「餃子にワイン?しかもシャンパーニュ?」
そんな大胆な組み合わせが、東京のワインシーンを驚かせました。麻布十番の「餃子バーChaozu(チャオズ)」は、この大胆なペアリングによって、世界的なワインアワード「Star Wine List of the Year」の日本部門で最優秀賞にあたるGold Starを受賞したのです。
なぜ“餃子と泡”が世界に認められたのか。その背景には、オーナー高岳さんの挑戦と学びに満ちたストーリーがありました。
【目次】
1. 「飲食」は遠くて、でも近くにあった存在
2. 異業種で培った思考が、飲食でも生きている
3. 「自分の店をやろう」と思った、45歳の転機
4. アカデミー・デュ・ヴァンで広がった世界
5. フランス修行で知った、言葉の力
6. 餃子とシャンパーニュの“必然”
7. 賞よりもうれしい、お客様のひとこと
8. 勉強を続ける理由と、これからの挑戦
9. これから飲食を目指す人へ
1. 「飲食」は遠くて、でも近くにあった存在
大阪で育った私は、母が営むお好み焼き屋や喫茶店を見て育ちました。母がひとりで私と妹を育ててくれたのです。
店の手伝いはしていなかったものの、今でも忘れられないのは、母の腕に残っていた火傷の跡。多くを語らない母の背中から、飲食の厳しさと、仕事に向き合う覚悟を自然と学んだ気がします。
長時間働いても決して裕福にはなれない仕事。子どもの頃は「飲食なんて大変で割に合わない」と思っていました。まさか自分がその世界に飛び込むことになるとは、夢にも思っていなかったんです。でも気がつけば今、私はその道を選び、その厳しさと素晴らしさを学んでいます。
2. 異業種で培った思考が、飲食でも生きている
新卒で銀行に入行した後、P&G、ライブドア、LINEといくつかの企業で働いてきました。特に今に活きているのが、P&G時代に学んだ「Who-What-How」というマーケティングの思考法です。
たとえばChaozuなら―
- Who:ユニークな体験を求めるフーディーな方々
- What:日本人に馴染みある餃子と、フランスのシャンパーニュの新しい組み合わせ
- How:全スタッフがソムリエ資格を持ち、SNSで情報発信
単なる“面白い組み合わせ”ではなく、誰にどう届けるかまで設計してこそ、お客様に届くと考えています。
異業種時代に築いた人間関係や価値観も今に通じています。私は昔から「媚びない」「裏切らない」「素の自分でいる」ことを大事にしてきました。その姿勢が、信頼できる仲間やお客様との関係を築く上で、何より役立っています。

P&G時代の貴重な1枚。 TVCM制作現場にて
3. 「自分の店をやろう」と思った、45歳の転機
飲食の道に入ったのは2013年。その直前は、外資系企業で社長をしていたのですが、結局は“雇われ”という立場に限界を感じ、「自分のビジネスをやってみよう」と思い立ったのがきっかけです。
あちこち視察している中で、偶然ニュージーランドの最高級のラムチョップと出会い、その美味しさに衝撃を受けました。「これを手羽先のように気軽に食べられたら」と思い、ラムチョップ専門店『ウルトラチョップ』を中目黒にオープンしたのです。その後、麻布十番、神楽坂などにも店舗を増やしていきました。(中目黒店は今は閉店しています)

ラムチョップの修行をさせていただいた『WAKANUI』にて
4. アカデミー・デュ・ヴァンで広がった世界
ワインを学び始めたのは、店のワイン監修をお願いしていた『割烹 小田島』の店主・小田島大祐さんに「いい加減、自分でも勉強しなよ(笑)」と言われたのがきっかけです。
Step-Ⅰに途中から参加したのですが、講師の話がとにかく面白くて、すぐにワインの世界に引き込まれました。翌年にはソムリエ資格を取得。当時のクラスメイトたちとは今も交流があり、ワインを学ぶうえでの心強い支えになっています。

アカデミー・デュ・ヴァンの仲間たちと

級長を務め、クラスメイトから最終回にプレゼント
5. フランス修行で知った、言葉の力
資格取得後、銀行時代の同期で友人の現・新潟フェルミエワイナリーの本多孝さんに誘われ、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、ジュラを巡るワイン修行の旅に出かけました。
観光気分で臨んだ旅でしたが、初日に訪れたのがジョルジュ・ルーミエ。そして、そこで待っていたのは“その場でワインのコメントをしないと、次を出してもらえない”という緊張感あふれる独特な試飲体験でした。
順番にコメントしていくのですが、自分の番で下手なことを言うと、そこで試飲が終わる…そんなプレッシャーの中で、言葉でワインを表現する難しさと大切さを実感しました。この経験が、もっと体系的に学ぼうという意欲につながったのです。

