シラーとは? ~野生・パワー・エレガンス!品種の特徴から有名産地までを徹底解説

シラーと言えば、「野生? 黒胡椒やベーコンの香り。ジビエと良くあう」。あるいは「ピノ・ノワールと混同するようなエレガンス」。こんな印象をお持ちの方は、長く伝統的なシラーに親しまれてこられた方でしょう。

現在は、実に幅広いスタイルがあります。カベルネやメルロに負けず劣らずブレンドにも良く使用されます。また、世界的に注目されている古木から生まれるワイン。この点もシラーでは注目すべきポイントです。

この記事を読み終える頃には品種の特徴や押さえておきたい産地が頭に入ります。ワイン選びにも、ソムリエ試験やWSETを受験する方にも大いに薦めです。

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【目次】

  1. シラーがメジャー品種になれなかった理由
  2. 野生児っぽいのに意外と繊細なシラー
  3. 手間暇かけてしっかり栽培
  4. 古木からできるワインの魅力
  5. 今に伝わるクローンをジェームズ・バスビーに感謝
  6. メニュー満載!シラーの醸造と熟成
  7. シラーがイケてる産地は?
  8. シラーの香りと味わい:野生、パワー、エレガンス
  9. シラーのまとめ

1. シラーがメジャー品種になれなかった理由

2015年には世界の栽培面積は19万ヘクタール。黒ブドウではカベルネ・ソーヴィニョン、メルロ、テンプラニーリョに次ぐ第4位です。フランスが6万4千ヘクタールと最大面積を有し、次いでシラーズと呼ばれて、国の最大品種でもあるオーストラリアでは4万ヘクタール。スペインやアルゼンチンには及びませんが、南アフリカはカベルネ・ソーヴィニョンに次いで第2位の1万1千ヘクタールの栽培面積です。

シラーがこれまで、カベルネ・ソーヴィニョンやピノ・ノワールほどの名声を得ることができなかったのは、銘醸ワインの知名度、流通量に差が あったからでしょう。この品種のフラッグシップになるべき発祥地、フランス北ローヌの高品質ワインの生産量がとても少ないのです。世界的に高い評価が確立しているアペラシオンの面積は、エルミタージュで140 ヘクター ル、コート・ロティで 310 ヘクタール。とても狭い。カベルネ・ソーヴィニョンで言えばボルドー、ピノ・ノワールで言えばブルゴーニュとなりますが、栽培面積的に全く比較になりません。ボルドーで言えば、シャトー・ラフィット1シャトーだけで、112ヘクタールを所有しています。

また、カベルネ・ソーヴィニョンとは異なり、ブレンドされた時には他品種の引きたて役に回ることが多く、栽培面積ほどは今一つ目立てていない所があります。

起源・歴史

ふるさとは北ローヌです。18世紀には既に熟成可能なワインを造れるブドウとして紹介されています。19世紀には、ローヌ川右岸のコート・ロティでシラーはセリーヌと呼ばれ、左岸のエルミタージュではプティット・シラーと呼ばれていました。1970年代以降は生産性が高い現代のクローンに改植が進みます。

カリフォルニア大学デイヴィス校とフランス国立農学研究所が、サヴォアのモンドゥース・ブランシュとローヌ地方に起源を持つデュレザの自然交配だという事を発見しました。ピノ・ノワールやピノ・グリの起源となるピノを祖先に持つとも言われています。また、モンドゥース・ブランシュはヴィオニエと親子関係にある事も、2000年代に入って知られます。

オーストラリアで呼ばれるシラーズと言う名称は、古代ペルシアのその名を持つ町に起源があるのではないか等、様々な仮説も有るようですが定かではありません。

2. 野生児っぽいのに意外と繊細なシラー

気温と土壌

平均の育成期間の温度は、16℃から20℃弱でカベルネ・ソーヴィニョンより、やや低い温度帯で栽培されています。暑すぎず、寒すぎずというのが、この品種の輝ける気候だと言えるでしょう。

樹勢が強いブドウですから、痩せて浅い土壌で水はけが良い所に向いています。

良く北ローヌが栽培の北限だと言われます。北ローヌは、冬は寒く夏は暖かい温和な大陸性気候。産地の中心はアンピュイ村です。コート・ロティは、花崗岩、片麻岩や雲母片岩の土壌。川を下って南に向かうと、石灰岩や沖積土壌も混じってきます。南ローヌは温暖な地中海性気候で、冬はおだやかで、夏は暑く乾燥しています。

