ボルドー地方の右岸地域、リブルヌの町のすぐ西に位置する丘陵地帯、それがフロンサックおよびカノン・フロンサックです。サンテミリオンやポムロールといった偉大な隣人の影に隠れがちですが、この地はかつて「リブルヌ地区産ワインの歴史的揺り籠」と称され、ヴェルサイユ宮殿の王侯貴族を魅了した輝かしい過去を持っています。起伏に富んだ美しい景観から、「ボルドーのトスカーナ」とも形容されるフロンサック&カノン・フロンサックは、テロワールの優位性において、大きなポテンシャルの持ち主です。近年では、意欲的な生産者の投資や努力、外部有力者の流入によって、目覚ましい品質向上を遂げていて、「最も過小評価されるボルドーのひとつ」として耳目を引いています。
【目次】
1. 概要:AOCフロンサック&カノン・フロンサックとは?
● 位置と対象コミューン
● 認定年と主要生産規則
● 主要ブドウ品種とスタイル
● 歴史
● なぜカノン・フロンサックには有名シャトーが少ないのか?
2. AOCフロンサック&カノン・フロンサックのテロワール
● 土壌の特徴
● 気候の特徴
3. AOCフロンサック&カノン・フロンサックの代表的シャトー紹介
● シャトー・ド・ラ・リヴィエール(Château de La Rivière)
● シャトー・ヴィラール(Château Villars)
● シャトー・ド・ラ・ドーフィン (Château de la Dauphine)
● シャトー・フォントニル (Château Fontenil)
● シャトー・オー・カルル (Château Haut-Carles)
● シャトー・ガビィ (Château Gaby)
● シャトー・レ・トロワ・クロワ (Château Les Trois Croix)
● シャトー・ジョルジュ・セット(Château George 7)
4. フロンサック&カノン・フロンサックのまとめ
1. 概要:AOCフロンサック&カノン・フロンサックとは?
位置と対象コミューン
AOCフロンサックおよびAOCカノン・フロンサックは、地方の中心都市ボルドー市から北東約30~40kmの距離、ふたつの大河(ガロンヌ川、ドルドーニュ川)を挟んだ場所にあります。この地域は「フロンサデ(Fronsadais)」と呼ばれ、南をドルドーニュ川、東をイル川に囲まれた、自然の要塞のような地形です。川の合流地点に近い南側の斜面は急峻で、北へ行くにつれて緩やかな丘陵地帯となり、ボルドー右岸でも特に風光明媚な景観を形成しています。ふたつのAOCの関係性は、AOCフロンサックという大きなエリアの中に、特定の優れた条件を持つAOCカノン・フロンサック(格上)が、内包されている形です。
AOCフロンサック(Fronsac)を構成するのは、フロンサック(Fronsac)、サン・テニャン(Saint-Aignan)、ラ・リヴィエール(La Rivière)、サン・ミシェル・ド・フロンサック(Saint-Michel-de-Fronsac)、サン・ジェルマン・ド・ラ・リヴィエール(Saint-Germain-de-la-Rivière)、サイヤン(Saillans)、ガルゴン(Galgon)の7つのコミューン(村)で、ガルゴンだけはコミューンのすべてではなく、一部地区のみ認定されています。AOCカノン・フロンサック(Canon-Fronsac)については、 AOCフロンサックの南部に位置する、フロンサックおよびサン・ミシェル・ド・フロンサックの両コミューン内にある、特定区画のみの認定です。

ブドウ畑からのぞむサン・ミシェル・ド・フロンサックの村 ©Michael bx
カノン・フロンサックは、テルトル・ド・カノンと呼ばれる石灰質の台地(標高約60メートル)を中心とした、高台および隣接する斜面に広がっています。理論上はフロンサックよりも高い品質のワインを生み出すはずで、それはある面では事実と言えるでしょう。ただし、この地区のトップシャトーを実際に選んでみると、AOCフロンサックとして市場に出ている銘柄が大半を占めるという、矛盾した状況には留意が必要です(理由は後述します)。
認定年と主要生産規則
両AOCは、ボルドー地方の中でも比較的早い時期に、原産地呼称として認められており、そこから相対的重要性が伺えます。AOCフロンサックはまず、1937年のデクレ(政令)により「コート・ド・フロンサック(Côtes de Fronsac)」として認定されました。その後、1976年に現在の「フロンサック」へと名称が変更されています。一方、AOCカノン・フロンサックは、1939年のデクレにより「コート・ド・カノン・フロンサック(Côtes de Canon Fronsac)」として認定され、1964年に現在の「カノン・フロンサック」へと名称が変更されました。
