連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.06 2017_12_08

〜さすらいの天ぷら職人〜

この1,2年、天ぷらがブームだ。
もともと天ぷらはわたしの大好物で、家でもやるし、外で食べる機会もそれなりに作っている。
そして3年ほど前、天ぷらを立て続けで食べる機会があった。

それなりのクラスの店は、カウンターだけの小さな店が多い。
明日行ってみよう、と思って予約の電話をすると、意外にも、片っ端から満席で断られたりして、行きたい店に思うようにいかれない。ちょっと天ぷら店を甘く見ていたなと痛感させられた。

いろいろ回ってみると、天ぷらは明らかに進化していた。
例えば八丁堀の「てんぷら小野」では、ジャガイモの天ぷらを、卵の黄身を天つゆがわりに、トリュフ塩をかける、なんていう一皿があって仰天。

いわゆる「江戸前」を踏襲する店が多いが、なるほど「揚げる」ことを軸に広げれば、いくらでも天ぷらの可能性というのはあるんだと、これまた痛感させられた。
ご主人は脱サラでてんぷらを始めたそうで、そんなバックボーンも自由な発想を生んでいるのかもしれない。
ちなみに、わたしが訪れたときは、ケンゾーエステイトやオーボンクリマのほか数種類しかワインがなかったけれど、最近、外国人のソムリエが入ったと聞いた。きっとワインも充実したことだろう。

野菜の天ぷらが特に美味しい、青山の「天ぷら元吉」は、夜遅くまでやっていることに驚かされた。早い時間に予約が取れなくて21時ごろからのスタートにしたら、カウンターで30代の男女4人が、「天ぷら合コン」していて、なんだかすごく楽しそうだった。ちょっとあいまいな記憶なのだが、ドラゴンフルーツだったか、ドラゴンフルーツの花だったか、なんだか変わったものを揚げてくれ、へええと驚いた記憶がある。

何が何でもワイン、という人には、築地の「清壽」が一押し。
そんなに新しい店ではないが、今どきかえって新鮮な、フランスワインだけのとてもいいリストがある。もちろん中心はブルゴーニュだ。
てんぷらはあくまで王道の江戸前で、「ワインに媚びません」とご主人はキッパリ。
その分、客の方で自由に楽しめる。

海老やフキノトウなどの山菜にシャンパーニュは王道だが、個人的には、天つゆで食べるもの、食べるときにはブルゴーニュの赤が俄然合うと思っている。
シャンパーニュ、白、赤と、3つグラスを並べて食べたいのがわたしの本音だ。これにはこれ、あれにはあれ……、なかなかそんなことに付き合ってくれる人はいないのだけれど。

さて、てんぷら店はその後、つまりこの1,2年でいくつもオープンした。
昨年オープンした人形町の「蕎ノ字」は、「天丼は確かに美味しいけど、天ぷらの締めが蕎麦だったらもっと軽く(罪悪感なく)食事を終わらせられるのに」と思っていた私の心をつかんだ。本格的な蕎麦で、コースを〆られる。

他にも、「てんぷらが美味しい」と言われていたホテル、リッツ・カールトンの職人が独立したり、「肉山」のご主人がプロデュースした天ぷら店ができたりと、話題に事欠かない。

さて、てんぷら店ではないが、昨年オープンした「荏原」という和食店が、等々力の住宅地にある。
訪れるときは二子玉川からタクシーに乗ってしまうような、ちょっと不便でわかりにくい場所だ。
とにかく魚が抜群に美味しい店なのだが、初めて訪れたとき、後半に、天ぷらが出た。

それまで、厨房にいるものの、ご主人を手伝うわけでもなく突っ立っていた年配の職人が、ここぞとばかりてんぷらを揚げ始めたのだ。
どことなく線の細い天ぷらで、どこかで食べた時の印象と酷似しているような……。

その時はそれで終わったのだが、最近、また「荏原」を訪れる機会があり、ご主人に、気になっていた、あのご年配の天ぷら職人について聞いてみた。

店には来る日と来ない日があるそうで、いつもいるわけではないということ。
日本橋の方で店をやっていたが、ビルの建て替えで店を閉め、今はさすらいの天ぷら職人だということ。

へえ、と思いつつ、日本橋の店と聞いて、思い当たる節が。
あの線の細さといい、もしや!
記憶によみがえったのは、「神尾」という、風変わりな、そしてあまり知られていない店だった。
小さな店内で、落語の会など開いていた年配のご主人は、確か昔、今はなき赤坂の「楽亭」で、長く働いていたはずだ。

「もしや、その方、落語好きですか?」
「そうそう。日本橋の店では、落語会なんかやっていましたね」
「やっぱり!」

荏原のご主人に確認の結果、はやり、さすらいの天ぷら職人の正体は、「神尾」のご主人だったことが判明。
名職人だった楽亭のご主人は、残念なことに亡くなってしまったのだが、その流れをくむ人が、ここに現れるとは。

魚に天ぷら、たらふく食べられる「荏原」は隠れ家度も高く、お値段も抑えめ。
ワインの充実はないけれど、訪れたら、必ずや誰かに話したくなるような店です。まだ食べログにも誰も書いていませんね(12月2日現在)。

■てんぷら小野
http://tempura-ono.com/

■てんぷら元吉
http://www.motoyoshi-1120.com/

■清壽
https://tabelog.com/tokyo/A1313/A131301/13058904/

■蕎ノ字
http://oedosonoji.eshizuoka.jp/

■荏原
https://www.facebook.com/todoroki.ehara/

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