連載コラム

岩瀬大二のワインボトルのなかとそと Vol.04(2019_04_26)

役者人生と桔梗ヶ原のメルロー

昨年10月、日本ワインの革命児たちを描いた映画『ウスケボーイズ』が公開されました。 自分たちの常識や偏見を打ち砕かれた若者たちがワイン造りに没頭することで様々な困難に向き合い、希望を拓いていく物語です。実在する人物、ワインを描いたことでも話題になりましたが、幸いなことにワイン情報誌「WINE-WHAT!?」誌で、主演俳優の渡辺大さんへのインタビューの機会がありました(インタビューの全文は同誌オンラインにて公開中)。

撮影はオール山梨ロケ。渡辺さんが演じるモデルとなった岡本英史さんのワイナリー「ボーペイサージュ」の畑を使い、土の匂い、感触、風、太陽、そして劇中にもあった苦悩の中で容赦なく降り注ぐ雨。酵母や樽の香りとも現場で触れ合い、また、カメラが外れたところでは、岡本さんといろいろな会話。それが渡辺さんとワインとの関係をより深くしたとのこと。
クランクインの前もイタリアを中心にいろいろなワインは飲んでいたという渡辺さんですが、今回の日本ワインとの出会いを経て、さらに深みにはまったと言います。映画の中で主人公とその仲間が集まって様々なワインをテイスティングしながら熱い議論を交わすシーンがありますが、実は出演者たちも集まってワインを飲み、交流を深めるなど、映画な中だけではなく、その外でもワインとのかかわりが広がっていきました。

この映画に関わることで、渡辺さん自身のワインの扉が大きく開いたようですが、また役者としても開いた扉があったといいます。映画の中の主人公は、ワインはフランスじゃなきゃダメだと持論をかざし、その後、絶望と戦い、しかし絶望が上回り、畑を当てもなくふらつく。それでも危険なほどに尖りまくった主人公。それを演じる渡辺さんの映画の中での尖りっぷりもまた凄味がありました。
「役者もどこか尖がってないとダメってところもありますし。あの時の岡本さんと似てるのかな…」とその場面を振りかえった言葉が印象的でした。また、橋爪功さん演じる「ウスケ先生」に「教科書を破り捨てなさい」と言われた瞬間の表情もまた、主人公の意地と尊敬が入り混じった胸に迫るものでした。渡辺さんは振り返ります。
「役者も同じだと思うのですが、偉大な先輩と向かい合う時の永遠のテーマ。ずーっと先輩の後ろを追って辛抱しているわけじゃなくて、いつかは抜かしたい。でも実力が伴わなきゃただいきがっているだけ。岡本さんとウスケ先生、僕と橋爪さんも似ているんだと思います。同じ舞台に立つものとしてやはり認められたい。『桔梗ヶ原メルロー』は素晴らしい。でも同じものを追いかけるのではなく、自分が造る自分が納得するワインを造りたい。そうやってもがくことがおもしろいそんな思いを感じていただけていたらうれしいですね」(コメントはWINE-WHAT!?誌記事より)。
なるほど、役者の世界も、ワイン造りの世界も、共通していることというのは多いものなのでしょう。

さて、渡辺さんのコメントの中で出てきた「桔梗ヶ原メルロー」。それは、映画『ウスケボーイズ』で、主人公たちの運命を変えた1本として登場した「シャトー・メルシャン 信州桔梗ヶ原メルロー」のこと。89年にリリースされると、海外のワインコンクールで高い評価を受け、日本でも世界レベルのワインが造れることを実証した記念碑的作品でした。現在も、メルシャンではその後のワイナリー長が、そして現在は、塩尻・桔梗ヶ原の地で、勝野秦朗さんが、歴史的にもアイコンであるメルローづくりに挑んでいます。人の運命を変えた1本。その後のワイン造りへの勇気を与え、しかし、一方で狂気にかられた人も生んだワイン。実際に塩尻を訪問し、勝野さんにお話を伺い、同じく、この地でのメルローを生み、育んだ伝説の人、「五一ワイン」の林幹雄さんなど、塩尻のワイン関係者の皆様と話していると、1本のワインからさまざまな人生のドラマが動き出すことを実感しました。

そしてその1本のワインを巡る人生が映画となり、役者や映画作りに関わる人たちの人生にも影響を与える。筆者は、さまざまな著名人にご自身とワインの関係をテーマにしたインタビューを行ってきましたが、「夏の恋の思い出とスパークリングワイン」や「表と裏の顔とシャンパーニュ」に「品格を教えてくれたボルドー」など、自身の物語が1本のワインで動き出すという素敵なエピソードを聞かせていただきました。もちろん私にも…。それはセドリック・ブシャールが手掛けるシャンパーニュ「ローズドジャンヌ」との出会い。これがなければ、シャンパーニュ専門WEBサイトを立ち上げることもなかったでしょうし、今、ワイン業界でライターやナビゲーターをすることもなく、これを通じて知り合った人々との出会いもなかったことでしょう(この話は、もしかしたら6月から私が担当する講座でご紹介するかも…)。みなさんもご自身の物語が動き出した1本がありましたら、ぜひ、聞かせてください。