オーストラリアの銘醸地バロッサは温暖な地中海性気候。北側は鉄鉱石層が混じり保水に利点があると言われています。また、クール・クライメイト(冷涼気候)のシラーズを生むヤラ・ヴァレーは、冷涼から温和な海洋性気候。灌漑が必要になる場合が多い北側のローワー・ヤラヴァレーの土壌は痩せた砂質ローム土壌。

南アフリカの新進気鋭の生産者が集まるスワートランドは、砂岩、風化した花崗岩土壌で、温暖で乾燥しています。

ニュージーランドのホークス・ベイは、ボルドーに近い温和な海洋性気候です。トレードマークはギムレット・グラヴェルという砂利質土壌。お蔭でシラーが栽培される内陸部は海岸沿いと比べると3~4℃程度と暖かく、十分な生育期間が取れます。

3. 手間暇かけてしっかり栽培

樹勢は強くて、芽吹きは遅く、成熟は中庸。

熟度が上がるに従って、胡椒などのスパイスの特徴から、ダークチェリーやプラムなどの煮詰めた果実風味へと変わってきます。

石灰成分の高い土壌での栽培には向きません。葉が葉緑素不足で黄色から白っぽくなって光合成に支障が発生(白化)しやすいのです。

色づき(ヴェレゾン)から収穫迄の期間とその後の収穫期間が短いことが特徴です。温暖な気候の産地であまり長い間、ブドウ樹から収穫しないとブドウが脱水して縮んでしまう傾向があります。こうなると香りや酸を失ってしまいジャムっぽくなってしまいます。更には収穫時期に、果粒が干しブドウ状になる現象が起きやすいことが知られています。そして口当たりに締まりがなくなってしまいます。従い、最適な収穫時期は短いので、注意が必要です。

北ローヌの高品質なシラーはローヌ川を臨む斜面の日照が良い一等地でブドウを栽培しています。急斜面なので、コストの掛かる手収穫が行われてきました。

南ローヌやルーション辺りまで南下してくるとグルナッシュが主役。シラーは10%程度で他の品種、ムールヴェードルやサンソーなどと一緒に盛り立て役に回ります。

風から守る為に仕立てには注意が必要です。ミストラルという強い風は、冷たく乾燥した北風で地中海に向かってローヌ渓谷を吹き降ろしていきます。この品種は新梢が長いので強風には弱いのです。

北ローヌのコート・ロティでは、1本若しくは2本の支柱にしっかり結び付けた棒仕立てが使われ、ギュヨ剪定が伝統的です。高密植でヘクタール当り1万本程の植栽がされています。エルミタージュでは株仕立てが有名です。ローヌ南部を中心に機械収穫が可能な平たんな土地では垣根仕立ても取り入れています。

北ローヌで有名なシャプティエは畑を1991年からビオディナミに転換しています。テロワールを映すワインを目指していて、ヴィンテージ差が出たとしても、敢えて、品質の造りこみはしないと言います。南ローヌの有名なシャトーヌフ・デュ・パプの生産者、シャトー・ド・ボーカステルも早くからオーガニック栽培を取り入れ、更にビオディナミに転換しました。かび病の被害を受けたことや一般のワインとの価格差が付かないなど苦労の時期もありました。しかし、今では、ローヌのオーガニック栽培は増加方向にあります。

灌漑は収量を上げる為ではなくて、ブドウ樹が水分ストレスでダメージを受けないことを目的としてならば認められます。しかし、温暖化が大きな問題になりつつあり、特に南ローヌではシラー栽培を続けていくなら灌漑は必須になるだろうという生産者もいます。

オーストラリア、カリフォルニアなど 新世界の温暖な産地では、コルドン仕立てが一 般的です。樹勢の強さを上手く制御する為に、大型の仕立てを使う所もあります。肥沃な土地では新梢を下に伸ばす方式の仕立て方(ジェニーヴァ・ ダブル・カーテンなど)にして、樹勢をそぐことも行われています。

温暖な地の樹冠管理では、果実を強い日差しから守り、日焼けや過熟を避けるように工夫します。日照をできるだけ取り入れて湿気を防ぎ、空気の流れを良くするような、冷涼気候の産地とは逆のアプローチです。

温暖な産地で、株仕立てで育てる生産者は、栽培は難しいものの、一番良いのは株仕立だと考えます。日中の太陽光を、枝葉が遮ってブドウを穏やかに熟させる。だから、過熟気味の味わいにならないという主張です。