生産規則は両者共通で、畑の認定地域だけが異なっています。生産可能色は、両アペラシオンともに赤ワインのみです(この地域で白ワインを生産した場合は、「AOCボルドー・ブラン」として販売されます)。最低植栽密度は、1ヘクタールあたり5,000本以上。収量については、基本的な上限は53hl/haですが、年ごとの気象条件等により調整が入ると、65hl/ha程度まで許容される場合があります。最低アルコール度数は11%です。
主要ブドウ品種とスタイル
この地域の主役はメルロ(Merlot)で、右岸の他のエリアと変わりません。栽培面積の大部分(70~80%)を占めています。メルロがワインにもたらすのは、豊かな果実味、色調、そしてシルキーな質感です。助演俳優のカベルネ・フラン(Cabernet Franc)は、面積としては15%ほどで、フレッシュさ、フィネス、タンニンの骨格を与えてくれます。カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)は10%未満で、晩熟な性質ゆえに完熟させるのは容易ではないものの、近年の温暖化で重要性が高まってきました。このブドウが誇るのは、カベルネ・フランよりさらに強いタンニンの骨格と、熟成能力です。

メルロの葉と房 ©Felloni claire
AOCの規定上は、以上3品種で、ブレンドの80%を占める必要がありますが、マルベック(Malbec)、カルメネール(Carménère)、プティ・ヴェルド(Petit Verdot)も、補助品種としてそれぞれ10%まで使えます。マルベックはかつて、フロンサックの主要品種でしたが、20世紀に入って面積が大幅に減少しました。しかし近年、やはり温暖化への適応目的で、再び注目されています(現在の植栽比率は数%程度)。
フロンサックおよびカノン・フロンサックのワインは一般に、「骨太だが、長く熟成させると気品が生じる」というイメージです。若いうちは深いルビー色の色調を持ち、赤系、黒系両方の果実のアロマに、スパイスなどのニュアンスが加わります。口に含むと感じられるのは、豊満なボディとしっかりとしたタンニンです。若いうちは固い印象を受ける場合もありますが、熟成を経てタンニンが溶けていくと、エレガントな立ち姿になります。特にカノン・フロンサックは、歴史的に「優れたクリュ」の概念が生まれた場所であり、フィネスと長期熟成能力に秀でた、傑出したワインを生み出す地域です。
価格のヒエラルキーについて、少し言及しておきましょう。2023~2024年シーズンのジロンド県(=ボルドー地方)における、フェルマージュ(小作料)計算用の公式価格指標を見ると、フロンサックやカノン・フロンサックの立ち位置がよく分かります。900リットルの樽(トノー)単位の取引価格において、フロンサックは1,448ユーロ、カノン・フロンサックは1,882ユーロです。これはAOCボルドー・ルージュ(833.5ユーロ)の約2倍の評価ですが、サンテミリオン(3,708ユーロ)やポムロール(9,230ユーロ)と比較すると、かなり手頃であり、コストパフォーマンスの高さを示唆しています。
歴史
フロンサックの歴史は古く、その名はフランク王国のカール大帝(シャルルマーニュ)にも繋がりがあります。8世紀、カール大帝はフロンサックの戦略的重要性に目をつけ、要塞を築きました。同時代を生きたカール大帝の伝記作者エギンハルトがこの要塞について、当時の地名から「Fronciacus」と記したのです。フロンサックという名の「祖先」が、初めて文献に登場した例だとされています。
中世を通じて、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路に近接する場所として栄え、修道院を中心にワイン造りが行われました。17世紀、リシュリュー枢機卿がフロンサック公爵の称号を得ると、この地は名声を高めます。さらにその遠い親族であるルイ・フランソワ・アルマン・ド・ヴィニュロ・デュ・プレシ・ド・リシュリュー(リシュリュー公爵)が、華やかな宴を催し、フロンサックのワインをヴェルサイユ宮殿に持ち込みました。18世紀には、フロンサックのワインは高値で取引され、リブルヌ地区で指折りの高貴なワインとして地位を確立したのです。
しかし、19世紀後半のフィロキセラ禍により、フロンサックは分厚い雲に覆われるようになります。名声は徐々に落ちていき、近隣のサンテミリオンやポムロールの陰に隠れるようになってしまいました。そんな風向きが変わったのが、1970年代以降です。醸造技術の近代化や、意欲的な生産者たちによる投資が進み、品質が劇的に向上しました。加えて、ジャン・ピエール・ムエックス社のカノン・フロンサックへの進出(現在は撤退しましたが、品質向上に大きく寄与しました)や、高名な醸造コンサルタントであるミシェル・ロランやパトリック・レオンが自らのシャトーを保有した事実も、フロンサックの「再発見」につながっています。
なぜカノン・フロンサックには有名シャトーが少ないのか?
