ブショネ根絶?!最新天然コルク事情 前編

天然コルクの栓は、ワインがもたらすロマンのひとつだ。300年以上前に開発されたテクノロジーをいまだに使い続けるアナクロ感がそもそもよいし、たかだか飲み物の栓を抜くだけなのに、専用の道具を使って仰々しくやるあの儀式もアガる。しかしながら、天然コルクの栓にはおおきなおおきな悩みが伴っていた。そう、ワイン飲みの悪夢、ブショネすなわちコルク臭である。しかしながら、2020年代に入った近頃、どうやらこのコルク臭からとうとう、人類がさよならできるきらめきのときがキタようだ。本記事ではビギナーにもやさしく、ブショネってなーにというところから語り始め、根絶までの道のりを、前後編に分けて熱くレポートする。

文・写真/立花 峰夫


【目次】

1. ブショネ=コルク臭ってなーに?
2. ブショネはなぜ起きるの?
3. ブショネの閾値とその影響
4. 後編では…


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1. ブショネ=コルク臭ってなーに?

清水ダイブで買ったお宝がブショネだった日には……

ブショネ(コルク臭)とは、瓶詰めされたワインに、栓である天然コルクから不快な風味が溶出して移ってしまうトラブルを指す。不快な風味とは、ずばりかび臭い風味で、濡れたダンボール、カマンベールチーズの皮の部分などとも表現される。

1990年代から2000年代にかけては、天然コルク栓の品質が低下し、このブショネのトラブルが頻発した。その発生率は、5~8%にも上ると言われていたのである。21世紀のいま、「製品」として市場に流通するものの不良率って、0.00……1%とかがフツウなのに、この8%ってナニ?と、ただあきれるほどのダメ確率だ。

やっかいなのはこのブショネ、栓を開けるまでやられているボトルかどうかがわからないことだ。レストランでのホストテイスティングは、主にこのブショネが起きていないかどうかを確認するためにやっている。訓練すると、栓を抜いてコルクの鏡面についたワインのにおいをひとかぎしただけで、そのワインがブショネかどうかはたいていわかるようになるので、ソムリエさんが顧客にホストテイストさせるまえにブショネに気づき、ボトルを取り替えてしまうこともある。

「訓練すると」と上に書いたが、ブショネかどうかは、ある程度繰り返してその特有の風味を意識しないと、わかるようにならない。もちろん、程度がひどいと「なんかヘンな味のワイン」だと思うのだが、程度が軽いものだと「そういう味」と受け止められ、そのまま飲まれていることも少なくないのだ。

実際、ワインの製造元や販売元へのブショネのクレームや返品率は、おどろくほど低い。大規模なワインコンクールなどでプロが鑑定し、報告されるブショネの発生確率は、近年3%程度だが、輸入元やショップで働いていると、ブショネでの返品やクレームがあるのは間違いなく1%未満である。「ブショネとわからずに飲まれてしまう」というこのシチュエーション、製造・販売など売る側にとっては返品よりもタチが悪い。「おいしくないワイン」と思われ、二度と買ってもらうことがなくなるからである。

ブショネ判別法を身につけるには、「わかる」飲み手の人とブショネのボトルをともに味見して、「このワインに感じるこういう風味が、ブショネのものなんだよ」と教えてもらうのがよい。一度で覚えられなくても、何度めかで覚える。一度覚えたら、一生忘れない。ワインをひとかぎした瞬間、「あっ、これブショネ」とわかるようになる。

まったくの余談だが、フランス語で栓のことをブション bouchonと言い、その形容詞形がブショネである。このブション、ブショネにはコルク臭以外の意味もあり、それは「交通渋滞」という意外なもの。ワインの瓶口にコルクが「詰まって」いる様子が、渋滞を連想させるからだという。うまいこというもんだ。

2. ブショネはなぜ起きるの?

