ポイヤック ~ ボルドー3つの1級シャトーを擁するメドックの頂

フランス二大銘醸地のひとつ、ボルドー地方。傑出したワインを産するいくつかのエリアに分かれますが、心臓部がどこかといえば、やはりジロンド川左岸にあるメドック周辺でしょう。カベルネ・ソーヴィニョンを主体とした、強健で長熟な赤ワインの数々は、「1855年の格付け」によって神格化された存在になっています。メドック周辺に6つある村名AOC(統制原産地呼称)は、それぞれ輝く個性を有していますが、中でも圧倒的な存在感を示しているのがAOCポイヤック(Pauillac)です。

ジュヴレ・シャンベルタン、シャンボール・ミュジニといった村の名前が有名で、村単位で個性が語られる機会の多いブルゴーニュと比べて、メドックの村々は、名前そのものがあまり知られていません。ラベルに大きく書かれるのはシャトー名(生産者名)で、AOC名は添え物程度に小さく置かれているだけ。しかし、村の単位でテロワールが異なるのは、ボルドーも変わりません。本記事では、なぜポイヤックをメドックの頂点と呼べるのかについて、解説していきます。

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【目次】
1. 概要:ポイヤック村とは
2. ポイヤックのテロワールとワイン造り
3. ポイヤックの格付シャトー紹介
4. ポイヤックのまとめ


1. ポイヤック村とは ー概要

メドック周辺は、縦(南北方向)ふたつに分けられ、北半分がAOCメドック Médoc、南半分がAOCオー・メドック Haut-Médocという地区名AOCになります。AOCオー・メドックの中には、格上の村名AOCが6つあり、 サン・テステフ Saint-Estèphe、ポイヤック Pauillac、サン・ジュリアン Saint-Julien、マルゴー Margaux、ムーリ Moulis、リストラック Listracという顔ぶれです。ポイヤックが位置するのは、北からふたつめで、ずっと南にある中心都市ボルドーからは約50キロの距離になります。北側で境を接しているのがサン・テステフ、南側がサン・ジュリアンという位置関係です。なお、AOCポイヤックの境界線は、自治体であるポイヤック村を少しはみだしていて、周囲の自治体(シサック・メドック、サン・テステフ、サン・ジュリアン・ベイシェヴェル、サン・サヴール)の土地もわずかに含みます。これは、ポイヤック村内にあるいくつかのワイナリーの所有畑が、村境をまたいでいるせいです。

メドック周辺全体に言えますが、16~17世紀にかけての干拓事業のあとで人が住むようになった土地で、以前は湿原でした。現在の村の面積は約23平方キロメートル、人口は約5000人という小さな自治体で、土地の約半分を占めるのがブドウ畑です(約1200ヘクタール)。「シャトー街道」の異名をとる県道D2号線が、ジロンド川に面した村内東側の集落を貫くように、南北に走っています。

シャトー街道(県道D2号線)が南からポイヤック村に入るところ。左側に見えるのがシャトー・ピション・バロンで、右側がシャトー・ピション・ラランド

シャトー街道(県道D2号線)が南からポイヤック村に入るところ。左側に見えるのがシャトー・ピション・バロンで、右側がシャトー・ピション・ラランド

村全体のワイン年産量は約720万本で、ワイナリーは54あります。54軒のうち21は協同組合で、33が独立したシャトー、1855年の格付けに含められているのが18です。格付けシャトーはどこも、広いブドウ畑を所有しているのが特徴で、全ブドウ畑の9割が格付けシャトーの所有地になります。

なお、ジロンド川と接する場所は港になっていて、石油ターミナルがあったり、エアバス社の飛行機の部品が運ばれ荷揚げされていたりと、ワイン以外の産業もある村です。かつては、メドック周辺産のワインを、国内外に出荷する港としておおいに栄えていました。アメリカ独立戦争を助けた18世紀末の軍人、ラファイエット将軍はが、ポイヤック港からアメリカへと旅立ったのも、重要な史実です。

