中の古木のデータベース、オールド・ヴァイン・レジストリ(Old Vine Registry)には、1800年代から1830年代の植樹とされるブドウ畑がごろごろと掲載されているので、ほんとうのところはよくわからない。
2. 古木のメリット
古木のブドウはほんとうに高品質?
「古木のブドウは、若木と比べて品質が高い」。生産性の低い古木の畑を、生産者たちが大切に残そうとする最大の理由がこれである。何千年という歳月の中で、無限回検証されてきたこのテーゼは、大まかには正しい。ただし、科学の目が向けられた場合、「立証できる事実」、「相関止まりの観察結果」、「仮説の域を出ない主張」の3つに分かれるのも事実だ。そもそも、「古木=高品質」の関係を証明するのは、次のふたつの理由から原理的に困難である。
ひとつめは、生存バイアスである。古木になるまで生き残った畑は、もともとテロワールが卓越していたがために、引き抜かれずに残った可能性が高い。現在のワインが高品質だとしても、それが高い樹齢の結果なのか、単に立地が優れているだけなのかは判定できない。「古樹が良い」のではなく、「良い畑が古樹になる」という逆向きの説明が常に付きまとう。ふたつめは、変数の絡み合いだ。科学的な比較研究を行なう場合、樹齢以外の要素を揃える必要がある。しかし、現実のブドウ畑を対象にする限り、これが非常に難しい。若い畑と古木の畑では、台木の有無や種類、仕立て方、水の管理(灌漑の有無)、クローンなどの要素がほぼすべて異なる。厳密なプロトコルに沿って植えられた、専用試験区画での研究はわずかな数しかない。

「古木=高品質」の関係を証明するのは難しい
それでも、「立証できる事実」は、ふたつある。両方、ごく単純な話だ。ひとつめは、古木になると、幹をはじめとして、樹体が大きくなるという点。大きな樹体は、芽吹きや枝葉の成長を支えるための、炭水化物を多く蓄えられるから、生理学的に有利だという理屈である。もうひとつは、根が深くまで到達する傾向が見られる点だ。
しかし、ここから先は、科学的根拠が厳密に立証されない、「相関止まりの観察結果」に入っていく。まず、前項で述べた、「古木=低収量=高品質」という公式が、実は定説でもなんでもなく、複数の視点からの反証を含んでいるのに留意すべきだ。式の前半である「古木=低収量」は、植物生理に基づいてはいるものの、ダイレクトな因果関係ではない。事はもう少し複雑な様相を呈する。端的に言うと、肝心なのは樹の齢そのものではなく、老化プロセスの進行と、それを食い止められもする管理方法なのだ(次項参照)。実際、あまり巷間のワイントークには登場しないものの、「古木だけれど、たんまり収穫できる」畑も、現実になくはない。そして式の後半、「低収量=高品質」についても、そこにあるのは相関関係だけである。品質を決めるのは、大雑把に言って、葉の面積と果実の量のバランスだ。古木の樹が高い品質の実をつけやすいのは、自然に衰えた樹勢=少ない葉の面積と、少ない果実の量が、縮小均衡しているからにすぎない。樹勢の強い若木であっても、樹冠管理によって広い葉の面積と、多い果実の量をバランスさせてやれば、十分な高品質が得られる。これが、当代随一と呼ばれた辣腕栽培コンサルタント、故リチャード・スマート博士(1945-2025)の主張だった。
果実の風味そのものを、二重盲検で比較した研究も複数あるが、一貫した結果は得られていない。一般に(経験則では)、「古木のブドウから生まれたワインは、風味が凝縮していて複雑」とされるものの、科学論文として発表される試験結果は、必ずしもその主張を裏付けない。古木ワインの風味について、複数の指標(糖度、酸度、pHなど)において若木と有意差がないという研究のほか、一貫して「より軽い」という特徴が見られたと結論づける研究すらある。
樹体の大きさについても、「ビガー・ザ・ベター」とはいえない。同じ樹齢の古木であっても、土の肥沃度合いや保水力によって、幹の太さには倍半分ほどの差が生じる。樹体が大きいほうが、品質で勝るかというと、一概には言えない。小さい古木のほうが、より樹勢が弱くなって、さらに小さなスケールの縮小均衡に到達しうるからだ。
根の深さについても、常に品質上プラスになるのかは、実際のところよくわからない。理屈はこうだ。根が深く張ると、樹への水分供給が安定する(ただし、根の先端が地下水脈まで到達するかにもよる)。特に、干ばつによる水分ストレスを受けにくくなる(干ばつになると、地表近くの土はカラカラになるが、地下にはまだ水が残っている場合が多い)。適度な水分ストレスはむしろ、高品質な果実の生産にあたって必須の条件とも言われるが、過度になるともちろんマズい。根の深さは、その産地の降雨量や表土の保水力にもよるが、乾燥地においてはおおむね有利な条件になるはずだ。しかし、科学研究では反証データも上がってくる。たとえば、干ばつの年にジンファンデルについて、若木と古木の葉の含水量を測ったところ、有意な差がなかったという研究があるのだ。
