フランス二大銘醸地のひとつ、ブルゴーニュ(Bourgogne)地方。北のシャブリ(Chablis)地区から南のボージョレ(Beaujolais)地区まで、南北方向に細長いこの産地の中心にあるのが、コート・ドール(Côte d’Or)地区です。同地区では、世界最高のピノ・ノワール(Pinot Noir)の赤ワイン、シャルドネ(Chardonnay)の白ワインが生産されます。ピノ・ノワールの主産地にあたるのが、コート・ドールの北半分にあたる、コート・ド・ニュイ(Côte de Nuits)のエリアです。2026年の今でこそ、世界中に優れたピノ・ノワールの産地がありますが、20世紀末までは、コート・ド・ニュイが事実上唯一の選択肢でした。現在も、世界中のピノ・ノワールを市場価格の順に上から並べると、トップ10のすべてをコート・ド・ニュイ産が占めます。本記事では、そんなピノ・ノワールの聖地について、様々な角度からつまびらかにしていきます。
【目次】
1. コート・ド・ニュイの概要
● コート・ド・ニュイの地理
● コート・ド・ニュイの主力品種
● コート・ド・ニュイの名前の由来と歴史
2. コート・ド・ニュイのテロワール
3. コート・ド・ニュイ関連のマイナー・アペラシオン
4. 村名アペラシオンを名乗れるコミューンと代表的な畑
● マルサネ(Marsannay)
● フィサン(Fixin)
● ジュヴレ・シャンベルタン(Gevrey-Chambertin)
● モレ・サン・ドニ(Morey-Saint-Denis)
● シャンボール・ミュジニ(Chambolle-Musigny)
● ヴージョ(Vougeot)
● ヴォーヌ・ロマネ(Vosne-Romanée)
● ニュイ・サン・ジョルジュ(Nuits-Saint-Georges)
5. 近年の価格高騰について
6. コート・ド・ニュイのまとめ
1. コート・ド・ニュイの概要
コート・ド・ニュイの地理
コート・ドール地区全体が、北東から南西に方向に向けて伸びる帯状の丘陵地です。傾斜地で、連なる斜面のブドウ畑は、基本的に東から東南方向を向いています。その北半分にあたるのがコート・ド・ニュイのエリアで、北はブルゴーニュ地方最大の都市ディジョン(Dijon)の南から、南はコルゴロワン(Corgoloin)のコミューンまでです。南北の長さは約20キロメートルありますが、幅は狭く、場所によっては幅がわずか200~300メートルしかありません(広いところで約1キロメートル)。コート・ドール地区のその名が、そのまま「黄金丘陵」を意味するのに対し、コート・ド・ニュイは時に、「ブルゴーニュのシャンゼリゼ通り」というニックネーム呼ばれます。後述するように、気高き特級畑(グラン・クリュ)が軒を連ねるように並ぶその様から、高級ブティックが並ぶパリの目抜き通りが連想されるのでしょう。
以下は、コート・ド・ニュイに含まれる町・コミューンを、北から南へと並べたリストです。※印がついているコミューンは、村名のAOCを名乗れ、その大半に格付け特級畑または一級畑(プルミエ・クリュ)が含まれています。なお、村名AOCの境界線は、行政上のコミューンの境界線と必ずしも一致していません。たとえば、AOCジュヴレ・シャンベルタンは、北に隣接するブロション村(コミューン)の一部の土地を含みますし、AOCニュイ・サン・ジョルジュは、南に隣接するプレモー・プリセ村の土地を含みます。また、フラジェ・エシェゾー村で生産されたワインは、南に隣接するAOCヴォーヌ・ロマネのワインと同等に扱うルールです(特級畑、一級畑、村名AOC畑のすべてにおいて)。こうした例外は、ほかのコミューン、AOC間でも見られます。
- ディジョン(Dijon)
- シュノーヴ(Chenôve)
- クーシェ(Couchey)
- マルサネ・ラ・コート(Marsannay-la-Côte) ※
- フィサン(Fixin) ※
- ブロション(Brochon)
- ジュヴレ・シャンベルタン(Gevrey-Chambertin) ※
- モレ・サン・ドニ(Morey-Saint-Denis) ※
- シャンボール・ミュジニ(Chambolle-Musigny) ※
- ヴージョ(Vougeot) ※