ジロンド川に面するポイヤック港の桟橋

ジロンド川に面するポイヤック港の桟橋

フランス人が、ポイヤックの名前を聞いて連想する産物は、ワインのほかにもうひとつあります。それは子羊です。「アニョー・ド・ポイヤック」(ポイヤック産子羊)は、2003年以来、EUによって保護されている地理的表示認証で、60日のあいだ母乳だけで飼育する必要があります。柔らかい肉質で、脂が多く、濃厚な味わいです。この子羊は、もともとポイヤックのブドウ畑で放牧されていて、村の名産品でした。今では、その名前が残るのみで、ポイヤック村内で羊の畜産は行なわれなくなっています。地理的表示認証「アニョー・ド・ポイヤック」は、ボルドー地方がすっぽり収まるジロンド県全体で生産可能です。メドック産の赤ワインの相性料理といえば、子羊のローストがいの一番に来る定番ですが、これはもともと、地方料理とのマリアージュでした。

アニョー・ド・ポイヤックのロゴ

アニョー・ド・ポイヤックのロゴ

2. ポイヤックのテロワールとワイン造り

ポイヤックは相対的に、霜の被害に遭いにくいアペラシオンです。ジロンド川に近接しているため、春の遅霜のリスクが比較的小さくなります(大きな水の塊が近くにあると、気温の極端な変動が和らげられるため)。この恩恵を最も被っているのが、ジロンド川のすぐそばに畑がある1級シャトーのラトゥールです。1991年のように、激烈な霜害に見舞われた年も、ラトゥールはそれなりに真っ当なワインを造れました。

土壌は、他のメドックの村名AOCと同様に砂利質ですが、粘土の含有量が比較的多いです。また、域内には砂質土壌、石灰岩質土壌の場所も点在しています。村の北側と南側になだらかな丘があり、ふたつを分かつのが間を流れるガエ水路です。格付けシャトーが集中するのは北側の丘で、一番高い位置にあるのが隣り合うふたつの1級シャトー、ラフィットとムートンです。一方、南側の丘の端にあって、ジロンド川に非常に近いのが、もうひとつの1級シャトーであるラトゥールになります。

シャトー・ラトゥールのブドウ畑とシンボル的な塔。奥に見えるのはジロンド川

シャトー・ラトゥールのブドウ畑とシンボル的な塔。奥に見えるのはジロンド川

AOCポイヤックは1936年に認定されており、フランスに約500あるAOCの中で、最も古い呼称のひとつです。生産可能なワインの色は赤のみ。AOC法で定められたブドウ植樹間隔の下限は、1ヘクタールあたり7000本ですが、ほぼすべてのシャトーが10,000本の密度で植えています。収量上限の基準値は、1ヘクタールあたり57ヘクトリットルで、最低アルコール度数は11%です。ワインの最低熟成期間は6ヶ月で、収穫翌年の9月になるまでは市場に出せません。

村全体でのブドウ品種の比率は、62%がカベルネ・ソーヴィニョン、32%がメルロ、4%がカベルネ・フラン、2%がプティ・ヴェルド、ごくわずかな量のカルメネールになります(2014年時点の数値)。

ほんの20年ほど前までは、「ボルドー地方は海が近くて湿度が高いので、有機栽培は不可能」と言われていました。しかしながら、近年の持続可能性追求の盛り上がりの中で、挑戦するシャトーが次々と現れています。ポイヤックのシャトーでも、ラトゥール、ポンテ・カネ、オー・バージュ・リベラルらが、有機栽培の認証を得得ています(ポンテ・カネとオー・バージュ・リベラルは、ビオディナミ栽培の認証も取得)。このほかにも、有機栽培への転換中のシャトーが複数あります。

ポイヤックの格付けシャトーにおいては、ブドウ樹の密な植え付けが凝縮感を生み、発酵中の長いマセレーションも強い抽出につながります。強烈な酒質とタンニンを手懐けるため、樽熟成期間は長めです。その結果として、色が濃く、力強く、堂々とした威厳と格調高さを持つワインが生まれます。堅牢なスタイルで、スケールが大きく、メドック周辺の村名AOCの中では、最も寿命が長いという評価です。それでも、ただ強いだけのワインではなく、なめらかさも兼ね備えているのが「らしさ」だと言われます。

