近年、グルナッシュはスパイン語読みのガルナッチャが市民権を持ちつつあります。一方、ムールヴェードルは知っていても、モナストレルという呼び方をご存知の方はソムリエ協会の資格保有者くらいではないでしょうか。今回は、地中海沿岸地方で特にブレンドで大活躍のムールヴェードルに焦点を当てたいと思います。
【目次】
1. 本国で目立たぬスペイン起源の品種
2. 太陽を求めて旅するムールヴェードル
3. 意外に手間の掛かるムールヴェードルの栽培
4. ムールヴェードル各産地の概観
5. ムールヴェードルのまとめ
1. 本国で目立たぬスペイン起源の品種
若い内は、紫色を帯びて、ハーブのような香りを持つワインもあります。でも、熟成を経て、タンニンが柔らかくなり、獣臭や皮、樹脂、熟したプルーンのような香りが出てくるとムールヴェードルの本領発揮。起源となるスペイン語読みのモナストレルはラテン語の修道院に由来しています。ですから、修道士がこのブドウを栽培していたであろうことは、想像するに難くありません。
ムールヴェードルは、スペインやフランスだけでなく、新世界にも広がり、ブレンドに使われることで知名度が上がってきました。単一品種のヴァラエタルワインも、限定的ではあるものの関心を集めています。
ともあれ、起源のスペイン語よりもフランス語のムールヴェードルで呼ばれることが多いのは何故でしょう。フランス地中海沿岸のプロヴァンスにラングドック・ルーション、ローヌ地方にしっかりとした基盤と歴史。世界的に高い知名度を有するアペラシオンで使用される品種であることが大きいのです。
特に、ムールヴェードル単独での名声を高めたのは、プロヴァンスのバンドール。その他にも、シャトーヌフ・デュ・パプや、人気のプロヴァンスのロゼワインにも使われます。有名なところでは、バンドールのドメーヌ・タンピエ。シャトーヌフ・デュ・パプでは、シャトー・ド・ボーカステル、プロヴァンスのロゼでは、シャトー・デスクランと一流どころが目白押しです。
栽培面積は広いものの、今一つ、あか抜けない印象のスペインのモナストレル。ムールヴェードルの名前の方が、通りが良いのは頷けます。
モナストレルとムールヴェードルが同じブドウだと認識されたのも、さほど昔ではありません。カリフォルニア大学デイヴィス校の付属機関で、ブドウ樹のクローンを管理しているFPS。クローン表記のモナストレルがムールヴェードルに統一されたのは、2003年。2021年には、DNA解析で白ブドウ品種のカステジャーナ・ブランカを片親に持つ自然交配品種との結果も出たようです。
2. 太陽を求めて旅するムールヴェードル
そもそもこのブドウ、フェニキア人が紀元前に東スペインに持ち込んだものと言われます。スペインがいまだに世界1位の栽培面積。
そして、スペインの黒ブドウで第4位の品種。カタルーニャ地方やバレンシア地方で14世紀にはこのブドウは既に登場していました。そして、16世紀にはプロヴァンス地方、ルーション地方へと広がりました。でも、しっかりと歴史に名前を刻んだのは、18世紀末に農学者ホセ・アントニオ・バルカルセルの著述。ムールヴェードルというフランス名は、スペインのバレンシア州のサグントという自治体の、その昔の名前ムルビエドロに由来します。
プロヴァンスでは、フィロキセラ禍が襲う前までは、もっとも栽培面積が広かったものの、台木との相性が芳しくなく、勢いを失いました。
カリフォルニア、そしてオーストラリアでも19世紀に栽培が始まりました。この2国での呼び名は、マタロという別名で親しまれてきました。もっとも、やはり近年までは南フランスのムールヴェードルと同じ品種であることには多くの生産者は気がついていなかったようです。
オーストラリアでは、スコットランド生まれのジェームズ・バスビーが、ルーションから、挿し木をオーストラリアに持ち込みました。その後、オーストラリアからは、南アフリカにもムールヴェードルが伝えられたようです。

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ただ、残念なことに、19世紀後半から20世紀中盤までは、オーストラリアでは、酒精強化ワインが主流。ムールヴェードルは、スティルワインとしてよりも、酒精強化ワインのブレンドに使用されることが中心でした。19世紀後半にオスカー・ベンノ・セペルツが造ったパラ・トゥニー。ワイン法のおかげで、今はポートワインと呼ぶことはできませんが、セッペルツフィールドの100年の熟成を経たセンテニアル・コレクションは垂涎の的です。
20世紀後半にはムールヴェードルからスティルワインが造られます。でも中心は、シラーズやカベルネ・ソーヴィニョンとのブレンド。
