連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.90 2018_12_07

~香港とボルドー~

アジアのワイン市場は上海がトップと言われますが、香港もそれに続く、あるいは追いこす勢いです。6月にはワイン見本市VINEXPOがあり、10月末には「香港ワイン&ダイン・フェスティヴァル」があり、日本からもツーリスト会社の企画まであったようです。今回のフェスのコンセプトが生産者との顔合わせだったこともあり、香港の観光協会もおおいに後押しをしました。そしてすぐさま11月上旬に「香港インターナショナル・ワイン&スピリッツ・フェア」。そのうちRVF誌では、「香港ワイン&ダイン・フェスティヴァル」のネット記事を載せています。

記事のタイトルは「第10回香港ワイン&ダイン・フェスティヴァルはボルドーと旧イギリス植民地とが緊密に結び合っていることを証明した」。付け加えておくと、これに先立って6月16日にボルドー・ワイン祭り(Bordeaux Wine Festival)の際に、香港とボルドーの間で、ワインと食による観光振興における初の覚書(MoU)が締結されています。

記事の題名の意味はおわかりでしょうが、香港がイギリスの植民地だったのは、どういう歴史的いきさつがあったのでしょうか。高校の世界史でならったと思いますが、覚えていますか。そう、1839年にはじまるアヘン戦争の結果です。実際には南京条約によって1843年からイギリス統治下になります。ヨーロッパ列強の帝国主義政策の犠牲となったわけです。1997年の7月に中国に返還されますが、その後の大陸とのあれこれはニュースで見るとおりです。

もう一つの隠れた意味は―ワイン好きの皆さんならこちらの方がむしろご存じでしょう―ボルドーは、カペー朝フランスで、最大の封建諸侯の一人であったアキテーヌ公の所領であったが、1152年、アキテーヌ公領の相続人であるエレオノール(アリエノール)がイングランド王国プランタジネット朝初代、ヘンリー2世と結婚したことによって、イギリス国王の領地となったという歴史経緯です。ボルドーとイギリスの結びつきは強く、ボルドーの価格はロンドン市場で決まりましたし、十八世紀には、はじめてシャトー名を挙げて「ホー・ブリオン(オー・ブリオン)」を賞賛したサミュエル・ピープスやジョン・ロックというイギリス人名士がボルドー・ワインについて語っています。フランスには県を束ねた地域圏という行政単位があり、今ではボルドーはジロンド県、ヌーヴェル・アキテーヌ地域圏に属します。アキテーヌの名前は今も地名として残っています。

ボルドー・ワインとイギリスとくると、もう一つ浮かぶものがあります。「クラレット claret 」です。コックスというひとが『ボルドー そのワインとクラレットの国 Bordeaux: Its wines and the Claret Country 』(1846)という本を書いています。この本の前半はボルドーの歴史や社会を描いていますが,後半はワインのお話。でてくるセパージュは今とは異なり、カベルネ・ソーヴィニオンも違う名ででてきたりして、おもしろいです。また地区はBordeaux, Lesparre, Libourne, La Reole, Bazas, Blaye に分かれると今ではなじみのない名前が出てきます。薄い赤ワインをエルミタージュやルーションで濃くするとか、という最近見直されている方法!?も載っています。クラレットはそのなかで特にメドックと結びつけられています。ちなみにシャトー名は、前半はあまり前面に出てきませんが、例えばこういうのがあります。オー・メドックのなかのコミューンArsacではカントナックに似たワインをつくり、シャトー・テルトルはすばらしいワインをつくり、オランダで評価されている。最後にClassification of the Medoc or Best Claret Winesの章があり、そこではおなじみのシャトー名が順番に出てきます。あと7年もすれば、1855年という時期です。

「クラレット」の語は、現在の仏辞典では英語として載っています。そこでフランスの『19世紀ラルース百科事典』(1869)を引いてみると、小説家バルザックからの引用があり、普通はclairetだが、イギリス人は赤ワインをすべて、とくにボルドー・ワインをこう呼ぶ、とあります。仏和辞典ではclairet を薄赤いボルドー・ワインとして載せています。

