ワイン映画でワインが飲みたくなるか? Vol.5 『ボトル・ドリーム』

コロナ自粛は残念ながらまだまだ続きそうである。店だろうが屋外だろうがウチの中だろうが、家族以外の人間とワインを飲んではまかりならんとお上から言われてしまったいま、巣ごもりして映画でも見ながら、一杯やるしかない。

そんなわけで今月の特集では、ワインをテーマにした映画を5本、筆者の独断と偏見で選び、見たらワインが飲みたくなるかを検証してみる。Vol.5では、アカデミー・デュ・ヴァンの受講生の皆様にはおなじみ、「パリスの審判」を題材にした、『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』(2008)を取り上げよう。

※「地球上で最大級の品揃え」を誇るらしい、某大手通販サイトのオンデマンドビデオ視聴サービスで見られるものから映画は選んでいるが(各原稿執筆時点)、視聴可能作品はどんどん変わっていくから、さっさと見てくださいね。


【目次】

1. 「パリスの審判」って?
2. シャトー・モンテレーナの映画
3. 映画と史実の違い
4. その他こぼれ話
5. 結論: ワインはどれぐらい飲みたくなるか?


1. 「パリスの審判」って?

この映画は、世界のワイン造りを大きく変えた歴史的事件、1976年に起きた「パリスの審判」(別名パリ・テイスティング、パリ対決など)を題材にしたフィクション作品である。脚色が多いので、もはやノンフィクションとは言えないものの、映画としてはよくできている。

では「パリスの審判」 in 1976 ってなんなのというと、アカデミー・デュ・ヴァンの創設者にして名誉校長であった、故スティーヴン・スパリュアが仕掛けた有名なブラインド・テイスティングのことを言う。

簡単に紹介しておこう。アメリカ合衆国独立200周年だったこの年、パリでワインショップとワインスクールを経営していたスパリュアは、ワイン版でのお祝いイベントを企画する。当時まったく無名で安価なものしかなかったカリフォルニアワインを、当時ももちろん世界最高の地位にあったボルドー赤とブルゴーニュ白に挑ませたのだ。

審査員は、フランスワイン業界を代表する識者9名。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者オベール・ド・ヴィレーヌなんかまで入っていた、ものすごいメンツである。

スパリュアも含めた誰もが、フランスワインの圧勝を信じて疑わなかった。公立中学の野球部が、NYヤンキースと試合するぐらいの実力差があると思われていたからだ。

しかしながら、結果はびっくり仰天。赤部門でも白部門でも、まったく無名、設立まもない蔵元のカリフォルニアワインが、僅差ながら優勝してしまったのだ。

このときに一位になった白ワインがシャトー・モンテレーナのシャルドネ1973、赤ワインがスタッグス・リープ・ワイン・セラーズのカベルネ・ソーヴィニョン1973である。ともにナパ・ヴァレーのワイナリー。いまでは名門に数えられ、値段もうんと高いが、当時は5ドルぐらいのものだった。

この結果が、米国タイム誌で大きく報じられたから、ワインの世界は大騒ぎになった。史上希にみる番狂わせ、ジャイアント・キリングが起きたのだ。

その頃、ワインの世界では「フランスでだけ素晴らしいワインができ、ほかの土地では無理」というのが常識だった。カリフォルニアのような「ワイン未開の地」で、フランスワインに肩を並べるような逸品ができるとは、誰も思っていなかった。

しかし、この歴史的快挙によって、カリフォルニアのワイン生産者たち、続いては世界中のワイン生産者たちが、自信をつけた。俺たちだってやればできるのだ、と。当然志は高くなり、高品質を追求した切磋琢磨に磨きがかかる。

そこから45年、私たちはいま、世界中の産地でものすごく高品質なワインができることを知っている。そう、この「パリスの審判」が、地球のワイン造りを変えたのである。

筆者が子供のころ、日本人の野球選手は米大リーグでは通用しないと言われていた。しかし、野茂英雄が蛮勇をふるって渡米、大活躍したことで道が開けた。いまや日本のスター選手は大リーグへいってプレーするのがテンプレになっている。それとこの「パリスの審判」効果は、よく似ているように思う。

さて、この「パリスの審判」は、この事件に立ち会った唯一の報道関係者、米国タイム誌のパリ特派員であったジョージ・テイバーによって、同名の書籍になっている。翻訳もあるが、残念ながら絶版だ(なお、翻訳を担当したのはアカデミー・デュ・ヴァンの人気講師、葉山考太郎先生だ)。

こちらは、史実に忠実なノンフィクションで、実に読み応えのある傑作である。原書である『Judgment of Paris』は、まだ電子書籍版がアマゾンから買えるので、映画が読めるかたはそちらをぜひ。

とりあえず、「パリスの審判」についてもう少し詳しく知りたーい、という方は、以下のブログ記事をお読みいただくとよい。

世界を変えたワイン・テイスティング – ワイン版「パリスの審判」

世界を変えたワイン・テイスティング – ワイン版「パリスの審判」

 

