連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.02 2011.06.16

ある日、ワインバーでまたボルドーワインの評価をすることになりました。前回、ボルドーの評価について釈然としない思いを抱いていたT氏とK氏は、I氏の罠にかからないように、応援を頼みました。幸い、四人の知人が参加して、評価をやり直そうということになりました。I氏も、「前回のことは、故意ではない。」と釈明し、再評価に同意したので、やり直しが決まりました。ただし今回は、前回と異なる19**年のラトゥール、オーブリオン、ムートンについてです。
今度の参加人数は、七人です。それぞれが、順位付けを行いました。

A氏:ラトゥール>オーブリオン>ムートン
B氏:ラトゥール>オーブリオン>ムートン
T氏:ラトゥール>オーブリオン>ムートン
C氏:オーブリオン>ムートン>ラトゥール
K氏:オーブリオン>ムートン>ラトゥール
I氏 :ムートン>オーブリオン>ラトゥール
D氏:ムートン>オーブリオン>ラトゥール

疑心暗鬼のT氏とK氏は、「今回は、いくつか投票方法を試してみよう。」と提案しました。他のメンバーも異存はありません。
まず、一位と評価するものを、一つだけ挙げて決めます。A氏とB氏とT氏の三人がラトゥール、オーブリオンはC氏とK氏の二名、ムートンもI氏とD氏の二名。とりあえず、ラトゥールが選ばれましたが、他のワインともわずか一票差です。ラトゥールを一位にしなかった残りの四名は、賛成しかねるという顔をしています。

そこで、それでは、前のように、一つずつ戦わせてみよう、ということになりました。今回は念のため、すべての選択肢を競わせます。
まず、ラトゥールとオーブリオンです。これは、A氏とB氏とT氏が、ラトゥールを、オーブリオンより評価していますが、他の四人が、オーブリオンの方を評価しているので
 (1)オーブリオン>ラトゥール
という結果がまず得られます。
 次に、オーブリオンとムートンを競わせます。これは、I氏とD氏を除く五人が、オーブリオンを評価していますので
 (2)オーブリオン>ムートン
となります。
念のため、ラトゥールとムートンを競わせます。すると、ムートンの支持派が四人います。
 (3)ムートン>ラトゥール
となります。まとめると、
 (4)オーブリオン>ムートン>ラトゥール
となります。
今回は循環しません。しかし、ラトゥール支持派の四人は、「これはおかしい!」と異議を申し立てます。決着がつきません。

I氏がまた、提案します。「最初の方式と後の方式での評価が一致せず、順位が決まらなかったから、もう一つ、手だてとして、最悪のモノを選んで、それを最後にする、というのはどうだろう。これだけは、他の二つより絶対落ちる、というのをみんなで決めたらどうだろう。」と提案します。
七人とも、今のままでは、決まらないので。最下位を決めたらいいかもと、ウカウカと、今回も提案にのります。すると、
三人がムートンを最下位に、四人がラトゥールを最下位にいれます。つまり最下位は、ラトゥールになりました。その結果、順位は、(4)のとおり
 オーブリオン>ムートン>ラトゥール
となりました。

評価の終了後は宴会です。例によってI氏が、ひとくさり、演説をぶちます。

今回の決め方の問題点は、何かというと、民主主義的な決定を行うときには、最良のものを選ぶ選択と、最悪のものを選ぶ選択があって、これが、一致してはいけない、という前提があります。ラトゥールは最良でも最悪でもあって、社会的選択として、不合理な決定になってしまうし、本当は、こういうように一つだけを選ぶ方式は、いっぱい問題があります。もっとも、普通の政治選挙は、こうやって決めていますが。
 やはり、この問題もフランス革命期のボルダ(Jean-Charles de Borda, 1733-99)が指摘しました。ボルダは、これに代わって、順位にあった点をつけていく方式(順位評点方式)を提案しました。今回の場合だと、一位が2点、二位が1点、三位が0点。これで計算すると
 ラトゥールが6点、オーブリオンが9点、ムートンが6点、となります。オーブリオンが一位はかわらないけど、後の二つは同点となります。
 ちなみに、ボルダの提案した方式は、当時のフランス王立科学アカデミーの会員選挙に採用されたけど、1800年に入ってきた新人会員が反対して、つぶしました。それは、コルシカ出身だけど、シャンベルタン好きの皇帝です。
前回も今回も、佐伯胖『「きめ方」の論理』(東京大学出版会)を参考にしました。