連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.47 2015.05.21

cheesy, metallic, sweet チーズのようで、金属的で、甘い・・・?

 旧聞に属しますが、10年ほど前でしょうか。バルト海でUボートが撃沈したアメリカ行きの船に積んであったエイドシック・モノポールの1907年が、1998年に引き上げられ、それを味わう機会がありました。HPによると・・「1916年、第一次世界大戦の最中、フィンランドで駐留するロシア軍の為にロシア皇帝ニコライⅡ世によりオーダーされた1907年のビンテージ、エイドシック・モノポール・シャンパーニュ3000本や、ブルゴーニュ・ワイン、コニャック、リキュールなどを船積したジョンコピング号がサンクトペテルブルグへ向け出航しました。しかし同年11月3日、スウェーデン沖を航海途中のジョンコピング号は、ドイツの潜水艦Uボートにより撃沈させられたのです。豪華客船タイタニック号にも積まれていたエイドシック・モノポールは、ジョンコピング号と共に海底で80年の時を過ごしましたが、そこで偶然が重なり合い「奇跡」が生まれました。」
 その「奇跡」を味わったわけですが、グラスに注ぐと、光り輝く色、香りもまずまずで、意外に新鮮、それに一筋、二筋の細かな泡。驚きましたが、飲んでみて、ある程度わかりました。大変甘い、今はほとんどお目にかからない甘口(ドゥー)のシャンパーニュでした。これを記念して、エイドシックは、gôut americain(アメリカ風味わい)をだしています。
 しかし、上には上があるもので、先月末の雑誌natureのサイトに、同じくフィンランド沖のバルト海の難破船でシャンパーニュが発見されたとあります。なんと170年前のシャンパーニュです。実際には、2010年に発見され、先頃試飲されたようです。そのうち2ミリリットルをラボで分析にかけ、結果がProceedings of the National Academy of Sciencesに4月20日に掲載。これを受けての記事です。ちなみに、ビールも5本が見つかっています。
 やはりこれも、バルト海の海底で二度から四度の暗闇で保管?されていたので、1907年と同様、香りも味も、その状態はよかったようで、そのうち二本が2011年にオークションにかけられたと。知りませんでした。落札値は30.000ユーロ、44.000USドル。たしか1907年のものは、100万はしなかった(思い違いかもしれませんが)ので、今回はずいぶん高い。1934年のロマネ・コンティ並です・・・どちらを選ぶか・・・。 
 ともあれ2012年に11本が販売され、後はいずれオークションにかけられるようです。収入は、海洋考古学プロジェクトの奨学金基金にあてられます。こういうのはいいですね。ワインの収入が、教育や福祉に使われる・・・カナダのケベック州で、医療費、医学研究のためにワインでもうけた資金を充てるという話をずいぶん前に聞いたことがあります。こういうシステムは日本でもあればいいですね。何の後ろめたさもなく(まあ、いまでも後ろめたいとは思っていませんが、なかなか人前で言いにくい面もあります)高いワインを購入できます。
 さて、見つかったシャンパーニュは、1907年ものと同じように、ロシアへの貿易ルートの途上で沈んだようですが、そのシャンパーニュの含有砂糖の量が、ロシア向けは一リットル300グラム以上(ものすごいですね、現在の5,60倍以上です。多くても最近はなかなか二桁行かないですからね。)であるのに対して、このボトルは半分以下だったそうです。つまり、これはロシア向けではない。ロシアほどではないが、甘口志向のドイツ市場向けであろうと推測しています。
 ドイツの現在の正式名称は「ドイツ連歩共和国」です。連邦、つまりドイツ語でブント(Bund)と呼ばれる州からなっています。実はヨーロッパの中で「後進国」であったドイツは、各州の力が強く、なかなか近代的な統一国家ができませんでした。十九世紀中頃(1862年)に当時のドイツの北部にあり、有力であったプロイセン王国の首相にビスマルクがつきます。ビスマルクは対外戦争を仕掛け、オーストリアやフランスを破り、ドイツ帝国を築きます。これが近代国家ドイツのはじまりです。それが1871年です。170歳のシャンパーニュとありますので、それより以前です。ナポレオンの失脚が1815年、ヨーロッパは1830年のフランス三月革命、1848年の二月革命の余波を受けて、政治がめまぐるしく転換する時期です。そんななかで、エリート文化人、軍人、政治家が―ちょっとイメージは、ハリウッドっぽいですが―、付きそう婦人も派手なドレスで、きっとクーペで飲んでいたのでしょう。
 さて、その中身はというと、最初は「動物臭」、「濡れた髪」が顕著であったが、スワリングをして空気に触れさせるともっと心地よい香りになった、と。「グリルされた」、「香辛料」、「スモーキー」、「皮」といった述語が並んでいます。さらに熟した果実、トリュフ、蜂蜜も。変質していた面もあったが、現代のものと同じく香りは複雑であった、とも。
 何よりも驚くのは、現代のシャンパーニュと比較して、鉄とか銅のようなメタリックな要素(コンセントレーション)が著しく、それはキュベ後のタイユ(taille)の比率が多いからだろう、と推測しています。また、現代のものが、アルコール度数が12パーセントと程度なのに比して、9.5パーセントと低い値でした。
 また樽臭からして、アルコール発酵はバレルで、二次発酵も同様にバレルで行われていたのでは、とも推測しています。しかしその工程の管理はいまほど完全ではなく、クリーミーで、ヨーグルトのような―こういうのに近いのは今でもありますが、今のものとは異なるともかいてあります―、そして究極的には「チーズのような」。
 いやはやチーズと金属のシャンパーニュですか。飲んでみたい・・・かな。

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