連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.25 2013.05.10

大統領のワインを買いませんか

 4月30日付けのRVF誌のネット記事によると、エリゼ宮でワインを売り出します。オランド大統領が、1200本のワインを入れ替え用の費用のために売りに出すそうです。カーヴ全体では、15000本あって、その十分の一になります。読売新聞にも載っていまして(5月2日付け)、「競売収益で、より廉価なワインを買い、残りは国庫収入とする」、「ワインに要する費用は、年間約25万ユーロ(約3200万円)とみられている」ということです。
 売りに出されるワインはHugel、Trimbach、Weinbachのアルザス、シャンパーニュでは、Clos du Mesnil de Krug 1985に、Salon。ブルゴーニュはRomanée-Contiや domaine de Montille 、Clos de Tart。ボルドーでは PétrusにAusone、Mission Haut-Brion 1982のマグナム(欲しい・・・)、 d'Yquem 1990。ローヌでは、domaines duVieux Télégraphe (Châteauneuf-du-Pape) やGuigal (Côte Rôtie)。南西地方やコニャックもあり、一本あたり、15ユーロから2200ユーロ(これはペトリュス)。
 競売は、Maison de ventes Kapandji-Morhangeで、Drouo通り9番地。5月30日19時半と31日14時。電話は 01 48 24 26 10。事前のプレゼンは、28日と29日に、Le Chemin des Vignes - 1, bis, avenue de Verdun - Issy-Les-Moulineaux(電話:01 46 38 11 66)です。パリに行く方、お知り合いのいる方で参加されるなら、その模様をお知らせいただければ幸いです。

 エリゼ宮のワインについては過去のRVFでもよく取り上げられています。とくに、昨年の大統領選挙前には、盛んでした。2012年4月号では、各候補に、ワインについて質問をしています。ワインという国の文化的象徴であり、産業上も利益があり、農産物としてその地位や農業全体が問われる・・・そういう財について、政治家にインタビューをして、それが、かなり趣味にはしっているワイン雑誌に載る、おもしろいものです。日本で、首相や政治家、選挙の候補者に、この手のインタビューをするとしたら、どうなるでしょう。なかなか考えられないですね。何について質問するとか、そもそもそういうスタンスのメディアとか、ジャーナリズムも脆弱ですし。でもあえて、考えるとどうなるでしょう。

 選挙前のオランドは、こう言っていました-ワインは、農業の産物でもあり、文化の産物でもある。葡萄栽培は、経済上のよい手本でもあるが、サルコジは、その手順を犠牲にしている。フランス産の葡萄を植える権利を守り、フランス・ワインの危機を防ぐことが、われわれの産物を世界にひろめることにつながる-と。
 一方、サルコジは-私は、ワインは飲まないが、それについて語るすべは心得ている。エリゼ宮には、一世紀前からのあらゆるグラン・ヴァンが保存されているが、ソムリエによって方針が決まる。私がここに来てからはビオ・ワインも入れている。フランス・ワインは、コンヴィヴァヴィリティconvivialitéの性格を持っているはずだが、アングロ・サクソンの影響で若者たちには、それがなくなっている。
 コンヴィヴァヴィリティとは、「みんなでともに、食事をする=共食」がもともとの意味です。一昔前に、日本で、個人が食事をする「個食」という言葉が流行りましたが、今ではむしろふつうのことでしょうか。一人で、コンビニ弁当、カップ麺を、テレビやゲーム、携帯やi-phoneを見ながら、食べるというイメージです。そういう食事の風潮に対するもの-もう少し拡張すると、皆で食事をして、共感あるいは共生という食事や生き方です。過度の個人主義化への危惧をもちながら、国家主義や全体主義は、なんとか忌避したい、個人がゆるやかに結びつく、連帯という健全な言い方です。サルコジは保守派とは言われますが、革命以後のヨーロッパとフランス近代の伝統を守っています。
 
 ところで、RVFでは、エリゼ宮のカーヴは1947年にジュール=ヴァンサン・オリオール(Jules-Vincent Aurior)のもとにつくられたことになっています。ものによっては、ド・ゴールによってつくられたともありますが、オリオールがド・ゴール政権下にいたところから、名前はどっちにでもなるのでしょう。時代としては、戦後の、植民地紛争や国内のストライキでなかなか騒がしい時期です。この時期にまあ、とは思いますが、国連も発足し、武力によらない外交ということで、ワインを揃えたのでしょうか。オリオールは、フランスの初代国連大使にもなっています。
 ド・ゴールは、ワインをあまり飲まず、シャンパーニュを愛したようです。とくにDrappierを好みました。サルコジも、ド・ゴールの流れに自分をおいていたのかどうか、おもしろいことがあります。Drappier cuvée CHARLES DE GAULLEとchampagne Pierre MIGNON cuvée du Président SARKOZY という二人とも記念シャンパーニュがあります。イギリスでは、チャーチルもありますね。
 ジャック・シラク大統領の時、夫人の好みもあって、ボルドーのいわゆるグラン・ヴァンが増えます。一方、社会党のフランソワ・ミッテランの好みは、サン・テステフのChâteau Haut-Marbuzet でした。これは、クリュ・ブルジョワ。オランドも同じく、一応左派ですが、贅沢云々とか以上に、いまやワインに費用をかけることも難しい時代です。ユーロ危機のなかで、ワインの競売で費用はどれくらい捻出できるでしょうか。ちなみに、フランス国内オークションハウス「サザビーズ」の2012年ワインオークション販売額は前年(8550万ドル)より25%下落し、6450万ドルでした。

 実は、フランス国内で、すでに行政がワインの売り出しを行っています。
 今年の1月、ディジョン市長でフランス社会党のFrançois Rebsamenが、ディジョン市役所にある6000本のワインのうち、3500本を、社会政策費用のために競売にかけ、50.000ユーロの売り上げになっています。最高値は、Vosne-Romanée Cros Parantoux 1er cru d’Henri Jayer 1999でした。最初の評価 1.000 ユーロ、実際の落札は4800ユーロで、買い手は、アジア人。今回も、ペトリュスを競り落とすのは中国人とか?

 外交に、食事やワインはつきものですが、興味があれば、西川恵『ワインと外交』新潮新書、『エリゼ宮の食卓―その饗宴と美食外交』新潮文庫 などを。