連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.63 2016.09.06

ドメーヌ・ブーシャールの古酒オークション

  Bouchard Père et Filsと言えば、ブルゴーニュの有名なドメーヌです。所有する葡萄畑の規模は赤86ha、白44haの計130haで、そのうち12haがグラン・クリュ、74haがプルミエール・クリュで、コート・ドール最大とも言われています。歴史も古く、1731年創業です。当初は、織物業をしていました。何しろ、フランス最大の織物産地であるリヨンを控えていましたから。これはブルゴーニュのワイン商ではよくある話です。ブーシャールでも織物の生地見本がついた台帳をひっくり返して、ワインの仕入れ帳に直して使っているのを見たことがあります。リヨンには今でも繊維博物館があり、なかなか見事なタペストリーなどが飾ってあります。そのリヨンもフランス革命で産業は停滞、面白いというか、見事な一致というか、1855年頃に寄生虫のために蚕産業が打撃を受けます。フィロキセラの確認が1863年ですから、奇しくも同時期なわけです。
 ブーシャールは、一時低迷していましたが、シャンパーニュのアンリオが1995年に買収してからは質もかなり良くなっているのは、周知のことです。RVF誌のガイドではドゥルーアンやルイ・ジャドなどと並んで二つ星の評価です。 そのブーシャールの1846年もののワインが2000本売り出され、またもや?香港で売れたそうです。9月2日です。ブーシャールにある19世以来の15万本のコレクションのなかでもっとも古いものだそうです。
 今回の仕掛け人クリスティーズのTim Triptree氏は「古いブルゴーニュのコレクションを求めるアジア人を満足させ、好結果」と満足げ。気になる値段ですが、ムルソー・シャルムが15.577ドルで匿名の愛好家が購入。評価以上の値段となっています。1865年のモンラッシェは、当初評価が15,577ユーロでしたが22,658ユーロ。中身はどうなんでしょう。とくに白ワインは、どうなっているか気になります。
 個人的な思い出を語らせてもらうと、80年代パリにいたときよくブーシャールを買って飲んだ覚えがあります。本当に安かった。ワインショップ「ニコラ」で買いまくって、村クラスのワインを料理にもダボダボ入れていました。今はとてもそんなことはできません。ボーヌへ遊びに行ったときも、ブーシャールの看板はよく目立ちました。ブーシャールのワインと言えば、ボーヌ・グレーヴのL'enfant jesus(幼子イエス)もやたら飲みました。よくブーシャールのHPでも宣伝されていますが、それを引用すると、こうなります-畑名の由来は、17世紀にさかのぼります。 ルイ13世(1610-1643)に世継ぎが生まれず、国内に不安感が漂っていました。その時、ボーヌの街カルメル会の修道女マルゲリットに「王の世継ぎのために祈りなさい」という神のお告げがありました。日夜祈りを捧げる彼女に「お前の祈りは聞き届けられた」という神託が下ったのは、1637年12月のこと。そして翌38年の9月5日、神託通りに後のルイ14世が誕生。この奇跡の噂は、ほどなくフランス全土に広まり、カルメル会に喜捨が殺到、その資金をもとに、会では「幼子イエスの」の木像を祀った礼拝堂を建立しました。ボーヌ・グレーヴの最良の区画がカルメル会に寄進されたのもこの時で、その畑は、修道士により「幼子イエスの畑」と命名されたのです。そして、1658年。20歳になったルイ14世が、感謝を捧げるために、この礼拝堂を訪れました。その時、王は「ランファン ジェズュ」のワインを飲んで大いに気に入り、以後毎年、このワインをヴェルサイユに遅らせて愛飲したといわれています。「ランファン ジェズュ」のラベルに描かれた「幼子イエス」の肖像は、礼拝堂に祀られた木像を写し取ったものです。ブーシャール社では、1791年にその畑の一部を入手、革命期には国家財産として売りに出されたが、後の1889年には残りのすべてを購入し、単独所有者の栄誉を手にしました。
 イエスと言えば、ワインの表現に関する大層な言葉があります。
 アルベール・アンリというベルギーの言語・書誌学・文献学者がいました。彼に『オイル語のワイン醸造学言語(12から15世紀)』( Le Langage oenologique en langue d'oil (XIIe-XVe siecle), Bruxelles, Academie royale de Belgique, 1996, 2 vols.)という本があります。昔のフランス語は大きく言うと二つに分かれ、「はい」にあたる「ouiウィ」を北部では「オイル」南部では「オック」というので、オイル語、オック語と称しています。オック語は「オクシタンoccitain」と言います。どこかの店の名みたいですね。また「ラング・ドック」は「オックocの言語language」という意味です。この本はワイン用語を含む中世フランス語文献の案内で、文献学、特に語彙学の面で多くの優れた仕事を残した偉大な碩学はワインの大家でもあったようだ。ワイン醸造に関する中世フランス語のテクストのアンソロジーになっています。その中に『聖ニコラ劇』の話が出てきます。12世紀に、ジャン・ボデル(Je[h]an Bodel)はという詩人の作品の一つで、宗教劇であり奇跡神秘劇でもあります。その中に、聖ニコラスが泥棒を改心させ、盗んだ宝物を返させるという逸話が描かれています。この劇には「Taverne居酒屋」という言葉も出てきて、ワイン賞賛する言葉として「ビロードにしたワイン」(un vin qui fait le velouset.)という言葉が出てきます。この言葉は、やがてイエスと結び付き、こうなります。c’est le petit Jésus qui vous descend dans le gosier en culotte de velours.意味は、「ビロードのズボンをはいた幼子イエスが喉を通り過ぎる」というものです。まあ、フランス人らしい大げさな表現です。
 ところで、前回フランス各地の春に襲った雷雨と雹の被害状況をお伝えしましたが、農業省が8月25日に発表したところによると、今年のフランスのワイン生産量は、7月の予想を下回り前年比10%減になるようです。これはかなりの落ち込みですね。具体的には2015年が4780万ヘクトリットルであったのに対し、今年は4290万ヘクトリットルで、平年比でも7%減になります。
 そうしたなか、8月29日に、農業相ステファヌ・ル・フォル氏は、被害の大きかった何具エロー県の葡萄栽培者に不動産税の免除の提起を行っています。春に続き、8月17日にも雹にやられ、2200haの畑が被害を受けましたが、これは保険ではまかないきれない被害ということで、この免税措置になったのですが、それでも80%の栽培者は保証のないままの状態で、成り行きが心配です。日本でも台風でとくに北海道の農産物被害がたびたびニュースに取り上げられますが、フランスのその他の農作物はどうなのでしょう。また日本の葡萄畑はどうなっているのでしょうか、心配です。