連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.83 2018.05.25

~ビオと温暖化と~

年々増え続けて、ワインの付加価値にもなっていく葡萄のビオ・ビオディナミ栽培ですが、世界規模でいうと、作付面積のどのくらいの割合だと思いますか。国際葡萄・ワイン機構(OIV)によると、8%から12%だそうです。この数字をどう評価するかは、難しいですが、ともかく1割前後というのは、なかなかと思います。日本の有機栽培全般は欧米に比べるとはるかに低く、わずか0.2%で、比率が高いと言われるヨーロッパでも一割はいっていないので、それと比べても大きいかと思います。そのまま売る一般の野菜や果物などとは異なって、高い価格で売れるワインという商品となるからでしょうか。

さて、そのもととなる葡萄畑の面積は、世界では2017年時点で760万ヘクタールになります。2016年と変化はありません。ヨーロッパでは330万ヘクタールですが、2016年に比して、5600ヘクタール減になっています。後にも記すようにヨーロッパ全体では大きな増減はないか、もしくは減る傾向が多いのですが、そうしたなか葡萄畑が増えている国はどこでしょう。

―イタリアです。2015年には68万2千ヘクタール、2016年には69万ヘクタール、2017年には69万5千ヘクタールと順調(?)に増えています。

フランスでは、2016年は78万6千ヘクタール、2017年は78万7千ヘクタール。ドイツも2016年、2017年変わらず10万2千ヘクタール、ルーマニアは78万6千ヘクタール、ギリシアは2016年が10万5千ヘクタール、2017年は10万6千ヘクタール、とこのあたりは、停滞気味というか減少傾向に歯止めがかかったようです。

逆に葡萄畑が世界最大のスペインでは2016年には97万5千ヘクタールから2017年には96万7千ヘクタール、ポルトガルでは19万5千ヘクタールから19万4千ヘクタールと減少しています。

ヨーロッパ以外では、ここ10年、中国の増加(2017年87万ヘクタール)のため、全体としては増えていますが、スペインに次ぐ葡萄畑面積をもつ中国も増加傾向は減速しています。

トルコは2016年に比して、19,7%減の44万8千ヘクタール。アフリカ最大の南アフリカ共和国は乾燥の影響を受け、葡萄の樹を抜く事態となり、2014年13万2千ヘクタール、2016年12万9千ヘクタール、2917年12万5千ヘクタールとなっています。  

2019年OIVは世界のビオ栽培についての研究を行うとのことです。総葡萄畑面積のどれくらいになっているでしょう・・。

ところでビオ栽培は、土壌と葡萄の樹自体の抵抗力と生命力を上げ、害虫や天候の変化にも対応するとは言われますが、もし、ボルドー地方が温暖化の影響を受けたら、どうなるでしょう。前回、『ワインのなくなる日』という本を紹介しましたが、ワインがなくならなくとも、質や性格、状態が大きく変わる可能性があります。RVFでは、ボルドーがスペインの気候と近くなる2050年の予想をしています。日本では2050年には、京都の紅葉の見頃がクリスマスの時期になる、などと言われていますが。

Château Haut-Chaigneau(Gironde)の責任者であるPascal Chatonnet氏は、メルロとカベルネ・ソーヴィニヨンによる赤ワイン、しかも北アフリカのチュニジア産とラングドック=ルーションのミネルヴォワ産赤ワインを収集しており、これをサンプルにし、また、2050年には、温暖化でボルドーはスペイン中部のトレドと同じ気候となる仮定で予想しています。おそらく飲めるが、今日のものとは、ほど遠くなるだろう、と。私たちとしても予想できますが、アルコール分が高く、フィネスと率直さに欠けるでしょう、と。これもワインがテロワールの表現というところでしょうか。

ボルドーワインが実際どうなるのかを、正確に見極めることは難しい。世界の気温が2度上昇するなら、葡萄は過度に熟成し、貧しくなり、乾燥のためより辛口に、苦みのあるものとなる、という専門家の話もあります。いずれにしろ、現在のようなワインを維持するためにはセパージュが同一ではむりだろう、とも。AOP(AOC)の危機ですよ。

グラーブ地区では2009年から Vitadapt (pour Vitis Adaptation あえて訳せば「ワイン用葡萄Vitis viniferaの適応のため」、といったところです)、一般に"parcelle 52"と呼ばれている実験が行われていることをご存じの方も多いでしょう。世界中から52の葡萄品種を植え、Kees Van Leeuwen氏とSerge Delrot氏の監督下で、フランス国立農学研究所(Inra)やボルドー大学などの研究者によって観察が続けられています。計画の目的は、気候変動に応じてボルドーでどういう品種が対応できるかを調査することです。ちなみにInraのHPでは、この実験の開始は2007年とあります。実際に葡萄の植え付けを行い始めたのが2009年です。メルロやカベルネなどの伝統的セパージュとともに、シラー、マルベック、ピノ・ノワール、ルーサンヌ、ムーヴェルド、さらにギリシアのアギオルギティコ、ポルトガルのトウリガ、スペインのテンプラニーニョなど52種―21種が白ワイン用、31種が赤ワイン用―、2600株が国のセパージュ毎に植えられています。

ネットで見てもまだどうなっているか分かりませんが、カベルネは暑さに耐えられそうです。しかし、心配なことは、ボルドーでもっとも広範囲に植えられているメルロの脆弱性で、温暖化が進むと破棄される可能性もある、と。サンテミリオンやポムロールはどうなる? 

近年、イギリスでの葡萄栽培も盛んになり、北限が上がっていますからスエーデンやポーランドなどでの栽培もあり得ることになりそうです。

8000年にわたる葡萄栽培で、これほど根源的な気候変動ははじめての経験だ、とは気象学者のHervé Le Treut氏の見解です。

ブルゴーニュでは雹が襲い、ボルドーではスペイン並みの暑さでメルロ種がなくなり、なんともはや暗い見通しです。

葡萄の作付面積分布も2050年には大幅に変わるかもしれません。ビオ栽培も、そのときはどういう対応をしているでしょう。