古木ブラボー!【後編】~ 古木の定義・認証と古木ワインの代表5銘柄

南オーストラリア州イーデン・ヴァレーの至宝、ヒル・オブ・グレイスの古木(アンセスター・ヴァイン)

ワイン界に、長年にわたって脈々と受け継がれたきた、「古木=高品質」という等式。本記事の前編では、その「黄金の経験則」ついて、何が神話で何がリアリティなのかを、科学・経済・歴史の視点から多角的に掘り下げた。老木が秘めるサステイナブルな生命力や、ミクスド・ブラック(Mixed-Black)をはじめとする独自の栽培手法についても、レビューしている。

続くこの後編では、これまで曖昧だった「古木」の概念に、明確な基準を与え、保護しようとする国際的な試みを追う。オーストラリアのバロッサ(Barossa)の憲章から、OIVによる最新の定義まで、世界規模で広がる認証や登録のトレンドについて、主立った規制や活動を順に概観していく。さらに、ボランジェ(Bollinger)の幻のシャンパーニュから、ヘンチキ(Henschke)の至高の銘柄まで、伝説と化している古木ワインについても、5銘柄を代表として紹介する。時代を超えて生き抜いたブドウの樹は、現代のワイン造りに何を提示しているのだろうか。

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【目次 -後編-】
1. 古木を定義・保護する試み
 1-1. バロッサの古木憲章
 1-2. スペインではワイン法で(リオハ、プリオラト)
 1-3. 南アフリカの認証制度
 1-4. カリフォルニアのヒストリック・ヴィンヤード・ソサイエティ
 1-5. オールド・ヴァイン・レジストリ
 1-6. OIVの定義(2024年)
2. 世界の代表的な古木のワイン
 2-1. シャンパーニュ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ/ボランジェ
 2-2. ミュジニ・ヴィエイユ・ヴィーニュ/コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ
 2-3. レ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・デュ・シャトー・トロットヴィエイユ
 2-4. ヒル・オブ・グレイス/ヘンチキ
 2-5. オールド・ヒル・ランチ/ベッドロック
3. 古木の魅力まとめ

1. 古木を定義・保護する試み

1-1. バロッサの古木憲章

南オーストラリア州のバロッサは、世界の主要ワイン生産国・地方で初めて、古木をその樹齢によって分類し、保護しようとする活動を始めた産地だ。広域のGIバロッサ、すなわちバロッサ・ヴァレーおよびイーデン・ヴァレー(Eden Valley)には、19世紀末に植えられたブドウ樹が、シラーズ(Shiraz)を中心に多く残されている。

「バロッサ古木憲章(Barossa Old Vine Charter)」が制定されたのは、2009年である。この憲章は、樹齢に応じてブドウ樹を4つのカテゴリーに分類し、公式に登録・管理している。

まず、樹齢35年以上が、「オールド・ヴァイン(Old Vine)」と定義される。「成長の節目を過ぎ……根の構造と幹の太さが、多様な風味と個性を生み出す」と考えられるのがこの樹齢なのだ。次が、樹齢70年以上の「サバイバー・ヴァイン(Survivor Vine)」である。オーストラリアでは、1980年代に深刻なブドウ余りから、大規模な減反政策が実施され、古い樹が大量に引き抜かれた。サバイバー・ヴァインは、その淘汰をくぐり抜けてきた「生き残り(サバイバー)」であり、果実の高品質が減反政策に打ち勝ったと想定されている。次の段階が、樹齢100年以上の「センテナリアン・ヴァイン(Centenarian Vine)」。南オーストラリア州は、19世紀後半に起きた、フィロキセラ流行のダメージが比較的少なかった。そのため、樹齢100年を超えると、自根の古木が増えてくる。そして、最上位にあるのが、樹齢125年以上の「アンセスター・ヴァイン(Ancestor Vine)」だ。「先祖の木」を意味するこのカテゴリーに属するのは、バロッサに入植した、最初期のヨーロッパ移民が植えたブドウ畑であり、世界で最も古いブドウ樹群のひとつだと考えられている。シラーズについては、原産地であるローヌ北部に現存する、どのシラーの畑よりも樹齢が高い(北部ローヌのシラーは、19世紀末のフィロキセラ禍によって、ことごとく植え替えられたため)。

バロッサの「アンセスター・ヴァイン」のリスト

バロッサの「アンセスター・ヴァイン」のリスト ©Barossa Wine

これらの等級名は、ラベルに記載する正式な製品名称に組み込める。ただし、そのためには、果実の供給源であるブドウ畑が、憲章の基準を満たし、公的に登録されていなければならない。

