連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.16 2019_02_08

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「ハ」で始まる語の前編をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■は■

ハーヴェスト・マシン (Harvest Machine)
1980年代から実用化が始まった自動ブドウ収穫装置。ブドウ樹をまたぐように設計した脚の長いトラクター。大きなコイルが向かい合って配置してあり、これが上下に振動してブドウの粒を果梗からちぎり落す(昔は、ビニール棒でブドウ樹をビシバシと叩き、落ちる実を掃除機状のダクトで吸い込んでいた)。意外にブドウの実には傷がつかず、キレイ。コスト低減に有効なので、手摘みしか許されていないボージョレでは、使いたくてたまらないはず。

パーカー、ロバート(Robert Parker)
①1947年~。昔は弁護士だったが、今は皇帝に昇格してワイン界に君臨する評論家。個人の好き嫌いが、遂には世界のワインの価格を決めるようになった。味や香りのハッキリした「関東風」ワインを好み、関西風の「微妙な薄味」には、お点が辛いよう。【反対語:ヒュー・ジョンソン、関連語:ワイン・アドヴォケイト】②1932年~2010年。ワインの世界的評論家と同姓同名の世界的ミステリー作家。私立探偵、スペンサーを主人公にしたシリーズがヒットし、日本でも村上春樹をはじめ、ファンが多い。ミステリー好きのワイン愛好家は、当初、「パーカーって、ミステリーも書いて、世界のワイン価格を決めるほどの評論も書いているのかぁ……」とビックリした。パーカーは、マサチューセッツ州ケンブリッジで、離婚した奥さんの隣の家に住んでいた。スペンサーが愛飲したのが、ボストンの地ビール、サミュエル・アダムス。【関連語:サミュエル・アダムス】

ハートのシャンパーニュ
CIVC(シャンパーニュ委員会)がシャンパーニュを4つのタイプに分類したうちの一つ。若くて軽やかなのに、コクのあるシャンパーニュ。ジャズ・ピアニスト、山中千尋やアルトサックス奏者の纐纈歩美のように、若手ながら既に大家の雰囲気が漂っているようなタイプ。ロゼ・シャンパーニュでよく見かける。スパイスと下心が良く似合う大人のシャンパーニュ。モエ社のブリュット・ロゼ、ポメリー社のブリュット・ロゼなど。(関連項目:魂のシャンパーニュ、ボディのシャンパーニュ、エスプリのシャンパーニュ)

バーボン(bourbon)
トウモロコシを原料に、アメリカのケンタッキーで作る蒸留酒。良いバーボンは、3杯目にチョコレートの味がするらしい。「ベルモット(vermouth)」「鯨(whale)」、「リス(squirrel)」と並んで、「発音が難しい英単語の四銃士」で、アメリカのバーで一発で通じればTOEICで950点の英語名人に認定。【関連語:TOEIC、ベルモット、ワイン】

☆パヴィヨン・ブラン・ド・シャトー・マルゴー(Pavillon Blanc du Cha*teau Margaux)
シャトー・マルゴーが余技で作った(みたいな雰囲気の)白ワイン。文豪が趣味で絵を描き二科展で入賞するようなもの。希少価値、話題性は抜群。世界最高の赤ワインの産地、メドックは、白ワインには冷たく、パヴィヨン・ブランは、等級的には「ACボルドー」という1本1,280円のグループなのに、4万円以上で流通していて、それなら、有名生産者がムルソーやピュリニーで作る1級が買える。【関連語:シャトー・マルゴー】

☆パヴィヨン・ルージュ・ド・シャトー・マルゴー (Pavillon Rouge du Chateau Margaux)
シャトー・マルゴーのセカンド・ラベルだった。「パヴィヨン・ルージュ」と略すのが一般的だった。値段はシャトー・マルゴーの四~五分の一なのに、ラベルの雰囲気がソックリなのが値打ちだった。親に似ないセカンド・ラベルが多い中、プロの評判は良かった。 「だった」「良かった」と全て過去形で書いたのは、今では、20年前のシャトー・マルゴーと同じ値段に急上昇し、セカンド・ラベルの意味がなくなったため。私の年収は20年前より減っているというのに……。(関連項目:シャトー・マルゴー、忍法「変わり身の術」)

博士家(はかせけ)
ドイツ・ワインの生産者名によく見かける不思議な肩書き。「ターニッシュ博士家」「ツェンツェン博士家」が有名。この他にも、「伯爵家」「男爵家」「枢密官家」みたいな立派な名称の生産者が多い。ヨーロッパでは貴族制度が廃止されても名残りがあるが、日本みたいに完全に消滅したのは珍しいパターン。【関連語:ド】

白水社(はくすいしゃ)
神保町にあるオシャレな老舗出版社。フランス語の辞書や書籍で超有名。ワイン関係の本も多い。会社の傾向として、辞書のように全てを含んだ書籍が大好き。世界的なワイン評論家、ジャスパー・モリス著で、私も翻訳に関わった『ブルゴーニュ大全』も白水社が刊行。アカデミー・デュ・ヴァンでも2012年から絶賛発売中。

白熱灯(はくねつとう)
ワイン・セラーで使ってよい唯一の照明。点光源なので、着色ボトルでも光が透過するので澱をチェックできるのが人気の秘密。ただし、発熱するので、長い時間点灯させないよう気をつかうらしい。一方、蛍光燈は熱も出さず経済的だけど、光りが弱い上に紫外線を発生させるので「ワインの敵」とのイメージがあり、ワイン通は無条件に嫌うよう。