なお、ポイヤックの格付けシャトーの中には、辛口白ワインを生産しているところが複数あります(ムートン・ロッチルド、ランシュ・バージュなど)。これらは、法定生産可能色の関係からAOCポイヤックは名乗れず、AOCボルドー・ブランとして販売されてきました。格付けシャトーの白ですから、値段は当然ながら高額なのに、アペラシオンとしては一番格下で、なんとなく不自然だったのです。しかしながら、近年の法改正によって、2025年ヴィンテージのワインからAOCメドック・ブランを名乗れるようになりました(従来のAOCメドックは、赤のみ生産可能なアペラシオンだったので、白が追加された格好です)。

3. ポイヤックの格付シャトー紹介

1855年に行なわれたボルドー地方産赤ワインの格付けにおいては、ジロンド川左岸のメドック周辺から、60のシャトーが選ばれました(メドック周辺以外からは、グラーヴ周辺のシャトー・オー・ブリオンのみが選出)。60のシャトーは、サン・テステフ、ポイヤック、サン・ジュリアン、マルゴーの各AOCに分散しており、うち18シャトーがポイヤックにあります。最多はマルゴーの21シャトーですが、マルゴーAOCは自治体としてのマルゴー村以外に、周辺の4つの村(カントナック、アルサックなど)をまとめたかなり広いAOCなので、格付けシャトーの密集度合いではポイヤックが勝ります。

ポイヤックの18シャトーの内訳は、1級シャトーが3軒、2級シャトーが2軒、3級シャトーはなし、4級シャトーは1軒、5級シャトーが12軒です。メドック周辺に全部で4つある1級シャトーのうち、3つがポイヤックにあるのが目を引きますが、2級から4級はとても数が少なく、5級がやたらと多いというややいびつな構成になっています。とはいえ、この格付けが行なわれたのは170年も前で、後述するムートンの昇格以外、見直しが一切行なわれていません。ポイヤックの5級シャトーには、今日の価格評価でもっと高い評価を得ている蔵が多くあります。もし今、格付けの見直しが行なわれたならば、ポイヤックの格付けシャトーは1級から5級まで、バランスよく分布しそうです。

メドックのイースタン・リーグ、クリュ・ブルジョワの格付けシャトーについては、ポイヤックにはほとんどありません。1920~1930年代、ボルドーのワイン産業が大スランプに陥った際、競争力のない多くのシャトーが廃業するか、協同組合に加わるかしたせいです(廃業した蔵の畑は、近隣の格付けシャトーに買い上げられました)。生き残った1855格付け以外の有力シャトーは、フォンバデ Fonadet、ピブラン Pibranなどです。クリュ・ブルジョワの2025年の格付けで、唯一ポイヤックから選出されているのは、シャトー・プランテ Planteyになります(三段階の一番下の等級)。

以下では、1855格付けシャトー18軒の概要を、ざっと見ていきます。170年前の格付けに添える形で、Liv-exが2019年に発表した、現在の取引価格に基づく修正格付けを記すので、参考にしてください。Liv-ex は、ロンドンに拠点を置く投機的ワイン銘柄の取引市場です。

シャトー・ラフィット・ロッチルド
Château Lafite Rothschild

  • 1855年の格付け:1級
  •  Liv-exの格付け(2019年):1級
  • 所有者:ドメーヌ・バロン・ド・ロッチルド社(ロスチャイルド家)
  • 畑の面積:116ヘクタール
  • 品種構成:70%カベルネ・ソーヴィニョン、25%メルロ、3%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:50万本
  •  セカンドワイン:カリュアド・ド・ラフィット Carruades de Ch Lafite

1855年の格付け表の一番上にその名が記されていた、栄えあるシャトーです。ポイヤックに3つあるシャトーの中で、最も優雅な酒質で知られています。ポンパドゥール夫人が溺愛したなど、カラフルな歴史上のエピソードにも事欠きません。瀟洒なシャトーは18世紀に建てられ、現存する最も古いライブラリー・ストックは、伝説的な1797ヴィンテージだそうです。現オーナーのロスチャイルド男爵家の手に渡ったのが1868年で、2018年からはサスキア・ド・ロッチルドが当主の地位にあります。

1855年の格付け表(オリジナル)

