チリワイン ~高級ワイン産地にイメチェン!特徴やおすすめ産地を徹底解説

コンビニでもお馴染みの安うまチリカベ。昔は重宝しましたが、もう卒業だよという消費者も、そろそろ増えてきたのではないでしょうか。チリは、本当はプレミアムワインの宝庫。将来、さらに高く評価されること必至のワインや産地も多々あります。今回は、チリに焦点を当てて、デイリーワインから高級ワインまで幅広く生み出す産地を詳しく見ていきます。

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【目次】
1. コンビニのチリカベは卒業! 高級ワインの宝庫プエンテ・アルト
2. 縦じゃなくて横? チリの気候と注目すべき海沿いのワイン産地
3. カルメネーレで産地を斬る
4. 古木の産地
5. チリワイン発展の道のりと未来
6. まとめ


1. コンビニのチリカベは卒業! 高級ワインの宝庫プエンテ・アルト

日本では、2020年まで6年連続でチリ・ワインの輸入量が国別第1位。フランスとデッドヒートを繰り広げていました。栽培面積では、スペイン、フランス、イタリアの御三家に及ばないどころか、2番手集団のアメリカやアルゼンチンにも及びません。それにも関わらず、輸出は、御三家に続く4位の座を確保しています。

最大品種は、カベルネ・ソーヴィニョン。チリの栽培面積の3割を占めて断トツです。続くはカルメネーレとメルロ。白ブドウでは、ソーヴィニョン・ブラン、シャルドネの順番です。チリは海外の消費者に向けたワイン輸出基地。もはや、チリの伝統的品種と言っても良い、黒ブドウのカルメネーレとパイスを除けば、売れ筋の国際品種中心に栽培面積が割り振られています。

日本向け市場では、2007年の経済連携協定で、安定した品質のワインを安く提供したことが、今日の成功の主因。一方、スーパーマーケットやコンビニでの低価格ワインでの流通が中心で、輸入価格ではスペインと並び、最安値レベル。「お安いチリカベ」という、ありがたくないイメージが付きまといます。大手生産者のアジア担当者からは、安い商品ばかりが、日本では定着してしまって、高級ラインの拡販が難しいというボヤキも聞こえます。

しかし、チリのワイン業界は、現状に安住しているわけではありません。安うまワインのイメージには危機感を抱いています。チリ・ワイン協会も先頭切って、小売りで20ドル以上のワインのマーケティングに特化。プレミアム化を進めています。

ベルリン・テイスティング:注目を浴びた最高級ワインたち

チリ・ワインの存在感が、世界的な注目を集めることになったのは、ベルリン・テイスティングでしょう。2004年に行われた、著名なワイン専門家によるブラインド・テイスティング。高級ワイン番付を作ろうというものです。カリフォルニア・ワインで例えるならば、「パリスの審判」に当たるもの。今は亡き、我らがスティーヴン・スパリュア名誉校長も、ホストとして参加されていました。

ボルドー品種を中心とした有名ワインが出品。その結果、1位、2位をチリが奪取!第一位は、エラスリスのヴィニエド・チャドウィック。第二位は、セーニャ。エラスリスと、カリフォルニアのロバート・モンダヴィがジョイントで、造り上げたアイコン・ワインです。

それぞれ、小売りで、5万円、2万円程度の値札がつきます。「チリのワインでそんなに高いの!」と驚くかも知れませんが、この2本のワインが打ち勝ったワインを聞けば、「なるほど!」と納得できるのでは無いでしょうか。第三位が、ラフィット・ロートシルト、第四位は、シャトー・マルゴーなのです。

そして、第九位には、エラスリスのドン・マキシミアーノが入り、シャトー・ラトゥールと、スーパー・タスカンのソライアを第十位に従えました。

実は、このテイスティングには、エラスリスの当主、エドュアルド・チャドウィックもホスト側に名を連ねていました。ですので、チリ側のワインが、エラスリスばかりなのは、ご愛敬ということで。エデュアルド・チャドウィックは、英国デキャンタ誌から、2018年「デキャンター・マン・オブ・ザ・イヤー」を受賞しています。

こうした、エラスリスのトップ・キュヴェに加えて、コンチャ・イ・トロの2つのアイコン・ワイン、アルマヴィーヴァと、ドン・メルチョーを加えた5本がチリを代表する、カベルネ・ソーヴィニョンを使った高級ワインです。