1-2. スペインではワイン法で(リオハ、プリオラト)

スペインでも近年、特定の樹齢に達したブドウ畑を、等級基準の条件のひとつにしたり、畑そのものを公的認定したりするローカル・ルールが生まれてきている。その代表格が、リオハ(Rioja)とプリオラト(Priorat)である。

伝統的に樽熟成の期間でワインを格付けしてきたリオハでは、2017年に新たな単一畑の最上位カテゴリーとして「ビニェド・シングラール(Viñedo Singular)」を法制化した。この認証を受けるためには、樹齢35年以上の単一区画でなければならない。さらに、収穫は手摘みに限定され、通常より低い収量制限や、専門パネルによるブラインドテイスティングで合格するなど、厳しい品質基準をクリアして初めて、ラベルにそのカテゴリー名を刻める。リオハの例では、ラベル上で直截的に「古木の果実」だとアピールはしないが、欧州原産地呼称ワインの公的生産規定に、樹齢が盛込まれたという点は画期的である。

カタローニャ地方のプリオラトも、公的等級の生産規定に、樹齢の要素を2017年ヴィンテージから組み込んだ。3つのピラミッド型等級、ヴィ・デ・パラッチェ(Vi de Paratge)=区画名ワイン、ヴィニャ・クラシフィカーダ(Vinya Classificada)=格付け畑ワイン、グラン・ヴィーニャ・クラシフィカーダ(Gran Vinya Classificada)=特級格付け畑ワインのそれぞれにである。ヴィ・デ・パラッチェは畑の90%が樹齢15年以上、残り10%は最低5年。ヴィニャ・クラシフィカーダは、畑の80%が樹齢20年以上、残り20%は最低5年。ヴィニャ・グラン・クラシフィカーダは、畑の80%が樹齢35年以上、残り20%は最低10年というのが義務である。さらに、プリオラトには、古木に特化した、ビエハス・ビニャス(Vinyes Velles)というラベル表示が存在する。これは樹齢75年以上、または1945年以前に植樹されたブドウ樹にのみ許可される、特別なカテゴリーである。

1-3. 南アフリカの認証制度

南アフリカでは、古木の畑に対する公的な認証制度が運用されている。2002年に始まったブドウ畑の調査を経て、2016年に「オールド・ヴァイン・プロジェクト(Old Vine Project:OVP)」として正式に組織化された。認証を得るための基準は、樹齢35年以上だ。南アフリカには1900年まで遡れる精緻なブドウ栽培データベース(SAWIS)が存在するため、植樹年を厳格に検証できる強みがある。2025年現在、SAWISのデータベース上で古木と認定されている畑の総面積は、5,417ヘクタール。これは、南アフリカ全体の0.6%に過ぎないが、今後OVPのリーダシップにより、シェアのゆるやかな増加が期待されよう。

南アフリカにおいて、古木の認証を受けたワイナリーやブドウ畑には、強力な特権が与えられる。ボトルのネックに、「認定ヘリテージ・ヴィンヤーズ(Certified Heritage Vineyards)」の公式シールを貼付できるのだ。このシールには植樹年(栽培開始年)が明記されているので、市場や消費者に対して信頼性を担保する、マーケティング上の強力な武器となりうる。

南アフリカの認定ヘリテージ・ヴィンヤーズ・シール。植樹年が記されている

南アフリカの認定ヘリテージ・ヴィンヤーズ・シール。植樹年が記されている ©Old Vine Project

1-4. カリフォルニアのヒストリック・ヴィンヤード・ソサイエティ

カリフォルニア州では、2011年に設立された非営利団体「ヒストリック・ヴィンヤード・ソサイエティ(Historic Vineyard Society:HVS)」が、州内に現存する歴史的なブドウ畑を保護・記録する活動を牽引している。発起人は、古木をこよなく愛する高名なワイン生産者たちで、ベッドロック(Bedrock)のモーガン・トウェイン・ピーターソン(Morgan-Twain Peterson)、ターリー(Turley)のティーガン・パッサラクア(Tegan Passalacqua)、リッジ(Ridge)のデイヴィッド・ゲイツ(David Gates)、カーライル(Carlisle)のマイク・オフィサー(Mike Officer)、ビア―レ(Biale)のロバート・ビアーレ(Robert Biale)らである。

HVSの認証(Certified Historic Vineyard)を得るための基準は、独自の比率要件を伴うのが特徴である。具体的には、現在もワイン用ブドウを生産している畑であり(これは当然だが)、最初の植樹から50年以上が経過していて、かつ今も実を付けているブドウ樹の少なくとも3分の1以上が、最初の植樹にまで遡れなければならない。

