海中熟成ワイン ~ 21世紀の大革新となるか?

ワインの熟成とは、色、香り、味わいを変化させ、品質を向上させる複雑な化学プロセスである。伝統的にこの過程は、温度、湿度、光などの外的要因を管理できる、専用のセラーで行われてきた。外的要因を安定させるため、かつては地下にセラーを設ける場合が多かったが、エアコンのある現代において、もはや地下は必須要件ではない。そんな中、「ワインを海中で熟成させる」という突拍子もない手法が、近年注目を集めている。当初は、物好きによる珍奇な実験でしかなかったが、後続が次々と現れ、学術研究の対象にもなり始めた。最高のワインを世に出そうとする生産者たちは、高品質につながるテクニックなら、適法の範囲内でなんでもする。海中熟成も、そうした技法のひとつである。

本記事では、海中熟成ワインについて、その起源、効果、生産者の実例などを概観し、この新たな手法が、今世紀の大革新になりえるかを占ってみる。

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【目次】
1. 海中熟成ワインの起源となぜ?
 ● 沈没船からの「発見」
 ● 海中という熟成環境
2. だれが海中でワインを熟成させているか
 ● シャンパーニュ生産者
 ● スティルワイン生産者
 ● 海中ワイナリーの壮大な計画
 ● 日本での奇妙な盛り上がり
3. 違いはあるのか?
4. ビジネスとマーケティングの視点
 ● 高い生産コスト
 ● 付加価値の出所
5. 海中熟成ワインのまとめ


1. 海中熟成ワインの起源となぜ?

沈没船からの「発見」

きっかけは、バルト海で発見された、2艘の沈没船だった。まずは1998 年、フィンランドのラウマ沖で1916 年に沈没したスウェーデン籍の帆船から、1907 年産シャンパーニュ(エイドシック社製)が、数千本引き揚げられた。さらに 2010 年には、フィンランド領オーランド諸島沖に沈む1840 年代の船(船籍不明)から、約170 年前のシャンパーニュ(ヴーヴ・クリコ、エイドシック、ジュグラール=現ジャクソン社製)が発見された これらのボトルは、海中に沈んだ船中で極めて長い歳月を過ごしていたにもかかわらず、泡立ちや複雑な風味を、驚くほど良好な状態で維持していた。そこから、「海の中は、地上のセラーより、ワインの熟成に相応しい環境ではないのか?」という問いが立ち上がる。意図的な海中熟成の実験が始まった。

海中という熟成環境

沈没船から出てきたシャンパーニュが、かくも長き寿命を持てたのはなぜか。理論上の仮説は以下である。

まず、温度の安定。エアコンが常時稼働していない地上のセラー(海中に対する「地上」の意味で、地下に掘られたセラーを含む)では、季節によって多少の温度変化がある。しかし、一定の深さ以上の海中では、年間を通じて温度がほぼ変化しない。この環境は、瓶内で生じる化学変化の速度をゆるやかにする。

より重要なのは、瓶の周囲に酸素が少ない点であろう。海水には、大気中と比べてはるかに少量の酸素しか溶けていない。大気中の酸素量は、1リットルあたり約280ミリグラムだが、海中20メートルだと2~9ミリグラム(水温や場所によって異なる)まで下がる。自然な成り行きで、コルクを通じての瓶内への微量酸素侵入が防がれ、フレッシュさや果実味、赤ワインの色などが長く保つ。海中熟成ワインが「酸化しにくい」という傾向は、学術論文のために行なわれた比較試験でも検証されている。

水圧の存在も無視できない。深さ10メートルごとに、1バールずつ圧が増加する。外からの圧力は、シャンパーニュのように瓶内が高圧になっている泡ワインにおいて、内部圧力との平衡を保つのに役立つ。つまり、炭酸ガスの保存にプラスに働くのだ(水圧がコルクを瓶口に押しつけるため)。

評価が分かれるのは、海中の振動だろう。波、潮、海流は、海中のボトルに穏やかだが絶え間ない振動を与える。一般的に、振動は瓶内の化学変化を加速させるため、避けるべき要因だ。しかし、海中熟成推進者の中には、この振動が、風味やアロマの統合を促進するので、より好ましい要素だと唱える向きもある。揺れのみならず、岸壁に波がぶつかって生じる音も同様に熟成を加速させると、一部の実践者は唱えている。

湿度については、地上のセラーは60~70%に保たれるのが普通だが、海中だとボトルの回りはすべて水なので、湿度という尺度が存在しない。ワインセラーの高湿度は、天然コルクが乾燥によって収縮するのを防ぐのが目的だから、海中はある意味完璧な環境だ。

