スペインの赤ワイン用ブドウと聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのはなんですか。まずは、質・量両面で、同国の圧倒的な覇者であるテンプラニーリョでしょう。リオハ、リベラ・デル・ドゥエロというふたつの地域で生まれる世界レベルの赤を筆頭に、国土の隅々まで版図を広げています。近年まで、長きにわたって地中海世界を支配してきた、ガルナッチャ・ティンタ(グルナッシュ・ノワール)もまた、プリオラート地域を中心として、卓越した銘柄には事欠きません。しかし、21世紀に入る頃からでしょうか、ここに第三極が登場してきました。世界中の熱心なワイン愛好家や業界人たちの間で、北西部のとある土着ブドウが、熱い視線を集めています。その品種とは、そう、メンシア(Mencía)です。本記事では、この魅力的なブドウ品種について、特徴や歴史、主要な産地などを紐解いていきます。
【目次】
1. メンシアとはどんな特徴のブドウか
● 風味の特徴
● スタイルの多様性
2. メンシアの栽培特性
3. メンシアの起源と歴史
4. メンシアの主要産地
● ビエルソ(スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州)
● スペイン・ガリシア州の産地
● ダン(ポルトガル)
5. メンシアのサービス方法とフード・ペアリング
● サービス方法
● フード・ペアリング
6. メンシアのまとめ
1. メンシアとはどんな特徴のブドウか
風味の特徴
メンシアから造られるワインは、一般に濃い色合いを持ちます。風味は、赤いベリー類、チェリーやスミレなど、華やかでエレガントな方向を向き、タンニンはほどほど、酸はあるほうです(ただし、ポルトガルのダン地域のメンシアは、気候のせいで酸味は控えめになります)。ハーブ、スパイスの要素も、アロマに複雑味を与えています。伝統的には、瑞々しく、若飲みに適した赤ワインの原料として、このブドウは認知されていました。しかしながら、条件の揃った畑から生み出されるメンシアのワインには、非常に高い凝縮感と複雑な風味、高い次元のテロワールの表現力が備わっています。
スタイルの多様性
メンシアのワインはかつて、「軽やか」を悪く言う言葉である、「水っぽく、薄い」という不名誉な評判を抱えていました。これには歴史的な理由があります。19世紀後半、世界のブドウ畑を壊滅状態に追いやった害虫、フィロキセラの被害に遭った後、多くのメンシアが収穫作業のしやすい肥沃な平原に植え替えられたのです。肥えた土で栽培されたメンシアは、高い収量をもたらしてくれましたが、副作用として果実の風味が薄まり、軽いワインばかりが量産されてしまいました。
一方で、険しい斜面にある、痩せた土壌の畑に植わる古木のメンシアは、収量こそ低いものの、驚くべき凝縮感と複雑さをワインにもたらします。メンシアはつまり、栽培される環境によって、若飲みのデイリーワインから、テロワールを深く反映したシリアスで複雑な高級ワインまで、非常に幅広いスタイルを表現可能です。この多様性は、テンプラニーリョやガルナッチャ・ティンタと共通しています。
2. メンシアの栽培特性
メンシアは、比較的早熟な性質を持つブドウ品種です。芽吹きは早く、収穫時期は遅くも早くもありません。収量については、栽培する土地の条件によっては大きくなり、果粒のサイズが違ってきます(概して言うならば、ポルトガルのメンシアのほうが、スペインよりも高収量です)。風に弱く、ウドンコ病やベト病、灰色カビ病といったカビ系の病害に罹りやすいという弱点も有しています。
土壌との相性に関して特筆すべきは、深い片岩土壌の丘陵地との親和性です。近年、こうした条件の厳しい斜面に残された古い畑が再発見されたのが、メンシアの評価を劇的に高める要因となりました。

リベイラ・サクラのメンシア ©SanchoPanzaXXI
3. メンシアの起源と歴史
