イタリア南端の州、シチリア。州都のパレルモ、そして古代ギリシャの科学者アルキメデスの故郷シラクサにも世界遺産が立地します。今やシチリアワインの震源地とも言える、標高3,000メートルを越える、エトナ山も世界遺産。そして、ブドウ栽培の歴史は、紀元前2千年紀に遡るとも言われています。数々の世界遺産と歴史に恵まれた風光明媚な土地。今回は、一度は是非、訪れてみたいシチリアワインの魅力を深堀りします。
【目次】
1. シチリアワインの過去:量が必要とされていた時代
2. シチリアワインの挑戦:高品質ワイン生産への転換
3. シチリアの有名土着ブドウ品種
4. シチリアワインを牽引してきた黒ブドウ
5. エトナ:シチリア第2のDOCGなるか
6. オーガニック栽培と多様性の保護
7. マルサラの功罪
8. パンテッレリーアのワイン造りとその他の産地
9. シチリアワインのまとめ
シチリアは、北はティレニア海、東はイオニア海、西は地中海に囲まれているイタリア最大の島。イタリアは良くブーツの形に喩えられますが、ブーツのつま先に当たるカラブリア州と向かい合っています。島の北東部にそびえ立つのは、ヨーロッパ最大の火山、3,000メートル級のエトナ山です。冬季は山頂から中腹までが雪に覆われています。シチリア島は全般的には地中海性気候ですが、島の中央部は丘陵地で海の影響が妨げられ、大陸性気候の影響を受ける土地です。特に、北アフリカに近い南端部や海岸線では、アフリカからの強風、シロッコも吹き込んで来ます。

1. シチリアワインの過去:量が必要とされていた時代
シチリアには目まぐるしく変わる様々な海外の文化が入り込み、その影響を受けてきました。ギリシャ人が持ち込んだブドウ栽培法が、低い株仕立てのアルベレッロです。紀元前3世紀から2世紀には、ローマ人が征服。9世紀には、イスラム教のアラブ人が支配しました。また、11世紀には、ノルマン人の侵攻を受けます。
そして、中世の14世紀から17世紀にはスペインが統治。18世紀から19世紀に掛けてイギリス海軍の拠点となり、最終的にはイタリア王国に1861年に編入されました。
19世紀後半のフィロキセラ禍で、フランスが大被害を受けた時代には、安ワインをフランスへ輸出。大量にバルクワインが販売されて、一時期は、30万ヘクタールという広大な土地でブドウ栽培が行われていたと言われています。
その後、長い間、投資が十分にされず、時代に取り残されて、低品質のワインを生産。過半が、協同組合製で、カタラットやトレッビアーノなどの白ブドウを使ったワインでした。
バルクワインは、ヴィノ・ダ・タリオと呼ばれ、北ヨーロッパへ輸出されるブレンド用に使われるアルコール度数が高いものが主流でした。
シチリアと言えば、思い出されるのは、マフィア。1960年代から80年代にかけて、コーザ・ノストラの暗躍する暗い時代が続きました。映画『ゴッドファーザー』のドン・コルレオーネは架空の人物ですが、出身地はコーザ・ノストラの本拠地の設定。パレルモの南にある、コルレオーネ出身とされました。近年でも、一部のワイナリーがマフィアとの関係を疑われることがあった一方、マフィアから没収した土地で、アンチ・マフィアを謳ったワインが造られたこともあります。いまだに、ワイナリーに地元のマフィアが立ち退きを要求するなど、その影響は完全になくなったとは言えないようです。
それでもワイン造りは1980年代後半からは近代化が進んで行きました。バルクワインを生産していた協同組合も投資を推進。他方、例えば家族経営で品質重視のカーザ・ヴィニーコラ・ファツィオでは、80年代にそれまでのバルクワインの生産を止めて、新しい醸造設備に投資をしました。
とは言うものの、当時は島で瓶詰されているものは、極少。イタリア国内、そしてフランスへ、ブレンド用としてワインの色合いやアルコール度数、タンニンを補強するために、出荷されていました。20世紀後半になっても、まだ、酒精強化ワインのマルサラや、バルクワインに注力していたのが現実。2000年代の中ごろになっても、島で瓶詰までするワインは2割にも及ばず、DOC等級に格付けされていたのは、その内5パーセントにも満たなかったと言います。それが今では、DOCは生産量ベースで、37パーセント。
でも、最上位の等級であるDOCGは、シチリアではチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアDOCGのみ。ヴェネトと1位2位を争う、9万5千ヘクタールという広大な栽培面積を有しているにも関わらず、たった一つのDOCGしか、いまだに存在していません。この事実が、量を基軸に据えたバルクワイン造りの長い歴史を物語っているとも言えます。
2. シチリアワインの挑戦:高品質ワイン生産への転換
近年のシチリアワインの躍進を語る時に欠かせないのは、ディエゴ・プラネタです。80年代の後半に、プラネタ社を創立。そして1985年に、ブドウとワインの生産研究所である、IRVVのトップに1985年に就任。シチリアのワイン造りに変革をもたらします。

