ジュラで有名な黄ワイン、ヴァン・ジョーヌ。使われる白ブドウ品種は、サヴァニャンです。小粒で、果皮は厚く、トラミナーあるいはハイダなどの名前でも知られています。晩熟ですが、酸を保持しながら、糖度もしっかり上がる高品質なブドウ品種。
とても古い品種の一つで、最近のDNA分析では、900年前には既に存在していたとされる証拠も出てきています。一般的には馴染みが少ない、でも実は私たちが今日楽しむワインの大ボスのような存在。今回は、このサヴァニャンに迫ってみたいと思います。
【目次】
1. 今日のワインが飲めるのもサヴァニャンのお蔭!
2. サヴァニャンの基本形
3. ジュラを超えられるか?~世界のサヴァニャンワイン産地
4. サヴァニャンのまとめ
1. 今日のワインが飲めるのもサヴァニャンのお蔭!
サヴァニャンは、ソーヴィニョン・ブラン、グリューナー・ヴェルトリーナー、シュナン・ブランなど私たちが良く知る品種の親にあたります。ですから、カベルネ・ソーヴィニョンは孫。
いかがですか?この品種が身近に感じられるようになりませんか。その誕生は、ピノ品種と他品種との自然交配との説が一つ。一方で、サヴァニャンの方が古く、ピノ品種の親ではないかとの説もあります。
ジュラではサヴァニャンで通っているこの品種は、ドイツやオーストリアでは、トラミナーと呼ばれます。ドイツで、最初の記述が残るのは、15世紀。バーデン・ヴェルデンベルク州のベーベンハウゼン修道院。このサヴァニャンとトラミナーが同じ品種であることは、フランスのブドウ品種学者、ピエール・ガレが特定しました。
黄ワインで良く知られていますが、白ワインとして醸造しても、柑橘系でフローラル。爽やかなワインとなります。
さらに知る人ぞ知るになりますが、果皮がピンク色の、サヴァニャン・ロゼ。フランスでは19世紀に記述があり、ドイツでは、それ以前から表舞台に登場していたと考えられています。味わいは果実味が豊かであるものの、ゲヴュルツトラミネールよりもサヴァニャンに似た比較的ニュートラルなスタイル。
アルザスでは、クレヴネールと呼ばれます。ストラスブールの南西、ハイリゲンシュタインとその周辺の村。そこでは、クレヴネール・ド・ハイリゲンシュタインという名称で、希少なワインとして扱われています。ジュラでも、生産者によっては消費者への購入制限を設定。サヴァニャン・ロゼは珍重されています。
一方、香り豊かなアロマティック品種のゲヴュルツトラミネール。こちらも果皮はピンク色。サヴァニャン・ロゼがドイツで変異したのではと考えられています。
ドイツで、いわゆるサヴァニャン、つまり白ブドウのサヴァニャン・ブランに相当するのは、ヴァイサー・トラミナー。あまりこのワインと出くわさないのは、人気が広がったゲヴュルツトラミネールに改植されてきたからだとも言われます。
サヴァニャン・ロゼとゲヴュルツトラミネールの両品種は、ドイツではロータートラミナーという名称で、統計上は一緒に管理。ですので、益々、混乱を生じる場合もあります。
2. サヴァニャンの基本形
シャトー・シャロンとヴァン・ジョーヌ
フランス東部、スイス国境に位置するフランシュ・コンテ地方に立地するジュラ。ここが、サヴァニャンの聖地。ボーム・レ・メシューという中世ヨーロッパの歴史に彩られた美しい村が観光名所となっています。サン・ピエール大修道院、トゥフの滝や鍾乳洞は寄ってみたい場所。ワイン造りは、ローマ時代に遡り、ローマ皇帝プロブスが栽培を奨励したとされます。

ボーム・レ・メシュー
ジュラは、ブルゴーニュの東に立地。気候は大陸性で、標高は200~400メートルほど。さまざまな斜面で栽培が行われています。
サヴァニャンの栽培は、長梢剪定が主流。病気には、比較的強く、果皮が厚いこともあり、灰色かび病には耐性があると言われます。晩熟で収穫は遅くとも、酸も保持。一方で、幹の病気には被害を受けます。ジュラのオーガニック栽培の割合は約3割と高水準。サヴァニャンのカビ病耐性も役立っているのではないでしょうか。
クローンには、611、612、613、614が活用されています。
ジュラの中でも、ヴァン・ジョーヌのグラン・クリュと称されるAOCシャトー・シャロン。昔から、「ヴァン・ド・ギャルド」、つまり長期熟成に耐える高品質ワインとして知られてきました。シャトーと付きますが、ボルドーのような個別の生産者のことではありません。アペラシオン名です。60ヘクタールほどの泥灰土土壌のアペラシオン。大修道院や欧州の貴族の間でも名声が拡大。ブルボン朝のフランス国王アンリ4世、最後のロシア皇帝ニコライ2世など、錚々たる人物が嗜んだと言われます。

