連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.18 2019_04_19

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「ヒ」で始まる語の前編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■ひ■

ビアテイスター (Beer Taster)
日本地ビール協会が認定する民間資格。筆記と官能試験(試飲)がある。受験資格は、昔は、正会員(入会金2万円、年会費1万8千円)だけだったが、やはり高すぎて受験生が少なかったため、廉価版として、1995年から受験目的だけの研究会員(入会金1万円、年会費1万2千円)も受験できるようになった。朝の9時半からたっぷり講習を受け、5時からの試験を受ける。講習料と認定試験料で1万6千円なので、研究会員になるところからだと3万8千円。やっぱり、民間資格は高い。

BATF(ビーエーティーエフ)
アルコール・タバコ・火器取締局。アメリカでワインを管轄するのがこの役所。ムートン1993年のラベルとしてバルテュスが描いた少女の裸体画や、1994年のケンウッドの裸婦画ラベルに横やりを入れたのがここ。ハードボイルドの定番というか、人生を破滅させるモノを監督しているようで、いかにもアメリカらしい。ここに、「女」と「ギャンブル」を入れ、「BATFWG」にすればば完璧では?と思っていたら、「爆発物」が追加され、また、略号が短く「ATF」になってしまった。【関連語:警告】

PK戦 (ピーケーせん)
ワイン会のブラインドテイスティングで銘柄を当てる場合の心境をサッカーでのPK戦のゴール・キーパーになぞらえたもの。ゴール・キーパーは、PKで入れられて当たり前、止めたら褒めてもらえるとかなり気軽。試飲会でも同じで、はずして当たり前、万一当たれば20年間イバれるとばかり、大穴ネライのとんでもない銘柄がバンバン飛び出す。【関連語:完全ブラインドテイスティング、ブラインドテイスティング、1976年パリ・テイスティング】

ピーマン(ぴーまん)
ボルドーの赤ワインに特徴的な匂い。熟成するに従い、これがコーヒーや紅茶の香りになる。ワインの香りの表現は、チェリー香 (コウ)、バニラ香(コウ)、カラメル香(コウ)などと表現するが、ピーマンの場合だけは、風紀上、「ピーマンの香り」と言わないと恥ずかしい思いをするので注意。

ビール (beer)
アルコール飲料の基本。アルコール度数が低く、安価なので、入門者や貧乏人の酒とのイメージがあるが、奥は深い。釣りが「鮒に始まり、鮒に終わる」、ミステリーが「エラリー・クイーンに始まり、エラリー・クイーンに終わる」、ジャズが、「ビル・エバンスに始まり、ビル・エバンスに終わる」のなら、酒は、「ビールに始まり、ビールに終わる」。なお、世界で一番ウマいビールが、サンフランシスコにあるアンカー・スティーム社で作るリバティー・エールで決りでしょ。世界中の飲酒文化は、じわりとビールに向かっているらしい。【関連語:ドライ・ビール、発泡酒、ピルスナー・ビール、マッコリ、リバティー・エール、ワイン】

ビールかけ (びーるかけ)
プロ野球の優勝で実施する派手なお祝い。日本では、ビールは通常、8℃前後まで冷やすが、唯一の例外が優勝記念のビールかけ。8℃に冷やしてかけると、選手の身体が冷えて凍死する。

ビアンヴニュー・バタール・モンラシェ(Bienvenue Batard Montrachet)
ブルゴーニュの特級白ワイン。ピュリニー・モンラシェ村にある畑で、バタール・モンラシェに隣接する。同じ特級でも、モンラッシェ(7.9980ha)、シュヴァリエ・モンラッシェ(7.5889ha)、バタール・モンラッシェ(11.8663ha)の御三家は、面積も広くてメジャー・リーグ級の人気だが、このビアンヴニュー・バタール・モンラッシェ(3.6860ha)とクリオ・バタール・モンラッシェ(1.5700ha)は、生産量の少なさと知名度の低さから少年野球くらいに虐げられており、低価格。モンラシェ系は名前が長くなるほど値段は下がるが、品質は非常に良く、見つけたら黙って買い。【関連語:歓迎される庶子、クリオ・バタール・モンラッシェ、シュヴァリエ・モンラッシェ、バタール・モンラッシェ、モンラシェ】

火入れ(ひいれ)
日本酒で、微生物による腐敗を防止するため、低温で殺菌すること。貯蔵タンクに入れる前と瓶詰め前の2回実施するのが普通。火入れとはいえ、実際に炎で熱するのではなく、30分ほど60度前後のお湯に通す。ルイ・パスツールが発見した低温殺菌法と同じアイデアだが、火入れの方が300年早いそう。【関連語:パスチャライゼーション】

