若くしてソムリエ資格を取得し、さらに料理人として「Red U-35(35歳以下の料理人を対象とした日本最大級のコンペティション)」に挑戦した野口莉伊奈さん。予選511人の中から50人に選ばれ、「ブロンズ」を獲得しました。子育てをしながらも、料理とワインの両輪に情熱を注ぎ続ける姿は、多くの人に勇気を与えています。彼女の歩んできた道のり、そして大会を経て見えてきた新たな未来を伺いました。
【目次】
1. バレエと料理、二つの表現に夢中になった日々
2. フランス料理との出会いとワインの入口
3. 独学からスクールへ、ソムリエ試験への覚悟
4. 人生をかけた挑戦
5. ソムリエ試験合格と変化
6. 中途半端では終われない ― Red U-35への決意
7. 圧倒された「料理人に求められる視野」
8. 女性シェフはわずか6人
8. Red U-35の先に描く、新しい自分の料理
8. 最後に残るのは「人の温もり」
1. バレエと料理、二つの表現に夢中になった日々
4歳からクラシックバレエを続けていました。私にバレエを続けさせるため、母は昼も夜も働き詰めの日々。そのため、家族の食事は私が担当しました。最初はカレーやシチューから始め、やがて学校給食でおいしかった献立や、料理漫画に出てくるレシピを見よう見まねで再現し、気づけば、料理は私の生活の一部となり、自然と好きになっていきました。
一日8時間以上バレエと向き合う生活が続いた中学2年の14歳の時、ウクライナで開かれた国際コンクールで優勝することが出来ました。得るものも多いながらに失うものもあったこの経験が、何かに挑戦するときに、全てをかける思いで挑む姿勢の源となっていると思います。
2. フランス料理との出会いとワインの入口
16歳でバレエを引退したとき、進路を考えて選んだのが料理の道でした。バレエも料理も共通して「表現すること」。子供の頃から自分を「感性で生きる人間」だと感じていたからです。そのため、会社員として働くという選択肢は自然と浮かびませんでした。
料理のジャンルを探るなかで最も心を惹かれたのがフランス料理です。そしてフランス料理を深めていく過程で、自然とワインにも出会いました。ワインに最初から憧れていたわけではなく、料理を追求するなかで必然的に関心が芽生えたのです。

ホテルの料理人として社会人スタート。来日した「ラ・ピラミッド」のシェフと
3. 独学からスクールへ、ソムリエ試験への覚悟
有名ホテルのメインダイニングで修業を積んだのち、23歳で街場のミシュラン二つ星レストランに入ることになりました。お正月休みには先輩から「店にあるワインの品種と産地を全部覚えて」と言われたんです。しかし当時は基礎知識ゼロ。聞いたこともないブドウ品種や読めないフランス語ばかりで、正直お手上げでした。休み明けに怒られ、そのとき「料理人でもフランス料理をやるならワインを知らなければならない」と痛感しました。
それから年月が経ち、現在の店でサービスに立つようになり「挑戦するなら今しかない」と覚悟を決めました。先輩に勧められてアカデミー・デュ・ヴァンで学び、ソムリエ試験に挑むことにしたのです。
4. 人生をかけた挑戦
一次試験に向けた半年間は、苦労という言葉では語れず、まさに“人生をかけた挑戦”。仕事も子育てもある中、その他のことは周囲に託し、勉強に集中しました。先生から「まずは机に座って教科書を開くだけでいい」と言われた言葉に救われ、ゼロではなく「一歩ずつ」進む感覚を大事にしました。朝は早起きして勉強し、夜はカフェで教科書を広げる。休日も子どもに「今は頑張りたいことがあるから、終わったらいっぱい遊ぼうね」と伝えました。
それでもやり切れたのは、一緒に挑戦する仲間の存在があったからです。「できてるよ」「誰だって無理な日もある」と声を掛け合い、励まし合えた。その仲間がいたから、最後まで走り抜けられたのだと思います。