メンシアはかつて、ボルドー原産とされている、カベルネ・フランの同一種ではないかと考えられていました。風味のプロファイルを比較すると、ふたつの品種には共通点があるため、ラフな類推としては、なかなかいい線をいっています。しかしながら、20世紀末に実用化されたDNA鑑定技術によって、この仮説は否定されました。近年では、ポルトガルのダン地域の土着品種アルフロシェイロ(Alfrocheiro)と、同国の無名品種パトーラ(Patorra)の自然交配種のようだと考えられています。この仮説が正しければ、メンシアの故郷は、スペインではなくポルトガルの可能性が高くなります。
メンシアは前世紀の終わりまで、まったく光の当たらないブドウでした。フィロキセラ禍からの復興期において、栽培家たちは生産性を重視し、肥沃な平原部にこのブドウを植え直したのは前述のとおりです。その結果、他の多数のスペイン/ポルトガルの土着品種と同様に、メンシアは凡庸の沼に埋まってしまいました。
しかし、21世紀に入って風向きが大きく変わります。若く野心的な醸造家たちが、険しい丘陵地にひっそりと残っていた畑を見つけたのです。深い片岩土壌で育つ、低収量の古木から生まれたワインは、世界中の評論家や愛好家を驚かせました。そこから今日に至るまで、メンシアの主要産地は、かつてスペイン・カタルーニャ州プリオラート地域で起きたような、劇的なルネッサンスの只中にあります。メンシアは今、スペインワイン産業の最前線を切り拓く前衛的存在として、確固たる地位を築きつつあるのです。
4. メンシアの主要産地
メンシアの栽培は、主にスペイン北西部とポルトガル北部に集中しています。それぞれの産地が独自の気候や土壌、歴史的背景を持っており、ワインのスタイルに多様な表現をもたらしています。
スペイン農業漁業食糧省が発表した2024年の統計によれば、同国内での総栽培面積は8,236ヘクタールで、黒ブドウ品種の中では第10位です。スペイン北西部ガリシア州の内陸部や、カスティーリャ・イ・レオン州北西部のビエルソ(Bierzo)地域などに多く植栽されています。
隣国ポルトガルにおいても、メンシアは無視できない存在です。主にジャエン(Jaen)、ジャエン・ティント(Jaen Tinto)、ジャエン・ドゥ・ダン(Jaen du Dão)といった、別名(シノニム)で呼ばれています。2023年版の公式統計によると、植栽面積は全土で2,005ヘクタールです。ダン(Dão)地域などで栽培されるこのブドウは、トゥーリガ・ナショナル(Touriga Nacional)やアルフロシェイロといった地場の黒ブドウにブレンドして用いられるのがまだ一般的で、主役にはなりきれていません。
ビエルソ(スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州)
スペイン内陸部のカスティーリャ・イ・レオン州北西部に位置するビエルソ(Bierzo)は、現在メンシアの産地として最も世界的な注目を集めている地域です。地理的にはドゥエロ川流域から遠く、隣のガリシア州と接しています。1989年に原産地呼称(D.O.)に認定されました。ゴデーリョ(Godello)やドニャ・ブランカ(Doña Blanca)といった白ブドウも栽培され、赤白ロゼのすべてを生産可能ですが、多数を占めるのは主にメンシアを用いた赤ワインです。大陸性気候の要素を持ちつつも、年間降水量は約720mmと十分な量があり、それでも日照時間は年間2,100~2,200時間と多く、ブドウ栽培全般に適した自然条件を備えています。平野部は、沖積土、砂、粘土質の肥えた土壌ですが、山の斜面は痩せた片岩質です。

ビエルソのブドウ畑
変革期にあるワインのスタイル