- フラジェ・エシェゾー(Flagey-Echézeaux)
- ヴォーヌ・ロマネ(Vosne-Romanée) ※
- ニュイ・サン・ジョルジュ(Nuits-Saint-Georges) ※
- プレモー・プリセ(Premeaux-Prissey)
- コンブランシアン(Comblanchien)
- コルゴロワン(Corgoloin)
コート・ド・ニュイには、南北だけでなく東西にも境界線があります。西側は、斜面を登り切ったあたりにラインがあり、それより向こう側は、後述するAOCブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ(Bourgogne Hautes-Côtes de Nuits)の認定地域になります。東側の境界線は、コート・ドール県の東部を南方向に流れるソーヌ川と、斜面の裾野の間にあり、その向こう側はAOCブルゴーニュ(ブルゴーニュ地方全域で名乗れる、最も広域かつ格下のAOC)になります。東西の境界線は、いわば品質の境界線、テロワールの優劣の境界線です。高地であるオート・コートのエリアは、標高故に気温が低く、ブドウが完熟しません(でした)。ソーヌ川に近いエリアは、土壌の水はけが悪いため、果実の質が落ちます。この東西にある境界線も、上記のコミューンの境界線とは完全に一致しておらず、村名AOCを名乗れるコミューン内の土地であっても、東西境界線の向こう側に置かれているケースがままあります。
コート・ド・ニュイの主力品種
コート・ド・ニュイは高級赤ワインの産地であり、品種はピノ・ノワールほぼ一択、植栽の約90%を占めます。コート・ドール地区には、合計32の特級畑が存在しますが、そのうち24がコート・ド・ニュイにあり、ただひとつの例外をのぞき、すべてピノ・ノワールを用いた赤ワインのみを造ります(例外は、シャンボール・ミュジニ村の特級ミュジニ(Musigny)で、こちらはピノ・ノワールの赤のほか、ごく少量のシャルドネの白が、歴史的経緯から法律で許可されています)。村名AOCや一級畑AOC、地方名AOCの畑には、シャルドネの白も若干は植えられていますが(約9%)、目立たない存在です。このほか、白ブドウでは、微量のアリゴテ(Aligoté)やピノ・ブラン(Pinot Blanc)も栽培されています。黒ブドウ品種でも、ピノ・ノワールのほかに、微量のガメ(Gamay)の植栽があり、これはAOCブルゴーニュ・パス・トゥ・グラン(Bourgogne Passe-tout-grains)という、ガメとピノ・ノワールを混ぜる赤・ロゼワインがその使用用途です。
ピノ・ノワールへの集中は、後述するテロワール上の必然性によるところが大きいです。とはいえ、中には白ブドウ向きの特異点と呼ぶべき土地があり、高名をはせています。ひとつは、モレ・サン・ドニ村の一級畑モン・リュイザン(Monts Luisants)。ドメーヌ・ポンソ(Ponsot)と、ドメーヌ・デュジャック(Dujac)という、モレ村を代表する二大ドメーヌがそれぞれ区画を所有しており、ポンソはアリゴテを、デュジャックはシャルドネを植えています。もうひとつは、約50ヘクタールの巨大な赤の特級畑、クロ・ド・ヴージョ(Clos de Vougeot)に隣接する一級畑、クロ・ブラン・ド・ヴージョ(Clos Blanc de Vougeot)で、ドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレ(Domaine de la Vougeraie)による単独所有です。クロ・ブランは、シャルドネがほとんどですが、ピノ・グリ(Pinot Gris)とピノ・ブラン(Pinot Blanc)もシャルドネの間に混植されています(あわせて5%以下)。

ピノ・ノワールの房
なお、興味深い事実ですが、19世紀末から20世紀初頭までは、シャンベルタンやシャンベルタン・クロ・ド・ベーズといった赤のみの特級畑でも、一部の生産者が白ワインを製造していました。しかし、1935年にAOC法が成立し、特級畑ごとに生産可能色が定められた(コート・ド・ニュイでは、ミュジニを除き赤のみ)あとは、白ワインを造る経済合理性が無くなったため、そうした「珍品」は消滅しています。