このコンチャ・イ・トロは、サンライズ、フロンテラといった、低価格ワインでも知られています。そして、その上位ランク、それでもわずか1500円程度のワイン、カッシェロ・デル・ディアブロをプレミアムなワインと謳っています。ですので、消費者から見ると、方や安うまワインを造っている、同じ生産者から1~2万円以上の高級アイコン・ワインを買うのは、躊躇してしまうかも知れません。

そうしたこともあってか、コンチャ・イ・トロのアルマヴィーヴァに加えて、エラスリスの、ヴィニエド・チャドウィック、セーニャは、ボルドーの世界的に有名な、「ラ・プラス・ド・ボルドー」を活用しています。このボルドー高級シャトーの流通システムで取り扱われる、海外ブランドは、最近、数を増してきました。しかし、フランス国外で真っ先に、90年代に、リスト入りしたのは、アルマヴィーヴァ。アメリカのオーパス・ワンや、イタリアでは、スーパー・タスカンのオルネライア等の、錚々たるラインアップと肩を並べています。

注目したいのは、こうした高級ワインの内、ヴィニエド・チャドウィック、アルマヴィーヴァ、ドン・メルチョーの3本迄が、サブ・リージョンDOマイポ・ヴァレーの中の、エリアDOプエンテ・アルトから生まれていることです。チリ最高峰の、この産地は、600~700メートルの標高。降雨量は少なく300ミリ程度です。アンデス山麓に立地。冷涼な影響を受け、一日で20℃近い日較差が生じることもあります。まだ、温暖化の影響は顕著でなく、エレガントでフィネスのあるワインを造ることができると生産者は自負しています。

砂利質、砂質に恵まれて水はけが良く、カベルネ・ソーヴィニョンに向いた土壌。地上の点滴灌漑と共に、地下に埋設した灌漑設備も使われています。地下の灌漑システムは、直接、ブドウ樹の根元に水分を供給できますので、効率的な水資源の活用ができます。また、獣害などの被害も避けられる、進んだシステムです。

2. 縦じゃなくて横?:チリの気候と注目すべき海沿いのワイン産地

首都サンチャゴとアンデス山脈

首都サンチャゴとアンデス山脈

チリの特に憶えておきたい基本産地は、北から順番にアタカマ、コキンボ、アコンカグア、セントラル・ヴァレー、そしてサウス

チリの原産地呼称(DO)は、広域から順に、リージョン、サブ・リージョン、ゾーン、そしてエリアが最も狭い範囲の産地区分となります。

前の章でご紹介したマイポ・ヴァレーは、サブ・リージョンDOです。リージョンDOとしては、セントラル・ヴァレーに属しています。これらのDOは、テロワールの単位というよりも、行政的な区分の色彩が濃いと言われます。南北に細長く、4,600キロほども距離があります。東京からタイのバンコクまでの距離と変わりません。ですから、産地の区分が南北の縦方向で、整理されているのは分かりやすく感じます。

北のアタカマに属する、サブ・リージョンDOウワスコ・ヴァレーや、コキンボに属するDOエルキ・ヴァレーで、南緯28~29°。南のリージョンDOイタタ・ヴァレーやマジェコ・ヴァレーで、南緯36~38°に産地が分布しています。北部は、インドやアルジェリア、南部は、イタリアのシチリアや、アメリカならカリフォルニア辺りに相当します。

でも、実際は気候的な特徴、栽培されている品種の観点から見ると、縦よりも横。

南北も去ること乍ら、東西が大切です。つまり、海岸沿いの産地なのか、それとも内陸の産地なのかを見ていく方が、チリ・ワインの特徴をつかみやすいのです。

2011年に、ワイン法の上でも原産地呼称に追加する形で、東西の産地をラベルに表記することが可能になりました。海岸沿いは「コスタ」、中央部の平地は「エントレ・コルディリェラス」、アンデス山麓の「アンデス」となります。前章で、ご紹介した、エリアDOプエンテ・アルトは、この「アンデス」に分類されます。

西には太平洋、東にアンデス山があり、その間は温暖で肥沃。乾燥した平地が広がり、灌漑を用いたブドウ栽培が行われています。特に、チリ中部、アコンカグアやセントラル・ヴァレーでは、海岸山脈が太平洋の冷涼な影響が内陸部に及ぶのを和らげる役割をしています。太平洋の影響を大きく受ける沿岸部と、アンデス山麓の産地は冷涼な影響が強く、近年では、特に沿岸部が高級ワイン産地として注目されてきました。