最後の要素は、光の不在。十分に深ければ、海中は暗く(水深20メートルでの太陽光の強さは、海面の5%程度)、ワインに悪影響を及ぼす紫外線がほとんど届かない。とはいえ、地上のワインセラーも電灯を消せば暗闇だから(窓がない場合や、地下に掘られた場合)、さほどの差は実際的にないだろう。

2. だれが海中でワインを熟成させているか

多くの生産者が、海中でのワイン熟成に取り組んでいる。ボトルを沈めるのが一般的だが、樽を沈める者、アルコール発酵から海中で行なう者、果ては海底に「ワイナリー」を築いてしまう者までいる。

シャンパーニュ生産者

沈没船から見つかったのがシャンパーニュだったため、同地方の造り手たちが試してみるのは当然だ。ヴーヴ・クリコ(Veuve Clicquot)は2014 年、バルト海オーランド諸島沖の水深40メートルに350 本を沈め、水温平均 4℃の環境で数十年スパンの比較研究を継続している。定期的にサンプルを引き揚げ、海中熟成ボトルと地上セラー熟成ボトルを比較試飲する計画だ(市販はされない研究品)。現時点では、「海の中のほうがゆっくり熟す」、「泡や香りの表現に差がある」という所感である。ドラピエ(Drappier)は、2013年からフランス・ブルターニュ地方沖の水深 31メートルで、646 日の海中熟成を実施した(水温8~13℃)。ルイ・ロデレール(Louis Roederer)も、モン・サン・ミシェルの沖合で、海中熟成を試している。なお、フランスの原産地呼称法上、海に沈めるのは澱引き(デゴルジュマン)後のボトルでないといけない。さもなければ、引き揚げたあとに、AOCシャンパーニュを名乗れないのだ。

ルクレール・ブリアン(Leclerc Briant)は、アビス(Abyss)という名のキュヴェで、海中熟成ワインを商品化している。シャンパーニュ地方における自然派コンサルタントの雄エルヴェ・ジュスタンが、実験場として用いているのがこのメゾンなのだ。海中熟成は当然の選択肢となった。アビス 2017の例では、2019年3月から2020年5月まで、ブルターニュ沖の水深60メートルにボトルが沈められた。市販にあたって、「海中から引き揚げた後のボトルは、軽く洗っているだけなので、大変汚れた状態。貝殻が付着しているかもしれない」との注意書きが添えられたのは可笑しい。アビスには、独特のミネラル感、柔らかく洗練された口あたりが見られると、とある評価者は述べている

スティルワイン生産者

泡以外で実験を行なっている造り手も、もちろんいる。ギリシャの高名な生産者、ガイア・ワインズ(Gaia Wines)は、サントリーニ島沖合の水深約 20メートルに、白ワイン(アシルティコ)を沈めた。地上熟成ワインとの長期比較を行った結果、ボトル外の酸素量の違いから、香気化合物の組成に差が生じたと報告している。

スペインでは、2003年という早い時期に、カルト的醸造家のラウル・ペレス(Raúl Pérez)が、リアス・バイシャスの沖でアルバリーニョを熟成させた。水深は20メートルほど、期間は2~3ヶ月と短い。スケッチ(Sketch)という名の付いた白ワインで、現在でもこの銘柄の一部は、海での熟成を経ている。

「潜水」するのは、ボトルだけではない。ボルドーのシャトー・ラリヴェ・オー・ブリオンは、2009年ヴィンテージの赤ワインを、樽で沈めた。「ネプチューン」と名付けられた容量56リットルの樽が、コンクリート容器に収納された上で、アルカション湾に潜っている。6ヶ月間、海で寝ていたこのワインは、より柔らかく、タンニンが重合した状態になったと、成分分析のデータが示された。当実験ではまた、海水の塩分が樽内に浸透した結果、ワインの塩味が強まったとも報告されている。

アルコール発酵から、海でやってしまえと考える生産者もいる。フランス南西地方のエギアテギア(Egiategia)は、二度目のアルコール発酵を、海中で行なう先駆的試みで知られる。特殊素材のタンクに移したベースワインを、サン・ジャン・ド・リュズ沖の海中 15メートルに沈め、8~9 ヶ月間かけて再度発酵させるのだ。引き揚げてタンクを開けた際には、再発酵で生じた炭酸ガスがワインに溶けているが、瓶詰めされるのはガスを抜いたあとのスティルワインである。エギアテギアの創業オーナーであるデマニュエル・ポワルムールは、このプロセスで特許を取得した。

