トップソムリエのワインセラーにはどんなボトルが眠っているのか、ワインファンなら知りたいはず。そこで、グランヴァンからトレンド、銘醸地からニューワールドまであらゆるワインに精通する藤巻 暁氏の自宅セラーに潜入。そのプライベートコレクションの一部(全容を紹介するには本記事を毎日アップしても10年は悠にかかる。無理。)を、ここにこっそり公開する。
文・写真/谷 宏美
【目次】
1. いざ、藤巻邸のセラールームヘ
2. すべては飲むために
3. 岡本英史さんとボーペイサージュ
4. 今回のお宝ワイン
1. いざ、藤巻邸のセラールームヘ
ワインのプロフェッショナルであるソムリエのワインセラーには、どんなワインが保管されているのだろう?所有するワインはどれくらい?セラーのスペックは?……そんな下世話な興味から藤巻 暁氏に取材を申し込んでみたところ、なんと快諾のお返事が。
某有名百貨店和洋酒売場で百戦錬磨のワイン通を顧客とし、その膨大な知見から「困ったら藤巻に頼め」とメディアから頼りにされる(実際、筆者は困って泣きついたこと多々)、ワイン業界でその名を知らぬ者はいないあの藤巻ソムリエである。きっととんでもないお宝ワインやヴィンテージものが拝めるに違いない。粗相のないようにしなくては……と白い靴下をおろし、いそいそと都内某所のご自宅に伺った。
まずはリビングルームに通される。すると、こんなまばゆいばかりの空ボトルがずらり。
度肝を抜かれて気が動転し、「で藤巻さんのワイン歴は?」なんて素人のような質問からインタビューを始めてしまい、さらに焦る(ちなみにこの空きボトル、飲んだときの香りや味わいを思い起こしひとりでニヤニヤして悦ぶためのものなのだそう。この空いたボトルでさらにワンテーマつくれそうである)。
滝汗をかきつつセラーのスペックなどをお尋ねし、見せてもらえるお許しをいただけたようでついにそのセラーへご案内いただけることに。藤巻邸のメインセラーは家屋の地下2Fにある。リビングルームのあるフロアからエレベーターで階下へ降り、重厚な扉を開けるとそこはブリリアントなトレジャーワールド。2面ある壁一面に、そして床にも唸るようなボトルがずらりと並ぶさまに再び圧倒される。
セラールームのスペックはざっと以下の通り。
- 広さ/約4畳半相当
- 収容本数/現在約1500本
- 温度及び湿度管理/輻射式冷暖房サーモマイルド
(振動がなく、風の出ない冷却システム) - 棚/ボルデックス
(カビが生えにくい木材を使用) - 壁/エコカラット
こんなのや、
こんなのや
こんなのがズラリ2000本。生産国でみると、ブルゴーニュやボルドー、シャンパーニュなどたくさんの産地があるフランスのワインが多く、次いでアメリカ。イタリアやオセアニアの珠玉のワインの姿も多々、黎明期からさまざまなものを買っていた日本のワインもかなりの数に上る。
2. すべてのワインは飲むために
「本数でいうと決して多くはないですよね。2万本、3万本もっている人をたくさん知っているし、自分のワインで商売をしていたらもっとわんさかある。100万本もってるって方も知ってます。僕はそうではない。好きなものや飲みたいものをずっと買ってるだけなんです」という藤巻氏。実に謙虚である。
確かに、集めたワインでビジネスをするなら所有本数の規模も違うし、あり余る資産を蓄えてワインを趣味にしている人は好きなものを好きなだけ買えるだろう。投資目的で自らは飲まないワインを購入し続けるケースもあるし、最初は好きで買い集めていても、アイテムが増えてくるにつれて、蒐集自体が目的になってしまうことも少なからずある。そうなると飲むという行為ではなく、いかにたくさんストックしているかという所蔵量に注力することになる。そういう意味では藤巻氏はコレクターではない。
「20代の頃はなけなしの金でワインを買って、押入れの中のふとんの隙間に、タオルや新聞紙でぐるぐる巻きにして保管してました」。学生の頃に訪れたヨーロッパでワインの魅力に取り憑かれ、自らの言葉でワインの素晴らしさを伝えるソムリエを生業とした。その一方で自らが心底好きな造り手のワインを飲みたくて買い、また買っては飲むというワインライフのなかでボトルが増えていったという、真性のワイン愛好家。そんな藤巻氏のセラーは、ワインへの深遠な愛に溢れている。好きなものは好き。だから飲みたい。だから手間暇かけて入手する。極めてシンプルで、ブレがない。