オーストラリアの温暖な地で栽培されるシラーズは灌漑が必要となる場合が多いです。一方で、乾地農法で灌漑無しで古木から造ったワインに人気が集まってきています。こうした古木は株仕立てが基本です。

4. 古木からできるワインの魅力

オーストラリアのバロッサのラングメイル・ワイナリー。ここには1843年植樹の世界最高樹齢といわれるシラーズの古木があるフリーダム・ヴィンヤードがあります。

バロッサはこうした世界最高齢のブドウ樹を擁する事もあり、古木憲章では樹齢毎に名称まで定義されています。35年以上のオールド・ヴァインズ、70年以上のサヴァイヴァー・ヴァインズ、100年以上のセンテナリアン・ヴァインズ、そして125年以上のアンセスター・ヴァインズ。

古木からできるワインのメリットは様々にアピールされています。例えば、長い時間を掛けて張り巡らされた根系が干ばつや豪雨などの水分ストレスの変動に強い。あるいは、様々な地層から多様な栄養素を吸収する。さらに、樹冠や新梢が控え目になる等々です。

経験則的には、確かに凝縮感が有って、深みのあるワインになる傾向があると言っても良いかも知れません。しかし、古木だから必ず品質の良いワインになるとは言い切れません。樹齢を重ねるに連れて、幹や様々なブドウ樹の部位に病気を抱える可能性もあります。通常は、25~30年でブドウ樹は改植をします。

しかし、低収量になっても、まだコストを掛けて丁寧に世話をする。という事は相応の販売収入が見込めるからとも言えます。

古木はオーストラリアに限らず、南アフリカでも保護されています。35年以上のブドウ樹を対象としたオールドヴァイン・プロジェクトを通して古木の価値を見直しています。

5. 今に伝わるクローンをジェームズ・バスビーに感謝

ローヌにおけるクローン選抜は、1960 年代から政府主導で始まります。高収量と高アルコールが生産者には好評価。しかし、品質重視でクローン導入前のセリーヌで、マーサル・セレクションを行う生産者も。コート・ロティではマーサル・セレクションが中心です。

シラーには、特有なシラー・ディクラインと呼ばれる病害があります。幹が膨らんで台木に接ぎ木する部分でブドウ樹が割れ、葉が赤くなり数年後に枯れてしまいます。470、524、747というフランスのクローンはこの病気に掛かりにくいとされています。470は香り高くタンニンがしっかりした凝縮感のあるワインになります。フランス系ではこの3つを含めて9種類の認証されたクローンがあります。

オーストラリアには数多くのクローンがあります。バロッサやマクラーレン・ヴェールの典型的なクローンはSA1654です。色合いも濃く、黒胡椒などのスパイス、チョコレート、そして良く練れたタンニンのワインを造ります。他方、クール・クライメイトのフレッシュで赤系果実の引き締まったワインを造るのはEVOVS3です。他にも高収量のPT15、低収量のPT10と様々なクローンがオーストラリアには存在します。PT23は古いクローンで1832年にジェームズ・バスビーが輸入したブドウ樹の子孫から選抜されたクローンと言われ、黒系果実、黒胡椒や豊富なタンニンが特徴です。

ジェームズ・バスビーはスコットランド生まれ。フランスでブドウ栽培を学び、1824年にオーストラリアに渡航。その後、フランスやスペインなどの挿し木を手に入れてオーストラリアに持ち込みました。オーストラリアのワインの父と呼ばれる所以です。その後、政治家としてニュージーランドに駐在します。

ニュージーランドでも、ジェームズ・バスビーが貢献です。シラーをエルミタージュから持ち込んだと言われます。長い間見向きもされなかったのですが、ストーンクロフト・ヴィンヤーズの創業者であるアラン・リマ―博士が光を当てました。以来、リマ―・クローンともエルミタージュのマーサル・セレクションとも呼ばれて、ニュージーランドのホークス・ベイでは広く活用されています。

南アフリカでは、繊細で滋味深いSH9CやSH21K、SH99等があります。

6. メニュー満載!シラーの醸造と熟成

全房発酵

果梗の使用はワインの骨格を強める働きが あるものの、完全に果梗が熟していない とワインに青臭さがあらわれます。タンニンも粗くなります。1970年代以前には、そもそも除梗機も広まっていなかったので、全房は普通でした。

