連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.26 2013.06.16

相次ぐ盗難

 前回お伝えした、フランス大統領の官邸エリゼ宮のワイン・オークションが、5月30日と31日に行われ、71万8000ユーロの売り上げだったようです。予想の倍です。最高価格は、こちらは予想通り1990年シャトー・ペトリュス。想定額の2500ユーロをはるかに越えて7625ユーロで落札。ちょっと高いですなあ。シャトー・ラトゥール1982年は2本あって、これも想定額の2000~2500ユーロをかなり上回る4625ユーロでした。
これも予想通りで、中国やロシア、米国など世界中から350人がインターネットで参加したもようです。Fan Dongxing(ファン・ドンシン?)という上海の輸入業者がコニャックの半分を買い、またあるイギリス人は父の誕生日のために1100ユーロでサン・テミリオンを購入というほほえましい話も。エリゼ宮のシェフ・ソムリエは、Virginie Routis(ヴィルジニ・ルーティ)という人で、カーブの維持に年15万ユーロかかると話しています。しかし、エリゼ宮には、客がしばしば300人以上も来るので、もう2000ユーロとか3000ユーロとかのワインはだせず、グラン・クリュにしても5、6本しかだせないと。いったい、5、6本って、どういうサーヴィスをしているんでしょう。

 ところで、ワインとお金にまつわる話といえば、先日来、ワインの盗難が相次いでいます。
すでにいたるところで、噂になっていますが、3月21日にはジャック・セロスで、300ケース、しめて35万ドル。さらに偽物造りに欠かせない(?)1万6000枚のラベル、1万2000個のネック・ラベル、2500のキャップも盗難にあったことです。最近は、黒みのはいったボトルなので、見分けがつくとは言っていますが、どうでしょうね。盗難だけでなく、偽造ワインも近年とかく噂されていますので。それはともかく、アヴィーズのような田舎で、誰も気づかれずに、音もなく(?)盗み出すとは、考えにくいと、という話もあります。となると・・・。
 すると、今度は、ディケムでも盗難が。
 Revue du vin de France の速報では、330ユーロのディケム2010のハーフボトルが、380本盗難にあい、10万ユーロの被害とか。6月9日(日)の夜から10日(月)にかけて、シェ(chais:ボルドーの地上にあるワインセラー)から運び出されたということです。警報装置はなりましたが、警備員が駆けつけたときはもはや、もぬけの殻。以前にも書いたように、ディケムは、2012年は生産せず、イグレクのみ。2011年は2月にパリのオークションで初登場でした。
 2012年、ディケムの出来は悪かったのですが、他のソーテルヌはそこまでではないようです。しかし、いかんせん、生産量が。シャトー・ギローは、歴史的に最小の生産量のようです。2009年から11年までは、これとは逆に歴史的なトリロジー(三部作)だったのに残念なことです。もっともRevue du vin de Franceの評価では、ボルドー全体と同じく、ソーテルヌも最高点は17点(20点満点)そこそこで、クリマンやクーテなど4銘柄にすぎません。大部分はそれ以下で、15点程度です。
 
 ディケムにかぎらず、実はボルドーでは盗難続きで、ディケムの記事も、ボルドーの盗難事件が、今度はディケムにおよんだ、という書き方です。
 最初は、4月9日(火)の夜から10日にかけて、シャトー Fourcas Dupré(Listrac-Médoc)のシェが盗難の被害に。258本のFourcas Dupré(Cru bourgeois)2010,年、さらに78本のchâteau Bellevue Laffont 2006のマグナム(セカンドワイン)、4000ユーロ相当。早朝4時半頃に、車を突っ込んで門を突破してきました。警報がただちに鳴ったのですが泥棒はすばやく持ち出したようです。おもしろいことに、こうした乱暴な盗み方は、ワイン泥棒としては、珍しく、少なくとも10年はさかのぼるとシュド・ウエスト紙は書いています。たしかに、宝石店泥棒とかではみかけますが、ワイン泥棒には珍しい・・・。カーブの責任者は口を閉ざしているし、シャトーの所有者Patrice Pagesはプリムールの試飲に忙しく、これまた何も語っていない・・。何か、勘ぐりたくなりますね。
 3月には、シャトー・パルメも、318本、7万2000ユーロ相当が盗まれました。この件では泥棒は内部事情に通じていたと見られるとのことで、すでに7人の容疑者が逮捕され、ワインは手つかずで、発見されたということです。

 泥棒といえば、ルドルフ・シュタイナーは『農業講座』で、「本来、農業は、Raubbauである」といっています。Raubbau(ラウプバウ)とはドイツ語で「略奪農業」を意味します。言葉の後ろの部分であるBau(バウ)は、構造や建築、この場合は土地のことと理解していいでしょう。前の部分は、rauben(ラウベン)盗む、略奪するという言葉から来ていて、Räuber (ロイバー)は泥棒のことです。
 農業は、そもそも大地からなにがしかを盗む営為なので、盗んだものを返して、大地を再び活性化させることが必要です。しかし、無機的化学物質を施しても大地は、活性化はしません。大地そのものを活性化するためには、宇宙を含む自然全体の生命ある動き、それらを構成するエーテルやアストラルといったものの働きをまず考えてみる必要があり、それに対応した肥料を、生命体を運ぶ媒体として与えなければなりません。そのためには、宇宙と地球、大地を含む精神的なものを考えなければならない、それが「精神=心霊」というGeistについての「学」Wissenschaft、つまりGeisteswissenschaft「精神=心霊学」となります。『農業講座』の正確なドイツ語のタイトルは、「成長する農業のための、精神=心霊学的基礎付け」です。面白いことに、同時代に同じ言葉を使ったドイツ人がいます。ディルタイという哲学者で、こっちは、「自然科学」に対する「精神科学」、つまり、人文科学や社会科学の意味です。
ちなみにドイツ語のGeistガイストとは、キリスト教で言う聖霊の意味もあるし、精神という意味も、精霊やお化け(ポルター・ガイスト)の意味もあります。Geistに対応する英語は、spiritです。ただし精神は、スピリットを飲み過ぎると、酩酊して、泥棒の餌食になりそうです。