ゲヴュルツトラミネール ~ 咲き誇るバラの芳香の白ワイン

グラスに注いだ瞬間、花びらやライチの香りがあふれ、飲む者をエキゾチックな世界へ誘う白ワイン。それがゲヴュルツトラミネール(Gewürztraminer)です。フランスのアルザス地方をはじめ、ドイツ、イタリアのアルト・アディジェ地方など、ヴォージュ山脈やアルプス山脈の麓で古くから栽培されてきたこのブドウは、世界で最も個性的で、アロマティックな白ワインを生み出す品種のひとつとして知られています。ゲヴュルツは、キャラクターがあまりに強烈なため、「ブラインド・テイスティングで最も素性を当てやすい」としばしば言われるブドウです。本記事では、この芳醇でグラマラスな「香りの女王」について、徹底的に解剖していきます。

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【目次】
1. ゲヴュルツトラミネールとはどんな特徴のブドウか
 ● 風味の特徴
 ● スタイルの多様性
2. ゲヴュルツトラミネールの栽培特性
3. ゲヴュルツトラミネールの起源と歴史
 ● 名前の由来と定説の崩壊
 ● 真の起源とサヴァニャンとの同一性
 ● 「ゲヴュルツ」の誕生とアルザスでの定着
4. ゲヴュルツトラミネールの主要産地
 ● アルザス
 ● ドイツとイタリア
 ● その他の生産国
5. ゲヴュルツトラミネールのサービス方法とフード・ペアリング
 ● サービス方法
 ● フード・ペアリング
6. ゲヴュルツトラミネールのまとめ


1. ゲヴュルツトラミネールとはどんな特徴のブドウか

白ワイン用のブドウ品種でありながら、果皮がピンク色から赤みがかった色合いをします(いわゆる「グリブドウ」です)。果皮の赤い色素(アントシアニン)は、ワインの液色にも影響を与えるので、ゲヴュルツのワインは一般に色が濃くなり、黄金色だったり、ピンク色を帯びていたりするのが珍しくありません。ブドウの粒は小さく、果皮は厚いのですが、この果皮にこそ、ゲヴュルツトラミネールの魔法とも言える香りの秘密が隠されています。

ゲヴュルツトラミネールの房

©Felloni claire

風味の特徴

ゲヴュルツトラミネールを語る上で欠かせないのが、極めて豊かなアロマです。描写用語としてよく挙げられるのは、なんといってもバラとライチ。フルーツ香については、パッションフルーツ、パイナップル、マンゴーといった、甘やかでエキゾチックな果物の名もよく使われます。そして、スパイス。品種名の頭にあるゲヴュルツ(Gewürz)は、ドイツ語で「スパイス」の意味で、ジンジャー、シナモン、クローブ、ナツメグといったニュアンスが特徴的に見られます。ゲヴュルツがもつアロマの大部分が由来するのは、ブドウの果皮に含まれるモノテルペンという香り物質です。特に、ライチの香りをもたらすリナロールや、バラの香りの正体であるゲラニオール、シトロネロールといった成分が、芳香の中核をなしています。

味わいの面では、豊潤でフルボディ、滑らかな口あたりを持つワインになりやすいブドウです。果実の糖度が上がりやすいため、14%を超えるアルコールのワインが珍しくありません。高い糖度と引き替えに、酸味については、中程度から低めになる傾向があります。このほか、口の中にオイリーなとろみを感じさせるのが、グリセロールという物質です。

余韻に残る、比較的はっきりした苦味・渋味も、この品種の大きな特徴として語られます。これは、ピンク色の果皮に含まれるフェノール化合物が、醸造中にワインに移ったために生じる感覚です。アルザス地方の著名な生産者であるオリヴィエ・フンブレヒトが、「ゲヴュルツトラミネールは、実のところ赤ワインだ」と語っているのは、極論ではあるものの、とても興味深い意見でしょう。この苦味・渋味とバランスを取るのが、ワインに残る糖分です。意図的に造った甘口でなくとも、ゲヴュルツトラミネールのワインには、多少の残糖がしばしば感じられます。これは、収穫時の糖度が高いため、アルコール発酵が途中で自然に停止するという、「成り行き」の結果である場合が多いです。しかし、味わいの調和のために、辛口から中辛口の範囲内で、わざと甘味を残す醸造家もいます。