シャトー・シャロン
フランスの生化学者で細菌学者の、ルイ・パスツール。酵母の働きがアルコール発酵を起こすことを解明しました。彼の故郷はジュラ。1863年にはヴァン・ジョーヌの発酵プロセスも研究していました。
ジュラのワインで有名なのは、もちろんヴァン・ジョーヌです。補酒(ウイヤージュ)をせずに、酸素との接触を通して形成された産膜酵母を活用。熟成を重ねた黄ワイン。このヴァン・ジョーヌには、サヴァニャンが100パーセント使用されます。
伝説では、造り手がワインを貯酒していたのを、すっかり忘れた結果の産物とも。当地の修道院長が、ワイン造りにも携わっていたという伝承もあります。
AOCシャトー・シャロンの他にも、ヴァン・ジョーヌは、AOCアルボワ、AOCコート・デュ・ジュラ、AOCレトワールでも生産されています。
ヴァン・ジョーヌのワイン造り
ヴァン・ジョーヌは、白ワインにしては高めの20℃程度の温度で発酵。ラ・ヴォワルと呼ばれる産膜酵母の下で最低60か月という長い時を過ごします。瓶詰には、収穫から6年目の12月15日までの樽熟成期間を待たなければなりません。

表面にできた産膜酵母
一方、スペインのシェリーで、産膜酵母で熟成を行うタイプのフィノやマンサニージャ。こちらは、一般的には、3~4年の熟成期間ですから、味の深みやうま味が異なります。
産膜酵母は、サッカロマイセス・セレビシエの一種ともされる、サッカロマイセス・ベティカスがシェリーでは主流。一方、ヴァン・ジョーヌでは、ワイナリーによっても異なるローカル株が主体。アルコール度数は、酵母の耐性の違いもあり、若干シェリーの方が高めです。
産膜酵母を育てる為にも、亜硫酸は全く使用しないか、極めて少量という生産者が主流。澱引きも控えます。産膜酵母のお蔭で、エタノールが酸化。アセトアルデヒドを発生させて、ナッツやリンゴのような香りを生み、ワインも辛口に。熟成を通して、このアセトアルデヒドやケト酪酸などからソトロンが生まれ、クルミのような風味も出てきます。
ジュラワイン研究所では、ワイナリーを訪問して、揮発酸やアセトアルデヒドの成分を検査。産膜酵母形成や熟成に就いての助言もしています。
熟成期間が終わると瓶詰。瓶は620ミリリットルと変わったものを使います。何故、620ミリリットルなのか?長い間の熟成で、ワインが蒸発して、目減りした分を考えると丁度良いサイズなのだとか。スペインとオランダの支配下、ワインの生産単位が、620ミリリットルだったとの説も聞きます。
この瓶の名称はクラヴラン。伝統ある著名なガラス工房に、纏まった数量を発注した生産者の名前が発祥とされています。

ヴァン・ジョーヌとクラヴランのボトル
アメリカでは、長らくこの瓶のサイズは違法。とは言っても、現実には輸入されてきました。今年、2025年に入って漸く、晴れて米国アルコール・タバコ税貿易局(TTB)も後追いで認可。
このヴァン・ジョーヌにはお祝いのイベントも。2日間にわたって「ペルセ・デュ・ヴァン・ジョーヌ」という行事が催行されます。ワインの試飲はもちろん、料理のコンクール、試飲イベントやオークションが行われます。そして、新しいヴィンテージの樽が開封。2024年には、3万人を超える参加者で賑わった模様です。
トラディションとナチュレ
産膜酵母を使う伝統的なワインスタイルは、ヴァン・ジョーヌだけに限りません。ヴァン・ジョーヌの生産量はジュラ全体の5%にも届かず、極めて限定的。お値段もすっかり高くなり、最低1~2万円は覚悟が必要です。
ヴァン・ジョーヌではなくとも、意図的にウイヤージュをせずに、産膜酵母を発生させるスタイル。トラディションと呼ばれます。但し、産膜酵母下での熟成期間は、短くなり、2~3年ほど。柑橘系の果実を残しつつ、クルミの香りや塩味。淡めの黄金色の外観もヴァン・ジョーヌに似たスタイルです。ヴァン・ジョーヌとしての、産膜酵母の維持に失敗した場合に、シャルドネとブレンド。トラディションのスタイルとして販売することもあるようです。
ジュラでは、シャルドネが栽培面積の半分近くを占める最大品種。ヴァン・ジョーヌを除けば、白ワインでは、サヴァニャンは、シャルドネと良くブレンドされます。シャルドネの繊細さと、サヴァニャンの産地表現を併せ持ったワインに仕上げるのです。
価格帯的にも、ヴァン・ジョーヌよりお手頃。5,000円程度で手に入ります。一方、5~6年の熟成を経た、シェリーのマンサニージャと並べて飲むと、区別するのがなかなか難しいことがあります。
そして、ナチュレとも呼ばれることがある、モダンなスタイルで造った白ワイン。1990年代から増加傾向で、サヴァニャン・ウイエともフローラル系とも呼ばれます。ウイヤージュを行い、空気との接触を避けます。産膜酵母の発生を抑えて、通常の白ワインを生産する手法。果実味豊かで、フローラル。ジャン・フランソワ・ガヌヴァ、ステファン・ティソやフィリップ・ボールナール等の生産者が有名です。
こうした生産者は、オーガニック栽培や人的介入を抑えたワイン造りを実践。人気が非常に高く、手に入り難く極めて高額なユニコーンワインとなるものも。
最近では、若手醸造家がトラディションのワイン造りを、伝統的な生産者がモダンなナチュレのスタイルを取り入れるという融合が起きています。
このように、サヴァニャンは、爽やかな白ワインにもなりますし、複雑で滋味深いヴァン・ジョーヌを頂点としたスタイルにもなるのです。
多様なワインスタイル
サヴァニャンの多岐に渡るワインスタイルは、まだまだ続きます。
ヴァン・ド・パイユ(藁ワイン)は、最低6週間、ブドウを乾燥。糖分を凝縮します。1リットル当たり60グラムから130グラム程度の残糖を残した甘口ワイン。最低18か月間、樽熟成します。アルコールは、14パーセントを超える高さ。伝統的には、藁の上で乾燥させる所からこのような名称が付いています。