近年登場した新しい学説は、エピジェネティクスによる変化だ。これは、DNAの塩基配列は変わらないまま、環境によって「遺伝子のスイッチのオン/オフ」が変わる現象で、獲得された形質が次世代に引き継がれる(ブドウのような多年生植物を、クローニングで繁殖させた場合)。若木と古木との間には、エピジェネティックな差があり、理論上は将来的な遺伝的頑強性につながる可能性がある。ただ、ブドウの研究に限らず、後天的要素がエピジェネティクスに影響し、かつその変化が次世代に受け継がれると示されたのは、21世紀に入ってからと、ごく最近だ。従って、この分野の研究はまだまだこれからであり、示唆されているどんな主張も、仮説の域を出ない。
マルコ・シモニットの剪定法
ワイナリーを経営するにあたっては、助言を仰げるさまざまなコンサルタントが野にいる。栽培、醸造、マーケティング、財務などなど。イタリア人のマルコ・シモニット(Marco Simonit)は、そうしたコンサルタントたちの中でも、極めて限定的な領域についてだけ助言をしている。ブドウ樹の剪定についてだ。シモニットとアシスタントたちが、現在関与しているワイナリーやブドウ園の数は、世界中で150軒を超す。顧客には、故国のスーパースター、アンジェロ・ガヤに始まり、シャトー・ラトゥール、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ、ルイ・ロデレール、シェイファーなどなど、超一流どころがずらりと並んでいる。
シモニットの技術が新しかったのは、樹一本ごとに、樹液の流れや樹齢を考慮した剪定を行なうところである。シモニット流には、幹の病気への感染をしにくくすると同時に、樹齢増加による収量低減を抑えるという、まるで魔法のような効果がある。結果として、ブドウ樹の「健康寿命」が延び、ワイナリーが古木を維持する経済的誘因が強化される。
シモニットの剪定技術の詳細まで、ここでは立ち入らないが、大雑把に解説するとして、ポイントはふたつ。まず、枝や幹の切り方を工夫し、ブドウ樹の樹液の流れが妨げられないようにしてやる。老木の収量が落ちていく主たる理由のひとつが、樹液を運ぶパイプ(道管)が詰まったり切断されたりして、養える葉の量が減ってしまう現象なので、それが起こりにくくしてやるのだ。切り方の工夫は、同時に樹体内に、幹の病気を引き起こす真菌類の侵入を防ぐ。エスカやユータイパといった致命的な幹の病気に感染しづらくなり、樹の寿命は延びる。しかし、樹液の流れに問題が生じないので、葉の数が減らず、実らせられる果実の数も減らない。上述したように、収量と果実品質のあいだには、直接的な因果関係がなく、樹勢とのバランスを通じた間接的な相関しかないので、高齢化による収量減が起きなくても、質が悪くなる心配はない。
古木はサステイナブル
古木が近年注目を浴びているのは、品質において若木に勝ると考えられているからだけではない。地球規模の気候変動に際して、ブドウ栽培、ワイン産業が生き残っている鍵のひとつが、古木だと考えられているのだ。これまた経験則ではあるものの、何十年以上にもわたってストレス(干ばつ、熱波ほかの異常気象、害虫、病気など)に耐え、生きのびてきた樹は、植えられた土壌に適合していて、自立して生きていける生命体だと考えられている。換言すれば、古木はヴィンテージによる生育ムラ、果実の品質ムラが比較的少ないのだ。雨がかなり少ない地域でも、根が深く張っている古木については灌漑が不要で、枝葉を伸ばす成長行為(栄養成長)が盛んでないから、若木ほど肥料も必要としない。地中に張り巡らされた深く広い根系は、菌根のネットワーク(土壌を支え、養い、保護してくれる)と密接に結びついている。加えて、古い畑は、クローンや品種においてヴァラエティに富む傾向があり、この「多様な遺伝子のプール」は、環境変化に対して適者生存的な抵抗性を持つ。
ここにきて、世界中のワイン産地で、サステイナブルなブドウ栽培(有機栽培、ビオディナミ、再生型農業を含む)が盛んに推進されるようになった。目下のところ、そうした農法において推奨される実践の中に、「古木のブドウ樹を使う」という項目は入っていないが、かなり近接する領域と言ってよいだろう。
3. 風変わりな古木の畑
取り木