太平洋沿岸地域の産地

DOアタカマのサブ・リージョンDOウアスコ・ヴァレーは沿岸地区のコスタとアルトに分かれます。コスタは、太平洋からの霧と風の冷涼な影響を受けて、ソーヴィニョン・ブラン、シャルドネが栽培されています。樽熟成しない、無色透明のブランデー、ピスコがこの産地では有名でしたが、この最果ての地に、マイポ・ヴァレーを本拠地にする、ヴェンティスケーロが2008年に進出。タラ・プロジェクトと名づけ1ヘクタールからブドウ畑を立ち上げました。白ワインだけで無く、ピノ・ノワール、シラーの赤ワインもリリース。

この産地は、荒涼とした土地、海岸砂漠と呼ばれます。南氷洋から来る寒流、フンボルト海流。その下層にある、低温の深層水が湧昇して偏西風を冷やします。冷えた空気には上昇気流が働かないので、雲ができず、年間30ミリほどしか雨が降りません。一方で、冷やされた偏西風は、霧となって冷涼な影響を沿岸部に及ぼします。

ウアスコ・ヴァレーが注目を集める前は、最北の産地と言われていたのは、DOコキンボの、サブ・リージョンDOエルキ・ヴァレーです。この産地も、ピスコ用ブドウ栽培で有名でした。90年代から腰を据える、生産者、ビーニャ・ファレルニア。内陸では、2000メートルの標高でブドウを栽培していますが、海岸近くの畑ティトンは、標高は、350メートル足らず。低い緯度にあるものの、冷涼な海風と朝の霧の恩恵を受けています。

同じくDOコキンボのサブ・リージョンDOリマリ・ヴァレー。海岸近くは、カマンチャカという冷涼で湿った西風が海から流れ込みます。このため、霧が発生して、かび病の心配があります。一方、降雨量自体は少ないので灌漑を必要とします。そして、チリには珍しい石灰質土壌で知られています。多孔質で水はけが良いと同時に、ブドウ樹が必要とする水分を維持。夏もあまり暑くならないので、ゆっくりとブドウが熟す、生育期間が長く取れる産地。この土壌にぴったり合った、シャルドネが最大栽培品種。黒ブドウでは、冷涼産地の特徴を持ったシラーが注目です。

アコンカグア・コスタは、エラスリスがピサラと呼ばれる、粘板岩や片岩の土壌を開墾。霧や海風の影響を受けた、ソーヴィニョン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワールやシラーが生産されて、ワイン専門家から高い評価を得ています。このエラスリスの開拓が、「コスタ」の呼称が認められるのを、後押ししました。

モンテスも、海岸から僅か7キロメートルのエリアDOサパリャルでソーヴィニョン・ブランやシャルドネを栽培しています。

サブ・リージョンDOカサブランカ・ヴァレーサンアントニオ・ヴァレーは、DOアコンカグアに属しています。しかし、地理的には、マイポ・ヴァレーを海岸方面に向かった延長上にあります。

カサブランカ・ヴァレーは、太平洋沿岸部の開拓の走りです。歴史が古く、1980年代にコンチャ・イ・トロで働いていたパブロ・モランデが先鞭をつけました。セントラル・ヴァレーと比べると、冷涼な産地。溌剌としたソーヴィニョン・ブラン等の白ワイン生育に向いた産地を探した結果でした。

白ワインだけでは無くて、ピノ・ノワールも素晴らしいものが生まれています。コンチャ・イ・トロ傘下のコノスルのオシオは、この産地の代表的なピノ・ノワール。本拠地の、コルチャグア・ヴァレーで試行。そして、ブルゴーニュのドメーヌ、ジャック・プリュールのマルタン・プリュールの協力を得て、初の沿岸産地、カサブランカ・ヴァレーで花開きます。

水は、チリのワイン造りの生命線。一般的には、灌漑はアンデスの雪解け水を利用します。しかし、この産地では、地下の帯水層の水を、井戸を使って汲み上げる方法も取られています。近年は灌漑用水の不足から、産地の拡大路線にブレーキが掛かっています。