手に入れたワインは、必ずセラーから出して飲む。「これはあいつが好きだから、彼が今度来たときに開けよう」「このヴィンテージには思い出があるから記念の日に飲もう」「あ、今日あれ飲みたい」と、さまざまなオケージョンで、気分で、ワインを開けてきた。アカデミー・デュ・ヴァン講師ほかセミナーの仕事も多いため、試験的な試飲をするために入手するものもあるが、ほとんどはプライベートで楽しむために集められたワインたちだ。
ワインを語る上で避けて通れないのは昨今の価格高騰。90年代序盤にバブル景気が崩壊してからも、日本では物価の上昇は抑えられてきたが、ワインの価格だけは上昇し続けていることはご承知の通り。ワインのプロたちも銘醸ワインの入手に四苦八苦し「あのとき買っておけばよかった」とため息をつくが、”あのとき買っていた”のが藤巻氏なのだ。
3. 岡本英史さんとボーペイサージュ
「ボーペイサージュ」も、買い続けるうちにそれが錚々たるコレクションになったアイテムのひとつ。藤巻氏は、醸造家・岡本英史さんとの付き合いも長く、津金の畑でえんえんワイン談義を繰り広げたり、講座でツアーを組み、畑でバーベキューをやったりもしたそうだ。なんとも贅沢な話である。
そんな藤巻氏は、1999年の初リリースからボーペイサージュのワインをすべて飲んできた。すっかり入手困難になった今でも欠かさず販売の案内はくるが、買える量は昔に比べてさすがに制限されているという。最初のころのヴィンテージはすべて飲んでしまったため、セラーに残るのは2002年ヴィンテージのツガネ ラ・モンターニュ以降のもの。
「初めて飲んだときに、なんてすごいワインだ!と衝撃を受け、それ以来ずっと飲み続けていますが、今でも変わらず心底惚れ込めるワインのひとつですね。土地の個性と造り手の心意気を強く感じさせる。うまいメルローもピノ・ノワールも世界にたくさんあるけれど、ボーペイサージュのこの味わいはほかにはない。どのヴィンテージもどのキュヴェも素晴らしいと思う」。
ボーペイサージュといえば、「ワインは人がつくるものではなく、畑でうまれるもの」という岡本さんの思想のもとに、人為的な作業をできる限り排除して造られることで知られる。だからこそヴィンテージ差もあればボトルによって差も出ることがある。「それでも、どれを飲んでもちゃんと岡本さんの味になっている」と藤巻氏はつぶやく。
すべてのヴィンテージを飲んでいるからこそ、その緻密な差や、熟成による変化もわかる。哲学は変わらないが、わずかな造りの違いにも気づく。シャルドネを飲むとわかりやすが、たとえば2010年以降は酸化的なニュアンスがかすかに強くなっていると感じるという。
4. 今回のお宝ワイン
「今振り返ってあらためて思うのは、2004年ヴィンテージってやはり好きだったな、ということ。特に、この年に初めて造った“トランス”というキュヴェ。ラ・モンターニュなどに比べひとつレンジ下のワインなんですが、これが個人的にはことのほか好きだった。で、最近2002と2004を垂直で飲んだんです。2002は、凝縮感があって渋みの効いたボルドーのようなスタイル。今のボーペイサージュの面影はあまりないのだけど、人が手をかけて造ってるという感じがしてこれはこれでいい。そのあとに2004を飲んだら、そこから力がすっかり抜けて、もう自然の在るがまま、為すがまま。何も意図せず、何も言わず、極めてレット イット ビー的な感じなんです。これがもう、すごくいい。ボーペイサージュの美しさであり、面白さだと思う」。
ザックザクのお宝拝見〜♪ と目に¥マークを浮かべつつ赴いた藤巻邸。しかしそこは単なる宝箱ではなく、ソムリエにして究極の愛好家でもある藤巻氏の、ワイン愛と情熱がたっぷり詰まった聖地だった。そんな貴重なプライベートコレクションを、これより本連載でもったいぶって紹介したい。乞うご期待。
藤巻 暁/Akira Fujimaki
J.S.A.認定ソムリエ・エクセレンス、アカデミー・デュ・ヴァン講師。現在は東急百貨店本店和洋酒売場にてワインのセレクトやアドバイスを行いつつ、ワインに関するコンサルティングやセミナー講師など幅広く活動。あらゆる産地や生産者の幅広い知識と長年にわたる現場での経験、多岐にわたるネットワークと考察をもち、飲料・飲食業界やメディアでの信頼、信望も厚い。実はスイーツ好きで、自由が丘(現在)の「ル・スフレ」が創業時より30年来のお気に入り。WSET®アドヴァンスト・サーティフィケイト。
谷 宏美/Hiromi Tani
ワインライター/エディター。ファッション誌のビューティエディターを経てフリーランスに。ワイン・フード・ビューティのジャンルでコンテンツ制作・執筆を手がけつつ、夜は渋谷のワインバーでサービスを行う二足ワラジワーカー。J.S.A.認定ワインエキスパート。