私たちが今日のブドウ畑で、最もよく目にするのは、垣根仕立てというブドウ樹の育て方である。ワイヤーと支柱を使った構造物に沿って、梢、枝、幹を展開させ、生け垣のように整然と植えていく。しかし、この垣根仕立てが一般化したのは、19世紀後半に世界中のブドウ畑を寄生虫フィロキセラが襲い、アメリカ産の台木に接ぎ木して植え直してからだ。それまでは、「取り木」と呼ばれる繁殖方法が取られていて、畑には支柱もワイヤーもなく、ブドウ樹はデタラメに並んでいた。取り木は、ブドウ以外の植物の繁殖にも用いられる手法で、簡単に定義すると、「親植物の地上部の一部または全部を土に埋め、新しい根と芽を発生させて、別の個体を生み出す技術」となる。取り木の歴史は古く、紀元前2世紀に、古代ローマ時代の作家大カトーが著書『農業論』に記していた。
ブドウの場合、何種類か取り木にもバリエーションがある。フランス語でマルコッタージュ(marcottage)と呼ばれる手法は、畑の中でブドウ樹が1本枯れてしまい、欠落スペースが生じた場合に採用される。隣接する親株(枯れていない健全な株)から、欠落部に向けて深さ30センチほどの溝を掘り、そこに若い枝を這わせ、土に埋める。ただし、枝の先端部分(数芽分)だけは、新しい株を生やしたい位置から地表に出し、垂直に立ち上げる。1~2年すると、地中に埋めた枝から根が生えるので、親株と新株をつなぐ枝をハサミで切って独立させる。
一方、プロヴィナージュ(provignage)は、数本以上の新株を一度に新しく生み出す手法である。まず、老朽化した親株のまわりに、深さ50~80センチほどの深い溝を掘る。次に親株の根のあたりの土をほぐし、木全体をごろりと横に倒して溝の底に沈め、土で埋める。その際、古い幹から伸びていた、まだ若く木質化していない枝(新梢)を何本か、地表から出して垂直に立ち上げる。1~2年すれば、それぞれの新梢があたらしい樹(株)になる。プロヴィナージュの場合、新株は古い株と切り離されない。そのため、このプロセスを何度も繰り返すと、「地下ですべての株がつながった、ひとつのネットワーク」としての巨大なブドウ畑が出来上がる。プロヴィナージュで繁殖された畑は、1ヘクタールあたりの植樹密度が2万本にも上った(現在は、フランスの高密度の植栽の畑でも、1ヘクタールあたり1万本程度)。

マルコッタージュとプロヴィナージュ
マルコッタージュであれ、プロヴィナージュであれ、古い樹から直接新しい樹が不断に生まれる仕組みであるため、当該の畑の「樹齢が何年」とは言いがたい。シェリーにおけるソレラ・システムの熟成に似ている。ただし、その繁殖システムの構造上、極めて樹齢の高い樹が、一定数残存している場合が多い。この歴史ある手法は、アメリカ産台木への接ぎ木が必須になったあと、ワイン用ブドウの世界ではほぼ消滅した。プロヴィナージュによる繁殖を、現在まで続けている希有なブドウ畑が、シャンパーニュ地方の大手メゾン、ボランジェがアイ村に所有するふたつの小区画である(詳細は後編にて)。
ミクスド・ブラック
カリフォルニアには、1880年代から1930年代にかけて植えられた、ジンファンデル(Zinfandel)を主体とする古木のブドウ畑が、州内各所に今も多く現存する。そのほとんどが、複数の黒ブドウ品種の混植(時には白ブドウ品種も混じる)で、「ミクスト・ブラック(Mixed-Black)」と現地では呼ばれている。複数品種の混植は、ヨーロッパ各国からの移民が持ち込んだ伝統であった。今日のように、一枚のブドウ畑を複数の区画にわけ、その区画ごとに単一の品種を植えるのではない。一本単位で、アト・ランダムのようにブドウ品種が変わる植え方をしているのが、ミクスド・ブラックの特徴である(ただし、植え付けをした農夫たちが、実際にはある程度の規則性を導入していたのが、近年明らかになっている)。
ジンファンデルに混植されている品種としては、カリニャン(Carignane)、プティ・シラー(Petite Sirah)、マタロ/ムールヴェドル(Mataro / Mourvèdre)、サンソー(Cinsault)、グルナッシュ(Grenache)、アリカンテ・ブーシェ(Alicante Bouschet)、ネグレット(Negrette)、ミッション(Mission)などが比較的多い。これらの品種はすべて、ジンファンデルもろとも一度に収穫され、共に発酵させられる(区画別の植え付けになっていないため、ロジスティクス上、いっぺんに収穫せざるをえない)。ブドウ品種によって、成熟のタイミングは異なるため、摘まれた果実の塊には、未熟、適熟、過熟の粒が混じる。だがこのバラツキは、多くの醸造家から、「味わいのバランスを整え、風味の複雑性を増す」として、むしろ歓迎されている。

カリフォルニア州ソノマ郡にあるミクスト・ブラックの畑。7割程度を占めるジンファンデルの合間に、プティ・シラー、カリニャンなどが混植されている
⇒【後編】に続く






