連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.18 2012.10.11

泡と泡 あわわ・・

 シャンパーニュといえば、Krugが一番、という人も多いかと思います。もっとも先代のアンリの頃と比べて最近のものは・・・と距離をおく方も、わりといらっしゃいますが、さきごろ、出版されたワイン雑誌Revue du vin de Franceの2013年度版フランスワイン・ガイドブックLe Guide, Les meilleurs vins de France 2013 でも、一応、最高の三つ星にランクされています。

 RVFのネット記事によると、そのKrugが、アメリカのマンハッタンのチェルシー地区にKrug Houseなるものを開いたそうです。
記事の見出しは、「Krugがニューヨーカーを誘惑する」。わざわざ、シャンパーニュに行かなくても、神話的!メゾンのKrugが、マンハッタンでKrug-Loversに応えてくれる。10月7日から11日までのきわめて特別なセミナーが開催。
Krug-Lover(s)は、Krug愛好家のことでしょう。ちなみにKrugistという言葉もありますが、コレクションLe Krug Collectionを買うと、添付されてある書類をKrugに出し、登録して、公認のKrugistになるはずなので、Krugistは、厳密にいうと、Krug-Loverとは異なります。(異論もありましょうが。)
 
このKrug Houseでは、創始者のJoseph Krugの肖像画や、彼の1848年のノートも展示。名前からわかりますが、創始者のJohann Joseph Krugは、ドイツからの移民です。Johannヨハンは、「ヨハネ」のドイツ語名で、キリストに洗礼を授けた人の名でもあり、イエスの弟子の一人、「ヨハネ黙示録」の著者の名でもあります。またJosephヨゼフは、「ヨセフ」のドイツ語名で、旧約聖書の登場人物の名でもあるし、マリアの夫、つまりイエスの父の名でもあります。聖書などでは、同じ名前がいっぱい出てくるので、誰が誰かを見極めるのは、大変です。最後のKrugは、普通名詞としては、壺や、水差し、ジョッキなどを意味するので、お酒に縁がある名前にも思えますね。
『万葉集』にある大伴旅人の酒好きの詩を思い出します。「なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒に染みなむ」。中途半端に人間で、酒を飲むより、いっそ酒壺になりたい・・。 

Krugの創業期は、フランスではナポレオンの後の反動的な「王政復古」の体制が、「七月革命」(1830)によって倒され、「七月王政」という中道的で穏健なブルジョワジーの政治体制が続いている時代で、少しずつ資本主義体制が浸透していく時代です。しかし、それも長続きせず、1848年には、「二月革命」が起き、第二共和政が樹立します。創業者のノートには、そうした波乱の時期のことが、どのように書かれているのでしょう。興味があります。ノートだけでなく、こうしたKrugの伝統と精神を表す、200点近い歴史的な展示物も紹介されたとのことです。
イヴェントでは、最初のステージで料理が供され、トリュフやパタ・ネグラPata Negraのイベリコ生ハムなどと並んで、ポップコーン!も、グラン・キュベとの相性のよさを・・・本当のところ、どうだったのでしょう。
第二ステージでは、アセンブラージュや、現代のハイテクとは無縁の伝統が紹介された。アセンブラージュにあたっては、250もの小瓶が並べられての説明。現当主のOlivier Krugが質問を受けた、ということです。
http://www.larvf.com/,vins-champagne-krug-new-york-manhattan-degustation-exposition-ephemere-krug-house,2001118,4248995.asp

 一方、同じ「泡」でも、今度は、ぐっと庶民的に、ビールのお話です。
 パリなどでは、夏にカフェで食事前にビールを飲んでいる人をよく見ます。アルザスなどは別ですが、イタリアでもフランスでも、食事中はワインで、ビールは食事以外の時に飲む、というのが普通のようです。昔は、フランスのビールは薄くてまずかったのですが、とくにベルギー・ビールがはいってきてからでしょうか、カフェで飲むビールは、ずいぶん良くなりました。EUでビールの製法などが法的に統一されたのも大きいでしょう。
 フランスのビール消費量は、2010年では、一人あたり20リットルで、EUのなかでも下位です。(ちなみに、ドイツ、オーストリア、アイルランドは、100リットルを越えています。その上をいくのが、チェコで、130リットル強。日本は45リットル。:キリンホールディングの資料より)

 2009年では、30リットルでしたが、ここ30年にわたって落ち込んでいます。ところで、フランスのアルコール消費量は、ビール16%、ワイン59%、スピリット25% で、やはりアルコールの中でも低い位置です。
 このように消費面では低調ですが、実は、フランスは、ヨーロッパで9番目のビール製造国で、1630万ヘクトリットル(1ヘクトリットルは、100リットル)で、15%が輸出されています。一番よく飲まれているハイネケン・グループのクローネンブルク(クローネンブール)Kronebourgは、日本でもよく眼にします。
さらに、ビール製造に使う大麦の産出は、350万トン(2010)で、ヨーロッパ一位、世界への麦芽の輸出は、130万トンで、一位。関連部門も含め、128億円の売り上げと、製造業者は言っているそうです。
http://www.larvf.com/,vins-biere-france-restaurant-orge-malt-europe-taxes,2001118,4249001.asp

 それを狙われたのでしょうか。ビールに新税をかける、という話があります。これに対して、ビール製造業者は、「なぜ、ワインより高い税金が、ビールにかかるのだ」、と怒っています。
http://www.larvf.com/,vins-biere-taxes-lobbying-brasseur-du-nord-brasserie-emploi-securite-sociale,2001118,4249058.asp

 フランス語で、brasserブラセという動詞は、「ビールを醸造する」、という意味です。「醸造業者」は、brasseurブラセールです。一方、パリでよく見かける、例えば、バスチーユにあるアールヌーボー調のボファンジェーBofungerというレストランは、「パリで最もアルザス的なブラッスリーbrasserie」と唱っています。たしかにアルザス料理は出ますが、ビールよりワインがメインです。ブラスリーとは、もとは、「ビヤホール」の意味です。パリのブラスリー(=ビヤホール)では、ビールではなく、ワインを飲む!
http://www.bofingerparis.com/en/