連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.17 2019_03_08

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「ハ」で始まる語の後編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■は■ *前回のつづき

蜂(はち)
ソムリエ・ナイフの最高峰、シャトー・ラギオールの親指が当たる部分にあるシンボル・マーク。太っているので、蝉と信じている人が多い。ラギオールのライバル、ライヨール社のソムリエ・ナイフのシンボルも蜂で、ナイフ全体が蜂を模しているらしい。蜂が人気なのは、ナポレオンの家紋が蜂で、マントの裏地にびっしり刺繍してあるところからきているとのこと。フランスでは、スタイル抜群の女性を蜂に例える。【関連語:シャトー・ラギオール、ライヨール・ソムリエ・ナイフ】

初入賞(はつにゅうしょう)
1988年、新高輪プリンスホテルのシェフ・ソムリエ、故小飼三雄(後に改名して小飼一至)がパリで開催された「第2回フランスワイン・ソムリエコンクール」で三位入賞の快挙と遂げた。これが、日本人の国際コンクール初入賞。日本中のソムリエは大喜び。7年後の「田崎真也ソムリエ世界一」へのレールを敷いた。豪雨と雷鳴のコンクール最終日、最終課題のデギュスタシオン(試飲)で「カルヴァドス」を的中させたのは今でも語り種。

花ぶるい(はなぶるい:coulure)
天候不順などにより、ブドウの花が落ちてしまうこと。収穫量が激減するけれど、1961年のボルドーみたいに、そのおかげで凝縮度の高いブドウができ、世紀のビンテージになることもあるので、話は単純じゃない。不景気のときほど、良い人材を採用できるようなもの?

パナマックス型(パナマックスがた)
ワイン輸送での超専門用語。パナマ運河を通過できる船をこう呼ぶ。具体的には、パナマ運河の幅は25メートルなので、これより狭い船のこと。世界一周用の超豪華客船、クイーン・エリザベスⅡ号は船幅が24メートル。パナマ運河を渡るときは、両側に50センチしか隙間が空かないらしい。(関連項目:アンダー・デッキ、FCL、LCL)

バニュルス (Banyuls)
スペインの国境のすぐそばにあるフランスの村。アルコール添加の甘口ワイン、ヴァン・ドゥー・ナチュラルの赤で有名。中でも、名手、マス・ブランが作る「オール・ダージュ」がピカイチ。シェリーの製法、ソレラ・システムで作る稀少物で、熟成させたポートの雰囲気味があるのに、軽いのがエラい。プロ度最高なので、食後、グラスでオーダーするとカッコイイ。(関連項目:ヴァン・ドゥー・ナチュラル、ソレラ・システム)

はね酒(はねざけ)
日本酒用語。ボトルの首の部分の酒。「美味くない」と最初の部分を飲むのを嫌がる人が多い。比重が軽く、アルコール度数が高いのが理由らしい。最初の酒は料理に使うという人もいるから、かなり根強い信仰。日本酒も飲むワイン通の中には、「口開けはイヤ。真ん中をちょうだい」と言う人が多い。

バラの花(バラのはな)
フランスの葡萄畑で、葡萄樹の最前列に植える花。ミツバチが寄ってくるので受粉がうまく行くことや、害虫を引き寄せ、葡萄樹へ行かないようにするためとか、バラと葡萄は同じ病気になるが、バラの方が病気に弱く3、4日早くかかるため、先に手を打てるというのが理由とされている。なかなかそれらしく聞こえるけれど、見た目にキレいというのが本当のところらしい。【関連語:食物連鎖】

バルテュス(Balthus)
1908年~2001年。フランス人画家で、シュールレアリズムの大家。1993年のムートンの絵を描き、「少女ポルノ」事件が起きた。誕生日が2月29日なので、4年に1回しか年をとらない。本名はバルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ伯爵。勘の良い人なら気付くように、「バルタザール」は、12,000cc(16本分)の大型ワイン・ボトルと同じ名前。名前からしてワインとは縁が深かった。写真を撮られることと人間が大嫌いだが、大の親日家で、奥さんは1991年のムートンを担当した出田節子。「バルザックみたいに男臭い顔をしている」と勝新太郎の大ファンで、スイスのホテルを改造した自宅では、勝新太郎が訪れ三味線を弾いたそう(youtubeで検索すると、勝新の動画が出てきてビックリする)。【関連語:バルテュス少女ポルノ事件、節子、大型フォーマット】