カノン・フロンサックは、より広域なフロンサックの中から優れた土地を選んで認定した、格上のAOCです。前述した取引価格の比較でも、カノン・フロンサックはフロンサックと比べて、約30%高い値が付けられています。しかしながら、知名度・価格などさまざまな指標を考慮して、当地の代表的なシャトーを両手の指の数ほど選んでみると、ほとんどのラベルに書かれている名はAOCフロンサックです。これはなぜなのでしょうか。
端的に言って、分母の違いが答えの大部分です。AOCフロンサックが約800ヘクタールなのに対し、AOCカノン・フロンサックは、約300ヘクタールしかありません。したがって、生産者の数が大きく違います。フロンサックは認定地域が広いため、土壌にバラツキがあり、平均点としての品質あるいは価格は低くなるのですが、優等生の絶対数は少なくありません。一方、カノン・フロンサックの土壌は比較的均質で、ポテンシャルとしては高いのですが、ワインを造る人の数が少ないのです。結果として、小数精鋭のカノン・フロンサックではなく、頭数で勝負するフロンサックが、代表的シャトーリストの大半を占めてしまいます。
両者のワインのスタイルに、微妙な差がある点も、逆転状態には影響しています。カノン・フロンサックが硬質でミネラル感のある、ソリッドな仕上がりになりやすい一方で、フロンサックは果実味のボリューム感が全面に出た、自己主張の強い味わいになりがちです(あくまで両者の比較において)。1990~2010年代にかけて、メルロ主体の濃厚なワインがもてはやされた時代には、フロンサックの代表的生産者のワインが高く評価され、その影響が今も市場には残っています。
2. AOCフロンサック&カノン・フロンサックのテロワール
土壌の特徴
ボルドー右岸の多くの産地が比較的平坦、あるいは緩やかな起伏であるのに対し、フロンサックの風景は劇的です。「ボルドーのトスカーナ」とも形容されるこの地は、谷と丘が入り組んだ複雑な地形をしており、その景観の美しさは右岸で指折りでしょう。しかし、この起伏は単に美しいだけでなく、ブドウ栽培における決定的な役割を果たしています。独特な地形と、そこに広がる地質学的特徴こそが、フロンサックのワインに力強さと冷涼感(フレッシュさ)を同時にもたらす源泉なのです。フロンサックとカノン・フロンサックの土壌を理解する上では、「石灰質」と「モラス(Molasse)」が、重要なキーワードになります。

フロンサックのブドウ畑
当地域の高台や丘の頂上部分に広がるのは、サンテミリオンの台地と同じ地質年代の「アステリ(ヒトデ)石灰岩(Calcaire à Astéries)」です。多孔質ですが、台地を形成する構造的な強度をもつ石灰岩盤で、スポンジのように水を蓄える能力があり、夏の乾燥期にブドウ樹へ水分を供給する役割を果たします。この石灰岩土壌は、ワインに強靭な骨格、酸、そしてチョークのようなミネラル感を与えます。特にカノン・フロンサックの台地部分や、フロンサック北東部のサイヤン村周辺で顕著に見られる土壌です。
一方、斜面(コート)の多くを覆っているのが、この地域特有の「フロンサデのモラス」と呼ばれる土壌になります。始新世(約5300万年前~3400万年前)に形成された地層で、粘土と石灰質が混ざり合った軟らかい砂岩質の土壌です。モラスは、石灰岩よりも風化しやすく、粘土の保水性と石灰質の排水性を併せ持っています。ここで育つメルロは、肉厚で豊満な果実味を持ちながらも、重くなりすぎず、スパイシーで複雑なアロマを纏うようになります。
当地区の標高は、最高地点が約90メートルです(サン・テニャン村のシャトー・ジャンドマン付近)。大きな高低差による急峻な斜面では水はけが良くなります。AOCの境界線が、地形に基づいて引かれているのも重要な点です。ドルドーニュ川沿いの低地にある沖積土壌(砂やシルトが主体の肥沃な土地)は、AOCフロンサックやカノン・フロンサックを名乗れず、「AOCボルドー」として瓶詰めされます。斜面や台地にある、条件の良い畑だけに、フロンサック&カノン・フロンサックは限られているのです。
気候の特徴
