連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.01 2011.05.27

ある日、とあるワインバーでT氏とK氏、それにI氏が、19**年のボルドーの評価をしていました。T氏は、ラトゥールの力強さがよい、次にオーブリオン、ムートンは、少し落ちるという評価でした。K氏は、いや、オーブリオンの方がいいし、わずかだが、ムートンがそれに続く。I氏は、意外にムートンがいいのでは。それからラトゥール、昔飲んだのと比べてオーブリオンは、がっかり。

整理すると、三人の評価付けはこうなっています。

T氏:ラトゥール>オーブリオン>ムートン
K氏:オーブリオン>ムートン>ラトゥール
I氏:ムートン>ラトゥール>オーブリオン

それじゃあ、三人の中での一位を決めようということになりました。でも、どの銘柄についてもそれぞれ一位、二位、三位にしている人が一人ずついる状態で、多数決では決着がつきません。そこで、I氏の発案で、以下のような流れで勝者を決めることにしました。こうすれば「民主的に」勝者を決められるとI氏が言うのです。

1)まず、I氏の提案で、T氏の推すラトゥールとK氏の推すオーブリオンとの間の勝者を決めようということになりました。
2)次に、ラトゥールとオーブリオンの勝者と、I氏の推すムートンを戦わせ、最終的な勝者、つまり一位をきめることにしました。
T氏とK氏も、同意したので、この手順が踏まれることになりました。

まず、ラトゥールとオーブリオンを、三者でどう評価したかを、多数決で決めます。三人のうち、K氏を除くT氏とI氏が、オーブリオンよりラトゥールのほうを評価しているので、ラトゥールが生き残りました。(上の表を見てください。)

それでは、I氏が推薦したムートンとラトゥールを比べてみましょう。三人のうち、T氏以外のK氏と I氏が、ラトゥールよりムートンを評価しているので、ムートンが一位となりました。I氏はご満悦です。

さて、評価が終わって、I氏が帰った後、T氏とK氏が飲みながら「意外な結果やったなあ。」と話していました。「どうも釈然としないなあ。これでいくと、オーブリオンは、ムートンより悪いのかなあ。」「ちょっと!I氏はムートンと騒いでいたけど、私はオーブリオンの方が良かったぞ。」「え!私もムートンよりオーブリオンを評価していたんだけど!」「インチキ哲学者I氏に騙されたんか!?」

三人の評価をよく見てみると、実は、ムートン>ラトゥール>オーブリオン>ムートン・・・と循環しています。(それぞれ、戦わせてみてください。)ということは、基本的には、どれが一位になるかは、決定できません。しかし、上の例のように、まず特定の選択肢の間で「予選」をやって、その勝者を残った選択肢と戦わせるという手順を踏むと、自分の選択肢を一位にもっていくよう、「恣意的に」決定できます。つまり、選択肢のうちのどれを先に競い合わせるかで、順位が変わるように「仕掛ける」ことができるのです。これを「経路依存性」といいます。

これは、「コンドルセのパラドックス」として知られているものです。コンドルセ(Marqui de Condorcet, 1743-94)という人は、数学や社会科学の研究をし、フランス革命期には、教育計画を提案するなどの活躍をしましたが、革命を主導したジャコバン派に反対したため、逮捕され獄中死しました。革命後の近代社会が、多数決という方法を、社会的合意の一つの方法として採用する以前に、その問題点をあぶり出しています。

コンドルセが、どういうワインを飲んでいたかは、わかりませんが、この時代、パリ近郊の葡萄畑は衰退し、またパリで消費されるために粗悪なワインが乱造されます。そのなかで、「ブルゴーニュの一級には及びませんが、混ぜ合わせなどせず、自然が作りだしたままのワイン」(最近、どこかでよく言われていますねえ!)として、ボジョレーが脚光を浴び始めます。(ロジェ・ディオン『フランワイン文化史』)

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