瓶熟成による変化も、これまた魅力的です。若いうちはフレッシュな花や果実の香りが主体ですが、時間とともに蜂蜜やドライアプリコット、マーマレード、あるいはベーコンの脂やスモークといった、より重厚で複雑なブーケに変わっていきます。

ゲヴュルツトラミネールのアロマプロフィール

スタイルの多様性

強烈な個性ゆえに、単一のスタイルしかないと誤解されがちなゲヴュルツトラミネールですが、実際には栽培地の気候や醸造家の方針によって、多様なワインが生み出されています。その振れ幅は、決して小さくありません。

最も顕著なのは、「甘さ」のレベルです。完全に発酵させた極辛口から、極甘口のデザートワインまで、フルラインナップが揃っています。例えば、イタリアのアルト・アディジェ地方などの標高が高く冷涼な地域や、酸味を保つために早めに収穫されたブドウからは、柑橘系の香りが際立つ引き締まった辛口が造られ、酸味も比較的豊かです。ドイツやオーストリアでも、このすっきりとした辛口が多く見受けられます。

一方、温暖な気候で栽培されたり、十分に成熟を待って収穫されたりしたブドウから生まれるのは、パイナップルやマンゴーといったトロピカルフルーツの風味が前面に出た、リッチでふくよかなスタイルです。本場であるフランスのアルザス地方では、大部分がこの範疇にあたります。残糖がある場合が多く(中辛口~中甘口)、ギンギンの辛口は少数派です(ただし、あまり条件がよくない畑からのワイン、すなわち廉価品は、果実の糖度が上がりにくいため、アルザス産でもボーンドライになります)。

アルザス地方は、素晴らしい甘口、極甘口ワインの産地でもあります。遅摘みによって糖度を高めたヴァンダンジュ・タルディヴ(Vendanges Tardives / VT)、貴腐菌の影響を受けたブドウのみを厳選したセレクシオン・ド・グラン・ノーブル(Sélection de Grains Nobles / SGN)というふたつのカテゴリーです。収穫時の最低糖度が、品種別に法律で定められていて、ゲヴュルツトラミネールの場合、VTはリットルあたり270グラム、SGNは306グラムに設定されています。ゲヴュルツは果皮が厚いため、貴腐菌には比較的感染しにくく、このブドウのSGNはその意味で貴重です。

醸造方法も一様ではありません。一般的には、華やかなアロマとフレッシュさを維持するため、ステンレスタンクで低温発酵させ、マロラクティック発酵は回避して酸味が落ちるのを防ぎます。しかし、一部の野心的な生産者たちは、オーク樽での発酵や長期間の熟成に挑戦し、さらなる複雑性と深みをワインに与えようとしています。また近年では、発酵初期に果皮と果汁を一定期間接触させる、「スキンコンタクト」の技法を取り入れ、果皮からフェノール化合物を積極的に引き出す造り手も増えてきました(スキンコンタクトを長期に実施すると、いわゆるオレンジワインになります)。

2. ゲヴュルツトラミネールの栽培特性

ゲヴュルツトラミネールは、発芽も果実の成熟も早い、早生(わせ)品種です。そのため、産地によっては春の遅霜のリスクが低くありません。その一方で、休眠期である冬の厳しい寒さに対しては強い耐性を持っており、大陸性気候の寒冷な冬を越すのには適した強靭さを備えています。

ゲヴュルツトラミネールは、非常に熟しやすいブドウで、天候に恵まれれば容易に高い糖度に達します。したがって、温暖な産地での栽培は推奨されません。十分な日照が得られつつも、酸を保てる冷涼な気候の産地や、標高が高く昼夜の寒暖差が大きい場所が適地です。