フロンサックの気候は、ボルドー全体の温暖な海洋性気候に属しながらも、ふたつの川(ドルドーニュ川とイル川)の合流点にあるという地理的条件が、独自の微気候(ミクロクリマ)を生み出しています。

リル川 ©Marcel Roblin
まず、河川による温度調整です。ふたつの川は巨大な熱調整装置として機能します(水は空気よりも、比較熱量が大きいため)。この水の塊が、春先の気温低下を和らげ、霜の被害を軽減してくれる点は見逃せないでしょう。ただし、すべての畑が守られるわけではありません。例えば、2017年春にボルドー全域を襲った甚大な霜害の際、標高の高い畑の被害は比較的軽微でしたが、川から離れた冷気が溜まりやすい谷間の土地では、大きな被害が出ました。
近年の気候変動(温暖化)に際し、フロンサック&カノン・フロンサックは比較的有利です。第一に、北向きや東向きの斜面が少なからず存在する点が挙げられます。そうした斜面では、かつてはブドウが熟しにくかったのですが、現在では過度な日照を避け、ブドウにフレッシュな酸を残すための貴重な場所となっています。第二に、石灰質と粘土質の土壌が持つ「冷たさ」です。土壌温度が相対的に上がりにくいため、猛暑の年でもブドウが過熟になりすぎません。実際、記録的な猛暑だった2003年ヴィンテージにおいて、この地区のワインは他の有名産地よりもバランスが取れていたと評価されています。
3. AOCフロンサック&カノン・フロンサックの代表的シャトー紹介
シャトー・ド・ラ・リヴィエール
Château de La Rivière
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: グループ・ボリアン
- ブドウ畑の面積: 65ヘクタール(赤63ha、白2ha)
- 品種構成: メルロ84%、カベルネ・フラン8%、カベルネ・ソーヴィニヨン6%、マルベック2%
- 年間生産本数: 約300,000本
- セカンドワインの名前: レ・スルス・ド・シャトー・ド・ラ・リヴィエール(Les Sources du Château de La Rivière)
シャトー・ド・ラ・リヴィエールは、フロンサック最大級の面積を誇るだけでなく、ボルドー右岸全体を見渡しても最も壮麗で絵になるシャトーのひとつです。その歴史は古く、かつてカール大帝(シャルルマーニュ)が築いた砦の跡地に、1577年に現在の城館が建設されました。19世紀には、ノートルダム大聖堂の修復で知られる建築家ヴィオレ・ル・デュクの弟子によって修復が施され、今日見るような童話に出てくる城のような外観となりました。2013年以降は、中国系企業が所有者になっています。

シャトー・ド・ラ・リヴィエールの壮麗なシャトー ©PRCHLR
このシャトーを語る上で欠かせないのが、地下に広がる巨大な石灰岩の採石場跡(カーヴ)です。総延長約8ヘクタールにも及ぶこの地下空間は、ワインの熟成に理想的な温度と湿度を保っており、訪問者を圧倒します。
ワインのスタイルは、リッチでオークの風味が効いた、凝縮感のあるモダンなタイプです。南向きの斜面に広がる広大な畑から生まれるワインは、力強さと骨格を備えており、長期熟成に耐えうるポテンシャルを持っています。また、2010年からはソーヴィニヨン・ブランとソーヴィニヨン・グリを用いた白ワインも生産しており、この地域における白ワイン生産の先駆けになりました。
シャトー・ヴィラール(Château Villars)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: ティエリー・ゴドリー
- ブドウ畑の面積: 30ヘクタール
- 品種構成: メルロ81%、カベルネ・フラン15%、カベルネ・ソーヴィニヨン4%
- 年間生産本数: 約160,000本
- セカンドワインの名前: シャトー・ムーラン・オー・ヴィラール(Château Moulin Haut Villars)
安定した品質とコストパフォーマンスの高さで知られる実力派です。サイヤン村に位置し、19世紀初頭から7世代にわたり同じ家族によって守られてきました。特筆すべきは、1978年という早い時期から、熟成にオーク樽(バリック)を導入するなど、品質向上への意識が非常に高かった点でしょう。かつては醸造コンサルタントを生業にしていたティエリー・ゴドリーが、1997年から当主を務めています。