アカデミー・デュ・ヴァンのクラスメイトと
5. ソムリエ試験合格と変化
合格してからは大きな変化を感じています。知識が増えただけではなく、ソムリエバッジを身に付けているだけで、お客様からの信頼がまったく違うのです。会話やサービスを通じて安心感をお届けできるのだと実感しました。もちろん、まだまだ勉強の途中ですが、確かなベースを築けたことは私にとって大きな喜びとなっています。
6. 中途半端では終われない ― Red U-35への決意
ソムリエ試験に合格してから、次の挑戦について考えるようになりました。20代の頃、料理人として挫折し、一度この道を離れた経験があります。今の店に戻る決断をしたときは、本当に悩みました。けれど、多くの方に相談を重ね、いまでは「戻ってきてよかった」と心から思えています。
現在は「料理・サービス・ソムリエ」という三刀流で働いています。しかしその中で、料理に対して中途半端になってはいないか、ソムリエの勉強もままならず、どちらつかずになってはいないかと、何度も自問しました。料理人として、ソムリエとして、自分はいまどの位置に立てているのか。
そんなとき、試験を通じて実感した「挑戦しなければ何も始まらない」という言葉が、再び背中を押してくれて、自分の実力を正面から試すために「Red U-35」(35歳以下の料理人を対象とした日本最大級のコンペティション)への挑戦を決めました。
7. 圧倒された「料理人に求められる視野」
Red U-35に参加して、料理人に求められる視野の広さに圧倒されました。普段から料理だけでなく、発注管理やサービス、売り上げまで幅広く見ているつもりでしたが、それは「当たり前」のレベルに過ぎなかったと実感しました。
コンペティションでは、個人の技術だけでなく、感性・哲学・発信力・ビジョンが問われます。さらに、環境問題への向き合い方や食材の選び方・使い方など、料理人としての責任も求められます。今回の課題「EARTH FOODS 25」では、フグや海藻、柑橘といった日本の伝統的な食材を用い、現代の料理にどう活かすかを考えました。
私はこれまで、フランス料理や家庭料理、地方料理に着目し、何より「食材を活かす料理」を作ることを大切にしてきました。その中で生産者との交流は欠かせず、素材の背景や想いを料理に反映させることを意識してきました。Red U-35を通じて、そうした基本に加え、社会や環境、文化と向き合った料理のあり方という、新しい視点を得ることができました。
8. 女性シェフはわずか6人
コンペに参加して、女性シェフや料理人の数が非常に少ない現実を目の当たりにしました。予選511人のうち一次通過者は50人。その中で女性はたった6人でした。出産や育児など、ライフイベントと深く関わる女性が、料理人として働き続けることの難しさを実感しました。この現実の中で、自分がどう在るべきかを考え、今回の挑戦の意味を改めて深く考えるきっかけになったと思います。

Red U35にて野口さんが造った一皿
私の場合、この挑戦の裏には家族の支えが欠かせませんでした。母も子どもも含め、全員が私の挑戦を理解し、応援してくれました。試験が終わったあとには、家族みんなで旅行に行き、ご褒美を分かち合いました。
日々、子どもとは「一緒にいられる時間は短くても濃く過ごす」こと、「スキンシップを大切にする」ことを意識しています。そして子どもには「一緒にいられる時間は短いけれど、気持ちはいつも一緒だよ」と伝えており、子どももきっと不安を抱えながらも「ママ、頑張ってね」と支えてくれていました。この子のためにも、やり切らなければという思いが、何より大きな力になりました。
9. Red U-35の先に描く、新しい自分の料理
Red U-35で特別な自信がついたわけではありません。ただ、自分がこれからどうなりたいのか、その輪郭が少し見えてきたように感じています。現在の店舗で提供している料理は、間違いなく私の基盤になるものです。時間はかかっても、本物の実力と発信力を兼ね備えたシェフとして歩んでいきたい――そう心に決めました。
今後はワインの生産地に直接足を運び、風土や土地を肌で感じながら、その体験を料理に反映させていきたいと思っています。2026年1月にはフランスを訪れ、パリのビストロ巡りをする予定です。まだ計画の途中ですが、シャンパーニュ地方にも足を運びたいと考えています。また、ヨーロッパでは環境問題への意識が高いことも感じており、その視点も自分の料理に取り入れたいと思っています。
10. 最後に残るのは「人の温もり」
技術以上に大切なのは「人の温度感」です。ワインや料理を通じて、社会や次世代に伝えたいことがあります。お店に来てくださる方が「食体験を通じて何を感じるか」を大事にしてほしいのです。
私自身、ホテルや星付きレストランで学んだのは「基礎の徹底」、今のビストロで培ったのは「人を楽しませる心」です。どちらも欠かせないものであり、次世代にはぜひその両方を大切にしてほしいと伝えたいです。
ワインや料理の世界は、知識や技術だけでなく、「人に喜んでもらいたい」という気持ちが原点にあります。情報や技術を学ぶ手段はますます増えていきますが、最後に残るのは「人の温もり」です。時代が変わっても、食の現場で働く自分の姿勢や想いこそが、人の心を動かす一番の力になると信じています。
ソムリエ試験を経て、Red U-35でブロンズを獲得した野口莉伊奈さん。その挑戦は、知識や技術だけでなく、家族や仲間の支え、そして「人を楽しませたい」という想いに支えられたものでした。
彼女が目指すのは、料理とワインを通じて人と人をつなぎ、次世代に食の喜びを伝えていくこと。野口さんの歩みは、これからも多くの人の心を動かし続けるに違いありません。
プロフィール
野口莉伊奈(のぐちりいな)
Instagram@riinanochan/ノウラ noura浅草
- 星座:魚座
- 血液型:A型
- ワイン以外の趣味:子供と遊ぶ事
- 好きな食べ物:お寿司
- もし生まれ変わったら何になりたい?:人間
- 酔っぱらったらどうなる?:寝ます
- 人生を変えたワイン:Domaine Armand Rousseau Gevrey-Chambertin Clos du Chateau
テイスティングの練習に伺ったお店で最後に出していただいたもの。本当に感動しました。