樹勢はやや強いのですが、収量が相応に高いわけではありません。主たる原因は、花ぶるいという結実不良が起きやすいためです。果房と果粒の両方が小さいのも、相対的な低収量につながっています。

栽培上の利点として挙げられるのは、いくつかの主要な病害虫に対して比較的抵抗性がある点です。ベト病や灰色カビ病の被害は、さほど発生しません。分厚い果皮が、カビ病から中身を守る物理的なバリアとして機能している側面があります。このほか、ブドウ蛾の被害も少ないほうです。一方で、ゲヴュルツトラミネールはウイルス性の病害には感染しやすいという弱点を持っています。この問題に対処するため、アルザス地方の町コルマールにあるブドウ栽培研究所では、1971年から約30年間、クローン選抜が行われてきました。現在、フランスで公式に認定されているウイルスフリーのクローンは、8種類あります。

ゲヴュルツトラミネールの房

©Dankwartdelor

3. ゲヴュルツトラミネールの起源と歴史

ゲヴュルツトラミネールという長く発音しづらい名前は、ワイン愛好家にとってはお馴染みですが、その起源と歴史は名前以上に複雑であり、ある種のミステリーに満ちています。この品種のルーツを辿る旅は、最新のDNA解析技術によって、長年信じられてきた定説が見事に覆されるという、スリリングな展開を見せてきました。

名前の由来と定説の崩壊

ゲヴュルツトラミネール(Gewürztraminer)という品種名は、ドイツ語でスパイスを意味する「ゲヴュルツ(Gewürz)」と、「トラミンの(Traminer)」という言葉が組み合わさって出来ています。トラミン(Tramin)とは、北イタリアのアルプス山麓、アルト・アディジェ(南チロル)地方にある村の名前です。イタリア語ではテルメーノ(Termeno)と呼ばれます。これを根拠として、ゲヴュルツトラミネールはトラミン村が発祥の地で、そこからアルプスを越えてドイツやフランスへと伝播していったと、長らく信じられてきました。トラミン村では1200年代からワイン造りの記録があり、現在もこの地ではゲヴュルツが、「トラミネール・アロマティコ(Traminer Aromatico)=香り豊かなトラミネール」と呼ばれています。そのため、この「トラミン起源説」は非常に説得力があるように思われていたのです。

しかし近年、著名なスイスのブドウ分類学者であるホセ・ヴィアモーズをはじめとする研究者たちのDNA鑑定や歴史的文献の調査によって、この定説は否定されるに至りました。第一の理由は、19世紀になってオーストリアや南チロルで植樹が始まるまで、トラミン村周辺にこのブドウが植えられていたという記録が一切見つからなかったという事実です。また、古くからその土地に根付いている土着品種であれば、必ず存在するはずの「その土地固有の別名」が、南チロルには存在しません。中世以降、南チロルにおいて「トラミネール」という名前は、複数の品種をブレンドして造られた「ワインそのものの名称」として使われており、単一のブドウ品種を指す言葉ではなかったのです。研究者たちは、ドイツのブドウ栽培家たちが、当時国際的な名声を得ていた「トラミン村のワイン」のブランド力にあやかるために、自分たちのブドウに「トラミネール」という名前を借用したのだろうと結論づけています。

真の起源とサヴァニャンとの同一性

では、ゲヴュルツトラミネールの真の故郷はどこなのでしょうか。DNA鑑定は、このブドウの正体について驚くべき事実を明らかにしました。ゲヴュルツトラミネールは、フランスのジュラ地方などで有名な白ブドウ、サヴァニャン(Savagnin Blanc)と、遺伝的にまったく同一であると判明したのです。果皮の色などの違いは、クローンのレベルでの差異で、品種としては同じになります。