ワインのスタイルは、果実味の純度が高く、きめ細かいタンニンを持ちエレガントです。2000年代以降、一貫して品質が向上しており、特に2010年や2015年といった良年においては、クリーミーな質感と適度な凝縮感を備えた、親しみやすくも洗練されたワインを生み出しています。
シャトー・ド・ラ・ドーフィン (Château de la Dauphine)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: ラブリュヌ家
- ブドウ畑の面積: 53ヘクタール
- 品種構成: メルロ90%、カベルネ・フラン10%
- 年間生産本数: 約250,000本
- セカンドワインの名前: デルフィス・ド・ラ・ドーフィン(Delphis de La Dauphine)
現在、フロンサックで最も野心的かつダイナミックな動きを見せているシャトーのひとつが、このド・ラ・ドーフィンです。「ドーフィン(王太子妃)」の名は、ルイ15世の息子の妻(王太子妃)であったマリー・ジョゼフ・ド・サクス(ルイ16世、ルイ18世、シャルル10世の母)が、かつてこのシャトーに滞在した史実に由来します。
近代における変革は、ポムロールの名門ムエックス家が所有していた時代(1985年~2000年)を経て、大手スーパーマーケットチェーンの所有者一族に属するジャン・アレイが2001年に購入してから加速しました。ジャンは、カノン・フロンサックにあったシャトー・カノン・ド・ブレム(Canon de Brem)を2006年に統合し、すべてのワインを「AOCフロンサック」として販売するブランド戦略を断行します。さらに2015年、IT・ヘルスケア企業を率いるジャン・クロード・ラブリュヌがオーナーとなると、拡大路線はさらに進みました。2016年にシャトー・オー・バレ(Haut-Ballet)を、2022年にはシャトー・ヴレ・カノン・ブーシェ(Vrai Canon Bouché)を買収し、ラ・ドーフィンへ組み込んだのです。
栽培面ではビオディナミを推進しているほか、最新鋭の円形醸造所や重力移動システムの導入など、設備投資も惜しみなく行われています。巨額の資本と、意欲的な女性総支配人ステファニー・バルースの指揮の下、フロンサックの枠を超えた「右岸のグラン・ヴァン」としての地位を確立しつつあります。ワインは非常にモダンで洗練されており、シルキーなテクスチャーと深みのある果実味が特徴です。
シャトー・フォントニル (Château Fontenil)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: ミシェル&ダニ・ロラン
- ブドウ畑の面積: 11ヘクタール(赤10ha、白1ha)
- 品種構成: メルロ100%
- 年間生産本数: 約40,000本
- セカンドワインの名前: フィレ・ルージュ(Filet Rouge)
世界で最も有名な醸造コンサルタントであるミシェル・ロランと、その妻ダニ・ロランが1986年から所有する、夫妻の「自宅」と呼ぶべきシャトーです。サイヤン村に位置し、北向きと南向きの斜面に畑が広がっています。
このシャトーを有名にしたのは、1999年に起きた「プラスチックシート事件」です。収穫前の雨の被害を防ぐために、ロランは畑の畝間にビニールシートを敷きましたが、これがINAO(国立原産地名称研究所)の規定違反とみなされ、AOCフロンサックの認定を拒否されました。憤慨したロランは、そのワインを「ル・デフィ・ド・フォントニル(Le Défi de Fontenil/フォントニルの挑戦)」と名付け、格下の「ヴァン・ド・ターブル(現在のヴァン・ド・フランス)」としてリリースしました。この「デフィ」は、現在でも最良の区画から造られる特別なキュヴェとして、通常のフォントニルよりも高値で取引されています(プラスチックシートは、毎年使われるわけではありません)。

ル・デフィ・ド・フォントニルのボトル ©Rolland Collection