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その後の90年代は、シチリアワインのルネサンスの時代。白ワインの比率は落ちて行き、黒ブドウの国際品種が増えて行きました。プラネタは、イタリアから、サッシカイアの天才醸造家ジャコモ・タキスを招聘。ワイン造りの技術向上に貢献します。
プラネタに加えて、歴史ある家族経営のタスカ・ダルメリータ、ドンナフガータも評価を固めて強いブランドとなっていき、シチリアワイン変革の起爆剤となります。これら3社は、夫々約400ヘクタールの栽培面積を有する大手。生産者グループ、アッソヴィーニ・シチリアを立ち上げました。このグループには、エトナで有名な、ベナンティもカーザ・ヴィニーコラ・ファツィオも参加。品質を重視するワイナリーが集まっていきます。
一方、協同組合も品質向上が進んでいきます。5,700ヘクタールという広大な栽培面積と2,000人の栽培事業者を抱えるセッテソリ。代表ブランドのマンドラロッサが人気を獲得しました。
先ずは、現代的な醸造技術を導入。そして、国際ブドウ品種を取り入れます。土着品種は盛り上げていきたいが、先ずは品質向上を進め、売れるワインを造ることに注力したのです。
しかし、2000年代以降は、土着品種の波が起こります。プラネタ社でも、ネロ・ダーヴォラやカリカンテ、フラッパートと言った土着品種へ注力。国際的な評価を上げました。IRVVの後継となったワイン・オリーブオイル研究所のIRVOも、土着品種の研究を進めて、それを実地に植樹して栽培を進める生産者も出始めています。
そして、収量の点で言っても、シチリアはヘクタール当たり、平均6.5トン。イタリア全体の平均11トンから比べると大分、抑えられています。
こうして、品質の高い土着品種を活用したワイン造りが広がってきたのです。今や、シチリアワインのイメージは大幅に改善。ニューヨークのミシュラン格付けを持つシェフが経営する様な店でもソムリエが注目する産地となりました。
3. シチリアの有名土着ブドウ品種
今日では、シチリアのブドウ栽培面積の過半を、50種類を超える土着品種が占めています。ブドウ品種全体では、白ブドウが優勢。ワインの生産量ベースで、白ワインが66パーセントを占めます。
その中でも、カタラットが最大栽培面積を占有。ヴェネト州で有名なソアヴェの白ブドウ、ガルガーネガと親子関係があると言われています。マルサラの主要品種として広く栽培されてきた歴史が有りますが、昨今、栽培面積は減少。
代わって、栽培面積が増加中なのはグリッロ。カタラットとモスカート・ダレッサンドリアとの自然交配とされ、比較的新しい品種です。高収量のカタラットと比べると、品質の高い単一品種ワイン向けに人気が出ています。
インツォーリアも、やはりマルサラに使われてきました。
栽培面積は限定的ですが、人気がうなぎ上りなのは、カリカンテ。10年の熟成も可能な白ワインを造ることができると評価されています。エトナ山の標高の高い畑で栽培。リンゴ酸が豊かなブドウ品種です。栽培面積は非常に限定的ですが、シチリアでは、最高品質の白ワインでは無いかと言われています。
黒ブドウは、ネロ・ダーヴォラが最大品種。そして、国際品種のシラーやカベルネ・ソーヴィニョンやメルロと並んで、注目すべき土着品種は、ネレッロ・マスカレーゼ。エトナ山の斜面で栽培されています。薄い色合いで酸が高く、エレガントなものはピノ・ノワールやネッビオーロと間違えられることも。

