連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.96 2019_05_10

~ロマン主義、ラマルティーヌとワイン~

「ロマン主義」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「ロマンティック」という言葉とも関係しますが、歴史的には17世紀末から18世紀頃始まり、19世紀半ばくらいに最盛期を迎える文学・芸術上の思潮です。ギリシア・ローマをモデルにして、知性を重んじる「古典主義」に対し、旧制度が崩壊して開放された市民の「自我」の情熱や高揚を優先し、ギリシア・ローマではない民族固有の起源、例えば中世の伝説や神話を重んじる立場です。しかしながらロマン主義といえども政治文化状況などに合わせて独自の仕方で発展します。ドイツでは民族主義、反ナポレオンと結びつき、反革命的保守主義の側面もありますが、フランスでは、啓蒙主義や革命思想とも結びつきます。1830年の七月革命を描くドラクロワの絵画『民衆を導く自由の女神』などは典型です。次サイトでご覧ください。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Eug%C3%A8ne_Delacroix#/media/File:Eug%C3%A8ne_Delacroix_-_La_libert%C3%A9_guidant_le_peuple.jpg

フランス・ロマン主義文学の大立て者と言えば、ヴィクトル・ユゴー(1802-1855)で、1829年の戯曲『エルナニ』はコメディ・フランセーズ座で上演された際、古典主義派とロマン主義派の人々が小競り合いまで起きるスキャンダルも生まれます。しかしユゴーで最も人口に膾炙しているのは『レ・ミゼラブル』と『ノートルダム・ド・パリ』でしょう。前者は『ああ無情』、後者は『ノートルダムのせむし男』という邦訳もありますが、いずれも映画などでも有名な、でもフランス文学者の鹿島茂氏によると、実は全編を読破した人は珍しい、という書物です。先頃、火災で大きな損傷を受けたノートルダムですが、そこに住まう、せむしのカシモドが主人公です。描かれるパリの風景は、19世紀後半ナポレオン三世下のオースマンによるパリ改造の前。そのころノートルダムはパリ市民にどう写っていたのでしょう。

ユゴーが大立て者とすると、フランス・ロマン主義の嚆矢はどうなるでしょう。定番としては、アルフォンス・ド・ラマルティーヌ(1790-1869)の『瞑想詩集』(1820)とされます。ナポレオン失脚後の王政復古期、しかも皇太子のベリー公が暗殺され、王党派や保守派による反動化がすすむ時期でした。やがてこれは自由主義ブルジョワ層による七月革命によって打ち倒されます。ラマルティーヌはこの革命を期に政治にも参加し、1833年には代議士にもなります。1851年のナポレオン三世のクーデターで政界を引退するまで、政治活動が続きます。

ラマルティーヌは、マコンの生まれです。彼は「私は詩人ではない、葡萄栽培家だ。」という名言(?)を残しています。ブルゴーニュの名ドメーヌ、コント・ラフォンに、マコン・ミリ―・ラマルティーヌという高級マコンがあります。(ただし正確に言うと、このワインを産するドメーヌ名は、ドメーヌ・エリティエ・コント・ラフォンです。)名前に付されているとおり、この地をラマルティーヌは遺産として継ぎました。パリで政治活動を行いながらも、彼は定期的にここに戻り、モンソーの葡萄畑の真ん中に、今日では「孤独」と呼ばれる館を築き、詩的インスピレーションを得ていました。引退後の1857年には『葡萄と館(La Vigne et la maison)』という詩を書いています。(本邦、初訳です!?)

ブドウを絞る収穫の声を聞いてごらん。
ブドウの血で赤く染まった農家の小道を見てごらん。
崩れ落ちた屋根の足下をご覧。
ほら、干からびたイチジクの木の傍らに
巻き付くブドウの幹が。
穴の開いた壁の角に、ほら。

ラマルティーヌの没後150年を記念して、今年マコンではウルスラ修道会博物館で、常設展とは別に、「ラマルティーヌと、その草稿」と題した展示会を行うようです。詩的インスピレーションと収入源になっていた葡萄畑ですが、残念ながら1860年、諸般の事情があってラマルティーヌは手放します。
ラマルティーヌにとって葡萄栽培は、政治活動とも切り離せず、マコンの代議士になった際、かれは近隣のブドウ栽培者のスポークスマンになって活躍します。1829年には輸出税や関税の高騰に苦しんでいた葡萄栽培者やネゴシアンのための請願書を起草します。また王政復古期に行われてきた数々の制限も撤廃します。ラマルティーヌによってなされたこうした活動と請願書は、19世紀のフランス・ワインにとって歴史的業績の一つに数えられているそうです。

ラマルティーヌが生きていた19世紀はシャンパーニュが全盛となり始める時期です。彼がパリでシャンパーニュを飲んでいたのは確かでしょうが、それについては、よくわかりません。クレマンを飲んでいなかったことは確かですが。最後に、とってつけたようですが、RVF誌で高評価のクレマン・ド・ブルゴーニュを。

Domaine Picamelot, En Chazot 2014 (18点)、Cuvee des 90 ans 2013(17.5点)
Simonnet-Febvre, Cuvee S 2014(17.5点)、
Domaine Bruno Dangin,Prestige de Narc es 2015(17点)、
Domaine Royet n.m.(17点)
ラマルティーヌに乾杯!