パスチャライゼーション(pasteurization)
ワインや牛乳の腐敗を防ぐため、摂氏100度以下の低温で殺菌すること(100度以上の高温殺菌に対する言葉)。1866年にこれを発見したルイ・パスツールの名前を取って、こう呼ぶ。低温殺菌法によって、アルコールを飛ばしたり風味を損ねることなくワインを保存できるようになり、パスツールはフランスのワイン業界の大功労者になる。ただし、低温殺菌は、微生物の完全死滅ではなく、害のない範囲に抑えることなので、腐敗は起きる。パスツールの発見は、坂本竜馬が近江屋で暗殺される前年だが、日本酒では、同じ方法を「火入れ」と呼び、織田信長が今川義元を攻め落としたころからやっていたそう。【関連語:ルイ・パスツール、火入れ】

パスツール、ルイ(Louis Pasteur)
1822年~1895年。フランスの細菌学者、化学者。狂犬病防止、ワクチンによる予防接種だけでなく、ワイン、ビール、牛乳の腐敗を防ぐ低温殺菌法を発見した「微生物の魔術師」であり、「ワインの救世主」。1870年にルイ・パスツール大学が設立され、そこで化学を教える(同大学の関係者にはレントゲンをはじめ17人ものノーベル賞受賞者がいた。同大学は2008年にストラスブール大学に吸収される)。1887年に、超名門、パスツール研究所が設立され、初代所長になる(当たり前?)。同時代の同じ業界の有名人でありコレラ菌、炭疽菌、結核菌を発見したドイツのロベルト・コッホに強烈なライバル心を持っていたらしい。【関連語:パストゥライゼーション】

パスティス (pastis)
元は「ソックリさん」の意味。神経系を冒すことから製造中止になったアブサンにソックリのリキュールの総称。リカール、ペルノー、サンブーカがこれで、水を入れると白く濁るのが特徴。アニス(八角)の香りが強烈なため、中華街の真ん中で酒を飲んでいる気がするせいか、日本では全く人気がない。おそらく、日本で入手できる酒の中で最も不味い。ショット・バーで飲んで、あまりの不味さに衝撃を受け、「体調が悪かったから不味く感じたのか?」「生産者が違うと美味いのかも」と毎回オーダーしているうちに不味さに慣れてしまった。今では、「不味さを愛でる」という変態的な飲み方をしている。ちなみに、水を入れて濁ったパスティスにウォッカやジンのようにアルコール度の高い酒を注ぐと、濁りがなくなって透明になる。化学の実験みたいで面白いが、ウォッカ割りのパスティスは、本当に不味いので要注意。(関連項目:アブサン)

バゼリッツ、ゲオルグ (Georg Basilitz)
1989年のムートン・ラベルを描いた旧東ドイツ生まれのシュールレアリスト。トレード・マークは、「逆立ちバゼリッツ」の異名通り、何でも上下さかさまに描くこと。したがって、ムートン・ラベルの羊もさかさま。画の題と中身を切り離す手段らしいが、かなりのヒネクレ者。初めから逆に描くのか、後でひっくり返すのか不明。絵の下の手書き文字 "Dru:ben sein jetzt hier" は不完全なドイツ語文。あえて訳せば「今、ここに反対側に存在する」という意味らしい。

恥(はじ)
ソムリエの大原則が「客に恥をかかせないこと」。例えば、客から、「シャブリの赤をください」と言われ、「おぉ、お客様は通でいらっしゃいますね。イランシーのことですね。稀少ワインですので、当店にはございません。白でいかがでしょうか?」と切り返すこと。とっさにこれをするのは、非常に高度な技術。

バタール・モンラッシェ(Batard Montrachet)
ブルゴーニュが世界に誇る特級白ワイン。略称バタール。モンラッシェ同様、畑はシャサーニュ村とピュリニー村に跨る。5つのモンラッシェ系の特級畑の中で、圧倒的な王者がモンラッシェ。モンラッシェの東(斜面の下側)にあるバタールと、西(坂の上部)のシュヴァリエが2番手を争う。この位置のため、バタールは濃厚、シュヴァリエはエレガントとのイメージがある。それ以外に、シュヴァリエ(騎士)とバタール(婚外子)の字面からくる違いが意外に大きく、シュヴァリエが少し優位か? 英語では、バタールは「bastard」で、喧嘩で最も汚い(=最も良く使う)罵り文句が「mother fucking bastard(日本語訳はR40指定の罵倒語)」。「バタール」は、非常に強烈な言葉だけれど、ボルドーの女性でこの姓のワイン関係者に会ったことがあり、意外にフツーかなと思う(その女性と2回目に会った時、私「(顔ではなく、名刺を見て)去年、お会いしましたね」女性「よく覚えていますね」私「(うっかり)お名前が特徴的だったので(と言い、しまったと大後悔……)」女性「苦笑」)。日本人の名前なら、前田敦子がドロドロの恋愛劇を展開した2016年のTBSの深夜ドラマ『毒島ゆり子のせきらら日記』の毒島(ぶすじま)に相当か? ちなみにブスは、毒草、トリカブトの根で、戦国時代、鏃(矢の先)に塗った。この毒草を管理した武士がこの姓の由来らしい。【関連語:シュヴァリエ・モンラッシェ、モンラッシェ、ビアンヴニュー・バタール・モンラッシェ、モンラッシェ】