本多孝さんとのブルゴーニュ修業。ジョルジュ・ルーミエにて

シャンパーニュでは、ジャック・セロスも訪問。アンセルム・セロス氏と
6. 餃子とシャンパーニュの“必然”
ワインの勉強も続け、『ウルトラチョップ』の知名度が上がる一方で、ラムチョップは“特別感”が強く、頻繁に来てもらうにはハードルがあると感じていました。もっと日常的で親しみやすい料理とワインを組み合わせられないかと考え、思いついたのが「餃子とワイン」でした。
ところが物件を探しているうちに、大阪で似たコンセプトのお店がオープン。すぐに食べに行き、「自分たちにしかできないことは何か?」と徹底的に差別化を考えました。
そのひとつが、“餃子”ではなく“ワイン”に重きを置くこと。ラグジュアリーな雰囲気の中で、ワインを主役に楽しめる餃子店を目指しました。
Chaozu最大の特徴が、“餃子とシャンパーニュ”というペアリングです。一般的に餃子には醤油やラー油ですが、それだと飲み物はビールになってしまう。そこで、ソースそのものをワインに合わせて開発しました。
現在は、ミックスベリーソース、マスタードソース、岩塩&オリーブオイルの3種類をご用意しています。「餃子にソース?」と驚かれますが、召し上がると納得していただけます。特に海外のお客様にはとても好評です。
単に餃子にワインを合わせたのではなく、“餃子とシャンパンを楽しめる空間”を一から設計した。だからこそ、この組み合わせは、私たちにとって“必然”だったんです。
7. 賞よりもうれしい、お客様のひとこと
2025年4月15日、『Chaozu』は、世界的ワインリスト賞「Star Wine List of the Year Japan」のスパークリングワイン部門で、日本における最優秀賞・Gold Starを受賞しました。マスター・ソムリエやマスター・オブ・ワインによる審査で、並みいるグランメゾンさんもノミネートされるなか日本一に選ばれたことは本当に光栄です。

とはいえ、一番うれしかったのは、やっぱりお客様の声でした。たくさんのお祝いの言葉をいただき、お店にも来てくださったロオジエの井黒卓さんからも「Chaozuのリスト、いいですね!」と言っていただいたときには、さすがに興奮しました。
でも何よりも原動力になっているのは、日々いただく「美味しかった」「また来ます」というお客様のひとことです。それが、すべてです。
8. 勉強を続ける理由と、これからの挑戦
飲食を始めた当初は、正直「楽勝かも」と甘く見ていました。でも現実はそう甘くありません。利益が10%出れば御の字という世界で、見事に鼻をへし折られました。もしあのときの自分に声をかけられるなら、「やめとけっ」と言いたくなるかもしれません(笑)。
だからこそ、今でも学びを続けています。先日は新潟県の飲食店オーナーの集まりに参加しました。そこでは、学歴や肩書きではなく、皆が純粋に「飲食」という仕事について熱く語り合っていて、「餃子のタレに白ワインを加えたらいいんじゃないか」など、本気のアドバイスもいただきました。「ここにこそ真実がある」と、心から刺激を受けました。
そして今、新しい業態にも挑戦してみたいと考えています。たとえば「天ぷら」も面白そうだなと。どんな形にするかはまだ秘密ですが、また違ったアプローチで“食の楽しさ”を届けていけたらと思っています。

9. これから飲食を目指す人へ
最後に、これから飲食の世界に飛び込もうと思っている方へ――「簡単そう」「儲かりそう」そんな理由で始めると、たぶん続きません。長時間働いて、利益も決して大きくはありません。それでもこの仕事を続けたいと思えるのは、「美味しかった」「また来ます」と言ってもらえる瞬間があるからです。
毎日がライブで、毎日がドラマ。私の場合はお客様に怒られていることが多いような‥(苦笑)。それでも以前の業種では感じられなかったワクワク感を味わっています。人が好き、笑顔が好き、生きてる実感が好き――そんな方にとって、飲食は最高の仕事だと思います。
餃子とシャンパーニュ。それは奇をてらった発想ではなく、経験と学び、そして人との出会いが導いた「必然」でした。
ワインの世界に足を踏み入れるのに、遅すぎることはありません。まずは一杯。Chaozuのカウンターで、その扉を開いてみてください。
プロフィール
高岳史典(たかおかふみのり)
餃子バー chaozu(Instagram)
- 星座:魚座
- 血液型:O型
- ワイン以外の趣味:お気楽なゴルフ
- 好きな食べ物:卵料理全般
- もし生まれ変わったら何になりたい?:建築家
- 酔っぱらったらどうなる?:陽気になって寝る
- 人生を変えたワイン:ジャック・セロス