1980 年代以降、除梗をする生産者が増えました。しかし、近年では温暖化の影響も相まって全房発酵が再評価されています。

除梗せずにコンクリート発酵槽で醸造して大樽熟成をしてきた生産者達も、コート・ロティでは除梗した後に、梗を必要に応じて発酵槽に加えるようになってきています。梗を良く熟させて香りの複雑味やフレッシュさと言った長所を上手く表現するのです。

オーストラリアでも全房発酵でタンニンや香りの抽出を高めて、また熟成可能性も意識して、梗を後から加える場合もあります。

発酵温度は、高めで抽出をしっかり取ります。シラー の発酵温度は比較的高く、30℃以上も普通です。北ローヌでは野生酵母が用いられることも珍しくはありません。アントシアニンの含有量がとても多いので、抽出の仕方では深い濃い色合いのワインに仕上がります。

また、カジュアルなワインで、南ローヌで大半が造られるコート・デュ・ローヌは、ボジョレーで使われる醸造技術のマセラシオン・カルボニックを活用して、フレッシュでフルーティなワイン造りをする傾向があります。一時期はフルーティで早飲みの低価格ワインの典型とも見なされましたが、北ローヌでも全房発酵することによって、この醸造技術の長所を活かす生産者もいます。

高価格帯のワインでは発酵後も2週間から1か月程度の醸しを続けて、タンニンの重合を促して、収斂性を抑えて、触感を滑らかにする生産者もいます。

混醸

ローヌ北部はシラーに白ブドウを加えることが認められています。コート ・ ロティで 20 %までヴィオニエを、エルミタージュでは 15 %までルーサンヌ&マルサンヌを加えることが認められています。但し、アペラシオンのルールでブレンドでは無く、混醸、つまり一緒に醸造をしなければなりません。

しかし、ヴィオニエの混醸の歴史は薄れつつあります。シラーを完熟させるのが簡単では無かった時代には、白ブドウを混醸するのはタンニンを和らげる効果もありました。今日ではその必要はありません。さらに、ヴィオニエの果皮に含まれるフラボノール類がシラーのアントシアニンと結合して発色を良くするという説もありましたが、否定する実験結果も発表されています。

それよりも香りや味わいに複雑味や厚みが出ると考えるのが一般的です。ヴィオニエが華やかな花や果実の香りを加えるのです。しかし、実際の使用はごく少量に限られます。10%も加えてしまうとワインに締まりが無くなると言われています。

フィロキセラ以前では、混植、つまり一緒に栽培をすることは珍しくもありませんでした。ですから、そのまま、一緒に醸造(混植混醸)するのも自然な流れでした。しかし、混植は栽培区画の場所の問題に加えて、収穫時期の問題もあります。例えばコート・ロティでは、ヴィオニエは南部での栽培が多く収穫時期にもズレがあり、余分な人手がコストに跳ね返る問題もあります。

オーストラリアのシラーズでもヴィオニエとの混醸は、香りと触感の滑らかさを出す為によく用いられます。バロッサとマクラーレン・ヴェールで始まりましたが、5%程度を最大として使う傾向が強いです。

南アフリカの産地のパールではシラーズとヴィオニエが同時期に成熟するので上手く混醸できますが、ステレンボッシュではシラーズの成熟が遅く、混醸では無く、後からブレンドすることも有るようです。

ブレンド

南ローヌではGSMと呼ばれるグルナッシュやムールヴェードルとのブレンド、或いは更にカリニャンやサンソーも加えたブレンドが主流です。北ローヌに比べて温暖なので、グルナッシュを主体としたワインが主流ですが、シラーをブレンドすることで、しっかりした酸とタンニンで骨格と熟成可能性を与えるのです。赤系果実で高アルコール、比較的酸やタンニンがおだやかなグルナッシュ。シラーは黒系果実とスパイシーさも添えます。

オーストラリアではシラーズとカベルネのブレンドが、オーストラリアならではのスタイルとして確立しています。カベルネの強い骨格をシラーズの豊満な果実感が支える良いバランスを生み出します。

もちろん、ローヌと同じように、GSMも忘れてはいけません。酒精強化ワインの流行りが終わり、テーブルワインの流行に乗り遅れてしまったグルナッシュを1980年代に先駆者のひとり、チャールズ・メルトンがバロッサでブレンドに活用を始めました。