フランスでは珍しいスタイル。ですが、特にAOC名は与えられていません。コート・デュ・ジュラAOCや、アルボワAOC、レトワールAOCでおのおの生産。サヴァニャンは、シャルドネやトゥルソーと並ぶ、主要品種の一つです。
他には、個別にアペラシオン名が割り当てられた、AOCマクヴァン・デュ・ジュラ(酒精強化ワイン)やAOCクレマン・デュ・ジュラ(発泡ワイン)もあります。さらには、蒸留酒のAOCマール・デュ・ジュラにも、サヴァニャンが使われています。
マール・デュ・ジュラは、ワインの搾りかすから造った蒸留酒。3種類以上のブドウ品種のブレンドですが、必ずサヴァニャンは使用する必要があります。
マクヴァン・デュ・ジュラは、白、赤、ロゼの3色のワインがあります。この内、サヴァニャンを使うのは、白ワイン。アルコール発酵初期若しくは果汁段階でマール・デュ・ジュラを添加。アルコール度数を、16~22パーセントまで高めます。
クレマン・デュ・ジュラは、瓶内二次発酵の伝統方式で造られるスパークリングワイン。サヴァニャンは使用が義務付けられている訳ではありませんが、使用可能。主要品種は、シャルドネ、ピノ・ノワール、トゥルソーやピノ・グリ等です。
3. ジュラを超えられるか?~世界のサヴァニャンワイン産地
フランス以外にも、オーストリアに300ヘクタール弱、スイスに130ヘクタール程度のサヴァニャンが栽培されています。
オーストリアでは、火山性の丘陵地帯に立地するヴルカンラント・シュタイヤーマルクが主要産地。トラミナーの名称で、ロータートラミナー(サヴァニャン・ロゼ)とゲヴュルツトラミネールも栽培されています。この産地で珍しいのは、黄色い変異種のゲルバー・トラミナー。ゲヴュルツトラミネールよりも、繊細でエレガントと評価されています。
スイスでは、16世紀に、今のヴァレー州でハイダの名称での記述が残っています。フィスパーテルミネンというスイス中東部の標高の高い山村が名産。フェーン現象のお蔭で、晩熟のサヴァニャンには向いた気候です。ゲヴュルツトラミネールも、この近傍で栽培され始めたとされています。
そして、忘れてはいけないのが、オーストラリア。サヴァニャンはアルバリーニョと間違えられて植栽が進みました。2009年にDNA鑑定の結果、実は、サヴァニャンだったということが判明。
どうしてこうしたことが起きたのでしょう。1980年代にスペインから、オーストラリアの研究機関に苗木を供給する際に手違いが発生。アルバリーニョを育てようと意気を揚げていた栽培者たちは、がっかり。多くの生産者が抜根、或いは他品種を接ぎ木してしまいました。
それでも、今では、サヴァニャンはオーストラリアに定着。当時、抜根せずに育て続けて良かったと思う生産者たち。後に続く仲間も増えました。最初に植樹をしたワイナリーでは、モーニントン・ペニンシュラのクリッテンデン・エステートなどが挙げられます。他にも、ヴィクトリア州や南オーストラリア州、西オーストラリア州、タスマニア州に産地が点在しています。
以上さまざまな、産地をご紹介致しました。でも、サヴァニャンを使用した高額なワインとなると、やはりジュラ。中でも、特筆すべきは、日本人の鏡健二郎氏がジュラで造る、ドメーヌ・デ・ミロワールのアントル・ドゥ・ブルーです。ブルゴーニュのグラン・クリュにも匹敵する価格もさることながら、手に入り難いユニコーンワイン。熱烈なファンが追い求めています。日本の我々としては喜ばしいことですね!
4. サヴァニャンのまとめ
今回は、ジュラで知られるサヴァニャンを取り上げました。一部の熱烈なワイン愛好家や勉強熱心な資格取得者でも知らないようなこともご紹介。なかなか、仕入れた知識をご披露いただく機会も少ないかも知れません。でも、慣れ親しんだ品種やワインスタイルから一歩踏み出すのも大切。ワインの世界の冒険に、さぁ出かけましょう!