リケジョが行く! ワインを科学で考えるコラムvol.8 「全房」って省略するのはとてもキケン!

少し前からワイン業界で「全房」という言葉をよく聞くようになりました。しかし、日本特有の「省略大好き文化」の弊害として、本来2種類ある「全房」を混同している場面が散見されます。「全房」とは何なのか、なぜこの省略がキケンなのかを解説しながら、科学的な理解も深めます。

文/小原 陽子


【目次】

1. 全房には2種類ある
2. 全房発酵は赤ワインだけに使う言葉
3. 全房圧搾は白ワインだけに使う言葉
4. 100%はわかりやすい、でもそのほとんどは不正確


1.全房には2種類ある

そもそも、「全房」には2種類あるということをまず念頭に置いておきましょう。すなわち、「全房発酵」と「全房圧搾」です。これらの意味を、きちんと理解できているでしょうか。文字通り「全房のまま発酵すること」「全房のまま圧搾すること」でしょう?と思われるかと思いますが、では赤ワインと白ワイン、どちらにいつ使われるのか、きちんと区別できていますか?

 

2.全房発酵は赤ワインだけに使う言葉


全房発酵とは、除梗も破砕もせずに発酵させることです。でもちょっと待って。それで発酵は進むのでしょうか?答えはNOです。破砕して果汁が得られないとアルコール発酵は進みません。一方、大きなくくりでいうと、皆さんもよくご存じのカーボニック・マセレーション(MC)も全房発酵に含まれます。

MCの場合はまず、「細胞内発酵」が起こるというのはご存知の方も多いと思いますが、それに関係しているのは酵母ではなくアルコールデヒドロゲナーゼという酵素です。この酵素によって、細胞の中で0.5-2.2%ほどのアルコールが発生するので「発酵」と呼ばれますが、アルコール発酵とは全く意味が異なります。実際、ボージョレ・ヌーヴォーのアルコールはMCが完了したあとに圧搾し、その果汁を酵母でアルコール発酵させて得られるものです。

なぜMCの話をしたかというと、MCで起こる細胞内発酵が全房発酵にも関係してくるからです。細胞内発酵にはアルコールデヒドロゲナーゼ以外にも多くの酵素が関わっており、それらによってジューシーな赤系果実の香りが生み出され、それがボージョレ・ヌーヴォーを想起させる香りともなるわけです。しかし、その量が少なければ、いわゆる「バナナ」とか「チューインガム」と呼ばれるあの香りほど強くは感じません。

「全房発酵をした赤ワイン」でも、この細胞内発酵が一部で起こります。全房発酵を行う場合はアルコール発酵をしたいわけですから、少しずつ発酵槽をかき混ぜ、ブドウをつぶしながら果汁のアルコール発酵を進めていきます。その際、発酵槽の中にはアルコール発酵によって生成した二酸化炭素が充満していますから、まだつぶれていないブドウはその二酸化炭素にさらされることでMCと同じ条件となり、細胞内発酵が起こるのです。

だから全房発酵を行うと、MCのジューシーな香りがわずかですがワインに含まれることになり、それが「華やかな」などと表現されることになるわけです。同時に、発酵が進みながらフレッシュな果汁が徐々につぶれたブドウから出てくることで、長い時間発酵したワインと短時間発酵したワインが混ざり合い、ワインに奥行きや深みが出るといわれるのです。

ただし、梗には水分とカリウムが多く含まれます。水分によってマストが稀釈されてしまうリスクもありますし、カリウムは酒石酸と反応し酒石として析出し、ワインのpHを上げてしまうリスクがあります(pHが高いリスクについてはいつか書きたいと思います)。

いずれにしても、全房「発酵」は赤ワインにしか使わない言葉であると言えます。だって、白ワインは(オレンジワインを白ワインに含めるかどうかは別として)果皮との接触を行わないのですから全房の状態で発酵を行うことはありませんよね。

 

3.全房圧搾は白ワインだけに使う言葉

次に全房圧搾について見ていきましょう。全房圧搾は除梗をしないで圧搾することですよね。これは「発酵前の」「白ワイン」にしか使いません。なぜでしょう?「全房発酵した赤ワインだって全房圧搾じゃないの?」と思われるかもしれません。しかし、上述のように全房発酵をする赤ワインはその過程で発酵槽をかき混ぜ、ブドウをつぶさなくてはなりません。圧搾をする時点で「全房」すなわち、傷のついていない、房のままのブドウが存在することはあり得るでしょうか?つぶれていない粒が含まれることはあるようですが、発酵槽をかき混ぜるのが赤ワイン造りの基本ですから、房がまるごときれいに残っていたら奇跡なのではないでしょうか。だから、白ワインにしか使わない言葉なのです。

では、全房圧搾はなぜ行うのでしょうか。メリットとしては、圧搾した際、梗が含まれることで果皮の間に隙間ができ、絞った果汁が流出するための経路になることが挙げられます。つまり、スムーズに果皮や梗と果汁を分離することができ、接触時間が少ないので苦みや渋みのもととなるフェノリックが抽出されにくくなるのです。だから繊細な味わいのワインを目指す場合には好んで使われる手法と言えます。

一方でデメリットもあります。梗が十分に熟していない場合は青臭さが出てしまうことがありますし、強く圧搾しすぎれば梗から出る強く渋いタンニンが出てしまう可能性があります。さらに、梗はかさばるので、一度にプレス機に入れられるブドウの量が減ってしまいます。除梗すれば1回で済む圧搾を2回に分けないといけないとなれば、時間的ロスにもなりますし、先に絞った果汁の保存にも気を使わねばなりません。

 

4.100%はわかりやすい、でもそのほとんどは不正確

私の授業ではいつも「なにごとも100%良いこと、悪いことは存在しない」と話しています。これは科学を学んだリケジョ(もちろんリケダンも!)なら共通の認識です。SNSからクラブハウスまでオンラインでの交流が盛んな昨今、「〇〇は絶対これ!」みたいな解説が「わかりやすい」として人気を集めているようです。ただ、中にはワインに関する説明でも「絶対ではないのに」と思う事例も散見され、「100%ほど不正確なことはない」と信じるリケジョは日々心を痛めています。

マーケティング的には「全房発酵は香りや味わいが複雑になる!」とわかりやすく言い切ってしまうのは仕方ないにしろ、そのデメリットも把握した上で、皆さんご自身がその真実をご判断いただきたいと思います。

 

小原 陽子(おばら ようこ)Dip WSET

東京理科大学薬学部卒。製薬会社で有機化学の研究員、化学メーカーで農薬安全性研究部門スタッフとして通算18年の勤務経験を持つ120%リケジョ。現在はワイン講師、ワイン専門通訳・翻訳者、ワインライターとして活動。
マスター・オブ・ワイン研修生として日々研鑽に励み、2018年には研修生対象のAXAミレジムスカラシップを唯一のアジア人として受賞。

 

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