連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.76 2017.10.27

~菜食主義者のためのワイン~

ワイン製造の際に使用した二酸化硫黄、亜硫酸塩はエチケットに表示義務があるのはおなじみですが、EUではアレルゲン表示の義務化によって、フィルタリングなどに使用する卵白などのアレルゲンを表示する義務も2012年から施行されています。この表示は、卵や乳製品の残留量が1リットルあたり0.25mgを超えるワインに義務付けられていますので、実際にはあまりお目にかかりません。

この卵をアレルゲンとしてではなく、別の観点から排除したワインをつくる栽培家もいます。ビオ、ビオディナミ、自然派のワインに続いて登場するのはles vins vegans ou végétaliens !! とRVF誌のコラム記事があります。ヴェガン(英語ではヴィーガン)はあまり聞き慣れないですが、ヴェジェタリアンといえば、おわかりですね。ネットで見たところ、ベジタリアンとは実に様々な段階や種類があります。動物の肉は食べないが、卵や魚介類は食べるノン・ミートイーターや卵と乳製品は食べるラクト・オヴォ・ベジタリアンとか、動物由来の製品、例えば絹の服を着ないとか、落ちた果物だけを食べるとか、思想、宗教、文化などのさまざまな要素に起因しているようです。そのなかでヴェガンは、完全菜食主義と言われている、もっとも過激な菜食主義です。いかなる肉類、ミルク、卵も拒否します。菜食主義者は、インドやアメリカでとくに多いですが、ヨーロッパではドイツで多く見かけます。(実際の数字は分かりませんが。)すでにドイツでは肉なしソーセージなどというのもかなり前から売っています。2010年以降、毎年二桁の成長を続けている市場で7億ユーロ以上の規模と言うことです。日本でも「日本VEGAN協会」というものがあり、公式サイトもありますので、興味のある方は、そちらを。

ところで、「環境倫理学」という広い意味での哲学の一分野があります。倫理学、とくに近代倫理学は、個人の権利を基本に他者の権利との関係から行為の規則を考えるものです。現代になって、そこで想定されていた「個人」とは、<男性>のことではないか、とフェミニズムからの批判が出てきます、またその「個人」とはブルジョワではないか、とマルクス主義の批判、<西洋白人>ではないか、との批判が次々と出てきて、とうとう倫理の主体、権利の主体を人間に限定する理由は、どこにあるのか、という問題が出てきます。キリスト教がその大きな要因なのですが、それに対する批判でもあります。

これは動物にも権利がある、つまり権利の担い手としての「人格」を認めようという立場にもつながります。動物権は、議論はあるものの、学術的用語としては定着しています。裏返すと、胎児に人格や権利を認めるかという議論や植物状態の患者の権利の議論ともリンクしています。言語が話せ、判断ができ、ある状況に反応するといった「事実的能力」がフィクショナルな権利を基礎づけていたのですが、現代ではそれが揺れてきています。

よく引き合いに出されるのは「法人」つまり、法的人格です。学校法人は個人ではないですが、人格として法的に認められている。事実的能力ではない仕方で「人格」を想定しているのだから、法的処理として動物や胎児にも権利や人格を設定できる、という議論です。動物に権利を認めたら、それを殺して食べることは難しくなります。実はそれ以上の過激な土地倫理Landethicsという立場もあり、環境問題をめぐってこうした概念をもとに裁判も起こっています。樹木の権利となると、植物も「生きている」ものは食べられません。だから、落ちた果実とかしか食べられません。大変なことです。クジラやイルカの殺傷どころではなくなります。しかしここにはパラドックスがあり、天然痘やエイズウイルスも生き物だから、権利を認めよ、とは誰も言わないことです。どうしても人間中心に恣意的にならざるをえません。生物多様性のなかにシロナガスクジラは入ってもエイズウイルスは入りません。鯨やイルカを知性の点から権利を認めれば、胎児や知的障害者の権利はなくなってしまいます。

ちょっと話がそれました。

動物由来の製品を一切使わないヴェガン用のワインは当然、卵白も魚の清澄剤も使用不可です。フランス語でcollageは糊という意味ですが、collage de poissonsとして清澄剤に使います。例の不可思議なオキシダシオン作用に対するものとして使われるミルク由来のカゼインも無理です。

では代わりに何を使うか?珪藻類、微細藻類、バイオマスで有名になった藻類とか、あるいはグリーンピースのプロテインだそうです。代表ともなるのがFrederic Brochetのドメーヌ。HPでは、ロワールのビオロジックとなっています。RVF誌では、ポワトゥのAmpelidaeのドメーヌとして紹介されています。ドメーヌの名前のAmpelidaeは、ぶどうを意味するAmpelosという言葉から来ているそうです。Frederic Brochet氏はノルマリアン、つまりフランスの最高学術機関エコール・ノルマルでの超エリートのようです。

さて、動物由来のものを使用しないフィルタリングで、ワインの味が変わったか、と聞かれ、「動物由来の何かが残っているとワインの性格が損なわれる」と言っていますが、はたしてどうなのでしょう。

フランスの栽培家の10軒ほどがすでに、それを示すラベルをつけています。ヨーロッパ・ヴェジェタリアン協会向けには黄色のラベル、ヴェガン協会むけには緑の、草をあしらったデザインのマークをつけています。Ampelidaeでは毎年300万本を出荷し、南西部ベルジュラックのBuzetの協同組合では1200万本を出荷しています。日本でもそろそろビオに続く売れ筋になるのでしょうか。ただ、このワインのほとんどはビオなので、特徴付けが難しいですね。菜食主義者のワインでは、あまり売りになりそうもない気がします。ベジタリアンや自然食品の店舗では、それなりにアピールしそうですが。