もう一つオーストラリア特有のマルチ・リージョナル・ブレンドを押さえておく必要があります。異なるブドウ品種、あるいは同一ブドウ品種であっても、産地をまたいでそのブドウにあった最適なテロワールで成長した果実を配合するという考え方です。単一畑とは対極の考え方ですね。高額で取引されているペンフォールズのグランジが、まさにこうして造られています。バロッサをベースとしながらも、マクラーレン・ヴェールやクレア・ヴァレー、アデレード・ヒルズをヴィンテージによってブレンドしているのです。

カジュアルで廉価なワインの場合は、大量生産を可能にするために様々な産地のブドウを、かき集めてくるという考え方になります。

樽熟成

オークとの相性は良く、ローヌでは北及び南共にオーク樽熟成は一般的に用いられます。但し、近年は新樽、小樽は控えめになってきました。古樽やフードルなどの大樽で繊細さや複雑性を狙うようになってきています。酸化しやすいと言われるグルナッシュに比べてシラーは還元的になりやすいと言われます。ですから、長期熟成で意図的に穏やかな酸化熟成を行うのが向いています。

オーストラリアでは熟成用の樽はアメリカン・オークが多く使われてきました。アメリカン・オークはココナッツなどの香りがフレンチ・オークと比べて強い特徴があります。なので、純粋な果実香などのシラーズの特徴を覆い隠してしまうと批判的な意見も。

ステンレスタンクなどの発酵槽でアルコール発酵を終えてから熟成用の新樽に移すことが一般的です。その一方、発酵終了前に熟成用の樽に移して引き続きアルコール発酵とマロラクティック発酵を行う生産者は、新樽の香りが他のワインの特徴と上手く融合できると主張します。

7. シラーがイケてる産地は?

ローヌ

フランスにおけるシラーの生産は1970年代までは殆どが北ローヌでした。北ローヌのAOP(原産地呼称保護)ワインは、黒ブドウはシラーのみの単一品種、少量の白ブドウの混醸は有っても、基本はヴァラエタルワインです。

エルミタージュは力強く、黒胡椒、色合いは濃くて、タンニンがしっかりしたワインになります。北ローヌでは最も歴史と伝統に恵まれた産地です。タン・レルミタージュの町の背後に立ち上がる急峻な南向きの急斜面。太陽を存分に浴びて、風から守られた土地から香り高く骨格がしっかりした長期熟成ができるワインを生みます。

このアペラシオンの伝説は、中世の十字軍の遠征の時代にさかのぼります。1224年に、ブランシュ・ド・カスティーユの騎士であったガスパール・ド・ステランベールが遠征に疲れ果てこの地で、隠居したと伝えられます。そして、祈りとブドウ栽培に身を捧げ、隠修士という意味合いを持つこのエルミタージュという地名になったといいます。

1787年にはフランス大使時代の後のアメリカ大統領トーマス・ジェファーソンも訪問しワインを購入。ボルドーのワインにもブレンドされ、19世紀半ばにはボルドーやブルゴーニュの最上のワインと同等の評価を得ています。しかし、フィロキセラによる被害で所有者が大きく変わり、1950~60年代には人気も陰ります。

今日の生産者では、ジャン・ルイ・シャーヴ、シャプティエ、ポール・ジャブレが有名です。シャーヴは様々な区画のブレンドを支持、他方シャプティエは個別の区画や単一畑を重要視しています。区画としてはレベサール、レルミット、レグランデなどが有名です。

ごっちゃにしてはいけないのは、クローズ・エルミタージュです。エルミタージュのワインとは別物で、歴史が浅いアペラシオンです。エルミタージュはたった140ヘクタールしか無いのに、クローズ・エルミタージュは北ローヌ最大の1700ヘクタールほどの巨大な栽培面積を有します。半分以上の収穫は協同組合に送られます。

クローズ・エルミタージュでも、比較的評価が高いとされるのはエルミタージュの北側。ミストラルの影響も強くて冷涼。花崗岩土壌です。良い畑からはしっかりした骨格を持つワインが造られます。しかし、必ずしも日照や高度に恵まれているとは限りません。一方、南側は、温和で沖積土壌を主とした広大な土地。機械収穫が可能な平たんな土地で一般的には早飲みの取っつきやすいワインが生産されます。

コート・ロティはエルミタージュ等の北ローヌの他のアペラシオンよりも細身、香り高く、エレガントで、女性的と言われる所以です。エルミタージュ同様、ローヌ川を臨む急斜面でブドウ栽培がされています。