さらには、ワイン用ブドウの供給過剰の問題から抜根の憂き目にも遭います。当時のムールヴェードルからは、淡くて弱いワインしかできないとの不評も有った由。なかなか日の目を見るには至りません。収穫は遅くまで待たなければなりませんし、栽培も面倒。抜根に走る生産者も多数あったのです。
3. 意外に手間の掛かるムールヴェードルの栽培
ムールヴェードルの栽培は、思ったより大変。芽吹きは遅くて、晩熟。そう聞くとグルナッシュと同様に干ばつや風にも強い健康優良児なのだろうと思いがち。
暑く乾燥した気候に耐性があるとは言われます。でも、適切な水分が必要。少々痩せた土壌でも大丈夫ですが、水がないと駄目なブドウ。「太陽の光を浴びながら、足元はしっとりと潤う」環境を好むブドウと表現されることもあります。
特に成育期間の後半には長期に渡り、気温が高いことと十分な日照が必要とされます。シラーやガルナッチャよりも暖かい南向きの斜面が大の好み。
収量は放っておくと高くなりがち。剪定できちんと管理が必要です。
それでも、アルコールが上がりすぎることは少ないとされています。もちろん、乾燥のし過ぎで、果実がしなびてしまうと、糖度は上がってしまうので注意は必要。スペインやフランスの地中海性気候には適しています。
厚い果皮をもった小さめのブドウ。濃い色合いで、タンニンも豊富。フランスでは、そのタンニンは犬を絞め殺すほど、という意味で、エトランジュ・シアンという有難くないニックネームも授かっています。
果実は果房に密集しがち。ですから、うどんこ病やベと病と言ったかび病には掛かりがち。きっちり病害対策をする必要があります。幹の病気も弱点。
普通のブドウは、植樹後3年目くらいから果実を収穫。ワイン造りに歩を進めます。ですが、このブドウの場合は時には5年も掛かると言われます。安定的に良いブドウを得るには、15年は必要とさえ言う生産者も。
収穫の窓も決して広くはありません。糖度が上がらないと、味わいが出てこない一方で、放置すると、酸が落ちやすいのです。
成熟の為には、栄養素で言えば、マグネシウムやカリウムが十分取れるように注意が必要だと言われます。仕立ては、株仕立てかコルドンが一般的。
シャトーヌフ・デュ・パプでは、グルナッシュと共に株仕立てが義務付けられています。

シャトー・ヌフ・デュ・パプの株仕立て
栽培ばかりに注意事項が並びますが、醸造の方も、目を離すと香りや味わいが急速に変化。温度管理には注意が必要です。
4. ムールヴェードル各産地の概観
プロヴァンス
映画「プロヴァンスの贈りもの」で登場したドメーヌ・タンピエ。その単一畑のクリュ、ラ・ミグア、ラ・トゥルティーヌ、カバスーの3つは、バンドールのトップのワイン。
先代の当主リュシアン・ペイローは「バンドールのゴッドファーザー」とも呼ばれ、産地の知名度を大きく向上させました。近隣のワイン生産者たちと協力。国立原産地名称研究所(INAO)とともに、バンドールを独自のAOCとして認定させた、アペラシオン創設の立役者です。
栽培面積が減少していたムールヴェードルはお蔭で植栽面積が拡大。バンドールの赤ワインには50パーセント以上のムールヴェードルのブレンドが必須となりました。加えて、上限も、95パーセントと定められました。
でも、ムールヴェードル100パーセントのワインを造りたい生産者からすると面倒。律儀に規則を守る生産者が大半ですが、たかだか、5パーセントのグルナッシュをブレンドして何の意味があるのかと不満の声も聞こえてきます。
ともあれ、バンドールの赤ワインで、ムールヴェードルが一挙に主役の座に躍り出ます。ロゼでも、最低2割以上がムールヴェードル。グルナッシュ、サンソー、シラーなどと共にブレンドされます。
ムールヴェードルは、ワインの色が濃くなるブドウ品種。だから、ロゼワインを造る時には、直接圧搾法でない場合でも、果皮との接触は短く、せいぜい数時間。収斂性の高いタンニンの抽出を抑えます。ロゼと言っても、タンニンがしっかりしていると、爽やかさよりも、厳格な印象になってしまうのです。
ムールヴェードルを使ったロゼも、バンドールの他、内陸、沿岸部ではそれぞれ特徴が異なり、厳格なものや、果実味中心のものなどに分かれます。ムールヴェードルの割合が高いものは、長期熟成が可能。
また、最近の高級ロゼでは、新樽を使い複雑性を兼ね備えたものがあります。でも、フレッシュ感や果実味よりも、ロゼに複雑性や滋味深さを求める消費者は少数派。ニッチな高級マーケット向けとなります。
南ローヌ
南ローヌでも、ムールヴェードルは重宝されています。シャトーヌフ・デュ・パプの認可13品種にはもちろん含まれています。でも、ジゴンダスやヴァケイラスでは、50パーセント以上はグルナッシュ。シラーと共に補助品種としてブレンドのバランス感を整えます。