さて、RVF誌の記事の方です。香港の人口は740万人、それ自体はマーケットとしてはたいしたものではないですが、大陸とのつながりや西洋からの移住者、観光客のおかげでワイン消費量はうなぎ登り。2008年以来、香港ではワインとビールの関税はゼロです。それまでの関税は40%だったので、この措置で一気に輸入が増加します。2017年には2008の50%以上の増加で、3600万リットルのワインが消費されるようになっています。ここ10年間でボルドーから香港への輸入は28000ヘクトリットルから70000ヘクトリットル、5000万ユーロから3億1700万ユーロに増加。そもそもボルドーは輸出に関しては、AOPワインの77%、価格として83%を占めています。

ボルドー・ワイン・インタープロフェッショナル協会(CIVB)代表アラン・シシェル(Alain Sichel)氏 ―シャトー・パルメを所有するネゴシアン、メゾン・シシェル社長。なおCIVBには日本語のオフィシャルページもあります。https://www.bordeaux-wines.jp/― は、香港の関係者からボルドー・ワイン祭のようなものを開きたい、という要請をうけて市場の可能性、関税撤廃もあって協力を行ったと語っています。

フェスティヴァルには450のパビリオンが設置され、そのうち中心地に位置する50カ所がボルドーに当てられ、会場にはボルドー観光協会も設置されたもようです。18万人にものぼるフェスティヴァル関係者の中で中心となったのは、香港観光協会代表で、億万長者のピーター・ラム(Peter Lam)氏。65以上の栽培家たちがきてくれたと喜んでいます。日本でも、日本ワインのフェスティヴァルや福岡ボルドー・ワイン祭りなどありますが、規模としては小さいですね。生産者がたくさん来日というわけでもなさそうで。市場規模のせいか、他の理由のせいか?

さて、最後に前回の続きを少し。フランスにおける日本酒のことです。パリの友人からのメールがあったので、わずか2ページですが日本酒特集の記事があったので、今月のRVF誌の記事を教えました。そこでは「グラン・クリュの酒」として10の銘柄が取り上げられています。取り上げている銘柄の関係もあるのでしょうが、「本州の南西sud-ouestの岡山、広島、山口に高級日本酒の発祥地がある」―あれれ、灘、伏見は?という記事。純米とか吟醸、大吟醸、さらにセパージュの山田錦、さらに通が好む岡山の雄町米の紹介。ワインと同じく日本酒は地方的なもので、海産物のみならず、川魚などにも合うと。

挙げられている銘柄といえば、一位は山口の澄川酒造の東洋美人、純米大吟醸ひやおろし。ブルーベリーやフランボワーズの香り・・。60ユーロもします。二位は山口旭酒造、ご存じ獺祭23。山田錦の涅槃(ニルヴァーナ)! だそうです。130ユーロと、グラン・ヴァン並の値段です。三位は岡山白菊酒造の大典白菊、セパージュを名にするように、白菊米が、その名前になっている。鴨と合う。これも60ユーロ。4位はビオ栽培の岡山、丸本酒造の竹林。SAKE CHIKURIN, ORGANICというエチケットになっています。39ユーロ。5位は岡山の宮下酒造、永久の輝 1993年 ヴァン・ジョーヌと蜂蜜酒の中間でコンテ・チーズにも合う。100ユーロ。六位は岡山、雄町米の純米 左近、グリルしたタコと合う(変わっているなあ)。39ユーロ。七位は広島、盛川酒造の白鴻(はくこう)。フルーティで酸味が海産物と合う。38ユーロ。八位は広島の村重酒造、純米大吟醸、日下無双。アペリティフに最高。45ユーロ。九位は山口の酒井酒造の純米五橋。焼き鳥やフライに合う。32ユーロ一〇位は山口、山縣酒造の毛利。29ユーロ。こうしてみると、なかなか癖のある選択ですね。ところで、これらの酒は、パリで行われる日本酒展Salon du Sakeにも出品していなくて、友人も獺祭以外はパリで見たことがなく、取材にいくそうです。