コート・ド・ニュイの名前の由来と歴史
コート・ド・ニュイという名称は、この地域の中心的な町である、ニュイ・サン・ジョルジュに由来しています。コート・ドール地区の南側半分を形成するコート・ド・ボーヌ(Côte de Beaune)が、その商業の中心であるボーヌ(Beaune)の町にちなんでいるのと同じです。ふたつの町はともに、エリア内にある大規模ワイン生産者(ネゴシアン)が、歴史的にその本社を置いており、ワイン製造・交易の中心でした。南のボーヌ(人口約2万人)に比べれば、ニュイは町の規模がずっと小さく(人口約5,000人)、活動するネゴシアンの数もしかりです。
ニュイ(Nuits)という言葉は、現在フランス語で「夜」を意味する単語と、スペルも発音も同じですが、語源的には無関係のようです。この町の「Nuits」の由来は、ガリア語・中世ラテン語の「湿地の牧草地」(nauda)、ケルト語の「肥沃な沼」(nubia)など、諸説あるようですが、現在のニュイ・サン・ジョルジュには、牧草地も沼地もほとんどありません。
一方、サン・ジョルジュ(Saint-Georges)のほうは、出自のはっきりした言葉です。紀元4世紀に、ディオクレティアヌス帝によって迫害されたキリスト教の殉教者、リッダの聖ジョルジュ(聖ゲオルギオス)の聖遺物が、当地にもたらされたという伝説によります。その後、同地のキリスト教区内のブドウ畑に、サン・ジョルジュの名前が付けられました。聖ジョルジュは、ブルゴーニュ地方と関わりの深い守護聖人として、現在も広く崇められています。
コート・ドール地区内の他の主要コミューンと同様、ニュイ・サン・ジョルジュでも古代ローマ時代からブドウ栽培とワイン生産がなされていたようです。このコミューンにおける人類の最初の痕跡は、マドレーヌ期(約1.7万年前から約1.4万年前の後期石器時代)のものと同定されています。ローマ時代に栄えた町は、5世紀にひとたび破壊されましたが、中世に復活を遂げました。ブドウ栽培およびワイン生産も、中世のあいだは教会・修道院によって担われ、大いに栄えます。18世紀前半からは、この町に本拠を構えるネゴシアンが登場し始め、1825年創業のフェヴレ(Faiveley)は、現在まで一貫して、ブルゴーニュ地方最良の大規模生産者のひとつです。
2. コート・ド・ニュイのテロワール
コート・ドール地区全体が、明瞭な気候的、地形的、地質的特徴を共有しています。まず、気候はワイン産地として冷涼であり、黒ブドウ品種の中では寒さを好むピノ・ノワールと好相性です(シャルドネについては、温暖から寒冷まで、非常に幅広い気候に適合可能)。気候区分としては、昼夜および夏冬の寒暖差が激しく、乾燥して日照量の多い大陸性気候に属しますが、ブドウ生育期間中の雨は少ないほうではなく、カビ系の病害(ベト病、灰色カビ病など)の脅威は常に存在します。春の霜、夏の雹、近年では夏から秋にかけての熱波の到来も、栽培農家の悩みの種です。地形については、大まかには東または東南方向を向いた緩斜面で、斜面中腹(標高250~300メートル付近)がスイートスポットになります。標高300メートルを超えると、ブドウを完熟させられるだけの日照量と気温が得られません(でした)。標高が250メートルを切り、ふもとの平地に近づいていくにつれ、より肥沃になるとともに水はけが悪くなり、ブドウの凝縮感が失われます。地質は、大まかに言って「石灰岩土壌」です。ワインの世界には、「石灰岩土壌こそが至高のワインを生む」という、長きにわたって流布されている「信仰」がありますが、その出所のひとつがコート・ドール地区です(ほかはシャブリ地区やシャンパーニュ地方)。

コート・ド・ニュイのあちこちで見かける石垣や小屋。地元で切り出された石灰岩が使われている
とはいえ、コート・ドール地区内でも、北のコート・ド・ニュイ(最高のピノ・ノワールが名高い)と、南のコート・ド・ボーヌ(最高のシャルドネが名高い)では、主に地質の面で違いがあります。両方ともに「石灰岩土壌」なのは変わらないのですが、コート・ド・ボーヌのほうは少し地質年代が若く、粘土の混じる比率が高いのです。その関係で、ニュイの土は水はけがよく、ボーヌの土は保水力が高くなります。表土の厚さについても、ニュイは薄め、ボーヌは厚めです。一般に、ニュイ産のピノ・ノワールは、ボーヌ産と比べて、より骨格がしっかりしていて、力強いとされますし、長期熟成能力でも勝ります。これらのワインの特性の違いと、地質の違いの因果を結ぶ科学的な糸は、まだ部分的にしか解明されていないものの、強い相関があるのは明らかでしょう。