歴史的および遺伝的なデータによれば、非常に歴史の長い品種であるサヴァニャンは、フランス北東部からドイツ南西部にかけてのエリアで誕生したようです。サヴァニャンがどのブドウを両親として持つかは、まだ分かっておらず、同じく非常に古い品種ピノ(Pinot)と未知のブドウとの自然交配によって誕生、あるいはすでに絶滅した古代品種同士の交配によって誕生、もしくは野生のブドウの樹を直接栽培化したといった説が、それぞれ唱えられています。

2019年には、多国籍の研究チームが、大きな発見をしました。フランス中部のオルレアン市内にある、中世の修道院跡の排水溝から発掘された1点の種子のDNAが、現代のサヴァニャン・ブランと完全に一致したのです。これは、サヴァニャンが少なくとも900年にわたり、一株から派生した挿し木(クローン繁殖)によって、維持され続けてきたと裏付けています。

気が遠くなるほどの歳月の中で、白ブドウだったサヴァニャンは突然変異を起こし、果皮がピンク色になったサヴァニャン・ローズ(Savagnin Rose)、別名ローター・トラミネール(Roter Traminer)を生み出しました。そして、このピンク色のサヴァニャン・ローズが、さらに芳香性が強くなる突然変異を起こして誕生したのが、現在私たちの知るゲヴュルツトラミネールなのです。

サヴァニャンからゲヴュルツへ、種の起源

「ゲヴュルツ」の誕生とアルザスでの定着

芳香性の強い変異体である「ゲヴュルツトラミネール」という名称が、歴史的な文献に初めて登場するのは、1827年のドイツです。ヨハン・メッツガーという人物が、ラインガウ地方などで栽培されている、よりスパイシーなトラミネールについて言及しています。その後、アルザス地方の文献において1886年、「プファルツ地方から来た赤いゲヴュルツトラミネール」として紹介されたのが、フランスでの初出のようです。

かつてアルザス地方では、このブドウをトラミネール・ミュスケ(Traminer Musqué)、トラミネール・パルフュメ(Traminer Parfumé)といった名前でも呼んでいました(いずれも、「香りの強いトラミネール」という意味)。しかし、1973年にアルザス地方が公式に「トラミネール」の呼称を禁止したので、以降は「ゲヴュルツトラミネール」という名称のみが、ワインラベルで使えるようになっています(ただし、ハイリゲンシュタイン地区で生産される白ワイン、クレヴネール・ド・ハイリゲンシュタイン(Klevener de Heiligenstein)においては、例外的にサヴァニャン・ローズの名が使用可能)。なお、フランス語の公式表記では、ドイツ語のウムラウト(発音区別符号、uの上のふたつの点)を外した、「Gewurztraminer」という綴りが採用されています。

4. ゲヴュルツトラミネールの主要産地

さまざまな場所で栽培されているゲヴュルツトラミネールですが、立地条件には厳しいところがあり、その個性を真に発揮できるテロワールは限られています。ここでは、当品種の絶対的な銘醸地であるフランス・アルザス地方を中心に、世界での栽培状況を見ていきましょう。

アルザス

今日においてはフランス北東部のアルザス地方が、この品種の「精神的な故郷」であり、品質上のベンチマークである事実に異論を挟む余地はありません。ゲヴュルツは、アルザスのブドウ栽培面積の約17~18%を占めており(約2,700ヘクタール)、これはリースリング、ピノ・ブランに次ぐ値です。

アルザスが、ゲヴュルツトラミネールにとって理想的な環境である最大の理由は、その特異な気候にあります。産地の西側にそびえるヴォージュ山脈が、大西洋からの湿った風を遮断するため、アルザスはフランス国内でも最も降雨量の少ないワイン産地のひとつです。特に中心都市コルマール周辺は非常に乾燥しており、夏は暑く、秋は長く晴天が続きます。ゲヴュルツトラミネールには成熟が早く、酸が落ちやすいという弱点がありますが、アルザスのこの「日照量は多いが、冷涼で長い秋」という特徴が、ブドウにゆっくりとした成熟を促し、華やかなアロマと高い糖度を蓄積させながらも、必要な酸を維持可能にしているのです。