変わって勢いを増しているのはサンアントニオ・ヴァレーです。2000年以降に最先端の冷涼産地の代名詞となりました。レイダ、カーサ・マリン、マテティックと綺羅星のようにブティック・ワイナリーが点在。海岸にきわめて近く、ブドウ畑の立地が厳しい場所にあるワイナリーも有ります。また、マリア・ルス・マリーンやヴィヴィアナ・ナヴァレッテといった、女性醸造家が大いに活躍しているのも特徴です。レイダの創業に先立って、8キロメートルにも及ぶパイプラインが敷設。マイポ川から水を引くことができたことが、産地の形成に寄与しました。

カベルネ・ソーヴィニョンで有名な、ゾーンDOコルチャグア・ヴァレー。その最西端の「コスタ」には、エリアDOリトゥチェなど、海岸線が数キロに迫ったブドウ畑もあります。太平洋の冷涼な影響を受けて、シャルドネやソーヴィニョン・ブランそしてピノ・ノワールと言った品種が栽培されています。

3. カルメネーレで産地を斬る

カルメネーレの葡萄畑

いまやチリを代表する黒ブドウ品種カルメネーレ。フランスのボルドーや南西地方が起源です。歴史の表舞台には、18世紀に登場。カベルネ・フランとグロ・カベルネの自然交配。グロ・カベルネの片方の親オンダリビ・ベルサも、カベルネ・フランの子孫の可能性があります。

このように、カベルネ・フランとの関係が、かなり密接という事からも想像されるように、青っぽい香りがトレードマークになっています。晩熟なこの品種は、チリの豊富な日照で、果実味ゆたかで、タンニンにも恵まれたワインになります。青さを残しながらも、上手く全体のバランスを取ったワインが、有名評論家たちからも、高く評価されています。

カルメネーレは、ボルドーでは、フィロキセラ禍以降、すっかり淘汰されてしまいました。しかし、理想の産地をここチリに見つけることができたのです。

とは言うものの、近年まで、メルロとの区別がつかず、一緒くたに栽培されていたという歴史もあります。

ボルドー品種のブドウですが、今では、チリの個性を表現するブドウとして生産者に扱われることが多くなりました。セーニャのブレンドでは、晩熟のカルメネーレを、暖かいヴィンテージでは使用比率を増やして、冷涼なヴィンテージでは減らしています。セーニャが、ワイン造りを始めた頃は、まだチリではカベルネ・ソーヴィニョンのワインは単一品種が中心。生産地も温暖な内陸部が主流でした。それをカベルネ・ソーヴィニョンの比率を5割程度に落として、アコンカグア・ヴァレーでも海岸から40キロと比較的冷涼な産地を選んだのは、珍しいことでした。

ブレンドのわき役では無くて、カルメネーレ主体のワインも大いに評価されています。

2010年にニューヨークで実施されたテイスティングでは、オーパス・ワンを抑えて、アコンカグア・ヴァレーで造る、エラスリスのカイが第一位に輝いています。第三位には、シャトー・オー・ブリオン。他にも、「パリスの審判」の赤ワイン第一位のナパのスタッグス・リープ・ワイン・セラーズなど、素晴らしいラインアップの中での勝利でした。

コルチャグア・ヴァレーは総じて肥沃な土壌ですが、注目産地では比較的痩せた土壌の、エリアDOアパルタとマルチグエが挙げられます。モンテスはこの両方にブドウ畑を有して、カルメネーレ主体のパープル・エンジェルを造っています。

いずれも、「エントレ・コルディリェラス」に立地しますが、「コスタ」や「アンデス」で無ければ良いワインが造れないという事では無く、品種に応じた栽培環境が大切なのです。生産者のクロ・アパルタも、カルメネーレがブレンドの中心。カベルネ・ソーヴィニョンとメルロが補助品種として使われています。

カチャポアル・ヴァレーは、肥沃な谷間の平地で造るバルクワインが主流ですが、「エントレ・コルディリェラス」のエリアDOペウモは注目産地。アンデスの冷涼な影響は、地形で適度に抑えられ、十分な果実の熟度が得られます。コンチャ・イ・トロのカルメネーレ主体の、カルミン・デ・ペウモは、小売りで2万円越え。定評があります。

4. 古木の産地

サブ・リージョンDOマウレ・ヴァレーはセントラル・ヴァレーに属しているチリ最大の産地。大手ワイナリー用の大量生産ワイン、例えば、コンチャ・イ・トロのサンライズ、フロンテラ用のブドウを供給しています。他のセントラル・ヴァレーの産地の名声に隠れがちですが、古木のカリニャンが有名。カリニャンの栽培面積はチリ最大です。