一昔前は、大半がドメーヌ元詰めでは無くネゴシアンに売却されるか、地元消費に回されていました。遡る19世紀にはエルミタージュより遥かに低価格で販売されていました。近年の高い評価はギガルの尽力によるものが大きいと言えます。

戦後に創業された歴史が浅いギガルですが、2代目のマルセル・ギガルが80年代にロバート・パーカーから高い評価を受けて名声を確立しました。単一畑の最高級キュヴェの「ラ・ムーリンヌ」「ラ・ランドンヌ」「ラ・テュルク」では、新樽を活用した長期熟成。このスタイルがギガルを有名にすると共にコート・ロティを再興したとも言えます。しかし、現代の潮流では樽は控えめ。賛否両論も出てきている様です。大樽や控えめな新樽使用へと振り子はゆり戻されます。全房も増えてフレッシュさや触感の爽やかさも大切になります。

コート・ロティの土壌を代表する有名な小区画として挙げられるのが、アンピュイの北のコート・ブリュンヌと南のコート・ブロンド。コート・ブリュンヌは片岩で暗めの土壌、コート・ブロンドは白っぽい片麻岩。土壌が違うテロワールが隣り合わせにあります。中世の地元の伝説では、アンピュイ城主の貴族が自分の2人の娘たちの内、焦げ茶色(ブルネット)の髪の娘には、コート・ブリュンヌを、ブロンドの娘にコート・ブロンドを夫々分け与えたといいます。

コート・ブリュンヌは骨格がしっかりとした深みのあるワイン、コート・ブロンドは若い内から楽しめる早熟なワインになると言います。それらの夫々の長所を足し合わせるブレンドが行われます。

サン・ジョセフは60キロにも及ぶ広大なアペラシオンで、クローズ・エルミタージュ共々軽視されがちです。一番北側と南側では収穫が1週間ずれることもあります。

しかし、ローヌ川を挟んでエルミタージュの対岸となる土地は長い歴史を持ちます。エルミタージュと同じ花崗岩土壌を持つ、サン・ジョセフ南部のモーヴとトゥルノンを含む6村です。1862年に発表されたヴィクトル・ユーゴーの「ああ無情」では、モーヴのワインの名称が登場し、当時の名声を示します。

しかし、1969年以降に追加で主として北側に20村がAOCに加えられてしまいます。丘陵地ではない部分も含んだ広い地域が含まれてしまい、品質にばらつきが出る事になったのです。ですので、アペラシオンを分割すべきでは無いかという声もあるようです。

南ローヌでは主要品種はグルナッシュに変わります。GSMと呼ばれるグルナッシュとシラーとムールヴェードルのブレンドが主流です。特に、シャトー・ヌフ・ド・パプは有名なアペラシオンです。

オーストラリア

オーストラリアに初めてこの品種をもたらしたのは、18世紀末の入植者たちだと考えられており、19世紀初頭にヨーロッパから最初のシラーズを持ち込んだのは、オーストラリアの羊毛の先駆者としても称えられるジョン・マッカーサーと言われています。まだ酒精強化ワインが主流の頃です。その後、ジェームズ・バズビーらが、エルミタージュから挿し木を持ち込みます。

先ずは、ハンターヴァレーで広く栽培される様になります。1860年代にはシラーズ或いはエルミタージュとして知られるようになりました。しかし、銘醸地のバロッサでさえ、つい一昔前までは大量生産のブレンド用で素性の知れない、クラレットやらバーガンディというラベルを付けたワインとして出回っている状況でした。

こうした中で、ペンフォールズのグランジが 1951 年、ボルドーのワインに触発されたマックス・シューバートの手によって誕生しました。ボルドー品種が当時はあまり栽培されておらず、シラーズを中心にカベルネ・ソーヴィニョンを少量ブレンド。ほとんどのヴィンテージには、10%から近年では5%程度と少量のカベルネ・ソーヴィニョンがブレンドされています。

1957年に経営陣から生産中止を命じられたにも拘らず、ひそかに生産を続け、1960年には成功を納めるというサクセス・ストーリーです。高級オーストラリア産シラーズのプロトタイプになりました。