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昨今の温暖化の中、アルコールが高くなりがちなグルナッシュから、ムールヴェードルやシラーにシフト。この2品種を積極的に使って行こうという機運があります。特に、ボーカステルはムールヴェードルを重用。
ムールヴェードルは、シラーと同様に、還元しやすい傾向があります。ですから、熟成中は、酸素との接触は必要です。酸化しやすく、赤系果実中心で、単体では色合いも淡くなりがちなグルナッシュとは、良いブレンドパートナー。
シャトーヌフ・デュ・パプでは、大樽を伝統的に使用します。酸化しやすいグルナッシュには良い選択。でも、ムールヴェードルや、シラーには酸素との接触がもっと積極的に有った方が良いと、小樽を使用する生産者もいます。
オーストラリア
オーストラリアでは温暖なバロッサが最大生産地。他にもマクラーレン・ヴェールなど栽培は広がっています。
オーストラリアの宝物の一つは、ヒューイットソンに現存する1853年の世界最古の古木のムールヴェードル。一度、是非飲んでみたいワインです。
カリフォニア
1989年のアメリカのワイン誌『ワイン・スペクテーター』で奇抜な衣装で表紙に現れたランダル・グラハム。彼を旗印とするローヌ・レンジャーが盛り立てたお蔭で一躍有名になったのが、GSMブレンド。ムールヴェードル(M)は、グルナッシュ(G)やシラー(S)と共に、カリフォニアのブレンドワインの一翼を担うブドウ品種となりました。
シャトーヌフ・デュ・パプのボーカステルと、提携関係にあるパソ・ロブレスのタブラス・クリーク・ヴィンヤード。ボーカステル自身が、ムールヴェードル好きですから、タブラス・クリークがムールヴェードルを重視するのは当然の成り行き。
春の遅霜の被害は受けないで済む一方で、晩熟のムールヴェードルは、10月の下旬でもまだブドウは樹上。涼しい時期にゆっくりと糖度が上がって行くという、カリフォニアは、とても好ましい栽培環境と言われます。一方では、さまざまな他の品種の収穫が終わった後、最後の最後に摘む、忍耐の品種と言う生産者も。
ワイン・サーチャーのリスト上、カリフォルニアで最高小売価格がつけられているのは、サンタ・バーバラ近郊のアンドレミリーのムールヴェードル。ローヌ品種を使ったカルトワインを造るシン・クア・ノンで働いていた、ジム・ビンズがサンタ・バーバラに創設したワイナリーです。
スペイン
本家本元のスペインで注目なのは、フミージャのカサ・カスティージョ。古木から造るピエ・フランコはロバート・パーカーの『ワイン・アドヴォケイト』でも満点を獲得しています。
ワイン・サーチャーの高額ムールヴェードルのリストでも、アンドレミリーとタンピエに続いて、3位にランクイン。自根のブドウ樹から造られるカルトワインは、フィロキセラが嫌う砂質土壌に守られていました。でも近年、少しずつ栽培面積が削られているようです。
スペインでは、モナストレル・エスパーニャというモナストレルを振興する協会があります。南東部の5つのDO、アリカンテ、アルマンサ、ブリャス、フミーリャ、イエクラと協力。ムールヴェードルの紹介や普及させるための啓蒙活動を推進しています。
でも、やっぱり、テンプラニーリョやガルナッチャがあくまでもスペインの黒ブドウ品種の中心。最近、ちょっとお洒落だと思われているのが、メンシア。滋味深く、肉感があり、リッチでタンニンもしっかりした濃いモナストレルには新しいファンができにくいのでしょうか?
少々、ぞんざいに扱われていた感があるスペインのモナストレル。でも、過熟したモナストレルから造ったアルコール16パーセントを超える、甘口のフォンティジョンは、歴史的に有名なワイン。
野生酵母使用が義務付けられ、さらにはシェリーと同じように、オーク樽のソレラを使って10年以上も熟成。今では希少な存在ですが、伝統保護の観点からアリカンテで大事に造られています。生産量はごく少量で収量は最大ヘクタール当たり3トン。最低樹齢は20年と数々の厳しい条件のもとで、今も伝統が紡がれています。
5. ムールヴェードルのまとめ
今回は、スペイン発祥ながら、フランスのアペラシオンを通して世界的に知名度が高いムールヴェードルを勉強。ブレンド中心に活用されつつも、単一品種のワインにも素晴らしい高級ワインがあることを学びました。
また、地中海の黒ブドウ品種はどれも同じような特徴なのでは無いかと思うと、栽培は、意外と面倒な品種。学んだ知識を忘れてしまう前に、プロヴァンスのロゼかスペインのモナストレルでも傾けながら復習しておきましょう。