バルテュス少女ポルノ事件(バルテュスしょうじょポルノじけん)
ムートン1993年用にバルテュスが描いた少女のクロッキー画がアメリカで少女ポルノに認定されて輸入禁止になり、アメリカ用に白地ラベルを作った事件。アメリカでは16才未満はポルノ映画に使えないので、映画には必ず、「出演者は16才以上」のクレジットが入る(らしい)。諸外国、特に、フランスから、「やはりアメリカ人は芸術音痴」と馬鹿にされたため、現在は見て見ぬ振り状態。【関連語:ムートン・ロートシルト、バルテュス】

◎パルメ、シャトー(Chateau Palmer)
メドック3級格付けのシャトー。実質的にはシャトー・マルゴーに次ぐマルゴー村のナンバー2としてプロの人気が高い。黒いラベルが超ユニークで、ラベルのカッコ良さではボルドーで一番 (二番がラトゥール)。黒を使って成功したのは、パルメとイギリスのタバコ、ジョン・プレイヤー・スペシャル、サッポロ黒ラベルくらい。人気の何分の一かはラベルのデザインと名前の短さのおかげでは? 【関連語:シャトー・マルゴー、シャトー・マレスコ・サンテグジュペリ】

☆パリ・テイスティング事件(パリテイスティング事件)
1976年、アメリカ建国200年を記念してパリで開催されたワインの歴史的試飲会。アカデミー・デュ・ヴァンの名誉校長、スティーヴン・スパリュアが企画・主催した。無名のカリフォルニア・ワインと、銀河系で最も威張っていたフランスの銘醸物が対決し、それまで馬鹿にされていたアメリカ物が赤白の両方で勝利をおさめ、世界の話題になる。建国100周年に自由の女神像を贈ったフランスは200周年でも気前が良かった。【関連語:アカデミー・デュ・ヴァン、スティーヴン・スパリエ、ニューヨーク・テイスティング事件】

パスティス (pastis)
重いはずのバローロを10年ほど寝かせると、ブルゴーニュの銘醸物ソックリになるものがある。ガイヤやヴィエッティの古いバローロをブルゴーニュ好きの二人にブラインドで出すと、「チョコレート・ムースを噛るような甘味と皮の官能的な香りがスゴい。コルトンの可能性もあるが、ヴォーヌ・ロマネ村だ。グロかアンリ・ジャイエだな」というところまで話が一致し、ブドウを踏んだ女性が右利きか左利きかが争点になってしまうほど。
(関連項目:バローロの古酒)

般若湯(はんにゃとう)
酒の別名。「葷酒山門を入るを許さず」と生臭い野菜と酒を禁じた昔の日本の坊さんが、酒をこう呼んで飲んでいた。フランスやドイツでは、坊さんがスゴいワインやシャンパーニュやビールを作る。酒に関し、日本とヨーロッパの坊主の差は実に大きい。【関連語:師】

万能コメント(ばんのうコメント)
あらゆるワインに使える試飲コメント。例えば、ブラインド・テイスティングのセミナーで、完全に目隠しして赤ワインを飲み、以下のコメントすること。「そうですね、この赤ワインを飲みますと、普通は、カベルネ・ソービニヨンやメルローのようなボルドー系を思い浮かべるところでしょうが、このスパイシーさやボディの大きさは、ローヌ・スタイルのニュアンスがありますね。いや、キレいな酸味と甘味は、カリフォルニアのピノ・ノワールや、ブルゴーニュの特級畑の可能性も否定できないでしょう、さらに、……」【関連語:ブラインド・テイスティング】