ネレッロ・マスカレーゼ
4. シチリアワインを牽引してきた黒ブドウ

ネロ・ダーヴォラ
最大品種で近年の土着品種の勢いを牽引してきたネロ・ダーヴォラ。少し、掘り下げてみましょう。
様々な土壌で上手く生育できて、果実味は豊富で酸も、そこそこ有るのが強み。でも、晩熟とまでは行きませんが、生育には暖かさが重要な要素となります。ですので、地面近くから熱を吸収できる低い株仕立てが最適。棚仕立てからアルベレッロへ転換が進みました。また、アルベレッロは、収量が低く糖度が上がり、アルコール度数が高いワインになる傾向が有ると言われます。しかし、機械収穫のしやすさ等の観点から、今日では、垣根仕立ても広く採用されるに至っています。
醸造工程では、発酵温度制御が重要な役割を果たしました。温度が高くなった結果として、発酵期間が短くなり、バルクワインに使われていたネロ・ダーヴォラの品質が向上したのです。
チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアDOCGでは、ネロ・ダーヴォラにフラッパートがブレンド。このブドウ品種は、明るい色合いで、酸味が利いていて、過半を占めるネロ・ダーヴォラの良いブレンド相手となります。このDOCGは、2005年に認定された島の南東の産地。地中海性気候で暑く荒涼とした土地です。海沿いから内陸に広がり、土壌は砂質や石灰岩粘土質などが中心。
5. エトナ:シチリア第2のDOCGなるか

カターニアの町から望むエトナ山
エトナDOCを、山頂方向から見渡すと、山頂と西部を除いたコの字型の地域でブドウが栽培されています。日較差が大きく、シチリアでは多雨な産地。標高1,000メートルの畑でも栽培が行われています。
赤ワインのエトナ・ロッソはネレッロ・マスカレーゼが主要品種。ネレッロ・カプッチョがブレンド相手として選ばれるのが一般的。小樽かボッティの大樽で熟成されます。白ワインのエトナ・ビアンコはカリカンテが主要品種で、ステンレスタンクか大樽で熟成されます。
エトナにはテロワールを考える生産者たちが集まります。エトナは1968年に、シチリアでは最初にDOCを取得。高品質ワインを造って、今日の名声に至る道筋をつけたのは、ジュゼッペ・ベナンティでした。土着ブドウ品種がまだまだ注目されていない時代から、カリカンテやネレッロ・マスカレーゼに注目。
彼の元、コンサルティングをしていたサルヴォ・フォーティは、後に栽培家グループの「イ・ヴイニェーリ」を組成。自らのワインをリリースします。
もう一人名前を挙げるならば、マルコ・デ・グラツィアでしょうか。ピエモンテのバローロ・ボーイズの指南役でもあったマルコ。故郷でもあるシチリアで、テッレ・ネーレを創業。当時、ワイナリーが10社もなかったエトナが、地中海のブルゴーニュになるだろうと予言したと言います。
エトナでは、産地を土壌、地質や標高などを考慮して、土地を細分化。コントレイドと呼んでいます。133のコントレイドが定められていましたが、最近142まで更に増加。このコントレイドは、キャンティ・クラシコやバローロ、バルバレスコで見られる、UGAと呼ばれる追加地理区分と実質的には同義です。
エトナの存在感はイタリアのみならず世界に広がり、とうとう2023年に、エトナワインの保護協会がDOCGの取得に動き出しました。やはり、DOCGというお墨付きがあるのと無いのでは、新しい市場を開拓する時には難易度が変わってきます。現時点では、シチリアのDOCGは1つ。DOCは23です。
DOCG取得に向けては、収量の厳格化や、スプマンテ(スパークリングワイン)に使用するブドウ品種の規定等の様々な条件が盛り込まれています。
6. オーガニック栽培と多様性の保護
乾燥した気候は、オーガニック栽培には最適。シチリア全体では、3万ヘクタールにも及ぶオーガニック栽培面積を有します。地中海性気候に恵まれて、雨は冬にまとまって、夏は乾燥した気候。海風のお蔭で、夏の暑さは若干和らぐ一方、かび病の類は大きな脅威にはなりません。
産地を挙げての活動も活発です。IRVVがブドウ品種や台木の研究、仕立て、産地との適合などの助言を行ってきました。そして、更に2022年から始まった、Bi. Vi. Si.というシチリアのブドウ栽培における生物多様性のプロジェクト。ブドウ品種の多様性に焦点を当て、土着品種の再生や持続的な普及を目指しています。これまでに、新しく131種類のクローンを特定。
最近では、イタリア出身の3人のマスター・オブ・ワインが集結。「風のワークショップ」と名づけてマルサラ周辺の畑で、グリッロからワインを造っています。半ば忘れ去られようとしている、マルサラ周辺の産地。この産地の復活を証明したいという意気込みです。
7. マルサラの功罪
シチリアワインを語る上で、知っておかねばならないワイン。マルサラは、酒精強化ワインでクリームシェリーにも似ています。
18世紀にイギリスのジョン・ウッドハウスがシチリアの西海岸を訪問。当地のワインを、酒精強化してイギリスに出荷した所、大うけ。
シェリーやマデイラとも並び称される世界屈指の酒精強化ワインになるかと思われました。しかし、コーヒーやアーモンド、ストロベリー等で風味付けした低品質なマルサラ・スペシャル。この製品群のお蔭で、評判が落ちました。ウッドハウスとも手を組んだ、伝統ある生産者フローリオ。量的には大きく拡大したものの、大衆向けが中心になりました。