1855年の格付け表(オリジナル)。1級格付けのトップにラフィットの名がある。ムートンが2級のセクションに含められているのもわかる

シャトー・ラトゥール
Château Latour

  •  1855年の格付け:1級
  •   Liv-exの格付け(2019年):1級
  • 所有者:アルテミス・グループ(フランソワ・ピノー)
  • 畑の面積:96ヘクタール
  • 品種構成:76%カベルネ・ソーヴィニョン、22%メルロ、2%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:38万本
  • セカンドワイン:レ・フォール・ド・ラトゥール Les Forts de Latour

優雅さとフィネスがラフィットの旗印だとすると、ラトゥールは力強さに尽きるでしょう。風味の深さ、スケール感の大きさは、ボルドー最強です。ジロンド川に近接しているため、春の遅霜の影響を受けにくく、また収穫が早まるため、秋雨による果汁希釈やカビ蔓延のリスクも少なくなります。そのため、メドック格付けシャトーの中で、最もヴィンテージの差が小さいと言われてきました。現オーナーは、フランス有数の富豪で、国内外に多数の超高級シャトーを保有する、フランソワ・ピノーです。

シャトー・ラトゥールのラベル

シャトー・ラトゥールのラベル。「Pauillac」の名は、シャトー名と比べごく小さくしか書かれていない

シャトー・ムートン・ロッチルド
Château Mouton Rothschild

  • 1855年の格付け:1級
  • Liv-exの格付け(2019年):1級
  • 所有者:バロン・フィリップ・ド・ロッチルド社(ロスチャイルド家)
  • 畑の面積:91ヘクタール(黒ブドウ 84ヘクタール、白ブドウ 7ヘクタール)
  • 品種構成:78%カベルネ・ソーヴィニョン、18%メルロ、3%カベルネ・フラン、1%プティ・ヴェルド/53%ソーヴィニョン・ブラン、34%セミヨン、12%ソーヴィニョン・グリ、1%ミュスカデル
  • 生産本数:32万本
  • セカンドワイン:ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロッチルド Le Petit Mouton de Mouton Rothschild

3つの1級シャトーの中で、最も豪奢な風味をもつのがムートンです。1855年の格付けでは2級だったのですが、1973年に1級へと「昇格」しました(同格付けの見直しは、170間でこの一例のみです)。格付け時点の一時的な品質低迷で、2級にされてしまったムートンの汚名を、1853年に所有者となったロスチャイルド家が見事にそそぎました(ラフィットを所有するロスチャイルド家とは、異なる分家筋です)。カリフォルニアのオーパス・ワンなど、海外進出を図った最初のボルドー・シャトーとしても知られています。白のエール・ダルジャンも、メドックのエリアを代表する辛口白ワインのひとつです。

ムートン・ロッチルドのラベルは毎年、高名な現代美術のアーティストが描くので有名

ムートン・ロッチルドのラベルは毎年、高名な現代美術のアーティストが描くので有名(by Pvince73 – stock.adobe.com)

シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド
Château Pichon Longueville Comtesse de Lalande

  • 1855年の格付け:2級
  • Liv-exの格付け(2019年):2級
  • 所有者:ルイ・ロデレール(ルゾー家)
  • 畑の面積:90ヘクタール
  • 品種構成:62%カベルネ・ソーヴィニョン、28%メルロ、7%カベルネ・フラン、3%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:35万本
  • セカンドワイン:ピション・コンテス・レゼルヴ Pichon Comtesse Reserve

「スーパー・セカンド」(1級に限りなく近い2級)と、1980年代から呼ばれ始めたスター・シャトーです。ラトゥールに隣接します。次項のピション・バロンとは、もともとひとつのシャトーでした(16世紀の所有者、フランソワ・ピションにちなみます)。20世紀には難しい時期があったものの、1978年にメイ=エリアーヌ・ド・ランクサンの手に渡ってから、評価が急上昇しました。現在のオーナーは、シャンパーニュの名門ルイ・ロデレールを所有するルゾー家で、2007年に株式の大部分を取得しています。メルロのブレンド比率が比較的高いため、やわらかい酒質が特徴です。