ビオデナミ(biodynamie)
天体の運行(要は、占星術)を加味した有機農法のこと。畑にスプーン1杯の水晶の粉を撒いたり、星の位置で収穫時期を決めたりするので、科学的根拠があるかないかで大きな話題になる。血液型性格判断同様、ビオデナミには科学的根拠はない(と私は思っている)が、中には超級美味いワインがあってびっくりする。この理由は、ビオデナミを信じている人は真面目な人ばかりなので、「真面目な人が作ると、よいワインができる」が真相ではないか?英語では「バイオダイナミックス」だけれど、フランス語読みの「ビオデナミ」の方が段違いにカッコイイ。漢字で、「汐出奈美」と書くと女優の名前みたい。【関連語:亜硫酸、有機農法】

悲観主義vs楽観主義(ひかんしゅぎしゃたいらっかんしゅぎしゃ)
悲観主義者「ボルドーのプリムールの値段が、毎年、こんなに値上がりすると、そのうち、ワインの価格の限界に来るんじゃないか? そう思うと、オチオチ寝てられないんだ」。楽観主義者「心配するな、そんな限界なんて、簡単に超えちまうさ」【関連語:プリムール】

ピグプル・ワイン・オープナー (Puigpull Wine Opener)
非常にユニークなコルク抜き。コルク抜きには、ソムリエ・ナイフ、プロング式、スクリュー・プル、圧縮ガス注入、T字型オープナーといろいろな方式があり、ネタが出尽くした感がある。でも、ピグプルはどれにもあてはまらない「車のジャッキ」方式。レバーをコキコキ上げ下げすると、コルクがジャッキアップされる。動きが面白いので、持っていると、しばらくは見せびらかせるかも。画像、動画検索する場合は、「ピグプル・ワイン・オープナー」でなく、「Puigpull Wine Opener」をキーワードにしないと出てこないので注意。

ピジャージュ(pigeage)
超専門用語。知っているだけでワイン通認定してもらえる。赤ワインを発酵させる場合、果皮や果梗(葡萄の軸)が発酵桶の上部に浮かんでくる(この浮遊物を果帽と呼ぶ)。果帽を「大型の心太突き出し棒」で底に沈めること。渋味を出さずに色を出したいときに有効らしい。発酵桶の上部は二酸化炭素が充満しているため、そこの頭を突っ込むピジャージュは、酸欠になったり、桶の中へ落ちたりと命がけ。必ず二人一組で実施するそう。英語では「punching down」で、意外にあっさりした「ソノママヤンケー的」字面。

ピション・ロングヴィール、シャトー(Ch. Pichon Longville)
ボルドー、ポーイヤック村にかつて存在した超一流シャトー。後にこれが、ピション・ロングヴィール・コンテス・ド・ラランド(通称、ピション・ラランド)とピション・ロングヴィール・ド・バロン(通称、ピション・バロン)に分かれる。これまで、伯爵夫人(コンテス)の方が質、評判で圧倒的にリードしていたが、男爵(バロン)が大手保険会社AXAに買収されてから元気になり、1990年以降は対等以上に勝負している。【関連語:AXA】

ビスケット香(ビスケットこう)
シャンパーニュ特有の誉め言葉。トースト香ともいう。澱と長い間接触していたために、パンのイーストの香りがするもので、高級シャンパーニュの条件。1本1万円以上もする高いシャンパーニュを飲んだときは、何もわからなくても、とにかく「何となくビスケットの香りがしますねえ」と言っておくと、プロっぽい雰囲気がただよう。【関連語:シャンパーニュ】

左利き(ひだりきき)
利き手が左の人。ロック系の音楽では、ビートルズのポール・マッカートニーは左利き用ベースを使ったが、クラシック音楽では左利き用の楽器は使えない。文化が古くなるほど、左利きには辛い。ワイン界は寛大で、ロバート・パーカーも左利きだし、佐藤陽一さんをはじめサウスポーのソムリエも多い。左利きが困るのは、ワインをサービスするとき。客の右側から注ぐのが少し面倒。 なお、酒飲みを「左利き」と言うのは、大工さんがノミを左手に持ったため。「ノミ」に「飲み」をかけたダジャレ。【関連語:キャッチャー、サウスポー】