アルザス地方コルマールの古い町並み

アルザス地方コルマールの古い町並み ©Jorge Franganillo

アルザス地方では、1962年にAOCヴァン・ダルザス(Vin d’Alsace)が、そして1975年にAOCアルザス・グラン・クリュ(Alsace Grand Cru)が認定されました。ゲヴュルツトラミネールは、リースリング、ピノ・グリ、ミュスカとともに、グラン・クリュを名乗れる「高貴4品種」のひとつに数えられています。現在、51のリュー・ディ(区画)がグラン・クリュとして認定されており、急斜面の優れた日照条件を持つ畑から生まれるのは、卓越の域にあるゲヴュルツトラミネールです。

なお、アルザス産ゲヴュルツトラミネールを語る上で、消費者を長年悩ませてきたのが、「そのボトルが辛口なのか、甘口なのかが栓を抜くまで分からない」という問題でした。上述の通り、ゲヴュルツの残糖の有無には合理的な理由があるのですが、さりとてそれが飲み手を困惑、躊躇させる不透明な要素なのは確かです。そこで、世間の反応を見た地方当局は、2021年の政令によって、欧州規則で定められた甘辛度のラベル表示を生産者に義務付けました(最初から甘口と分かる、VTとSGNは例外)。たとえば、リットルあたりの残糖が4グラム以下なら「Sec(辛口)」、12グラム以下なら「Demi-Sec(中辛口)」といった具合です。

アルザスの生産者は、どこでも単一品種のワインを複数生産しています。名高い造り手たちは、リースリングだけでなく、優れたゲヴュルツトラミネールも瓶詰めしているのがほとんどです。いくつか名前を挙げると、まずドメーヌ・ツィント・フンブレヒト(Domaine Zind-Humbrecht)。同地方におけるビオディナミ栽培の先駆者で、火山性土壌の急斜面から生まれるグラン・クリュのワイン、ランゲン・ド・タン・クロ・サンテュルバン(Rangen de Thann Clos Saint Urbain)は、ゲヴュルツトラミネールの最高到達点のひとつです。圧倒的な凝縮感とエキゾチックなスパイス風味、テロワール由来の強靭な骨格を持ち合わせています。

ドメーヌ・ヴァインバック(Domaine Weinbach)はファレール家が運営する名門ドメーヌ。グラン・クリュのフルステントゥム(Furstentum)やマンブール(Mambourg)から、華やかでありながらどこか気品とフィネスを感じさせる素晴らしいワインを生み出します。また、同ドメーヌのVTやSGNも、愛好家垂涎の的となるデザートワインです。

ドメーヌ・ヴァインバックのセラー

ドメーヌ・ヴァインバックのセラー ©Domane Weinbach

大手のネゴシアンでは、F.E. トリンバック(F.E. Trimbach)が名品を手掛けています。キュヴェ・デ・セニュール・ド・リボピエール(Cuvée des Seigneurs de Ribeaupierre)は、古樹から造られるゲヴュルツトラミネールの看板キュヴェです。濃密で凝縮感に富む酒質でありながらも、過剰な甘さを排し、石を舐めるようなミネラル感と鋭い酸を特徴とします。長期熟成によって真価を発揮する銘柄です。

ドメーヌ・マルセル・ダイス(Domaine Marcel Deiss)は、ユニークな姿勢でこの品種と向き合っています。異端児、偶像破壊者などと呼ばれる現当主ジャン・ミッシェル・ダイスは、アルザス地方に根付く単一品種の伝統に背を向け、複数品種の混植・混醸によってテロワールの真価を発揮させようとしてきました。グラン・クリュのアルテンベルグ・ド・ベルグハイム(Altenberg de Bergheim)は、ダイスの尽力によって、ゲヴュルツトラミネールを含む複数品種の混醸がAOCの例外として公式に認められた歴史的区画です。ダイスが仕込むこの区画のワインには、13もの品種が使われているので、ゲヴュルツトラミネールの銘柄とは呼べません。しかし、このブドウがブレンドの一要素としても、力を発揮できると証明した例だと言えるでしょう。単一品種では到達できない、複雑極まりないモザイクのような風味が楽しめます。