ピション・ラランドのシャトーのファサード

ピション・ラランドのシャトーのファサード。メドックで指折りに美しい建築に数えられる

シャトー・ピション・ロングヴィル・バロン
Château Pichon Longueville Baron

  • 1855年の格付け: 2級
  •  Liv-exの格付け(2019年): 2級
  • 所有者:AXAミレジム
  • 畑の面積:73ヘクタール
  • 品種構成:65%カベルネ・ソーヴィニョン、30%メルロ、3%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:38万本
  • セカンドワイン:レ・トゥレル・ド・ロングヴィル Les Tourelles de Longueville、レ・グリフォン・ド・ピション・バロン Les Griffons de Pichon-Baron

ピション・ラランドの兄弟シャトーで、評価や価格はわずかにラランドを下回りますが、こちらも「スーパー・セカンド」と呼ばれるのに相応しい実力を備えています。1960年代から不調に陥っていたのですが、1987年にアクサ・ミレジム(大手保険会社アクサ傘下のワイナリー管理会社)が買収し、名声を取り戻しました。その際、支配人として采配を振るったのが、シャトー・ランシュ・バージュ(後述)のジャン・ミシェル・カーズでした。力強さとなめらかさが両立するという、ポイヤックらしいスタイルをしています。前項のラランドと比べれば、概してバロンのほうが「男性的」です。

シャトー・デュアール・ミロン
Château Duhart-Milon

  • 1855年の格付け:4級
  • Liv-exの格付け(2019年):3級
  • 所有者:ドメーヌ・バロン・ド・ロッチルド社(ロスチャイルド家)
  • 畑の面積:76ヘクタール
  • 品種構成:67%カベルネ・ソーヴィニョン、33%メルロ
  • 生産本数:36万本
  • セカンドワイン:ムーラン・ド・デュアール Moulin de Duhart

1級のラフィットと同じオーナー、ロスチャイルド家が1963年以降所有しています。購入時、ブドウ畑はわずか17ヘクタールしかなかったそうですが、周囲の畑を大規模に買い足して、今の地所になっています。畑の位置は、ラフィットから南西方向に向かってすぐなのですが、標高が低く、方位も北向きなのが、偉大な1級と比べて条件的に劣る点です。堅く、土っぽいスタイルをしたワインで、ソフトさを加えるためにメルロが多くブレンドされているのですが、それでも頑強さが印象に残ります。

シャトー・ランシュ・バージュ
Château Lynch-Bages

  • 1855年の格付け:5級
  •  Liv-exの格付け(2019年):2級
  • 所有者:ジャン・シャルル・カーズ(カーズ家)
  • 畑の面積:107ヘクタール(黒ブドウ 100ヘクタール、白ブドウ 7ヘクタール)
  • 品種構成:70%カベルネ・ソーヴィニョン、24%メルロ、4%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド/52%ソーヴィニョン・ブラン、35%セミヨン、13%ミュスカデル
  • 生産本数: 40万本
  • セカンドワイン:エコー・ド・ランシュ・バージュ Echo de Lynch-Bages

「5級なのに2級相当」という、大いなる成り上がりを果たしたシャトーの先駆けがこちら。現在のオーナーであるカーズ家は、1933年にまず支配人としてこのシャトーに関わりだし、やがて無料で貸借するようになり、1939年に安値で譲り受けました。1855年の格付けどおり、当時はひどい状態だったようです。1973年、辣腕のジャン・ミシェル・カーズが当主になると、多方面のテコ入れを実施し、昇り龍のようになりました。ワインは、果実味が前にでた押しの強いスタイルですが、バランスに秀でていて、長期熟成能力もあります。ジャン・ミシェルは、現代のボルドーワインを代表する人物のひとりで、2023年に惜しまれつつ世を去りました。シャトーの運営は、2006年から息子のジャン・シャルルに引き継がれています。

1929ヴィンテージのランシュ・バージュのラベル

1929ヴィンテージのランシュ・バージュのラベル。今日と変わらないデザイン

シャトー・ランシュ・ムサス
Château Lynch-Moussas

  • 1855年の格付け: 5級
  •  Liv-exの格付け(2019年): 5級
  • 所有者: フィリップ・カステジャ(カステジャ家)
  • 畑の面積: 62ヘクタール
  • 品種構成: 75%カベルネ・ソーヴィニョン、25%メルロ
  • 生産本数: 20万本
  • セカンドワイン: レ・ゾー・ド・ランシュ・ムサス Les Hauts de Lynch-Moussas(AOCオー・メドック)