リッジ・ヴィンヤーズが所有するリットン・スプリングス(Lytton Springs)の畑。1901年に植えられた樹が今も実をつける

リッジ・ヴィンヤーズが所有するリットン・スプリングス(Lytton Springs)の畑。1901年に植えられた樹が今も実をつける

認証された畑は、オンライン上で公開されているリストに、詳細な情報とともに登録され、教育活動や研究、試飲イベントを通じて世界的にプロモーションされる。ただし、ボトルに専用シールを貼るといった法的な義務付けや特権は、今のところない。

なお、HVSの「50年」という基準は、1966年に制定された、米国国家歴史保存法(National Historic Preservation Act)から来ている。この法律で定められる国家歴史登録財(National Register of Historic Places and National Historic Landmarks)は、誕生から50年以上経過しているのが認定条件なのである。

1-5. オールド・ヴァイン・レジストリ

「オールド・ヴァイン・レジストリ(Old Vine Registry:OVR)」は、世界中に現存する古木の網羅を目指した、初の国際的なデータベース・プロジェクトである。著名なワイン評論家ジャンシス・ロビンソン(Jancis Robinson)らが2010年から収集し始めたシンプルなスプレッドシートがベースとなっており、非営利団体「オールド・ヴァイン・カンファレンス(The Old Vine Conference)」などの協力のもと、世界的な規模へと発展した。文化・科学的遺産である古木の畑を記録して価値を可視化し、経済的な持続可能性をもたらして消失を食い止めるのが目的だ。現在、実質的な管理人を務めるのは、カリフォルニア在住のワインラインターで、ジャンシスとの繋がりも深いアルダー・ヤロー(Alder Yarrow)である。

特定の国や地域に閉じず、世界中のあらゆる産地の古木を単一のプラットフォームで管理している点が、最大の特徴だ。登録基準としては、一般的に樹齢35年以上をひとつの目安としつつも、バロッサ古木憲章やカリフォルニアのHVSといった各地の既存の認証基準とも連携している。2026年6月26日時点での登録数は、39カ国、10,575の畑である。

2026年10月1日より、同レジストリに登録されているブドウ畑に対し、認証マークを提供する計画もつい先日発表された。ラベル上に記載可能なマークには、「OVR」の文字、古木のアイコンとともに、「35 + YEARS」、「50 + YEARS」、「75 + YEARS」、「100 + YEARS」、「150 + YEARS」の文字列が記されていて、「どれぐらいの古木か?」が一目でわかるように工夫されている。

オールド・ヴァイン・レジストリの検索結果(ブルゴーニュ地方、シャンボール・ミュジニ村のピノ・ノワール。全57件中の3つ)。畑名をクリックすると、詳細情報が表示される

オールド・ヴァイン・レジストリの検索結果(ブルゴーニュ地方、シャンボール・ミュジニ村のピノ・ノワール。全57件中の3つ)。畑名をクリックすると、詳細情報が表示される ©Old Vine Registry

1-6. OIVの定義(2024)

以上で見てきたような、産地ごとのルール化や民間の活動を踏まえ、超有力な世界組織がとうとう動いた。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)が、2024年10月にフランスで開催された第22回総会において、決議「OIV-VITI 703-2024」を正式に採択したのである。これにより、それまで曖昧だった「古木」の概念に対し、世界基準となる初の定義と勧告が提示された。決議では、単一のブドウ樹と畑(ブドウ園)のそれぞれについて、明確な数値を設けている。

まず、「古木のブドウ樹(Old Grapevine)」とは、他の要因に関わらず、公式文書によって樹齢35年以上であると証明された個体を指す。接ぎ木を行っている場合は、台木と穂木の接合部が少なくとも35年間、損なわれずに維持されているのが条件となる。

次に、「古木の畑(Old Vineyard)」とは、法的に境界が定められた連続する一連の区画であり、そこに植わるブドウ樹の少なくとも85%以上が、上記の「樹齢35年以上」の定義を満たしている必要がある。

政府間機関であるOIVが、古木についての共通ベンチマークを示した意味は大きい。今後は欧州連合(EU)のワイン法をはじめ、世界各国の法規制やマーケティング、ひいては安易な引き抜き(減反政策)から歴史的遺産を守るための政策に、強い影響を与えると考えられている。