フォントニルが造る赤ワインは、まさにミシェル・ロランらしい、完熟した果実味と濃密な樽香、滑らかな口当たりを持つ、非常に享楽的なスタイルです。2019年からは、ボルドー地方のAOCでは認可されていないシャルドネをブレンドに含めた白ワイン、「ブラン・ド・フォントニル(Blanc de Fontenil)」もリリースしており、常に常識にとらわれない試みを続けています。
シャトー・オー・カルル (Château Haut-Carles)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: コンスタンス&ステファン・ドルーレ
- ブドウ畑の面積: 20ヘクタール(全体)、うち「オー・カルル」用の区画は一部
- 品種構成: メルロ90%、カベルネ・フラン5%、マルベック5%
- 年間生産本数: 約30,000本(トップキュヴェ「オー・カルル」の本数)
- セカンドワインの名前: シャトー・ド・カルル(Château de Carles/歴史あるメインのラベルだが、現在はスタイル違いの弟分的な位置づけ)
シャトー・オー・カルルおよびカルルは、フロンサックの高台、サイヤン村に位置する歴史的な名門です。シャトーの建物は、地元の有力者であったカルル一族によって15世紀に築かれ、16世紀後半、フランソワ・ド・カルルがボルドー市長を務めていた際は、フランソワと関わりのあった高名な哲学者、ミシェル・ド・モンテーニュがひんぱんに訪れていました。
1983年に、現在の所有者であるステファンとコンスタンス・ドルーレ夫妻が引き継いで以来、劇的な品質向上が図られました。1994年に、夫妻はそれまでの「シャトー・ド・カルル」に加え、最良の区画のブドウのみを用い、高い新樽比率で熟成させる贅沢なトップキュヴェ、「オー・カルル」をリリースしたのです。21世紀に入ると醸造設備を一新するとともに、錚々たる顔ぶれの醸造コンサルタントたちに助言を求め、質を高めるのに余念がありません。
オー・カルルについては、リッチで肉感的、「現代的」なボルドーの典型です。凝縮した果実味に、香ばしいオークのニュアンスとダークチョコレートの風味が溶け込んでいます。
シャトー・ガビィ (Château Gaby)
- AOC名: Canon-Fronsac
- 現在の所有者: トム・サリヴァン
- ブドウ畑の面積: 16ヘクタール
- 品種構成: メルロ80%、カベルネ・フラン10%、カベルネ・ソーヴィニヨン10%
- 年間生産本数: 約50,000本
- セカンドワインの名前: プリンセス・ガビィ(Princess Gaby)
シャトー・ガビィは、カノン・フロンサックの石灰質台地の端、ドルドーニュ川を見下ろす標高75メートルの絶景ポイントに位置しています。17世紀以来の美しいシャトー建築も魅力のひとつです。
近年の歴史は、国際的なオーナーたちの情熱によって彩られています。イギリス人の所有者から、2000年代にはカナダ人のデヴィッド・クールが取得して、品質向上に貢献しました。2016年には、アメリカの富豪トム・サリヴァンがオーナーとなり、さらなる投資を行っています。1999年より、長年にわたってワイン造りを指揮しているのは、ボルドー右岸の実力派醸造家ダミアン・ランドゥアールです。2006年から有機栽培を導入し(2018年に認証取得)、ブドウ畑に音楽を流して生育を促す「ジェノディック(Genodics)」というユニークな手法も取り入れています。
石灰質土壌由来のフレッシュさとミネラル感が特徴で、深みや豊潤さを保ちつつも、重さを感じさせない優雅な作風です。トップキュヴェの「キュヴェ・ガビィ(Cuvée Gaby)」、メインの「シャトー・ガビィ」、セカンドの「プリンセス・ガビィ」という3つのラインナップを展開しています。
シャトー・レ・トロワ・クロワ (Château Les Trois Croix)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: ベルトラン・レオン
- ブドウ畑の面積: 20ヘクタール
- 品種構成: メルロ80%、カベルネ・フラン20%