1740年にシャトー・ランシュ・バージュを手に入れた、ランシュ家が所有していたもうひとつの格付けシャトーです。1950~1960年代は畑の手入れがなされず、面積も4ヘクタールまで減少しましたが、現在のオーナーであるカステジャ家が取得してからかなりの改善がなされました。現在も、ボルドー大学のふたりの著名研究者、アクセル・マルシャルとヴァレリー・ラヴィーニュをコンサルタントとして雇い、品質向上に励んでいます。畑が、ポイヤックのあちこちに点在しているのが特徴です。

シャトー・グラン・ピュイ・ラコスト
Château Grand-Puy-Lacoste

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):3級
  • 所有者:フランソワ・グザヴィエ・ボリー(ボリー家)
  • 畑の面積:58ヘクタール
  • 品種構成:75%カベルネ・ソーヴィニョン、20%メルロ、5%カベルネ・フラン
  • 生産本数:18万本
  • セカンドワイン: ラコスト・ボリー Lacoste-Borie

1978年、現在の所有者ボリー家の手にわたってから、評価が急上昇したシャトーです。豊潤さ、力強さのみならず、洗練・優雅という言葉もあてはまるスタイルで、「パワーのポイヤック、エレガンスのサン・ジュリアンの中間」などと語られます。現在の高い品質評価の割に、販売価格が安いため、ポイヤックの中ではかなりお買い得な銘柄です。グラン・ピュイとは、ポイヤック内にある小さな丘の名前で、次項の5級シャトーであるグラン・ピュイ・デュカスに隣接しています(もともとはひとつの地所でした)。1980年以降、南のAOCサン・ジュリアンのスーパー・セカンド、シャトー・デュクリュ・ボーカイユの所有者ボリー家のものになりました。

シャトー・グラン・ピュイ・ラコストのライブラリー・ストック。ラベルは出荷前に貼る

シャトー・グラン・ピュイ・ラコストのライブラリー・ストック。ラベルは出荷前に貼るため、のっぺらぼうのボトル

シャトー・グラン・ピュイ・デュカス
Château Grand-Puy-Ducasse

  • 1855年の格付け: 5級
  • Liv-exの格付け(2019年): 5級
  • 所有者:クレディ・アグリコール・グラン・クリュ
  • 畑の面積:40ヘクタール
  • 品種構成:62%カベルネ・ソーヴィニョン、38%メルロ
  • 生産本数:18万本
  • セカンドワイン:プレリュード・ア・グラン・ピュイ・デュカス Prélude à Grand-Puy Ducasse

グラン・ピュイの丘にある、もうひとつの格付けシャトーですが、ブドウ畑は別の位置にもう2箇所あります。17世紀末にアルノー・デュカスが設立したあと、何度も所有者が変わり、2005年以降はフランスの巨大金融グループ、クレディ・アグリコールのワイナリー管理会社であるグラン・クリュが保有しています。かつては廃れたシャトーでしたが、前オーナーのメストレザ家(1971~2005年)によって資金が注入され、ブドウ栽培、ワイン醸造ともに向上しました。それに伴い、ワインも力強さや凝縮感が増してきています。

シャトー・ダルマイヤック
Château d’Armailhac

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):4級
  • 所有者:バロン・フィリップ・ド・ロッチルド社(ロスチャイルド家)
  • 畑の面積:70ヘクタール
  • 品種構成:52%カベルネ・ソーヴィニョン、36%メルロ、10%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド
  •  生産本数:24万本
  • セカンドワイン:なし

シャトー・ムートン・ロッチルドの系列シャトーで、かつてはムートン・ダルマイヤックと名乗っていました(アルマイヤックは、1933年にロスチャイルド家が買収した当時の所有者名)。1970年代末にムートン・バローネ・フィリップと改名されたあと、1991年に再度改名し、現在の名称に落ち着いています(改名の理由は、このワインがムートン・ロッチルドのセカンドワインだと、多くの人が誤解したせいでした)。カベルネ・ソーヴィニョンが少なく、メルロとカベルネ・フランが多いブレンドになる割に、ワインにはしっかりした骨格と力強さがあります。