ヘンチキのヒル・オブ・グレイスがグランジと双璧を成すもう一方のオーストラリアのシラーズの最高峰です。1958年に4代目のシリル・ヘンチキが世に出しました。バロッサ地区のイーデン・ ヴァレーにある 8 ヘクタールの単一畑で す。移民してきたばかりの一族が、1860 年代に植えた自根のシラーズが 4ha ほど 植わっており、灌漑なしでビオディナミの手法を取り入れて栽培されています。収量はヘクタール当り2.5トンと低く、必ずしも毎年出荷されるわけでもありません。希少性の高いワインです。

オーストラリアの有名産地で、地中海性気候に恵まれたバロッサ・ヴァレー。産地の過半をシラーズが占めます。果実感が強く豊満で香り高く、タンニンは豊富ですが、なめらか。アルコールは高いものが典型的です。スタイルの似たフル・ボティで高アルコール、黒系果実にスパイスが効いたマクラーレン・ヴェール。しかし、シラーズの銘醸地はこの2か所に限ったわけではありません。

クール・クライメイト・シラーズという冷涼気候の産地で育てたブドウからエレガントな北ローヌのスタイルに伍していける様なワインも造られています。

ヤラ・ヴァレーでは、ミディアム・ボディーでフレッシュ。赤系果実も含んだ全房発酵でフレッシュさを前面に押し出したようなワインが造られます。こうした、ローヌ産に 近いエレガントなシラーズを生産する産地としては、南オーストラリア州ではクレア・ヴァレー 、アデレード・ヒルズ、イーデン・ヴァ レー、クナワラ。ヴィクトリア州では、ジーロング、ヒースコートなどが挙げられます。

アデレード・ヒルズでは、中庸なアルコールでハーブやスパイスが効いたワインが造られます。オーナーとマーケティング担当の2人がマスター・オブ・ワインの資格を有している、ショー・アンド・スミスは代表的な生産者です。

1980年~90年代はロバート・パーカーが、凝縮感があって果実味豊富、そして新樽、高アルコールでパワーに溢れるワインを評価しましたが、時代は変わってきているのです。

オーストラリアでは、シラーズを使った赤い泡、スパークリング・シラーズが、特有なワインとして有名です。遡ると1881年にヴィクトリアン・シャンパーニュ・カンパニーがスパークリング・バーガンディー(ブルゴーニュ)と銘打って開発したのが起源。流行に左右されつつも、今日では一つのジャンルを確立しています。一般的にはフルーティでスパイスも効いた残糖を感じるのが多いスタイル。タンク方式が中心ですが、トラディショナル・メソッドやトランスファーなどの造り方も取り入れている生産者もいます。

南アフリカ

シラーが伝来したのは 1650 年代と言われ、ケープ総督だったサイモン・ファン・デステルが持ち込んだという説があります。また、ジェームズ・バスビーがヨーロッパからオーストラリアに向かう途中で挿し木を南アフリカに置いて行ったという説もあります。

しかし、近年までこの 品種は盛り上がりに欠け、ヴァラエタルワインとしてのシラーズを世に出たのは、1957年のベリンガム・ワインズが最初です。それが、今では黒ブドウ品種の中では、カベルネ・ソーヴィニョンに次いで第2位の生産量になりました。

スワートランドが、2000年代前後から目覚ましい活躍をしてきた生産者のお蔭で注目を集めています。株仕立てのシラーからできるブドウを野生酵母で発酵させる自然な造りが主流です。スワートランド・インデペンデント・プロデューサーという団体も立ち上げています。独自の認証も行う機関になりました。使用を認めるブドウ品種にはカベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネと言った高貴品種を含めずに、ローヌ品種系のブドウを使ったものが主流です。

南アフリカではシラーズとシラーのどちらの呼び方も使われていて、スタイルの違いで区別しているようです。パワーがあって、オークをしっかり使ったシラーズ、滋味深いシラーと言ったように。アンドレ・ヴァン・レンスバーグが1994年ヴィンテージをシラーの名称でリリースしたのが最初です。

その後、約20年でシラーの栽培面積は10倍以上になりました。パールが最大の栽培地で、ステレンボッシュとスワートランドが僅差で続きます。

カリフォルニア

カリフォルニアでは、ローヌ品種は混植で19世紀末から栽培はされていたようです。しかし、シラーだけを敢えて栽培しようという奇特な生産者は殆どいなかったようです。本格的にシラーが植えられたのは 1970 年代のことです。それでも栽培面積が伸びず、この品種への関心が当 地で高まったのは、ローヌ・レンジャーズ と呼ばれる生産者グループの活動が始まった、1980 年代以降のことです。当時、人気が有ったのは、カベルネやシャルドネ以外はせいぜいジンファンデル。こうした中で、一握りの生産者たちが流れに逆らい、ローヌ品種のワイン造りに挑戦し続けたのです。