ビエルソのルネッサンスが始まってから、はや四半世紀。その期間内でも、高級銘柄においてスタイルの変遷が見られます。一昔前までは、当時の市場の嗜好を背負ってか、過度な抽出や新樽の多用を経た、アルコールが高く鈍重なワインが散見されました。しかし、メンシアはもともと繊細な骨格の品種であるため、抽出やオークが強すぎると、ブドウ本来の個性がたやすく損なわれてしまいます。また、古木からの凝縮した果実であっても、注意しないと糖度が急上昇する一方で、酸度が急激に落ちてしまうという生理学的な特性も、メンシアに固有の難点です。そのため、2010年代以降は、熱心な造り手たちのあいだでアプローチが変わり、アルコール度数を低めに抑え、洗練味を志向する銘柄が増えてきました。
もともと、この産地に光を当てたのは、プリオラート復興の立役者のひとりにして、超高額銘柄レルミタの生みの親である、アルバロ・パラシオス(Álvaro Palacios)でした。アルバロは、甥のリカルド・ペレス・パラシオス(Ricardo Pérez Palacios)とともに、1998年にワイナリー(デセンディエンテス・デ・J・パラシオス)を設立します。プリオラートで行なったのと同様に、急斜面の古木に対して徹底した収量制限を導入し、目の覚めるような高品質ワインを造ったのです。パラシオス一族の大胆な動きに影響を受けたのが、リカルドと同年代で、地元のビエルソでメンシアと向き合いながら、試行錯誤を重ねていたラウル・ペレス(Raúl Pérez)でした。ペレスは、抽出を抑制しつつ、人為的介入を減らし、区画ごとの醸造アプローチを実践し始めました。ペレスはその後、周辺地域でも広範に自身のプロジェクトやコンサルティング活動を展開するようになり、今やスペインを代表する醸造家のひとりですが、出発点はビエルソ地域のメンシアにあります。
ラウル・ペレスによるビエルソのフラッグシップは、今日国際市場の価格で税別5万円超え、デセンディエンテス・デ・J・パラシオスについては20万円超えです。最高のテンプラニーリョやガルナッチャ・ティンタに、価格面でも引けを取らない存在になりました。
テロワールを重視した新しい格付け
畑ごとの微小な気候や土壌の違いを、明示的にワインラベルに記そうとして、ビエルソの原産地呼称委員会は2017年、新しい地理的階層システムを発表しました(導入は2019年のヴィンテージから)。フランス・ブルゴーニュ地方の仕組みに似ていて、流通関係者や消費者がブドウの出どころを辿れるようになっています。
- Bierzo D.O.(地方呼称): 異なる市町村産のブドウを、ブレンド可能です。
- Vino de Villa(ビノ・デ・ビーリャ): ブルゴーニュの村名ワインに相当し、単一の村(基礎自治体)で収穫されたブドウを100%使用しなければなりません。
- Vino de Paraje(ビノ・デ・パラヘ): 単一のパラヘのブドウを100%使用しなければなりません。パラヘとは、同じ村の複数区画の集合体を指します。
- Vina Clasificada(ビーニャ・クラシフィカーダ): ブルゴーニュのグラン・クリュまたはプルミエ・クリュに相当する階層です。同じパラヘ内にある単一区画、または隣接する複数区画のブドウを100%使用し、さらに最低5年間の生産履歴がなければなりません。
スペイン・ガリシア州の産地
スペイン北西部の角に位置するガリシア州は、南はポルトガルと国境を接し、西は大西洋、北はカンタブリア海です。大西洋からの影響を強く受ける海洋性気候で、年間を通して雨が多く穏やかですが、内陸部に入るにつれて気温や降水量の条件が異なってきます。近年、このガリシア州の内陸部に多く植えられているメンシアへの注目度が高まってきました。州内には5つの原産地呼称(D.O.)があり、そのすべてでメンシアの栽培が認められています。
リアス・バイシャス(Rías Baixas)は、大西洋岸の南部地域に広がる産地です。栽培面積の約95%を占める白ワイン用ブドウ、アルバリーニョ(Albariño)が世界的に有名ですが、赤ワインの生産も認められており、メンシアはここで許可されている黒ブドウ品種のひとつになっています。