不良コルクが原因と思われる偶発的な品質不良は、コルク栓とガラス瓶の組み合わせが普及した17世紀から知られていたのだが、その原因物質が特定されたのは比較的最近のことである。

スイスのウェーデンスヴィル研究所に勤めていたハンス・ターナーが、1970年代の後半にドイツのコルク業者の依頼を受けて研究を始めたことが、そのきっかけであった。

ターナーが、コルク臭のするワインをガス・クロマトグラフ質量分析計で分析した結果、TCA(2, 4, 6-トリクロロアニゾル)がその主要原因物質だと分かり、1981年に『ザ・スイス・レヴュー・オブ・フルート・アンド・ワイン』という研究所の紀要論文誌にその結果を発表する。

彼の論文には、TCAの閾値がppt(リットルあたりナノグラム)という極小のものであるということ、ワインの風味に悪影響を与えるものの、健康上のリスクはないことが書かれていた。ターナーは論文発表当時、コルク栓の漂白に使われていた塩素系の薬剤がTCA生成の原因になりうるとし、コルク業界に警鐘を鳴らした人物でもあった。

ターナーが特定した物質TCAは、天然コルクの中にもともと存在する菌類が、コルク内のフェノール成分と外部から来た塩素を代謝することによって生成されるものである(ただし、この菌類はコルク樹皮が採取されたあと、さまざまな課程で繁殖することもある)。

菌類が代謝によりTCAを生成するためには、塩素の存在が不可欠であるため、当初はコルクの漂白に用いられていた塩素系の薬剤がその犯人とされた。しかし、塩素系漂白剤が過酸化水素に取って変わられたあとも、コルク臭の問題はなくならなかったため、原因の特定はそれほど単純ではないことが分かった。

1950~1980年代までコルクの森に撒かれていた、塩素を含む殺虫剤などもその有力な容疑者だ。こうした殺虫剤はもう散布されなくなって久しいが、いまでも土壌中に残存し、これからも当分は残り続ける。なお、樹から剥がされる前の樹皮の段階でも、TCAが見つかることから、皮目から空気の吸収をするコルク樹皮の構造自体が、菌類の繁殖を生みやすいと今では考えられている。

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3.ブショネの閾値とその影響

ブショネの主原因であるTCAの閾値は極めて低く、3~5ppt(3 ~5ng/l)だとされている。ただ、これには個人差があって、敏感な人はわずか1pptでも感じるとされるし、鈍感な人の閾値は10ppt程度まで高くなる(1pptというと、オリンピックサイズのプール400個分に、1mlの比率である)。

また、ワインのタイプによっても閾値は変わってくる。一般にフレッシュで軽やかな白ワインほど閾値は低くなり、重要な赤ワインではほかの風味にマスキングされて、閾値は高くなる。

なお、TCAはその風味を検知できなくても、他のアロマの知覚を妨害する効果があることが知られており、果実風味が大人しくなり、余韻が短くなってしまう。したがって、これは「コルク臭」だとはっきり認知していなくても、低濃度のTCAに汚染されているワインを、「なんとなくおいしくない」と思っているケースはままあるのだ。

これまた余談だが、ブショネにつながる原因物質は、TCA以外にもあって、ほかにも数種、似た悪臭をワインにもたらす類似の物質がこれまでに特定されている。TeCA(2, 3, 4, 6-テトラクロロアニゾル)、PCA(2, 3, 4, 5, 6-ペンタクロロアニゾル)、MDMP(2-メトキシ-3, 5-ジメチルピラジン)、TBA(2, 4, 6-トリブロモアニゾル)といった物質だ。

ただし、TCAを含め、ワインにもたらされる汚染物質のすべてがコルク由来というわけではない。ワイナリーの木製建材、樽、木製パレットなどからも、こうした物質はワインに移るのである。コルクからの汚染の場合、やられるのはそのワイン一本だけで済むことがほとんどだが、その他の経路での汚染の場合、被害はたいてい大きくなる。ワイナリーの建材からTCAがワインに移るトラブルの場合、その蔵に貯蔵されているワイン全量がやられてしまうこともあるから、まさに悪夢である。ただし、コルク由来の場合も、製造業者から納品されたロットがまるごとTCAに汚染されているようなケースもあって、ときどき製造業者とワイナリーのあいだで訴訟沙汰になっていたりする。

 

4.  後編では…

ブショネとはどんなものかがわかったところで、前編はおしまい。後編では、このブショネとサヨナラするためのふたつのアプローチ、すなわち天然コルク以外の栓(代替栓)を使うというものと、天然コルク自体の品質向上・TCA汚染根絶のメーカー努力についてレポートする。なかなかドラマチックな展開だから、こうご期待ですよー♪

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立花 峰夫 Mineo Tachibana
タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワイン専門誌への記事執筆、欧米ワイン本の出版翻訳を精力的に行う。
翻訳書に『アンリ・ジャイエのワイン造り』ジャッキー・リゴー著、『シャンパン 泡の科学』ジェラール・リジェ=ベレール著、『ブルゴーニュワイン大全』ジャスパー・モリス著、『最高のワインを買い付ける』カーミット・リンチ著などがある。

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