カリフォルニア州ソノマ郡にあるオールド・ヒル・ヴィンヤード。株仕立ての樹が地を這うように枝葉を伸ばす

カリフォルニア州ソノマ郡にあるオールド・ヒル・ヴィンヤード。株仕立ての樹が地を這うように枝葉を伸ばす

2. 世界の代表的な古木のワイン

2-1. シャンパーニュ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ/ボランジェ

近年は、小規模レコルタン(グロワー)の台頭によって、単一畑産のレア物シャンパーニュが激増した。しかし、その中でも威光にまったく陰りのないカルト・オブ・カルトといえば、ボランジェのヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ(Vieilles Vignes Françaises)だろう。アイ村にある、ワイナリー敷地内のふたつの区画(ショード・テール Chaudes-Terres、サン・ジャック Saint-Jacques、合計0.3ヘクタール)に植わるピノ・ノワールは、プレ・フィロキセラの自根がいまだ大半を占める。もともとは3区画あったが、ひとつは21世紀初めにフィロキセラにやられた。前編で紹介した、プロヴィナージュによる繁殖が、20世紀以降も続けられているので、一部は比較的新しい木になるが、大半が19世紀の植樹だというのは変わらない。

初ヴィンテージは、1969である。生産本数は、最新のヴィンテージの2016で、1,736本(2026年6月時点)とあまりに少ない。日本市場にも、毎年数ケースの入荷があるが、姿を拝めるチャンスはほぼ皆無だろう。限られた数の超高級レストランに割り当てられるほか、裕福な個人コレクターのセラーに、ショップの店頭をスキップして収まっている。

シャンパーニュ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズ/ボランジェ

自根ブドウのワインと、接ぎ木した樹からのワインの風味に、有意な差があるかどうか。これは、専門家やマニアの間でよく議論されるトピックだ。答えはいまだ風の中だが、ことヴィエイユ・ヴィーニュ・フランセーズについては、「独特のなにか」が感じられるとする言説が多い。良し悪しを超えた、唯一無二性があるのだという。だが、実際に味わって確かめるのは、希少すぎるゆえに極めて難しい。

2-2. ミュジニ・ヴィエイユ・ヴィーニュ/コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ

ピノ・ノワールは、比較的高樹齢まで生き長らえる品種で、上述のオールド・ヴァイン・レジストリで検索すると、樹齢100年前後の区画がブルゴーニュでけっこう見つかる。ただ、「ヴィエイユ・ヴィーニュ(Vieilles Vignes)」の文字が、ラベル上で燦然と輝く一番有名な例は、コント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエ(Comte Georges de Vogüé)のミュジニ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・ルージュ(Musigny Vieilles Vignes Rouge)であろう。実際にはそこまでの高樹齢ではないものの、ブルゴーニュにおける「古木」という言葉の象徴になっている銘柄だ。

名門ヴォギュエ家は、特級畑ミュジニ(10.85ヘクタール)の約7割(7.12ヘクタール)を持つ、この畑の圧倒的最大所有者である。わずかに、シャルドネの白も造っているが、ヴォギュエのミュジニのほとんどは、ピノ・ノワールの赤ワインだ。ただし、樹齢が一定の年数(25年)に達するまでは、そのブドウを特級畑の赤には使わない。シャンボール・ミュジニ・プルミエ・クリュ(Chambolle Musigny 1er Cru)という、畑名を冠さない一級畑に格下げしてしまう。ミュジニ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・ルージュに用いられている木の平均樹齢は、公式には発表されていないものの、現在45~50年程度だと推定されている。

2-3. レ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・デュ・シャトー・トロットヴィエイユ

ボルドー地方には、古木のブドウ畑が少ない。前編で述べたように、カベルネ・ソーヴィニョンは、エスカやユータイパといった幹の病気に罹りやすく、寿命が短いからだ。メルロは、そうした幹の病気に対して比較的抵抗性をもっているものの、1956年にボルドーを襲った激烈な凍害によって大部分が一度枯れているため、樹齢が3桁に達している例はごくわずかである。

そんな中、樹齢140~150年に達する、カベルネ・フランの超古木を有しているシャトーが、サンテミリオンの一級特級格付けBのトロットヴィエイユ(Trottevieille)だ。2004ヴィンテージからは、そのブドウだけを用いたスペシャル・キュヴェ、レ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・デュ・シャトー・トロットヴィエイユ(Les Vieilles Vignes du Château Trottevieille)の醸造・瓶詰めが始まっている。生産量は絶句するほど少なく、年産150本程度。ボルドー樽(225リットル)の半分だ。商業販売はしておらず、家族・親戚、親しい友人、賓客のみが口にできるという。ワインの市場価格検索サイトWine-Searcherには、5,500米ドル(税別)という値段が掲載されているものの、ここまで流通量が少ないと、需給バランスに基づく市場メカニズムは働かない。完全に言い値の世界である。