こうして、サンタ・クルーズマウンテンのボニー・ドゥーン・ヴィンヤードのランダル・グラハムが1989年4月号の米国のワイン雑誌ワイン・スペクテーター誌の表紙を元祖「ローヌ・レンジャー」として華々しく飾ることになりました。

パソ・ロブレスでは、シャトーヌフ・デュ・パプの有名生産、シャトー・ボーカステルがやはり1989年にジョイントベンチャーでタブラス・クリーク・ヴィンヤードを立ち上げます。当時はパソ・ロブレスでも数少ない生産者しかシラーを造っていませんでした。

今日ではソノマや ナパ、セントラル・ ヴァレーでも栽培がされています。

ニュージーランド

大半のシラーが、北島の北東部のホークス・ベイで栽培されています。北ローヌの滋味深さ、黒胡椒のニュアンスを感じます。そして、併せ持った、チョコレートや黒系果実、ミンティさ。北ローヌのシラーとオーストラリアのシラーズの中間にあります。新樽での熟成や全房発酵、発酵後浸漬など、手間暇を掛けたプレミアムワインでも有名です。生産量は少ないものの小粒でピリリという産地です。

8. シラーの香りと味わい:野生、パワー、エレガンス

栽培地域の気候が冷涼なほど、胡椒などのスパイス 風味が強くなり、エレガントでしなやか。スミレなどの花の香りも。温暖になるに従って、 プラム、チョコレート、甘草などの風味が強くなり、リッチで濃厚な仕上がりになっていきます。

こうした様々な香りの中でも、特にシラーに特徴的な香りと言えば黒胡椒。ロタンドンがこの香りの原因物質です。大分類では、マスカットや白い花、バラ、ライチ等の香りを発するモノテルペンと同様に、テルペン類の一種でセスキテルペンという芳香物質です。先駆体は、アルファ・グアイエンだとされています。2008年に閾値がワインに含まれた場合でも、16ng/Lという、とても低い数値であることがわかりました。シラーには1桁多い含有量がありますので、十二分に閾値を超えています。一方で、高濃度でも全くロタンドンを感知しないという人も2割程度いるという研究結果もあります。

シラーの黒胡椒だけでなくて、グリューナー・フェルトリーナーの白胡椒の香りの元でもあります。

冷涼な地域やヴィンテージに収穫された場合や、日照量が不足した場合に多く含まれる傾向があります。色づき(ヴェレゾン)から果皮への集積が増えて果実の成熟期後半に増加するようです。イギリスの地質学者でワイン造りの経験も有するアレックス・マルトマンによれば、ロタンドンの量は土壌に含まれる菌やバクテリアによっても影響を受けると言います。また、発酵後の熟成を通して衰えていく香り物質が多い中でロタンドンは比較的安定的であるとの研究も有ります。

オーストラリアのシラーズでは、ユーカリやミントの香りを感じる場合があります。これは、シネオール或いはユーカリプトールという香り物質が原因とされています。ブドウ樹とユーカリの木の距離が近いと、ユーカリの葉の揮発性の成分がブドウの果皮に空気を通じて集積して行くというものです。テロワール表現の一つであるとも言えます。

コート・デュ・ローヌのワインではベーコンや燻製肉などの表現をされることが良くありました。中には、ブレタノマイセスという野生酵母による欠陥臭が原因の場合があったと考えられます。揮発性のフェノール、エチルグアイアコールがクローヴなどのスパイスやベーコンなどの臭いの原因物質となります。また、エチルフェノールが獣臭などを発します。但し、含有量の程度や、主観的な官能評価によっては、滋味深い、複雑味を与える香りと評価される場合もあります。

9. シラーのまとめ

シラーは栽培面積が上位の品種の割には、銘醸ワインが限定的。意識してレストランやバーで注文される方は少ないかも知れません。この記事を読んだあなたにはその理由が腹落ちできたかと思います。一方では多彩な表情を持つワインのスタイルは更なる可能性を感じます。この際に、ローヌ、オーストラリア、南ア、ニュージーランドなどのシラーを並べて果実の熟具合やスパイスの香りの出方、そして醸造方法やオーク樽の影響をぜひ確認してみてください。

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