連載コラム

岩瀬大二のワインボトルのなかとそと Vol.02(2019_02_01)

〜スーパースターがワインに込めた思い〜

ブラッド・ピット、フランシス・フォード・コッポラ、ジョン・ボン・ジョヴィ、アントニオ・バンデラス、スティング、ボズ・スキャッグス、JAY-Z、YOSHIKI…ワインを造りたい、プロデュースしたいという映画スターやミュージシャン、セレブリティは多く、様々なアイテムが世に出ています。その名を冠したアイテムもあれば、名前は表には出ていないけれど関わっているもの、コラボレーション、その人の作品をオマージュして作品名がワイン名となっていて本人が公認しているというものもあります。

アンドレアス・イニエスタ。サッカー界のスーパースターもまた、ワインを手掛ける一人です。クラブチームFCバルセロナで、スペイン代表で、世界の頂点に立ち、ファンを魅了し続けてきた生きる伝説の一人。昨季Jリーグ、ヴィッセル神戸への移籍が、世界的にも大きなニュースとなったことはまだ記憶に新しいところです。彼が手掛けるのがボデガス・イニエスタ。日本でも販売されていますが、このワイナリー、名前貸しではまったくなく、そこにはファミリーの物語、生まれ故郷の物語があります。幸運なことに、昨年11月、『WINE WHAT!?』誌の尽力、輸入・販売会社のご協力を得て、同誌(2018年12月5日発売号)にて単独インタビューをする機会をいただきました。インタビューの日は、同じくスペイン代表のスターとして活躍したフェルナンド・トーレスが所属する鳥栖との注目の試合、その翌日ということでかなり疲弊した状況であったにもかかわらず、真摯で紳士な対応。シャイで優しく、情に厚い人。そんな評判どおりの人物でした。

ざっと、彼のワイナリーの概要を紹介しましょう。
「ボデガス・イニエスタ」があるのは、彼が生まれ育ったカスティーリャ・ラ・マンチャ州、フエンテアルビージャ村。人口2000人に満たない田舎です。バレンシアとマドリッドの間にあり、スペインワインの地域の区分でいえばD.O.マンチェラということになります。標高は700m~800m、複雑な土壌、年間を通した平均はやや冷涼かつ十分な日照時間を持つ好立地で、温暖な地中海と乾燥した高地、両方の影響を受けることができます。実はイニエスタ家は、祖父の代から10haを所有し、ブドウ栽培をしていました。それまではブドウを売って生計を立て、母親は小さなレストランを経営。イニエスタは、そのレストランで駆け回り、収穫の時期は畑でお手伝い。そんな田舎の素朴な少年でした。

その平穏は、2000年ごろから変わります。まず、自分たち家族の名のワインを造りたいという思いが高まりました。機を同じくして、イニエスタ自身、01-02シーズンからトップレベルでのキャリアがスタートしました。その記念となる最初の収入を、高級車や煌びやかな服ではなく、畑の購入資金として祖父へのプレゼント。それがボデガス・イニエスタのはじまりとなります。イニエスタの活躍とともに少しずつ自社畑を増やし、2010年、110haという良質な畑が整ったところでワイナリーが開設されました。2010年といえば、ワールドカップ南アフリカ大会でスペイン代表の中心選手として優勝。プレイヤーとしての一つの夢を果たしたその年。その時にファミリーの夢も叶えたというわけです。もちろんワイナリー設立はゴールではなく、そこからのワイン造りこそ、イニエスタが目指したもの。2011年に初ヴィンテージをリリースし、少しずつ質と量を向上させ現在に至ります。イニエスタが目指すワインは本人の言葉によれば「一度飲んでくれた人の期待を裏切らないワインです。残念な思いをさせたくはありません」。そのために、丁寧にワイン造りに取り組むこと。オーガニックを標榜し、収穫、破砕、醸造、熟成においても丁寧に。品質の向上には設備投資を含めて積極的に取り組んでいます。

名前貸しのワインではないこと。それを物語るものとして次の3つがあります。
まずひとつは、故郷への恩返しとその故郷が今後も幸せな場所であり続けるための貢献。 現社長、醸造責任者、輸出部長をはじめ、畑の25人、従業員の26人。この51人はみなこ の地域の出身。若き醸造責任者は、これまで協同組合での醸造経験はあるものの、責任者としてかかわるのは初めての経験。しかもスペインの大スターの名前を冠したワインを造る。そのプレッシャーはすごいものだったと彼自身語っていましたが、イニエスタは彼の可能性を信じ、彼もまたこの大舞台でのキャリアを選びました。いわば、地元のサッカーチームのようなまとまり。イニエスタ自身は彼らを信頼し、彼らはイニエスタのもとで地元で一緒に働くことを誇りに思う。素敵な関係です。

2つめは、この地域らしいワインを造るためにこの地にあるブドウを生かすという考え方。注目はボバルです。もともとこの地域で多く栽培されていましたが、以前は安価なワインのブレンド用として輸出に回されていた品種。でもその本来のポテンシャルはすごい。だから、もって生まれた良さを生かすために、自分たちで丁寧に造りはじめました。だってそれがこの地の恵みなのだから。その思いが端的に表現されたのが、ボバル100%で造られる、イニエスタの第二子の名を冠した「フィンカ・エル・カリール・パオロ・アンドレア」というワイン。地元に続く歴史と伝統と、息子たちの世代が造る輝く未来。そのの想いを込めたもの。だからボバル。
3つめはサッカーに懸けた人生とワイナリーにも懸けていく人生。そのリンクでもある 「ミニュートス116」という名のラインアップ。この名前は、2010年ワールドカップ南アフリカ大会決勝。オランダとの削りあいの死闘、延長後半での、自身が決めた記念すべき決勝ゴールを示したもの。そう、ミニュートス116を日本語に訳せば116分。それはそのゴールが決まった時間。ワインもサッカーもベストを尽くす。決して、引退後の投資でもなく、余技でもない。もちろん名前だけではわからないけれど、このワイナリーが家族の夢だったこと、自身も派手にぶちあげるわけではなくサッカーで稼いだ金を少しずつ投資してきたこと、地元で雇用を生むこと、ワイン造りもサッカーチームのようにお互いの能力をリスペクトして連携すること、ボバルという土着品種に未来を見ていること、こうした取り組みがあればこそ、単に自身の偉業をワインの名前にしたということではなく、どちらも素晴らしいものにしていきたいという気持ちを感じてしまうわけです。


著名人が関わるワインのすべてがこういう物語があるわけでもないでしょうし、逆に言えば、著名人が関わるワインなんて大した物語がない、というものではないのです。「ワインボトルのなかとそと」。著名人のワインを巡るボトルの外の物語にも思いを巡らせ、味わってみる。彼らの作品や名場面とともに楽しんでみましょう。