チリワインに使用される古木のカリニャン

カリニャンの古木

1939年そして、2010年に二度の大地震に襲われます。この災害が、カリニャンの今日の隆盛に繋がります。最初の地震の際には、被害の大きかったワイン産業の復興支援もあり、2度目の地震では、カリニャンを愛する生産者たちが結束を強めます。

VIGNO(ヴィーニョ)、カリニャン栽培者団体とでも訳すのがよさそうですが、この団体がカリニャン振興に向けて大きな推進力となっていきます。マウレの30年以上の古木のカリニャンからワインを造り、2年以上熟成させます。VIGNOの表記は、生産者の名称よりも大きくラベルに記載されます。

イタタ・ヴァレーやビオビオ・ヴァレーではパイスや、モスカテル・デ・アレハンドリアが主要品種。古木のブドウ樹の仕立ては、株仕立てですが、垣根仕立ての導入も進んでいます。年間平均気温は13℃程度と、大分低くなってきます。ですので、フンボルト海流の影響が小さくなり、湿った偏西風が上昇。アンデス山脈にぶつかり、1,100ミリほどもの降雨量になります。

こうした自然環境のお蔭で、灌漑が余り必要とされず、イタタ・ヴァレーでは乾燥農法(ドライ・ファーミング)が主流。チリ南部ではスカーノと呼ばれています。

逆に、気温が低く、雨が多いので、霜害やかび病の防除に気を使います。そして、秋雨の前に果実の熟度を確保して、収穫することに苦労します。旧世界のワイン産地に見られるような悩みが出てくるのです。

パイスは、スペインのリスタン・プリエートを起源に持つ、黒ブドウ品種。カトリックのスペイン系のフランシスコ会修道会によって、16世紀からメキシコ、カリフォルニア、チリ、アルゼンチンに広がっていきました。カリフォルニアではミッション・グレープと呼ばれます。

このパイスに近年、光が当たっています。その立役者と言って良いのは、フランス人、ルイ・アントワーヌ・リュイット。マルセル・ラピエールから薫陶を受けた醸造家です。ボジョレー・ヌーボー等の醸造方法で、フレッシュな果実感を前面に出す、カルボニック・マセラシオンを使った造りで知られています。ミゲル・トーレスもパイス生産の第一人者。やはり、この醸造方法も用いて、軽くて果実味豊かな赤ワインに仕上げます。古木のパイスを使った、瓶内二次発酵の泡、エステラード・ロゼも大ヒットしています。

一方、ピペーニョと呼ばれる伝統的なスタイルも知られています。200年から300年もの古木のパイスを乾燥農法で栽培。土着のブナの木を使った大きな開放発酵槽で自然酵母を使って発酵。古い粘土作りのアンフォラを使って熟成させる、古式ゆかしいキュヴェもあります。

5. チリワイン発展の道のりと未来

生産技術の進歩

16世紀のチリでは、南アメリカに進出したコンキスタドールがワイン用のブドウ栽培を広めました。黎明期のチリで特筆すべきは、欧州でフィロキセラ禍が始まる前段階で、官製の育苗所を設立して、欧州系品種を導入したことが挙げられます。

西の太平洋、東のアンデス山脈。また、厳しい検疫のお蔭もあって、今でも、多くのブドウ樹は自根で栽培されています。一方、フィロキセラ以外の理由、例えば、マイポ・ヴァレーでの線虫対策や、土壌との適合性や樹勢管理の観点から、台木が採用されることが、増えています。アルマヴィーヴァでは、2000年初頭に新植した苗木は、殆どが接ぎ木されています。

19世紀に入ると、シルベストレ・オチャガビアが、本格的に欧州の高貴品種のカベルネ・ソーヴィニョンや、シャルドネの苗木を大量に持ち込みます。19世紀後半には、コンチャ・イ・トロやサンタ・リタ、サンタ・カロリーナ等の大手生産者が創業。しかし、20世紀前半には、鉱山などで働く労働者を中心にアルコール依存症が社会問題化。ワインの製造、販売も規制を受けました。醸造技術も稚拙で、酸化した白ワインや、色あせた赤ワインがまかり通る時代でした。

近代化への兆しは、「キング・オブ・スペイン」、ミゲル・トーレスが、1979年にクリコ・ヴァレーにワイナリーを設立して、空圧式圧搾機やステンレスタンク発酵などの進んだワイン製造技術をヨーロッパから持ち込んでからです。しかし、1973年のクーデターから続いた、ピノチェト軍事独裁政権下、ワイン消費は落ち込み、大量に抜根されます。独裁政治が1990年に終わると一挙に海外からの投資や人的交流が加速します。

バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドやモンダヴィに加えて、ボルドーで有名な、ミッシェル・ローランもやってきます。コルチャグア・ヴァレーのクロ・アパルタに、ワインのリリース前の90年代前半からコンサルタントとして協力してきました。地元チリ生まれの、パトリック・ヴァレットも活躍。サン・テミリオンのトップ・シャトー、パヴィの前オーナーのヴァレット家の血筋。ボルドーでもカリフォルニアでも経験を積んでいました。

こうした、フランスやアメリカからの資金や技術の流入、コンサルタントの活躍で、進んだワイン造りが定着。最近では、果実の完熟志向から、酸を維持して、新樽比率を抑えて、全房発酵等でフレッシュ感を大切にするワイン造りに方向性が変わりつつあります。

もっとも、ピノ・ノワールの全房発酵は、茎が完熟しない場合もあるので、苦みを心配する声もまだまだあります。一方、新樽比率では、アルマヴィーヴァでも、昔の100パーセントの時代から、既に、7割程度まで使用比率を落としてきています。

環境への配慮:オーガニックとビオディナミの隆盛

牛の角に牛糞を詰め地中に埋める、ビオディナミ農法

チリは、一般的に、地中海性気候に恵まれて、乾燥しています。そして、日照にも恵まれた環境。比較的、病害の被害が少ないこともあり、認証を取得する、しないにかかわらず、オーガニック栽培が市民権を得ていました。

IMOはスイスで設立されたオーガニックの認証団体。その拠点は世界中に存在します。そして、デメターは、ルドルフ・シュタイナーの提唱したビオディナミの認証機関。このどちらの認証も有している、エミリアーナはチリ最大のオーガニックワイン生産者。中でも、コルチャグア・ヴァレーのロス・ロブレスの畑は、代表格。シラーや、カルメネーレ、メルロ、カベルネ・ソーヴィニョンを使ったベストセラー、コヤムが有名です。

更には、最近認定が始まった、環境再生型農業の認証(リジェネラティブ・オーガニック認証)をチリで初めて取得。土地を劣化させるのでは無く、改善。健全な土壌から生産性の高い農業を実現するものです。同じ、コンチャ・イ・トロ傘下のコノスルや、ミゲル・トーレスもオーガニック栽培に注力しています。かつては、業界として、オーガニックであることを声高に主張しませんでしたが、今や積極的にPRしています。

土壌への注目

テロワール博士とも呼ばれる国際的なコンサルタントであり、またワイン生産者でもある、ペドロ・パラ。土壌はワインのテキスチャーに影響を及ぼす。訓練すれば、どういう土壌でブドウが育ったか見分けられると主張します。チリの名だたる生産者に、コンサルティングを実施。テロワールへの関心を大いに高めました。

既にご紹介した、アコンカグア・コスタのピサラ。そして、マウレでも、片岩の土壌を持つマウレ・コスタの傾斜地をミゲル・トーレスが開拓。エリアDOエンペドラドで、ピノ・ノワールを、段々畑で栽培しています。

気候変動の影響

気候変動の影響は、チリ北中部での酷暑や干ばつによる水不足に留まりません。ビオビオ・ヴァレーやイタタ・ヴァレーでは雨量が多い一方で、林業がチリで最も盛ん。そして、近年の気候変動の影響で、大規模な森林火災のリスクが高まっています。

2017年には歴史的な火災で、イタタ・ヴァレーでは300ヘクタール近いブドウ畑が被害を受けたとされています。さらに、今年、2023年に入ってからも、重ねて森林火災に見舞われました。直接、ブドウ樹が火災に遭わなくとも、スモーク・テイントによる被害(揮発性フェノールによる、灰や焦げ臭い欠陥臭)も懸念されています。小規模生産者も多い、これらの産地。今後も、災害が続けば産業全体への影響が深刻になります。

6. まとめ

安いワインばかりかと思っていたチリ・ワイン。実はアイコン・ワインと称される高級ブランドもあり、入手困難な希少なワインも少なくありません。産地も温暖で、栽培が楽な土地ばかりでは無く、霜害や、かび病に悩まされる生産者もいます。アカデミー・デュヴァンで、様々な品質やスタイルのチリ・ワインを幅広くテイスティングしながら、一緒に勉強しませんか?

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