左利き用ソムリエナイフ(ひだりききようソムリエナイフ)
スクリューが左巻きのソムリエ・ナイフ。大抵のソムリエナイフ・メーカーは左利き用を作っているが、シャトー・ラギオールみたいに、なかなか出さなかった生産者もいる。1998年のフジテレビの番組、『ソムリエ』で主人公の佐竹城を演じた稲垣吾郎は左利き。スポンサーの関係上、ラギオールを使わねばならず、当時のラギオールは左利き用を作っていなかったため、かなり特訓したらしい。【関連語:シャトー・ラギオール】

筆記試験(ひっきしけん)
ソムリエ・コンクールでの難度の高い関門。フランスワイン法の最新情報を初め、細かいことが出題される。「ソムリエは心が大事」「ソムリエの使命はお客様をリラックスさせること」「1,000のワインより、1,000人のお客様を知っている方がエラい」と優等生の言葉が本に書いてあるが、優劣をつける場合は「葡萄栽培法で、ギヨー・サンプルとギヨー・ドーブルどう違うか」みたいな知識量が勝負。ムムム。【関連語:ギヨー・サンプル、ギヨー・ドーブル、国内・国際ソムリエ・コンクール】

ビッグ9(ビッグナイン)
ボルドーの名門シャトー。ラフィット、ラトゥール、ムートン、マルゴー、オー・ブリオンがビッグ5、これにシュヴァル・ブランとオーゾンヌを加えてビッグ7、ディケムが入るとビッグ8、ペトリュスを加えてビッグ9と言う。ル・パンも30年以上、高値と人気を維持しているけれど、まだ、この「エリート友の会」に入会させてもらえていない。【関連語:二極化、ラフィット、ラトゥール、ムートン、マルゴー、オー・ブリオン、シュヴァル・ブラン、オーゾンヌ、ディケム、ル・パン、ペトリュス】

ビックリ(びっくり)
第2回全日本最優秀ソムリエ・コンクール(1998年)での決勝のサービス実技での話。注文されたワインをテーブルの模擬客にサービングするときのこと。それまでの選手は小振りのグラスで試飲して状態をチェックしたが、最後に登場したホテル日航大阪レ・セレブリテ(当時)の樋口誠さんは、首にぶら下げたタートヴァンで試飲。その瞬間、1,000人以上詰め掛けた会場は大きくどよめいた。タートヴァンを本来の方法で使った最初の日本人か? 【関連語:英会話、タートヴァン、デギュスタシオン】

ピッコロ・ボトル
通常の1/4の超小型ボトル。180cc~190ccで、飛行機で出てくるワインがこのサイズ。女性のお誕生日に、年齢の数だけ、ピッコロ・ボトルの赤白泡をセロファンで包み1本ずつリボンをかけて、ラタンのバスケットにドカンと入れてプレゼントすると、物凄く喜んでくれる。ただし、ボトルの数は少なめにし、一緒に、バラの花だけ(カスミ草とか羊歯みたいな「サイドディッシュ」は一切不要)、ドッカーンと5ダースプレゼントすること。

羊(ひつじ)
ムートン・ロートシルトのシンボル。Moutonがフランス語で羊を意味するし、オーナー、フィリップ男爵が牡羊座の生まれだったことから、ムートンのラベルの最初の画家、ジャン・カルリュは羊をモチーフに1924年のラベル絵を描く。だから、ムートンの羊は、正確にはオス。ムートンのトレード・マークは、2頭の羊が片足で立ち、盾を持っている絵だが、盾には1924年にカルリュが描いた絵がある。なお、1924年より前のラベルは、瓶詰めするネゴシアンが勝手に作って貼っていた。

羊年(ひつじどし)
日本人初のムートン画家、堂本尚郎がラベルを描いた1979年のこと。二番目が節子 (セツコ) の1991年とどちらも羊年。とすると、三番目は2003年と期待がふくらみ、日本人ムートン画家の三人目の座を狙っている「アリス」の金子國義が登場するかと思われたが、ムートン創立150周年を記念したラベルとなり、ナサニエル・ロートシルトの肖像画を印刷したため、芸術家シリーズはお休み。金子國義は、ノーベル文学賞を逃し続けている村上春樹みたいな心境か?(金子は2015年に死去) なお、画家の中には、ムートンへ売り込みに行く人も多いらしく、かなり競争率は高いそう。ムートン画家を皮肉ったこんなジョークがある。画家「私がラベルの絵を描いてあげましょう。そうすれば不作の年でも高く売れますよ」ムートン「ご心配なく。ムートンは良い年であればあなたの絵を貼っても高値で売れますから」【関連語:堂本尚郎、節子】