シャトー・クレール・ミロン
Château Clerc-Milon

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):3級
  • 所有者:バロン・フィリップ・ド・ロッチルド社(ロスチャイルド家)
  • 畑の面積:41ヘクタール
  • 品種構成:50%カベルネ・ソーヴィニョン、36%メルロ、11%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド、1%カルムネール
  • 生産本数:16万本
  • セカンドワイン:パストゥレル・ド・クレール・ミロン Pastourelle de Clerc-Milon

アルマイヤックと同じく、シャトー・ムートンの系列シャトーで、1970年にロスチャイルド家の所有になりました。購入当時、畑は荒れ、面積も10ヘクタールしかありませんでしたが、豊富な資金力によって質も量もみるみる上を向き、今では格付け3級相当と見なされるまでになりました。ダルマイヤック同様に、メルロとカベルネ・フランの比率が高いものの、土壌の性質のために、厳めしさが前に出たスタイルです。ダルマイヤックと比べて、熟成能力の面で勝るとされます。

シャトー・ポンテ・カネ
Château Pontet-Cannet

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):2級
  • 所有者:アルフレッド・テスロン(テスロン家)
  • 畑の面積:82ヘクタール
  • 品種構成:62%カベルネ・ソーヴィニョン、32%メルロ、4%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:32万本
  • セカンドワイン:レ・ゾー・ド・ポンテ Les Hauts de Pontet

21世紀に入ってから、劇的に品質が高まったシャトーです。今では、2級格付けのピション・ラランドやピション・バロン、そして先行する成功者である5級格付けランシュ・バージュと、ほぼ同等の価格で売買されています。有機栽培とビオディナミ栽培の、ボルドー地方におけるパイオニアで、その点も品質向上に貢献したようです。現オーナーのテスロン家が購入したのは1975年で、現当主アルフレッドが辣腕コンサルタントのミシェル・ロランを雇い、地味だったワイナリーを大化けさせました。醸造・熟成でも、アンフォラの利用など、先取の気質が感じられます。スケールが大きいながらも優雅さを失わない、ポイヤックの典型的な姿を、高次元で表現しているスタイルです。

1838年当時のポンテ・カネ

格付け実施の少し前、1838年当時のポンテ・カネ

シャトー・バタイエ
Château Batailley

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):4級
  •  所有者:フィリップ・カステジャ(カステジャ家)
  • 畑の面積:57ヘクタール
  • 品種構成:70%カベルネ・ソーヴィニョン、25%メルロ、3%カベルネ・フラン、2%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:30万本
  • セカンドワイン:リオン・ド・バタイエ Lion de Batailley

ポイヤックの5級格付けシャトー、ランシュ・ムサスを所有するカステジャ家が、このバタイエも所有しています(同家はボルドー地方において、約10軒のシャトーの持ち主です)。1960年代以降、評判はパッとしませんでしたが、2006年に醸造棟を新築してから、ワインはよりフルボディで果実味豊か、寿命も長くなったとされます。ある種の粗野な雰囲気が、洗練味より前にでたポイヤックです。

シャトー・オー・バタイエ
Château Haut Batailley

  • 1855年の格付け: 5級
  • Liv-exの格付け(2019年): 4級
  • 所有者: ジャン・シャルル・カーズ(カーズ家)
  • 畑の面積: 40ヘクタール
  • 品種構成: 70%カベルネ・ソーヴィニョン、25%メルロ、5%カベルネ・フラン
  • 生産本数: 12万本
  • セカンドワイン: オー・バタイエ・ヴェルソ Haut-Batailley Verso

メドック周辺の格付けシャトーの中では新顔で、1942年にシャトー・バタイエから分割される形で誕生しました(当時の所有者であった、ボリー家の相続問題に伴う地所分割です)。2017年にボリー家から、ランシュ・バージュの所有者であるカーズ家に売却されています。それに伴い、ランシュ・バージュと同じ醸造家がバタイエも統括するようになりましたが、シャトーごとの独立性は尊重されているそうです。ポイヤックの南端に位置するためか、南に隣接するAOCサン・ジュリアンのワインに似たしなやかさが、こちらのワインには感じられます。