3. コート・ド・ニュイ関連のマイナー・アペラシオン
コート・ド・ニュイには多数のアペラシオンがありますが、まずは広域のアペラシオン、比較的マイナーなアペラシオンをここで紹介します。
まずは、AOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュ(Côte de Nuits-Villages)から。これは、単独で村名アペラシオンを名乗れない、テロワールが比較的劣位にあると考えられる複数の村をひとまとめにした、「合同村名アペラシオン」です。コート・ド・ニュイの北端および南端に位置する5つの村(コミューン)が対象で、フィサン(Fixin)、ブロション(Brochon)、プレモー・プリセ(Premeaux-Prissey)、コンブランシアン(Comblanchien)、そしてコルゴロワン(Corgoloin)になります。ただし、ブロション、プレモー・プリセの各村については、その一部の畑が、隣接する村名アペラシオンを名乗る権利を持っている点に留意してください。また、フィサンのコミューン内の畑については、村名AOCフィサンと、AOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュのどちらも名乗れる規則になっています。AOCコート・ド・ニュイ・ヴィラージュの生産可能色は赤・白ですが、ほとんどがピノ・ノワールの赤ワインです。

コンブランシアン村にある石灰岩の石切場。村の名からついた岩石名、コンブランシアン石灰岩は、コート・ド・ニュイで顕著に見られる ©Toutaitanous
コート・ド・ニュイの最北部には、法律上のランクとしては地方名アペラシオンながらも、実質上は畑名アペラシオンと考えるべき近い小さな生産地区がふたつあります。ひとつめは、AOCブルゴーニュ・モントルキュル(Bourgogne Montrecul)。ディジョンの町の西側にあるごく小さな区画(耕作面積で5~6ヘクタール)で、1993年認定という新しいAOCです。19世紀まで、ディジョン周辺には、約1,200ヘクタールという広大な畑が広がっていたのですが、フィロキセラ禍のあと植え直しがなされず、ブドウ栽培が消滅しました。したがってこのAOCは、失われた伝統を復興させようという試みです。「お尻を見せる(Montre-cul)」という意味の風変わりな名前は、急峻な斜面を登る人の姿から付いたとされています。生産可能色は、赤・白・ロゼです。
ふたつめが、AOCブルゴーニュ・ル・シャピートル(Bourgogne Le Chapitre)で、ディジョンのひとつ南の村、シュノーヴ村にある小区画にして、面積はこちらも約5ヘクタールしかありません。18世紀には、シュノーヴ村で最高峰のワインを生んでいた畑で、フランス国王ルイ15世に愛飲されていたそうです。言うならば、シュノーヴ村の特級畑またはトップクラスの一級畑という存在ですが、シュノーヴ村がそもそも独自の村名AOCを名乗る資格をもっていないため、ル・シャピートルの畑も地方名AOCの階級に留めおかれています。また、シュノーヴ村が、南に隣接する村名AOCマルサネを名乗る資格を持っているため、あえてAOCブルゴーニュ・ル・シャピートルの名をラベルに記す生産者は、今のところ皆無の模様です。認定年は、AOCブルゴーニュ・モントルキュルと同じ、1993年で、生産可能色は赤・白・ロゼです。
最後が、AOCブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ(Bourgogne Hautes Côtes de Nuits)。これは、コート・ド・ニュイの内側でなく、後背地(西側)に広がるアペラシオンで、斜面を登り切ったところから西方向に広がる台地や渓谷斜面の広い土地が認定されています(地方名アペラシオン)。オート・コート地域の16の村(コミューン)に加え、コート・ド・ニュイ地域内にある4つの村の、標高が高い一部区画も認定エリアです。20世紀末までは、高標高を主原因とする気温の低さがために、ブドウが完熟しない土地と考えられていました。しかしながら、気候変動による温暖化によってその弱点は克服されつつあり、近年注目度が高まってきています。生産可能色は赤・白・ロゼです。
