連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.61 2016.07.26

ワイン、中国、輸出入

 RVF誌には、年に一回『フランスの最高ワイン』というガイド・ブックが付録につきます。もちろん単体でも販売しています。それなりに独自の評価をして、フランス・ワインならば、かなり信頼の置けるもので、例えばパリ最大の食料品店の一つ『グラン・エピスリー』の品揃えはこのガイド・ブックを意識しています。とくにクリスマス・シーズンにはガイドで評価の高いシャンパーニュがずらりと並びます。
 そのRVF誌の中国語版が5年を迎え、それを祝って7月の7日8日、Wine Quality Smiitなる会合が北京で開かれました。フランス大使モーリス・グルドー=モンターニュフランス大使、「1855年格付けグラン・クリュ委員会長」のフィリップ・カステジャ氏、さらにRVF社長で、マリ=クレール代表のジャン=ポール・ルボー氏をはじめ、中国のワイン会社なども参加して500人の専門家によると盛大なものでした。
 会合は、大会名同様にワインの質に関するテーマを取りあげ、世界中から50人ほどのワイン・エキスパートが参加、1992年の世界No.1ソムリエ、フィリップ・フォールブラック氏、2000年のNo.1オリヴィエ・プシエも加わり、「いいワインとは何か」、「いいワインをいかに発見し、売るのか」、「いいワインの秘密とは」、「ワインと健康」、「資金調達と投資の基準」というテーマが中心話題となり、さらにRVF誌からオリヴィエ・ポエル氏、オリヴィエ・プセ氏、ジャン=エマニュエル・シモン氏がフランスのワインのプレゼンをしたようです。基礎を見直すという点でも、なかなかよさそうな会合と思えますね。またこの会合ではワインに関係する若い中国人を鼓舞する意味で、中国ワイングランプリも設定するようです。詳しくは、こちらにある会合当日の式次第を。
http://winequalitysummit.com/fr/project/pourquoi-le-vin-est-bon/
 この会合を期に、RVFガイド・ブックがはじめて中国で出版されました。タイトルは『法国葡萄酒緑指南』。「緑」とあるのは、このガイド・ブックが緑の表紙をしていて、俗にギド・ヴェール(緑本)と言ったりするからです。中国に輸入されるワインの45%がフランス産ですし、お金の落ち方が違うので、なるほどとは思います。解説によると、実際の中身はフランス語版の翻訳のようです。「オリジナル・ヴァージョンと同じ精神」で翻訳とうたっています。さらに、語彙に関しては中国文化と趣味にも適応させている、と。是非、日本語訳もお願いしたいところです。味覚や嗅覚の語彙はADVでも習うし、各種試験のための試金石ですが、新しい語彙やフランス語と日本語の関係、さらに文化の違いを知る上で、面白い成果が見られると思います。ただ翻訳者にもよりますけどね。そうなったらワイン関係者だけでなく、フランス文学者、詩人、俳人なども参加してもらいたいものです。語彙が広がれば、それだけ味覚や嗅覚表現も増え、ワインをさらに楽しめますから。
 蛇足ながら・・・ADVの講座で、味覚や嗅覚表現の語彙に使われている「比喩」のお話をしたことがあります。甘い香り、黄色い声、なめらかな味わいなどという表現は、視覚や触覚が味覚に入り込んだり、視覚が聴覚に入り込んだりします。一般に「共感覚比喩表現」といって言語学では有名なお話です。こうした隠喩に対して「~のような」という語をつけて比喩をつくる表現を「直喩」と言います。歴史的に隠喩の方が、比喩よりも高尚な扱いを受けているのですが、直喩は、個人的に勝手に「~のような」をつけて、面白い発想を生み出すこともあります。もっとも、他の人に直感的に理解されなければ自分勝手な表現に終わってしまうのですが。そこで受講している皆さんにだした問題が、「ししおどしのような」という直喩でした。「ししおどしの水の垂れるような、そして竹筒が返ってコン、と音がすることまで含めて」、その直喩と、いずれかの感覚を介して、どういうワインを連想するか、という問題です。いろいろ出ました・・・。身の回りにある自分の置き入りの何かをみつけて、それに「~のような」をつけてみませんか。

 閑話休題。ワインについてのこういう催しがあれば、さらに中国へのフランス・ワイン輸出は伸びるでしょうが、さて世界最大のワイン輸入国はどこだと思いますか?
 答えは、ドイツです。つづいてイギリス、アメリカ、フランスです。いずれも生産もして輸出もしますが、輸入もたくさんしているのですね。5番目が中国です。畑の面積では、すでに中国はフランスを抜いています。2014年の推計値では世界の葡萄畑の11%弱を占めています。中国も上位4カ国と同じタイプになってきているようです。数字としては2014年に対し2015年では45%増になっています。金額としてはアメリカがトップで、2015年には3100万ヘクトリットルが消費されました。そのアメリカでは2010年から2014年の平均値に比べ、イタリア・ワインの輸入が11%伸びました。フランス・ワインも18%伸び、これに対し、チリ・ワインは5%減。アメリカのワイン輸入の特徴はシャンパーニュやスパークリングワインの輸入が多いことで、イタリア・ワインの輸入増には手ごろな価格のプロセッコの類いが増えているのが一因です。2016年春の気候がひどかったため―毎度のことながら、雷雨や雹です。しかもここ2、30年の2倍か3倍の雨量―質、量ともにけっこう落ちるようで、シャンパーニュ以外のスパークリングワインの攻勢が続くかもしれません。
 そのシャンパーニュの大手メゾン、テタンジェのピエール・エマニュエル・テタンジェ社長が、2017年の大統領選挙に立候補すると宣言しています。父のジャン・テタンジェ氏は、ポンピドー大統領時代の法相でありランス市長だったので、政治家の血が騒いだのでしょうか。イギリスのEU離脱のように、内向き、悪くすればナショナリズムに走る傾向にあるヨーロッパ政治の中心のひとつであるフランスで、大統領になるにはかなりの勇気と度量が必要でしょう。テタンジェは、合法的でも見通しもない外部との戦いを止め(テロとその対策のこと)、フランス国内の経済的社会的問題、とくに雇用問題を解決したい、と主張しています。さてさて、どうなることやら。