ドイツとイタリア

アルザスと国境を接するドイツの南部、そしてアルプス山脈を抱くイタリア北東部も、ゲヴュルツトラミネールの魅力を語る上で欠かせない重要な銘醸地です。それぞれのテロワールが、この品種からまったく異なる表情を引き出しています。

ドイツにおけるゲヴュルツトラミネールの栽培面積は、最新の2024年の統計データで約1,100ヘクタールです。これはドイツの白ブドウ栽培面積全体の約1.6%に相当し、1995年と比べて300ヘクタール弱の増加となっています。なお、ドイツの公式統計においてこのブドウは、ローター・トラミネール(Roter Traminer)という名称で集計されており、これには芳香の弱いピンク色の変異種(サヴァニャン・ローズ)と、芳香の強い変異種(ゲヴュルツトラミネール)の両方が含まれていますが、その大部分は後者のようです。

春の遅霜を避けるため、ドイツ国内でも、比較的温暖な南部のワイン産地であるファルツ、バーデン、ラインヘッセンが主たる栽培地域です。ドイツ産ゲヴュルツトラミネールのスタイルは、アルザス産の強烈なスパイシーさや重厚感に比べると、幾分控えめで、フルーティーかつフローラルな香りが前面に出る傾向があります。

イタリア北東部、アルプス山脈の麓に位置するトレンティーノ・アルト・アディジェ州、とりわけ州内北部のアルト・アディジェ地域(別名:南チロル)は、このブドウのもうひとつの美しい顔を見せてくれる産地です。ここが「発祥の地」であるというかつての定説は否定されましたが、それでもトラミン村周辺は、このブドウと歴史的に深い繋がりを持っています。イタリア国内における栽培面積は、ドイツと同じ約1,100ヘクタールで、その大半が植わっているのが、このアルト・アディジェ地域です。現地では、トラミネール・アロマティコ(Traminer Aromatico)」と呼ばれています。

イタリア・トレンティーノ・アルト・アディジェ州トラミン村のブドウ畑

イタリア・トレンティーノ・アルト・アディジェ州トラミン村のブドウ畑

アルト・アディジェのテロワールが持つ最大の特徴は、アルプス山麓の標高の高さがもたらす冷涼な気候と、昼夜の激しい寒暖差です。日中の豊かな日照がブドウをしっかりと完熟に導き、バラ、ライチの華やかなアロマを育む一方で、夜間の急激な冷え込みがブドウの代謝を抑え、自然な酸味の低下を防ぎます。そのため、アルザスの豊満で重厚なスタイルとは対照的に、当地のゲヴュルツトラミネールは、高い酸味による引き締まった骨格とミネラル感が前に出た、よりフレッシュでエレガントなスタイルです。高いアルコール耐性をもつ培養酵母が、糖分を食い切ってしまうので、一般に辛口になります。香りの爆発力という点ではアルザスに一歩譲りますが、洗練されたプロポーションと食事との合わせやすさにおいて、アルト・アディジェ産ゲヴュルツトラミネールは高付加価値です。

その他の生産国

ゲヴュルツトラミネールは世界各地に伝播しているものの、栽培条件の厳しさ(早熟で酸が落ちやすい点、収量が少ない点など)から、どの国においてもシャルドネやソーヴィニヨン・ブランのような主力にはなれていません。ワイン愛好家の中での存在感の割に、実質的な広がりがないのは、少々不思議に思われます。

オーストリアには、2021年時点で263ヘクタールの植栽があります。ただし、これはトラミナーの名前での数値であり、サヴァニャン・ブランやサヴァニャン・ローズも含まれているため、正確なところはわかりません。東部のブルゲンラント地方では、濃密な貴腐ワインが造られ、南部のシュタイアーマルク地方では、すっきりした辛口・中辛口となります。