4. 村名アペラシオンを名乗れるコミューンと代表的な畑
コート・ド・ニュイに属する16の村(コミューン)のうち、独自の村名アペラシオン(AOC)を名乗れるのは、以下の8つです。この8つの中に、24の特級畑と、135の一級畑がひしめき合っています。以下はごく簡単な紹介になりますが、さらなる詳細については、各村・AOCについて書かれた別記事をご参照ください。
マルサネ(Marsannay)
マルサネ・ラ・コート、シュノーヴ、クーシェの3つのコミューンにまたがるアペラシオンで、コート・ド・ニュイの中で唯一、赤・白・ロゼの3色すべてで村名アペラシオンを名乗れます。長らく、特級畑や一級畑を持たない地味なアペラシオンでしたが、現在クロ・デュ・ロワ(Clos du Roy)やレ・ロンジュロワ(Les Longeroies)など14の区画について、一級畑への昇格が審査されており、結果待ちです。赤ワインにも優品は多数ありますが、20世紀に入ってからはロゼが有名になりました。
フィサン(Fixin)
マルサネの南に位置し、堅牢な骨格を持つ赤ワインを生み出す村です。特級畑は存在しませんが、一級畑としてクロ・ド・ラ・ペリエール(Clos de la Perrière)、クロ・デュ・シャピートル(Clos du Chapitre)、クロ・ナポレオン(Clos Napoléon)などが高く評価されています。村名、一級畑AOCともに、生産可能色は赤・白です。
ジュヴレ・シャンベルタン(Gevrey-Chambertin)
コート・ド・ニュイを象徴する村のひとつで、コート・ドール地区で最多となる9つの特級畑を擁しています。この村のワインは一般に筋肉質で、圧倒的な力強さと長期熟成力が特性です。特級畑群の最上位に位置するのが、シャンベルタン(Chambertin)、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ(Chambertin-Clos de Bèze)の両横綱で、後者は7世紀前半にまで遡る、ブルゴーニュ地方最古の畑のひとつに数えられます。優れた一級畑も多く、クロ・サン・ジャック(Clos Saint-Jacques)ほかいくつかの畑は、特級畑相当の実力です。一方で、村名AOCの認定面積が広く、地質的に劣る場所をも含むため、村名クラスのワインについては品質のバラツキが大きいとされています。生産可能色は、村名AOCから特級畑AOCまで、すべて赤のみです。

ジュヴレ・シャンベルタンの村落
モレ・サン・ドニ(Morey-Saint-Denis)
ジュヴレ・シャンベルタンとシャンボール・ミュジニという偉大なふたつの村に挟まれた小さな村で、コート・ド・ニュイの綺羅星の中にあっては、やや地味な存在です。力強さのジュヴレと、エレガンスのシャンボールの中間的なスタイルのワインで、良く言えば両者の美点を兼ね備えます。特級畑は、村内にクロ・ド・ラ・ロッシュ(Clos de la Roche)、クロ・サン・ドニ(Clos St. Denis)、クロ・デ・ランブレイ(Clos des Lambrays)、クロ・ド・タール(Clos de Tart)の4つがあり、加えて南に隣接するシャンボール村にまたがるボンヌ・マール(Bonnes-Mares)があります。村名(Morey)とハイフンで結ばれた、シンボリックな特級畑はクロ・サン・ドニですが、品質・評価では残り4つが上回ります。生産可能色は、村名と一級畑AOCは赤・白、特級畑AOCは赤のみです。
シャンボール・ミュジニ(Chambolle-Musigny)