ポワルムールは今、西オーストラリア州のサブシー・エステート(Subsea Estate)に、技術協力をしている。目下生産されているのは、セミヨンとシラーズだが、近いうちにシャルドネとカベルネ・ソーヴィニョンも追加の予定だという。265リットル容量の発酵用ポリタンクが設置されるのは、オーガスタ沖15メートルの海中で、水温は19~22℃だ。ポワルムールによると、容器内での二次発酵時に生じる澱とともに、海中熟成を行なうのが肝らしい。同氏の経験によると、「白とロゼは、二次発酵後のほうが、アルコール度数が低いように感じられ(分析数字上は逆)、澱との接触で滑らかに変化した舌触りが、酸味を引き立てている。赤ワインは、長期間樽熟成させたかのように、骨格とボリュームが増すのだが、果実味豊かで快活な風味は保たれる」らしい。

ここで紹介した以外にも、海中熟成を試みる造り手たちはいて、その数は増え続けている。

海中ワイナリーの壮大な計画

いっそ、海の底にワイナリーを作ってしまえと、大胆な構想を実現させた強者もいる。スペインのクルソー・トレジャー(Crusoe Treasure)だ。2008年、バスク州ビルバオ・ビスカヤのプレンツィア湾に設立されたこの「ワイナリー」は、水深20メートルに500平方メートルの広さがあり、コンクリートと鋼鉄で出来た「箱」である(海水が中を通るように、穴がいくつも穿たれている)。立方体のケージ容器に入ったボトルや樽は、この構造物の中に静置され、ひとときを過ごす。海中の設備は、当初から人工魚礁として設計されていて、海洋生物保護という目的も果たしているという。高名な醸造コンサルタントであるアントニオ・パラシオスが助言をしているから、奇をてらっただけのワインではないのだろう。生物学者やダイバーも、チームの一員だという。面白そうだが、今のところは「海底にワインの置き場を作っただけ」に見えなくもない。

日本での奇妙な盛り上がり

なぜだか、日本において多くの事業者が、海中熟成ワインを商品化し、地域活性化につなげようとしている。2025年現在、以下5つのブランドがある。

奄美大島(鹿児島県)では、株式会社 III Threeが2024年、「Tlass Sea Cellar」プロジェクトを立ち上げた。ヨーロッパ産ワイン(スペイン、フランス)を、水深 20 メートルに沈める。海の見えるワインバーを運営することで、体験型消費を促進しているのが特徴だ。ワインの海中熟成については日本在住唯一のマスター・オブ・ワインである大橋健一氏が、環境ファイナンスについては同分野の専門家である吉高まり氏が、アドバイザーを務める。

日本で初めて海中熟成ワインに取り組んだのが、2011年にローンチした南伊豆(静岡県)のブランド、「SUBRINA」だ。運営チームのメンバーが、代表をはじめ地元のダイバーで構成されているのが特徴である。熟成を行なう海は奥石廊中木沖で、水深は15メートル、中木マリンセンターや地元の漁協が場所の選定に協力している。ワインそのものはこちらも外国産で、南アフリカ共和国ステレンボッシュ地区産のシラーが使われている。

伊豆エリアには、「西伊豆海中熟成ワイン VOYAGE」プロジェクトもあって、地元の漁協やダイバーと連携し、地域資源を活用したビジネスモデルを構築する。15メートルの海中に約半年間沈められたワインは、ふるさと納税の返礼品としても提供され、ボトルに付着した海洋生物を「自然のアート」として価値化するというマーケティングを展開している。こちらもワイン自体の原産国は、フランス、イタリア、チリと外国である。

島根県で展開されている海中熟成のプロジェクトでは、ワインだけでなく、ウイスキーも対象にしている。ワインのブランド名は「藍色の洞窟」、ウイスキーのブランド名は「碧色の鼓動」だ。島根県産の地酒やワインに特化したECショップ「酒 IZUMO だんだん」が販売元で、オーダーが入ってから海に沈め、半年後に引き揚げて届ける形になっている。海中熟成を担当するのは、松江観光協会島根町支部である。対象の銘柄は、島根ワイナリー、奥出雲葡萄園といった、県内にある日本ワインだ。

株式会社北海道海洋熟成という、2020年設立の会社もある。札幌で飲食店を経営するバーテンダーが代表者で、ワイン、ウイスキー、日本酒などの酒類に限らず、醤油、みりん、酢などの調味料までを対象とする。これまで、知内、余市、増毛など北海道のさまざまな海に沈めてきた。販売はまもなく始まるようだ。

日本のプロジェクトはどれも、ワイン生産者自身が海中熟成を行なっていない。海に沈め、販売する企業母体は、PR会社だったり、IT企業だったりする。マーケティング先行型のビジネスと言っていいのだろう。だから、ワインそのものは日本産とは限らない(そうでないほうが多い)。

なお、日本のプロジェクトにおいては、海中熟成によって「味がまろやかになる」、「熟成が早く進む」と謳う事業者が多いのも顕著な傾向だ。コアなワイン消費者でなければ、「熟成がゆっくり進む」のを美徳とは考えないから、訴求力の高いほうに寄せたということだろうか。

3. 違いはあるのか?

