ドイツワインの話になると、いつのまにか名前が浮かび上がる人がいます。「ドイツワイン王子」の愛称で親しまれてきた山野高弘さんです。どこか本人も気恥ずかしそうにしているこの肩書きには、実は、彼がドイツ専門のインポーター社長であり、アカデミー・デュ・ヴァンで多くの受講生に支持されてきた講師であること、そしてその裏に意外なほど泥臭く、しかし豊かなワイン人生があることが滲み出ています。
今ではYouTubeやInstagramを自在に使いこなし、「発信するインポーター」としても存在感を増しています。来春には「Instagram共育学園」の開講も控え、活動のフィールドはさらに広がるばかりです。
今回は、そんな山野さんのこれまでの歩みと、これから描いていく未来について、ゆっくりとお話を伺いました。
【目次】
1. 売れない日々が、私をドイツへ
2. ドイツでの苦汁体験
3. ゲオルグ・ブロイヤーでの奇跡
4. アカデミー・デュ・ヴァンとの出会い
5. コロナ禍が教えてくれたこと
6. 52歳、父、社長、そして発信者へ
7. Instagram共育学園で「ともに育つ」
1. 売れない日々が、私をドイツへ
就職氷河期まっただ中、私は関西の地元のスーパーに就職し、その当時はやっていた輸入品売り場に配属されました。高級時計やマイセンの陶器が次々と売れていく、気づけば入社から5年で副主任。20代の私は、「自分は仕事ができる」と、どこか当然のように思い込んでいたのだと思います。
ところが、27歳で家業であるドイツワインの輸入会社「ヘレンベルガー・ホーフ」に入った瞬間、その自信はあっけなく崩れました。ワインが、まったく売れないのです。
「前職では100万円の時計を何本も売っていたのに、3000円のワインひとつ売れないのはなぜだろう」そんな疑問が頭から離れませんでした。
思い返せば、スーパーでは大量の広告チラシを配り、有名ブランドが並び、売れるのが当たり前の環境でした。対して、当時の日本では「ドイツワイン=甘口」という強固なイメージがあり、会社名も知られていない。営業に出ても手応えは薄く、「どうして売れないんだろう」「どうやって伝えればいいんだろう」と、自問ばかりが増えていきました。
そんな悔しさと焦りに押されるように、私はある日ふと覚悟を決めました。
「一度、本場で本物のドイツワインを学んでこよう」と。そうして私は、ドイツへ飛び立つ決意をしたのです。
2. ドイツでの苦汁体験
1年ドイツで研修をしていた父の後を追う形で、ドイツの名門ワイナリー「フーバー」で修業できることになったものの、任されたのは枝を集める、床を掃く、といった地味な作業ばかりでした。毎日少しずつ気持ちが沈んでいったのを覚えています。
そんなある日、さらに追い打ちをかける出来事が起きます。当初の予定よりも半年も早く、「滞在はここまで」と告げられてしまったのです。目の前がさっと暗くなりました。
でも、不思議なもので、人は絶望の底でふと一番強い火が灯るのかもしれません。
「このままじゃ終われない」その思いだけが、胸の奥からぐっと湧き上がってきました。
私は地元で有名なワインショップへ向かい、ワインを3本買い込み、ひとりでブラインドテイスティングをしました。そして一番おいしいと感じたワインの造り手に、電話をかけたんです。
「働かせてもらえませんか?」とーーそのワイナリーこそ、私の人生の原点となる「ゲオルグ・ブロイヤー」でした。
3. ゲオルグ・ブロイヤーでの奇跡
「お尻に火が付いた」という言葉がありますが、まさにあの頃の私はそんな状態でした。
ゲオルグ・ブロイヤーで必死に働いているうちに、気づけば海外からのゲストの案内役を任されたり、次々と重要な仕事を振られたりと、想像していなかった展開が続いていきました。
なかでも驚いたのは、ある日突然、社長であるブロイヤーさんにこう言われたことです。「今度、ホテルでディナー会がある。私の代わりに話してきて。」えっ、話してきて? そんな軽い一言で済ませていい仕事なのか…と心の中では大混乱。でも醸造長が助けてくれたのです。「香りの細かい説明なんてしなくていい。普段ワイナリーでしていることを、そのまま話しなさい。」
その言葉に背中を押され、私はテーブルをひとつずつ回りながら、ワインづくりの日常を語りました。うまくいったのかどうかも分からず、とにかく必死でした。
翌朝、オーナーに呼ばれ、黙って渡されたのはホテルから届いた一通のFAX。「何か失敗したんだろうか…」と身構えながら紙をのぞき込むと、そこに書かれていたのは、まさかの大量注文。数字が並ぶFAXを見た瞬間、胸の奥でふっと何かがほどけるような感覚がありました。「ああ、やっと役に立てた」、そう初めて感じたあの喜びは、今でも鮮明に覚えています。
4. アカデミー・デュ・ヴァンとの出会い
帰国後、東京で四畳半のアパートを借りて営業を続けましたが、やっぱりドイツワインは売れませんでした。もうひとつの悩みは、日本語でワインを説明できないこと。ドイツ語では理解できても、日本語になると微妙に違うのです。
