連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.15 2019_02_15

感激と感動の中華

アンチエイジング効果があるというそれは、ひと口ごとに体がポカポカした。目覚めもいい翌朝、シャワーを浴びたら、このところ気になっていた背中のニキビが一掃されていてビックリ!

振り返っても、あれは凄いスープだった。
フカヒレに蝦夷鹿のアキレス腱、烏骨鶏、ツブ貝、干し貝柱、金華ハム、なつめ、椎茸、その他いろいろ……。煮出したり蒸したりと、合計10時間かけて作られた壺入りのそれは、派手な食材のオンパレードのように見えるが、味はいたって地味だ。塩などの調味料も一切使っていない。
中華の名店「聘珍楼」に、伝説のマダムがいるのをご存知だろうか。元出版社勤務。あの「美味しんぼ」初期の編集者である。私も、かねてより業界の諸先輩方から話は聞いていて、一度お目にかかりたいと思っていた。今年になってそれが叶った。
その席で、マダムが今、ご自身の体験から、本気で力を入れているのが薬膳だということを知った。中でもスープへ思い入れは半端でなく、その気合は飲んでも実感できるものだったというわけだ。

薬膳は、そもそも遥か昔の中国の皇帝の欲、すなわち、死にたくない、子孫をたくさん残したいというところから始まっているという。不老不死の薬として、どんな生命力に溢れる食材を使っていたのだろうと想像すると恐ろしくなるが、それを、考え方も食材も今の時代に合うものに置き換えれば、こんなに素晴らしいアンチエイジングの薬があるだろうか、ということになる。

疲れた体にご褒美をと外食に出かけたはいいが、つい食べ過ぎて、かえって内臓も疲れてしまったという経験がある人は少なくないと思う。そんな時こそこんなスープを飲みたいと心底思った。親にも食べさせてみたい。お値段は安くないが、多くの人と共有したくなる味だ。
この日は、スープの他にも色々な料理を食べたが、どれも薬膳にのっとったものだからだろうか、体に負担はなかった。聞けば、コースの他に、このスープにちょっと点心をつまむだけなんていうオーダーも許してもらえるそうだ。

もともとワインと中華の先駆け的なこの溜池山王聘珍楼には、カリフォルニア、ブルゴーニュ、ボルドー、もちろんその他エリアも、カルトからカジュアルまでいいストックがある。加えて嬉しいのは、なんとワインの持ち込みが一本千円ということ! ワイン会にもぴったりだ。
他にも、東京タワーの見える個室で、いいワインを飲みながら点心をつまみ、スープで締める。すごくシュールだが、今、都会のグルメな人たちに、最も喜ばれる接待ができるかもしれない。時間のかかるスープゆえ、事前の予約はくれぐれも忘れないようにしたい。
名店の新しい試みに感激の今年の初中華であった。

さて、せっかく中華の話になったので、新店情報もお伝えしたい。
このところ東京の中華シーンは、「辺境系」と呼ばれる、上海とか広東とか四川料理でない、もっとマニアックな料理がブームだ。「黒猫系」と呼ばれることもあるのは、「黒猫夜」という店がブームの火付けであること、またそこ出身の人が作った店が話題を作っていることも多いからである。
私も、2、3年前に代々木上原の「Matsushima」という店に行った時は、初めて聞く料理名の並ぶメニューや、かわった食材に驚いた。この一年の新しい店では四谷の「南三」がとても評判がいい。全体的に味が濃いなと感じる辺境系だが、ここはちょっとした抜け感みたいなものがあり、食べ疲れないし、楽しい。

辺境系ブームの中、王道の香港カジュアル系にも大ヒットがあった。どうやらメディアの取材を拒否しているらしく、まだあまり知られていない穴場中の穴場だ。「錦福」という店で、場所は九段下。飯田橋からも歩ける。
夜、店はこうこうとライトが光り、テーブルや椅子も簡素。お世辞にもおしゃれな感じはないのだが、現地っぽいラフな異国料理店風でよいと見よう。
まず、食べるべきは焼き物だ。皮のサクサクした豚バラなど、数種類を盛り合わせにもしてくれる。予約時に注文できるレバーもぜひ。レバーはそれほど得意な食材ではないのだが、たっぷり食べてしまった。いずれも、この値段にしてこの美味しさと感動するはずだ。それから炒飯。一粒一粒サラサラパラパラとしているのに、噛むとそれぞれの粒はパンパンに張りがある。シンプルな青菜の炒めも抜群に良かった。女友達と2人で行ったら、これで十二分。残ったものをお持ち帰りにさせてもらったほどだ。

実はここの料理人は、銀座の福臨門に13年いて、焼き物を担当していた人だと聞き、納得した。あの炒飯は福臨門そのものだし、そりゃ焼き物が美味しいはず。焼き物は千円ほどのランチでも食べられるらしく、訪れたまた別の友人が絶賛していた。近くにご用のある方はすぐにでも!

■聘珍楼: http://www.heichin.com

■matsushima: https://www.facebook.com/matsushima.yoyogiuehara/

■南三 https://www.facebook.com/tokyoyeshi/

■錦福 https://kinhuku.owst.jp