2-4. ヒル・オブ・グレイス/ヘンチキ

オーストラリアはバロッサ地域で最も有名な古木の畑が、ヒル・オブ・グレイス(Hill of Grace)だ。イーデン・ヴァレーのトップ生産者、ヘンチキのワイナリー横にある8ヘクタールのブドウ畑は、その約半分にシラーズが植わり、グランジと並び称される「オーストラリアの大銘醸」を生みだし続けてきている(初ヴィンテージは1958)。最初の木々が植えられたのは1860年。現在も実をつけ続け、「ザ・グランドファザーズ」と呼ばれるこれらの樹齢は160年を超す。フィロキセラ禍前の植樹だから、もちろん自根である。だから、寄生虫の侵入を防ぐのが、この世界遺産的ブドウ畑を守るための最重要事項になっている。労働者も訪問者も、畑に足を踏み入れる前には必ず靴底を消毒液に浸ける。

ヒル・オブ・グレイスの畑。奥に見えている教会は、最初の植樹と同じ1860年に建てられた

ヒル・オブ・グレイスの畑。奥に見えている教会は、最初の植樹と同じ1860年に建てられた

力で飲み手をねじ伏せるグランジに対し、ヒル・オブ・グレイスはその名の通り、「優雅さ(grace)」で魅せるワインだ。最新ヴィンテージ2022の、世界平均価格が713米ドル(Wine Searcher掲載の税抜き金額)と、こちらもべらぼうに高いし、かなりの入手困難銘柄でもある。しかし、その透き通るような果実味は、古木が表現しうる美の頂点を、実にエレガントな所作で示してくれるだろう。

2-5. オールド・ヒル・ランチ/ベッドロック

カリフォルニア州ソノマ郡ソノマ・ヴァレーにある、ミクスト・ブラックの代表的な畑。ジンファンデルを主体にしつつ、合計約30品種が12ヘクタールの面積に混植されている。畑が拓かれ、ミッション種が植えられたのは1852年、最初のジンファンデルの植樹が1856年だが、その後フィロキセラにやられてしまった。1885年、アメリカ系台木に接いで再植した分が、まだ現役として果実を実らせ続けている。現在の所有者はウィル・バックリン(Will Bucklin)で、馴染みの顧客にブドウを売りつつ、自身のワイナリー(バックリン・ワイナリー)も経営する。

オールド・ヒル・ランチの古木

オールド・ヒル・ランチの古木

この畑の名をラベルに記し、有名にしたのは、レイヴェンズウッド(Ravenswood)の創業ワインメーカーであったジョエル・ピーターソン(Joel Peterson)である。レイヴェンズウッドは、単一畑産の力強いジンファンデルの数々で、1980~1990年にかけて一時代を築き、そのフラッグシップがオールド・ヒル・ランチだった。ジョエルはその後、レイヴェンズウッドを大手ワイナリー・グループであるコンステレーションに売却し、その結果としてブランドは陳腐化してしまうが、ジョエルの息子が父から「古木魂」を引き継いだ。神童と呼ばれた息子、モーガン・トウェイン・ピーターソンMWは、自らのベッドロック(Bedrock)のブランドで、オールド・ヒル・ランチから卓越したジンファンデル・ブレンドを生産している。興味深いのは、一度引退した父ジョエルが、2016年からマイクロ・ワイナリー「ワンス&フューチャー(Once & Future)」をスタートさせた事実だろう。ジョエルは再びオールド・ヒル・ランチのブドウを扱うようになり、今ではこの畑について、「親子の飲み比べ」ができる。

3. 古木についてまとめ

過去四半世紀、古木にまつわる神話の解体は、ずいぶん進んできたように思う。すべてのミステリーが解き明かされたわけではないものの、「古木=高品質」という等式は、おおむね公式になった感がある。その過程で、古木の認定、認証が世界各地で進み、国際基準となる定義(35年)も決まった。名高い古木ワインは、需給バランスから例外なく高価になるが、カリフォルニア、スペイン、南仏といった地域には、高樹齢でもお値頃な銘柄が少なからずある。ぜひ手に取って、節くれ立った幹を想像しつつ、「過去からの旅人」をグラスの中に見つけてほしい。

南オーストラリア州イーデン・ヴァレーの至宝、ヒル・オブ・グレイスの古木(アンセスター・ヴァイン)

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