- 年間生産本数: 約90,000本
- セカンドワインの名前: シャトー・ラモリエール(Château Lamolière)
シャトー・レ・トロワ・クロワは、フロンサックで最も標高の高い、海抜86メートルの石灰質台地の頂上に位置しています。この素晴らしいテロワールに惚れ込み、1995年にシャトーを購入したのは、ムートン・ロートシルトの伝説的な醸造長として知られるパトリック・レオンでした。パトリックは2018年に他界しましたが、現在は息子のベルトラン・レオンが遺志を継いでいます。
レオン家が取得した当時、ブドウ畑は荒廃していましたが、長い時間をかけて植え替えと再構築を行いました。古いクローンの樹を抜き、台地の上部にある粘土層が薄く、すぐに石灰岩の岩盤に当たる場所に、メルロとカベルネ・フランを適材適所で配置したのです。面白いのは、ベルトラン・レオン自身が著名な醸造コンサルタントでありながら、外部の視点を取り入れるために、あえて友人のジュリアン・ヴィオー(ミシェル・ロランのチーム)などに助言を仰いでいる点でしょう。「所有者兼醸造家が、品質と経済性を客観的に切り離すのは難しいから」というのがその理由だそうです。
ワインは、石灰岩土壌由来の鮮烈なミネラルと酸、そして完熟した果実味が拮抗する、骨格が印象的なスタイルです。パトリック・レオンの哲学である「樽はエレガンスと構造を与えるための手段で、その後は忘れられるべき(果実味の背後に隠れるべき)」という言葉通り、新樽熟成を行いはするものの、樽の風味は決して支配的ではありません。長期熟成を経て真価を発揮する、クラシックなフロンサックの規範的存在です。
シャトー・ジョルジュ・セット(Château George 7)
- AOC名: Fronsac
- 現在の所有者: サリー・エヴァンス
- ブドウ畑の面積: 3ヘクタール
- 品種構成: メルロ100%
- 年間生産本数: 9,000本
- セカンドワインの名前: プランス・ド・シャトー・ジョルジュ・セット(Prince de Château George 7)
フロンサックに吹く新しい風を象徴するのが、このシャトー・ジョルジュ・セットです。オーナーのサリー・エヴァンスは英国出身で、元々はフランスの一般企業で長く経営コンサルティングの仕事をしていました。しかし2017年、ワインへの情熱からキャリアを転換、サイヤン村の小さな畑を購入し、ワイン造りを始めたのです。
「ジョルジュ(George)」の名は、英国の守護聖人であるセント・ジョージ(聖ゲオルギウス)と、ギリシャ語で「土を耕す人」を意味する言葉に由来しています。2017年の初ヴィンテージは、残念ながら霜によりごく少量しか生産できませんでしたが、続く2018年にそのポテンシャルを証明しました。醸造コンサルタントと密に連携し、手摘みによる収穫や丁寧な選果など、非常に手間のかかる「オートクチュール」なワイン造りを行っています。
ワインはメルロ100%で造られ、フロンサックらしい肉厚さと、ミネラルの緊張感を兼ね備えたモダンなスタイルです。ごく新しい蔵ですが、評論家からの評価が高く、サリー自身が積極的にSNSやワインツーリズムを通じてフロンサックの魅力を発信しているため、同地域における新たなアンバサダー的存在としても注目されています。
4. フロンサック&カノン・フロンサックのまとめ
AOCフロンサックおよびカノン・フロンサックは、20世紀に入って以降、長らく「忘れられたワイン」になっていました。しかしながら、テロワールのポテンシャルが高い点、そして過去の輝かしい実績から、ムエックス家、ミシェル・ロラン、パトリック・レオンといった「玄人中の玄人」たちの目に止まり、急速な復活を遂げつつあります。それでもまだ、価格はお手頃の範囲に留まっていて、トップの銘柄でも1万円でお釣りが来るのはありがたいです。「貧乏人のポムロール/サンテミリオン」と呼ぶのは失礼でしょうが、バーゲンハンターならレーダーを向けるべき産地なのは間違いありません。本記事で紹介した代表的シャトー以外にも、優れた銘柄はまだまだあります。ぜひ、フロンサック&カノン・フロンサックの名を、「要探求産地リスト」に加えておいてください。