バルデオラス(Valdeorras)は、ガリシア州のワイン産地の中で最も内陸に位置し、その名は「黄金の谷」という意味です。大西洋沿いの冷涼な海洋性気候と、温暖な地中海性気候が交わるエリアで、年間降水量は850~1,000mmとやや多めです。シル川など複数の河川が拓いた渓谷地の斜面上に、ブドウ畑が広がっています。メンシアは主要な黒ブドウとして栽培されており、原産地呼称の規則上、ラベルに品種名を記すには、85%以上の使用が義務付けられています。

バルデオラスを流れるシル川の渓谷地
リベイラ・サクラ(Ribeira Sacra)は、「聖なる川岸」という意味を持ち、古くから修道院を中心にワイン造りが行われてきた産地です。ミーニョ川と、西に向かって流れるシル川の流域に沿って細長く延びています。川沿いの渓谷の急斜面に築かれた段々畑が特徴的で、赤ワイン用品種ではメンシアがこの地の代表格です(原産地呼称の規定において、赤ワインではメンシアを最低70%使用するのが義務付けられています)。
このほか、モンテレイ(Monterrei)およびリベイロ(Ribeiro)の両D.O.でも、メンシアは栽培されています。
ダン(ポルトガル)
スペインに隣接するポルトガル北部においても、メンシアは「ジャエン(Jaen)」という別名で栽培されています。同国においてこの品種が特に重要な役割を担っているのが、ヴィゼウの町を中心とするダン(Dão)地域です。約20,000ヘクタールのブドウ畑が広がる大きな地域で、赤ワインが生産の約80%を占めます。主要品種は、ポルトでも用いられるトウリガ・ナショナルですが、メンシアはアルフロシェイロやティンタ・ロリス(テンプラニーリョの別名)などとともに、ブレンド用に用いられる補助品種です。
5. メンシアのサービス方法とフード・ペアリング
サービス方法
メンシアの繊細なアロマを最大限に引き出すためには、赤としては低めの温度帯、15~16℃でサービスするのがよいでしょう。軽いタイプならば、ボージョレのように、12~14℃まで下げてもよいかもしれません。
使用するグラスは、タイプによって変わります。軽いタイプなら、中程度のボウルサイズの、チューリップ型グラスを選びましょう。複雑でスケールの大きいメンシアならば、ボウル部分が横方向に大きく、ワインの表面積が広くなるブルゴーニュ型が最適です。柔らかな品種なので、若いうちのデカンタージュはまず必要ありませんが、熟成したボトルならば、澱を除去する目的で移し替えを行なってください。
フード・ペアリング
メンシアは、中程度のボディ、生き生きとした酸味と中程度のタンニンを備えています。赤系果実の風味に加え、スパイシーさや土のニュアンス、ハーブのアロマを持つため、幅広い料理とのペアリングが可能です。
肉料理であれば、仔羊のグリル、豚ヒレ肉、鴨肉、ジビエと、幅広く合せられます。軽いタイプならば、魚介類との相性も悪くなく、たとえばサーモンのグリルや、照り焼きソースを絡めたマグロのステーキにもぴったりです。野菜・キノコ料理に合わせる場合は、キノコのリゾット、ナスのグリル、レンズ豆のシチューなどが適しています。チーズと合わせるなら、スペイン産のマンチェゴやイディアサバル、イベリコ・チーズなどの風味豊かなチーズが素晴らしいパートナーとなるでしょう。
料理の風味づけとして、ローズマリー、セージ、タイムといったフレッシュなハーブや、黒胡椒、クローブなどのスパイスを効かせると、メンシアの持つ植物的かつスパイシーなアロマと見事に同調し、食事の体験をより一層高めてくれます。
6. メンシアのまとめ
メンシアの成功譚は、平凡・退屈の烙印を押されていた古くからの品種が、違う文脈に置かれると、光輝く可能性を鮮やかに示しました。今のところ、メンシアの活躍の舞台はイベリア半島に限定されていますが、今後、新世界各地への移植、実験栽培の開始が期待されます。今から100年後、メンシアはテンプラニーリョらと並び、スペインが誇る古典品種の地位を獲得していそうです。ほかにはない個性と高品質という、古典品種の条件を満たすブドウなので、未体験の方はぜひ一度お試しください。