そこで私はアカデミー・デュ・ヴァンのStep-Ⅰに入学したのです。ワイナリーとは違う「スクール形式」に驚きながらも、講師の方々の丁寧でわかりやすい説明を聞くたびに、知識がスッと整理されていくような感覚がありました。
ご縁があって講師デビューしたのは2008年のこと。今、講師として私がいちばん大切にしているのは、「受講生が安心して質問できて、楽しく学べる空気をつくること」です。毎回、レッスンは乾杯で始まり、授業後のクラス会を欠かさないのも、「人とのつながりがワインをもっと楽しくする」と知っているからです。おかげさまでリピート率が高いのも特徴です。
5. コロナ禍が教えてくれたこと
「ドイツワイン王子」という呼び名は、実は私が名乗り始めたものではありません。20代の頃、大阪のワインショップ「ワッシーズ」さんでイベントをしたとき、告知にその言葉がぽんと載っていたのがきっかけでした。若さゆえの勢いもあって、「ありがたいな」と照れながらも、当時の私はその名をちゃっかり使っていたのです。
ところが40代に入ると、さすがに自分で「王子」を名乗るのは気恥ずかしくなり、一度はそっと封印しました。しかし、この呼び名が再び息を吹き返す出来事が訪れます。
2020年、コロナ禍です。
3月、4月、5月と売り上げが坂道を転がるように下がり続け、「このままじゃまずい」と必死で活路を探しました。そのなかで立ち上げたのが、ドイツワインのYouTubeチャンネルです。そして私は、40代にして覚悟を決め、長らくしまい込んでいた「ドイツワイン王子」の肩書きを、思い切って復活させました。
結果は、驚くほどの反響。YouTubeは大ヒットし、売り上げは見事なV字回復。この経験を通して、私はSNSの可能性と、その力強さを身をもって知ることになったのです。
6. 52歳、父、社長、そして発信者へ
最近では、Instagramでもしっかり発信したいと思い、中島侑子さんが主宰する「東京インフルエンサーアカデミー(TIA)」で学びました。ここで、写真の撮り方も、言葉の選び方も、そして「自分は何を表現したいのか」という軸までも、大きく揺さぶられました。
なかでも、一番変わったのは考え方です。52歳だから、社長だから、父親だから…そんな理由で「Instagramでこんな投稿をしたら恥ずかしい」と身構える必要はないということ。むしろ、どんどんやってみるほうがいい。自分がまず楽しんで投稿することが、いちばん大切だと気づいたのです。
気がつけば、ドイツワインのイベントも二日に一度開催するのが当たり前になり、ありがたいことにほとんど満席。Instagramライブを使った勉強会も常に賑わっています。小さな画面の向こうに、こんなにも人が集まってくれるなんて、想像もしませんでした。
SNSは、ただの宣伝の道具ではありません。人をつなぎ、お店を支え、未来さえ変えてしまう力がある。私は今、そのことを強く実感しています。
そして私がここまでSNSを真剣に学んでいる一番の理由は、「飲食店を救いたい」という思いにほかなりません。長くワイン業界を見てきて、ずっと感じていたことがあります。魅力的なのに、知られていない。料理も空間も素晴らしいのに、発信力が弱いばかりに埋もれてしまう…そんな飲食店を、いくつも見てきました。この現状をどうにか変えたい。その思いが、今の私を突き動かしています。
7. Instagram共育学園で「ともに育つ」
来春は、「Instagram共育学園」というInstagramを学べるスクールを開講する予定です。「共育(ともにそだつ)」という名前には、私自身の願いが込められています。SNSの世界は広く、奥が深い。私もまだまだ学び続けたいと思っていますし、生徒の方々と一緒に成長していきたいのです。
対象は飲食店に関わる方々。発信への苦手意識を取り除き、お店の未来を豊かにするための実践的な学びの場にしたいと考えています。少しの知識と行動で、人生は本当に変わるんです。
ドイツワインの魅力を伝えること、飲食業界を元気にすること、誰かが一歩踏み出すための背中を押すこと。次のステージでも、私はその想いを大切にしたいと思っています。
山野さんのお話には、飾りのないまっすぐさが感じられます。ドイツワイン再興への思い、生産者への敬意、学ぶ人への思いやり。この積み重ねが、これまでの活動を支えてきたことが伝わってきました。
そして今、山野さんは「Instagram共育学園」という新たな挑戦に踏み出そうとされています。ワインを通じて人がつながり、前に進める場をつくりたいという思いが、静かに、しかし、しっかり感じられました。「ドイツワイン王子」の物語は、これからまた新しい章へと進んでいくようです。
プロフィール
山野高弘(やまのたかひろ)
Instagram@prince_of_german_wine
Youtube「ドイツワイン王子のドイツワイン最高!」
ヘレンベルガー・ホーフ HP
- 星座:みずがめ座
- 血液型:A型
- ワイン以外の趣味:サッカー、マイケルジャクソンのダンス
- 好きな食べ物:うどん
- 酔っぱらったらどうなる?:明るくなります
- 人生を変えたワイン:ブロイヤーさんのローゼンエック リースリング