スペインでは、涼しい北部の高地であるアラゴン州のソモンターノ地区や、カタルーニャ州のペネデス地区などで栽培が見られます。ソモンターノのエナーテ(Enate)や、ペネデスのトーレス(Torres)といった有力ワイナリーが、この国におけるゲヴュルツの重要な担い手です。

東欧諸国でも、ゲヴュルツトラミネールはあちこちで栽培されています。スロベニアではディシェチ・トラミネツ(Dišeči Traminec)、ルーマニアではトラミネール・ロズ(Traminer Roz)、ハンガリーではトラミニ(Tramini)など、呼ばれ方はさまざまです。チェコ、スロバキア、モルドバ、ウクライナ、ロシアといった国々でも栽培されています。

アメリカ合衆国では、主要なワイン生産州にそれぞれ、この品種が植わっています。とはいえ、売上・利益を産みやすいブドウではないので、生産者のあいだで人気はありません。最大産地カリフォルニア州の栽培面積は、2024年時点で約450ヘクタール、全体のわずか0.2%です。栽培地域は、海からの冷気や霧の影響を受けるモントレー郡、メンドシーノ郡アンダーソン・ヴァレー、ソノマ郡など、涼しいエリアが多いですが、内陸のヨロ郡やサクラメント郡にも多少は植わっています。ワシントン州、オレゴン州にも若干の植栽があり、辛口、中辛口、甘口、さらには果皮浸漬を行ったオレンジワインまで、そのスタイルは多様です。東海岸のニューヨーク州フィンガー・レイクスは、冷涼な気候がゲヴュルツに適しており、隠れた名産地として専門家から評価されています。

オセアニアでは、日照量が豊富でありながら冷涼な気候を持つニュージーランドが、ゲヴュルツトラミネールにとって理想的な環境を備えた土地です。しかし、同国産ソーヴィニョン・ブランの快活なイメージとのギャップのせいで、商業的な成功、その結果としての植栽面積の拡大には至っていません(2021年時点で193ヘクタール)。主に北島のギスボーンやホークス・ベイ、南島のマールボロで栽培されています。ニュージーランド産のゲヴュルツは、冷涼な気候のおかげで、ブドウの自然な酸味がしっかりと保たれているのが特徴です。

オーストラリアでは、1960年代から1970年代にかけて、中辛口のゲヴュルツトラミネールが人気を博しましたが、その後減少に転じ、現在の栽培面積は約700ヘクタールとなっています。リヴァーランド、リヴェリナといった暑い地域にも樹はありますが、最良の品が生まれるのは、冷涼な南オーストラリア州のクレア・ヴァレーや、タスマニア州です。

5. ゲヴュルツトラミネールのサービス方法とフード・ペアリング

サービス方法

白ワインのサービス温度は、「あちらを立てればこちらは立たず」の状況下で、最適解を見つけるゲームです。冷やせば、ワインの爽快感は高まりますが、香りは閉じます。温度を上げれば香りは開くものの、味わいで酸がダレて鈍い雰囲気になり、アルコールが目立ってきます。ゲヴュルツトラミネールはその意味で、「これが正しい」というポイントを特定するのが難しいブドウです。強烈な香りという強みを活かす、少ない酸味ややや過剰なアルコールという欠点を隠す、このどちらの方向で行くべきかは、合わせる料理によっても変わるでしょう。

ワインをフレッシュに味わうために、どんなタイプであれ、しっかり冷やした温度(5〜8℃)を推奨する考え方がひとつ。ゲヴュルツの香りは強烈で、冷やしてもそれなりには立ち上りますから、この方針には一定の理があります。ただ、より常識的なのは、ワインの甘辛や軽重に応じて提供温度を変えるというアプローチでしょう。大半のスタイルにおいては10〜12℃を理想としつつ、軽やかでドライなら少し低めの7〜10℃、よりリッチで甘みがあるならやや高めの11〜14℃が推奨されます。