力のジュヴレに対して、優雅さを真骨頂とするのがシャンボールです。その白眉が、特級畑のミュジニ(Musigny)で、一級畑のトップであるレザムルーズ(Les Amoureuses)が僅差で続きます。もうひとつの特級畑、モレ村にまたがるボンヌ・マールは、風味もモレ寄りで、優雅さだけでなく、重量感や強さが感じられるでしょう。特級畑ミュジニの中には、伝統的にシャルドネが栽培されていた小さな区画があり、そのためAOCミュジニの生産可能色は赤・白です(コート・ド・ニュイの特級畑で、白の生産が可能なのはここだけ)。もうひとつの特級畑ボンヌ・マールおよび、村名と一級畑AOCは、赤しか造れません。
ヴージョ(Vougeot)
12世紀にシトー派の修道士たちが築いた、巨大な石垣に囲まれた特級畑クロ・ド・ヴージョ(Clos de Vougeot)が、唯一の特級畑です。この、約50ヘクタールの大きな畑は、村の面積の大部分を占めています。クロ・ド・ヴージョには、2世紀以上にわたる遺産相続による細分化の結果、現在では80以上の異なる所有者(ドメーヌやネゴシアン)がいて、ブルゴーニュ地方における畑の分割所有の象徴です。品質のバラツキが顕著な特級畑として、悪名高い存在であり、理由のひとつは生産者ごとの技術の巧拙や情熱の量の差、もうひとつはテロワール自体の優劣です。数百年前に石垣で囲われたこの畑は、1930年代の格付け実施時に、そのままの形で特級畑に認定され、斜面下部の水はけの悪い土地まで含まれてしまいました。つまり、斜面下部の区画だけを保有する生産者のワインは、最初からハンデを背負っているのです。生産可能色は、特級畑クロ・ド・ヴージョは赤のみ、村名と一級畑AOCは赤・白です。

特級畑クロ・ド・ヴージョのブドウ樹とシャトー
ヴォーヌ・ロマネ(Vosne-Romanée)
ブルゴーニュ好き、ピノ・ノワール好きが誰もが憧れる極北の地といえば、ヴォーヌ・ロマネに止めをさすでしょう。フィネス、力強さ、エレガンスが完璧な調和を見せる、絢爛豪華なスタイルが身上です。北側に隣接するフラジェ・エシェゾー村のワインも、ヴォーヌ・ロマネ産AOCのワインとして扱われます(村名、一級畑、特級畑のすべてにおいて)。特級畑は、その名高きロマネ・コンティ(Romanée-Conti)を筆頭に、ラ・ターシュ(La Tâche)、リシュブール(Richebourg)、ロマネ・サン・ヴィヴァン(Romanée-Saint-Vivant)、エシェゾー(Echezeaux)、グラン・エシェゾー(Grands Echezeaux)、ラ・グランド・リュ(La Grande Rue)、ラ・ロマネ(La Romanée)の8つ。ロマネ・コンティと、ラ・ターシュは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(Domaine de la Romanée-Conti = 略称DRC)の単独所有畑で、ラ・ロマネ(La Romanée)はドメーヌ・デュ・コント・リジェ・ベレール(Domaine du Comte Liger-Belair)の単独所有畑です。ラ・ロマネは、面積0.85ヘクタールで、フランス最小のAOCでもあります。生産可能色は、村名AOCから特級畑AOCまで、すべて赤のみです。
ニュイ・サン・ジョルジュ(Nuits-Saint-Georges)
コート・ド・ニュイの南端近くにあるコミューンで、ワイン産業の中心地です。AOCの認定地域は、ニュイ・サン・ジョルジュの村と、その南に隣接するプレモー・プリセ村の両方をカバーしています。強固なタンニンを持つ、筋肉質で長期熟成型の赤ワインが典型です。特級畑はなく、一級畑の筆頭に来るレ・サン・ジョルジュ(Les Saint-Georges)が、長きにわたり最も高い評価を受けてきました。歴史的な背景として、1930年代の格付け制定時、当時の村長でありこの畑の大地主でもあった生産者アンリ・グージュ(Henri Gouges)が、利益誘導という批判や外聞の悪さを避けるため、あえて自らの畑を特級に申請しなかったという逸話が残されています。近年、地元の生産者組合はこの「過ち」を覆し、レ・サン・ジョルジュを特級畑へ昇格させるための申請を行っていて、ただいま審査の結果待ちです。特級畑がない一方で、41もの区画が一級畑に認定されています。村名、一級畑AOCともに、生産可能色は赤・白です。

ニュイ・サン・ジョルジュの町並と鐘楼 ©Toutaitanous
5. 近年の価格高騰について