シャトー・オー・バージュ・リベラル
Château Haut-Bages Libéral

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):5級
  • 所有者:クレール・ヴィラール・リュルトン
  •  畑の面積:30ヘクタール
  • 品種構成:70%カベルネ・ソーヴィニョン、30%メルロ
  • 生産本数:13万本
  • セカンドワイン:ラ・フルール・ド・オー・バージュ・リベラル La Fleur de Haut-Bages Libéral

ポイヤックには全部で3つ、「バージュ」が名前に入る格付けシャトーがありますが、すべてポイヤック村の南半分にあるバージュ丘陵にちなんでいます。リベラルは、18世紀にこの蔵を設立した一族の名前です。1960年から大手ネゴシアンのクルーズ家が保有していたのですが、1970年代前半に起きたスキャンダルで同家が没落した際に、ジャック・ムルロー率いるタイヤン・グループの所有となりました。現在はジャックの孫、クレール・ヴィラール・リュルトンが経営しています。強いタンニンの背骨をもつ、頑丈なスタイルのワインです。

シャトー・ペデスクロー
Château Pédesclaux

  • 1855年の格付け:5級
  •  Liv-exの格付け(2019年):格付け外
  •  所有者:ジャッキー・ロレンツェッティ
  • 畑の面積:50ヘクタール
  • 品種構成:59%カベルネ・ソーヴィニョン、36%メルロ、3%プティ・ヴェルド、2%カベルネ・フラン
  • 生産本数:15万本
  • セカンドワイン:フルール・ド・ペデスクロー Fleur de Pédesclaux

残念ながら、Liv-exによる2019年時点の評価が「格付け外」となっているシャトー。しかし、現オーナーであるジャッキー・ロレンツェッティは、2009年に買収したあとすぐさま改革に乗り出していて、新しいセラーの建築、有機栽培への転換などと、未来への投資や実験を惜しんでいません。努力は着実に実を結んでおり、ワイン評論家が付ける点数にもそれが表れてきました。ポイヤックの格付けシャトーとしては破格に安いので、最近のヴィンテージは狙い目です。

シャトー・クロワゼ・バージュ
Château Croizet-Bages

  • 1855年の格付け:5級
  • Liv-exの格付け(2019年):格付け外
  • 所有者:ジャン・ミシェル・キエ
  • 畑の面積:29ヘクタール
  • 品種構成:62%カベルネ・ソーヴィニョン、28%メルロ、6%カベルネ・フラン、4%プティ・ヴェルド
  • 生産本数:16万本
  • セカンドワイン:アリアス・クロワゼ・バージュ Alias Croizet-Bages

AOCマルゴーの2級格付けシャトー、ローザン・ガシーと同じ所有者ですが、両方Liv-exによる2019年の評価で「格付け外」という不名誉な事態になっています。名前の前半分は18世紀にこの蔵を建てた人物から、後ろ半分はバージュ丘陵からです。現所有者のキエ家が手に入れたのは1945年で、以来今に至るまで、格付けに見合わない質のワインを造り続けています。20世紀に入ってからは向上への取組みも見られますが、機械収穫への依存から抜けられないなど、その姿勢は中途半端で、結果として瓶詰めされるワインのクオリティが安定しません。

4. ポイヤックのまとめ

決して大きくはない村に、18もの格付けシャトーが集中しているポイヤック。1級格付け3つに加えて、スーパー・セカンドのピション・ラランドとバロン、2級相当のランシュ・バージュとポンテ・カネと、高嶺の花がずらりと並ぶのは壮観です。個性的な顔ぶれを眺めつつ、実際にそのワインをグラスに注いでみれば、「ポイヤックらしさ」が、はっきりした形をとるようになるでしょう。分厚い財布が必要にはなりますが、ぜひ一度は自分へのご褒美として、ポイヤックの飲み比べを体験してみてください。長寿のワインばかりですので、水平試飲だけでなく、垂直試飲もお勧めです。

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