2.  シャトー・モンテレーナの映画

さて、映画の話にもどろう。『ボトル・ドリーム』という作品は、「パリスの審判」で一位を獲ったカリフォルニアのふたつのワイナリーのうち、白部門で栄冠に輝いたシャトー・モンテレーナのオーナー親子(父ジム・バレットと息子ボー・バレット)を主人公にしている。

いまでこそ、モンテレーナはカベルネのワイナリーというイメージが強くなったが、まず有名になったのは白で、もちろん「パリスの審判」での勝利が原因だ。

映画は徹頭徹尾、シャトー・モンテレーナの輝かしい勝利の物語だけを追う。上のラベルに描かれた、歴史あるシャトーの建物も、幾度となく画面に登場する。

赤で一位になったスタッグス・リープ・ワイン・セラーズのことは、エンドクレジットの直前に一瞬語られるだけで、ほとんど「なかったこと」扱いだ。

そのため、「あの映画はモンテレーナがお金を出して造らせた宣伝作品」などと言われることもあるが、ワイナリー側の公式見解は「お金なんか出してないよーん。撮影に協力しただけ」というものだ。

まあ、どっちでもいいが、この映画を見ると、モンテレーナってすごい、と目がハートマークになること請け合いである。

 

3.  映画と史実の違い

この映画は、史実を題材にしたフィクションなので、いろいろと改変がなされている。

細かい話を書き出せばキリがないが、最大の違いは当時モンテレーナで醸造責任者を務めていたクロアチア人醸造家、マイク・ガーギッジがまったく登場しないことだろう。

ジム・バレットはオーナーだったが、勝利したシャルドネを実際に仕込んだのはマイク・ガーギッジだ。

だが、マイク・ガーギッジは「パリスの審判」での勝利のあと、独立して自分のワイナリー(ガーギッジ・ヒルズ)を立ち上げたため、ジム・バレットとの関係が悪くなった。そんなオトナの事情があって、この映画にはマイク・ガーギッジはまったく登場しないのである。

あと、息子であるボー・バレットは1976年当時、カリフォルニアからは遠いユタ州で大学生をしていたから、父親のワイン造りにはまだ関わっていない。当然、映画のようにパリでのテイスティングに立ち会ったりもしていない。

また、映画ではクライマックスの試飲が行われるのが屋外になっているが、実際には室内で行われた(パリのインターコンティネンタル・ホテルのパティオ)。

 

4.  その他こぼれ話

この映画が公開されたあと、「いやいや、もうちょっと史実に忠実な映画を作ろうよ」という話が持ち上がった。

それで、ジョージ・テイバーによる上掲書を原作にした、ちゃんとしたノンフィクション映画を制作する話はあったのである。だが、残念ながらこれは実現しなかった。

企画が始まったというニュースが報じられたところで、ハリウッドの脚本家たちが長期間のストライキをしたことにより、お蔵入りになってしまったのだ。なんともガッカリな話だ。

なお、今年惜しまれつつ逝去したスパリュア名誉校長は、『ボトル・ドリーム』の映画制作には関わっておらず、その脚色の多さにも不満だった。一番の不満は、自分の役をした俳優アラン・リックマンの容姿で、「俺はあんなオッサンでも不細工でもなかった」と言っておられた。

確かに、この頃のスパリュア名誉校長は、ウソみたいな美男子なのである。

 

5. 結論: ワインはどれぐらい飲みたくなるか?

毎回、星5つで「飲みたくなる度」を評価したいと思うが、この映画は★★★★☆。

映画としては面白いし、よく出来てもいる。パリスの審判の史実に明るくない人が見れば大満足、さっそくネットでモンテレーナのシャルドネをポチってしまうだろう。

★をひとつ減らしたのは、やっぱり史実との違いが気になるからと、スパリュア名誉校長の弟子のワタクシとしては、師の意見・感情を尊重したいからである。

そうはいっても、アカデミー・デュ・ヴァンの受講生の皆様が、必ず見るべき作品であることには変わりはない。

立花峰夫 Mineo Tachibana
タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワイン専門誌への記事執筆、欧米ワイン本の出版翻訳を精力的に行う。
翻訳書に『アンリ・ジャイエのワイン造り』ジャッキー・リゴー著、『シャンパン 泡の科学』ジェラール・リジェ=ベレール著、『ブルゴーニュワイン大全』ジャスパー・モリス著、『最高のワインを買い付ける』カーミット・リンチ著などがある。


豊かな人生を、ワインとともに

世界的に高名なワイン評論家スティーヴン・スパリュアはパリで1972年にワインスクールを立ち上げました。そのスタイルを受け継ぎ、1987年、日本初のワインスクールとしてアカデミー・デュ・ヴァンが開校しました。
シーズンごとに開講されるワインの講座数は150以上。初心者からプロフェッショナルまで、ワインや酒、食文化の好奇心を満たす多彩な講座をご用意しています。

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