その後、原産地呼称が1969年に制定され、熟成期間により分類。しかし、結局は、料理用が主目的の、熟成1年のフィーネが、8割方を占めると言われます。熟成2年のスペリオーレ、そして、最低熟成5年以上のヴェルジネ。こうした高級レンジの特に高品質なものは、入手が簡単ではありません。
高品質なワインを造る有名生産者の一つは、マルコ・デ・バルトリ。マルサラが落ち込んでいた、1980年代にワイナリーを建設。品質の高いマルサラを復活させるべく尽力しました。グリッロ100パーセントを使った、ヴェッキオ・サンペーリは、1万円越えで、マルサラとしては破格。敢えて酒精強化せずに、ソレラ方式で平均15年間熟成。低収量の樹齢40年のブドウ樹から収穫したグリッロを使っています。
高級なマルサラは、グリッロを主要品種として使います。暑い産地でも、きびきびした味わいを実現。でも、日焼けしやすいので、株仕立てが最適です。酸化しやすい特徴もあるので、酸化熟成が製法の要であるマルサラに使うのは納得。
グリッロは、古くからある品種なのですが、カタラットより生産性が低く、更にはマルサラの衰退を受けて、忘却の彼方に追いやられていました。辛口の高品質な白ワインを造ることができると見直されて、復活。シチリア西部を中心に栽培されています。
8. パンテッレリーアのワイン造りとその他の産地

シチリア州は、シチリア島以外に幾つかの島を含んでいます。特にワイン産地として注目したいのは、パンテッレリーア島。標高は高くは有りませんが、岩がちで険しい地形。地中海性気候で、降雨量が少なく干ばつには悩まされます。
コンケと呼ばれる、穴の中にブドウ樹を植えて、アルベレッロの仕立てで栽培。かなり低くブドウ樹を固定できますので、風から守ることができます。ギリシャのサントリーニ島のアシルティコと似ていますね!
古木が多く、糖度がしっかり上がります。この産地の代表品種は、モスカート・ダレッサンドリアとしても知られるジビッボ。アパッシメントという手法で、乾燥させたブドウを、普通に収穫、既に発酵している果汁に添加して造る甘口ワインは絶品。マスカットの香り以外にもトロピカルフルーツ、レーズン、ドライフラワー等の香りも高いパッシート・ディ・パンテッレリーアDOC。南アフリカのヴァン・ド・コンスタンスにも肩を並べるほど素晴らしいワインです。
シチリア島の北東端のファーロDOCは、カラブリア州の対岸。2つの州を隔てる距離は5キロメートルもありません。港町のメッシーナが産地の中心。丘陵地の斜面でブドウ栽培が行われています。主要ブドウ品種は、エトナDOCで有名な、ネレッロ・マスカレーゼとネレッロ・カプッチョに加えて、黒ブドウのノチェーラが使われています。また、対岸カラブリア州の最大品種の黒ブドウ、ガリオッポも栽培しています。
北西部のアルカモDOCは、パレルモとマルサラの産地の間に立地。カタラットを使った白ワインが有名。赤ワインは、ネロ・ダーヴォラの他、国際品種のカベルネ・ソーヴィニョン、メルロ、シラーが広く栽培されています。
9. シチリアワインのまとめ
今回は、長い間、バルクワインの供給基地となってきたシチリアを取り上げて、その変革の歴史を見てきました。様々な、土着ブドウ品種に恵まれて、品種の個性を活かしたワインが高い評価を受けています。地中海性気候に恵まれた産地はオーガニック栽培に最適。標高が高く、日較差が大きいエトナ山の畑からはエレガントなワインが生まれています。アカデミー・デュ・ヴァンでは、イタリアン・ワイン・スカラーの資格取得講座ほか、イタリアワインの講座を豊富に揃えてみなさんのお越しをお待ちしております。是非、シチリアワインの良さを一緒に発見しましょう。