グラス選びについては、アロマを最大限に感じられるようにするのが優先です。標準的な白ワイン用グラスの中でも、ボウル部分がふっくらと丸みを帯びた形、あるいはチューリップ型のグラスが推奨されます。アロマを閉じ込めてしまうような、飲み口の狭すぎるグラスは避けるべきです。

デキャンタージュについては、基本的には不要と考えられています。ゲヴュルツトラミネールの華やかな香りは、何もしなくても十分に揮発しますから、わざわざ空気接触をさせなくても大丈夫です。

フード・ペアリング

ゲヴュルツトラミネールは、その強い個性ゆえ、「合わせる料理を選ぶワイン」と思われがちです。ある程度までは事実ですが、際立った特徴を前向きに捉えれば、いろんな食べ物と楽しめます。

まずは、伝統的なアルザス料理とチーズから。中心産地であるアルザス地方の郷土料理との相性が、すばらしいのは自明です。シュークルート(乳酸発酵させたキャベツに豚肉の塩漬けやソーセージを添えた料理)や、ベーコンとタマネギを乗せたタルト・フランベ、そしてキッシュ・ロレーヌといった素朴な料理は、ワインのスパイス感やフローラルな香りで一段と華やかになります。また、ゲヴュルツトラミネールは、白ワイン用としては珍しく、香りの強いチーズと対等に渡り合える品種です。アルザス特産のウォッシュチーズであるマンステールや、塩気の強い青カビチーズ(ロックフォールやゴルゴンゾーラなど)との組み合わせは、ワインの果実味と甘みがチーズの強烈な個性を包み、絶妙の取り合わせを見せてくれます。

スパイスの風味を、食材・料理との架け橋(ブリッジ)にするアプローチも、悪くありません。タイ料理やインド料理などは最高のパートナーです。たとえば、ココナッツミルクのクリーミーさとマイルドな辛味を持つタイのグリーンカレーやレッドカレー、パッタイ、ジンジャーやレモングラスを効かせた料理は、ワインの持つライチや生姜のアロマと上手く同調してくれるでしょう。また、クミン、コリアンダー、ターメリック、シナモンなどを多用するインドのティッカマサラやビリヤニも、ゲヴュルツの持つエキゾチックな香りと自然な甘みに見事に寄り添います。

ゲヴュルツトラミネールのフルボディでオイリーな質感や、甘味を架け橋(ブリッジ)にする手法もあります。たとえば、果実のソースを添えた鴨のローストとの組み合わせは、古典的な名ペアリングです。同じ古典で言うと、フォアグラのテリーヌやソテーに対して、甘口ゲヴュルツトラミネールを合わせるのは、超ハイカロリーで罪悪感を覚えるものの、格別の贅沢感にひたれます。

和食でも、みりんや砂糖を使った甘い料理で、脂がのっているならば、ゲヴュルツとの相性は決して悪くありません。豚の角煮、銀ダラの西京焼き、ウナギの蒲焼き、すき焼きあたりはとてもよいでしょう。

6. ゲヴュルツトラミネールのまとめ

とても面白い品種です。風味がとてもユニークなのは、いま見てきた通りですが、最も特異なのは、その名前かもしれません。世界には、発音が難しい品種がいろいろとありますが、比較的知名度が高いグループの中では、ゲヴュルツトラミネールが一番だと思われます。これはもちろん、販促上は大きなハンディキャップです。世界最大のワイン消費国のアメリカでは、適度にエキゾチックで、発音しやすいブドウ品種が人気を博しやすいと、広く知られています。白ブドウだと、ピノ・グリージョが好例です。この観点に立つと、ゲヴュルツが世界中のスーパーマーケットやワインバーで、ざくざく売られる日は到来しそうにありません。まあ、でも、それでよいのではないでしょうか。なにも全員が人気者にならなくても、地球は回ります。確かなのは、このブドウの替えがないという点、すなわち世界にひとつだけの花だという事実なのです。

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