21世紀に入った頃、コート・ド・ニュイの特級畑ワインはまだ、「庶民がうんと背伸びすれば手の届く贅沢」でした。ロマネ・コンティやラ・ターシュ、ドメーヌ・ルロワの極少量生産ワインといった一部の例外は、その頃から高嶺の花でしたが、「普通の特級畑ワイン」は、たいてい5万円でお釣りがもらえたのです。しかしながらその後、中国に代表される新しい市場、新しい富裕層からの引き合いが強まったせいで、希少価値によって値段が跳ね上がりやすい特級畑ワインたちは、成層圏外へと旅立ってしまいました。幸い、過去2~3年のタイムスパンで見れば、高級ワイン市場全体の低迷によって、この価格上昇は頭を打った感があります。それでも、四半世紀前の値段を知っている買い手からすると、現在プライスカード上に書かれた数字は、下手な冗談にしか思えません。日本で暮らす私たちにとっては、過去5年で急激に進んだ円安も、価格の急上昇に拍車をかけました。
以下は、世界中のワインの価格・販売店を比較できる検索サイト、Wine-Searcherが随時発表・更新している、「世界で最も高価なワイン50銘柄」のランキングから、コート・ド・ニュイ産ピノ・ノワールの赤を上から10銘柄抜粋したリストです(ただし、すでにドメーヌが存在しないアンリ・ジャイエのワインについては除外しました)。価格は2026年6月17日の世界市場平均価格(税別)で、日本円換算は1ドル160円で行なっています。
- ミュジニ/ドメーヌ・ルロワ:60,325米ドル(約965万円)
- ロマネ・コンティ/DRC:23,862米ドル(約382万円)
- ミュジニ/ドメーヌ・ジョルジュ・クリストフ・ルーミエ:17,225米ドル(約276万円)
- シャンベルタン/ドメーヌ・ルロワ:15,515米ドル(約248万円)
- マジ・シャンベルタン/ドメーヌ・ドーヴネ:13,490米ドル(約216万円)
- エシェゾー/ドメーヌ・ジョルジュ・クリストフ・ルーミエ 12,984米ドル(約208万円)
- ボンヌ・マール/ドメーヌ・ドーヴネ:12,500米ドル(約200万円)
- リシュブール/ドメーヌ・ルロワ:11,522米ドル(約184万円)
- ロマネ・サン・ヴィヴァン/ドメーヌ・ルロワ:9,934米ドル(約159万円)
- クロ・ド・ラ・ロッシュ/ドメーヌ・ルロワ:8,065米ドル(約129万円)
生産量が極小の、ドメーヌ・ルロワ&ドメーヌ・ドーヴネのワインが、10銘柄中7つを占めるという極端な結果になっています(いずれもラルー・ビーズ・ルロワが運営するドメーヌ)。ただし、比較的生産量の多い銘柄でも、トップ生産者の手による品ならば、「とても買えない」という点は変わりません。たとえば、シャンベルタン/アルマン・ルソーの日本市場での平均価格は847,294円(税別)、ミュジニ/コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエは234,738円(税別)といった具合です。
6. コート・ド・ニュイのまとめ
以上が、ブルゴーニュの心臓部コート・ドール地区の北半分、コート・ド・ニュイの見取り図です。ここは、南半分のコート・ド・ボーヌと併せて、「テロワール」という概念を最もピュアな形で見せる体現者だと呼んでいいでしょう。「小道一本隔てただけで、ワインの味わいが劇的に変わる」というクリシェが、日常的に体験される現実なのが、この土地なのですから。
価格の暴騰は頭の痛い話で、この先の改善もあまり見込めませんが、ワイン好きにとって、あるいはピノ・ノワール好きにとって、コート・ド・ニュイという一続きの地面は、避けて通れません。自分で買わないにしても、なんとかして一度は口にしてみたいものです。あるいは、いったん特級畑はあきらめてしまうか。気温上昇を主たる原因として、「格下」のAOCを名乗るワインの品質が、この四半世紀で全体に向上してきました。気候変動そのものは、まったく喜ばしくありませんが、比較的お値頃なAOCの質が底上げされたのは、歓迎すべき動向です。ワイン一年生のみなさんは、「いつかはグラン・クリュ」という言葉を胸に、無理のない値段の銘柄から飲み始めてみるようお勧めします。それでもし心を掴まれてしまったら……先に待ち受けているのは官能の天国と財政の地獄です。






