連載コラム

浅妻千映子の最新レストラン事情 Vol.13 2018_10_12

〜ヘルシー化とボーダレス化はどこまでも〜

高級フレンチの「ロオジエ」を持つ資生堂は、高級イタリアンも持っている。
資生堂パーラーと同じビルに入る「ファロ」だ。
少しお休みしていたが、この10月にリニューアルオープン。オープン前にお披露目も行われた。

品のいいブルーを使った店内は、カーテン、クロス、カトラリー、お皿……、さすがは資生堂とため息が出るほど、隅々まで行き届いている。
シェフは、なんと約20年イタリアにいた方で、
「料理より、いま一番がんばらなきゃならいのは日本語」
なんて冗談で言う。
料理は10数品から成るおまかせコース一本だ。

お披露目の日のコースには、ジャガイモをスパゲティに見立てた一皿が出た。何かのコンクールで優勝した一品だそう。フォークでくるくる細長いジャガイモを巻き、口に入れると発酵バターの甘い香りが。豊潤で、難しいことなく美味しい一皿だ。

ただ、この一皿は今後コースに組み込む予定はないそうで、では今後どんなパスタが出るのかという質問が出たとき、シェフがこう答えたのだ。

「まだわかりません。パスタ自体を組み込むかもわかりません」

なんと。おまかせコースのみのリストランテでパスタが出ないとは! しかもイタリアにこの間まで長くいたシェフがそう言うのだから、驚きである。
これまで、パスタがあるかないかという点が、決定的にイタリアンを位置付けていたはずだ。しかしそれも、絶対ではなくなったのである。

聞けば、どうしてもおなかにたまる炭水化物を、極力減らしたいという気持ちがあるそうだ。
ただ、コースには一口サイズのお寿司が入っていた。そこを誰かがちょっと突っ込んだら、これは八寸の中の一品で、シェフの炭水化物の感覚としてまた違うものらしいことが分かった。リゾットならさておき、油脂とも合わせない一口のご飯は、おなかにたまる炭水化物よりむしろヘルシーなイメージなのだろう。

それはさておき、八寸という発想は、完全にイタリアンの領域を出ている。「和」である。

日本ならではの季節の移ろいの中、日本ならではの食材を使い、日本人の感性で作ることが主流となった今、イタリアンもフレンチも、非常に和の要素が強くなっているのはご存知の通りだ。

恵比寿に、フランスで大注目の「Sola」というレストランで働いていた女性が、「Umi」という店を今年出した。ここでは、コースの最初に白粥と汁と香の物が出てくる。締めはなんと、うどんだった。

もちろん、間には、シンプルに焼いた魚や肉などが出て、体への優しさは感じるが、特別和食を感じることはない。
わたしの知り合いがこの店で、食後に、「何料理ですか」と聞いたそうだ。
「フレンチです」とシェフはやや気色ばんで答えたそうである。

Umiもそうだが、このところ、お箸が出て来て、それをお土産にくれるというフレンチが増え、うちにはレストランからもらった箸が増えてきた。

そういえば、コースの中にサバの棒鮨が出てきたフレンチもあった。確か、故郷への思いをこめた一品だったと記憶している。
しかもこの時のアミューズは、パテドカンパーニュのサンドイッチだった。今まで何とも思わなかったが、思い返すと、ちょっと笑えてしまうような面白い構成だ。

だが、意外とすんなり食べ、違和感もなかったのは、子どものころからの家庭料理が、ご飯を横に和洋折衷のおかずを食べるいわゆる日本的なスタイルだからなのだろうか。そこのところはよくわからないのだが、食べ手は案外、むしろ作り手が思うより、許容範囲が広いのではと思ったりする。頭で食べ始めるとまた違うのかもしれないけれど、そういう人も減っている気がする。それに、頭で食べなきゃ美味しいかどうかわからない料理も減っている。ではつまり、美味しければいい、ということか。いや、これもまたちょっと、語弊のある表現ですね……。

10月に入って、「おせちの注文開始」というレストランもちらほら。
フレンチやイタリアンのレストランが作るおせちが珍しかった頃は、もう遠い昔だ。まあこれはスタイルのみ「和」で、内容はむしろしっかり「洋」であるが。

■ファロ資生堂
https://faro.shiseido.co.jp

■レストランUmi
https://restaurant-umi.jp