かように、なかなかの流行になっている海中熟成ワインだが、後述する通り、どう考えても製品価格は高くなるし、実際に高い。地上で熟成させた「普通のワイン」との大きな価格差が肯定されるほど、香りや味わいは優れているのだろうか。いくつかの学術論文と、実践するワイナリーでの比較試飲を通じて見えてきたのは、「違いはある。ただし、十分に大きいかは意見が分かれる」という風景だ。またその「違い」が、すべての事例や観点で、ポジティブだとは言えないのも留意すべき点だろう。

とはいえ、一般化は難しい。実験対象になっているのが、赤、白、泡、リキュール、蒸留酒とさまざまで、沈められる期間、深さ、水温、封緘方法もバラバラだからだ。それでも、アルコール、総酸度というふたつの指標は、「地上 vs 海中」において、ほとんど変化しないとわかっている。焦点は、色、香り・風味、赤ワインのタンニンがどう変わるかだ。たとえば、とある比較試験では、対象となったワインベースのリキュールにおいて、海中熟成のほうにより多くのフラネオール(イチゴ様の香り物質)が認められている。ただし、さまざまなタイプのワインにおいても、どんな環境(深さ、水温、揺れの程度など)でも、この結果が再現するかは未知だ。

シャンパーニュ・メゾン、ヴーヴ・クリコの実験においては、上述したように、海中は熟成が遅いという所見が発表されている。ただし、同実験では水温が4℃というかなりの低温である点を踏まえねばならない。北欧諸国の地下セラーは、高緯度ゆえにフランスやイタリアのそれと比べて温度が低く、ワインの熟成速度が遅くなる。北欧のセラーと海中とで、熟成速度に違いはあるのか。海中熟成では、無酸素の環境というブレーキと、揺れというアクセルが、低温のほかに考慮すべき要素としてある。どの要素がどれぐらい、熟成速度に影響しているかは、今後のさらなる研究を待たねばならない。

4. ビジネスとマーケティングの視点

高い生産コスト

海中での熟成は高くつく。まず、ボトルなり樽なりを、沖合まで運び、海に沈めて、再び運び上げるという手間だ。海に沈める特殊なケージも特注せねばならないし、ボトルに防水加工を施す費用もかかる。安全な地上セラーでの熟成に比べて、野生の環境では破損リスクが高くなるから、それもコストだ。海中のボトルを盗む輩がいないとも限らないから、監視システムを組んだり、保険を掛けたりするかもしれない。加えて、いろんな局面で法規制をクリアするためには、役所への陳情や書類仕事が必須で、それも相当な人件費を発生させる。国によって事情は違うが、万人が共有する海に酒を沈めるのには、何かの許可が必要な場合が多い。カリフォルニア州サンタ・バーバラ郡では2023年、沿岸委員会ならびに陸軍工兵隊の許可を得ないまま、ワインを海に沈めたのが咎められ、2000本が廃棄処分になっている。

そもそも、現時点において米国では、海中熟成ワインの製造・販売・輸入が実質的にできない。2015年、アルコール・タバコ税貿易局(TTB)と食品医薬品局(FDA)は、海中熟成ワインについて「不衛生な条件下で保管され、汚染される可能性がある」として、連邦食品・医薬品・化粧品法に違反するという勧告を出した。本稿執筆の2025年現在、この勧告は有効のままだ。たしかに、フジツボ付きの汚れたワインボトルに、誰もが愛情を持つとは限らないから、わからないではない。どうあれ、アメリカで海中熟成ワインを売ろうとする業者は、かなり力を入れてロビイ活動をしなければなるまい。

海中熟成ワインを販売できるマーケットでも、もろもろのコストが価格には載るから、どうしても高い値段を付けざるをえなくなる。上述のように、香りや味わいの差は劇的とは言い切れないから、主たる付加価値の出所を、他に求めねばなるまい。

付加価値の出所

まずは希少性だ。味がどうあれ、海中熟成ワインは現時点において、非常に珍しい。それなりの数のワイナリーが実験中だが、市販銘柄はまだ数えられるほどで、銘柄あたりのリリース本数もわずかだ。海中熟成に限らず、高級ワインの世界では、珍しいことそれ自体に値段がつく。

次に、「まったく新しい冒険の物語」が挙げられる。ワインといえば、高貴なブドウ品種、卓越した畑のテロワール、生産者の情熱といったストーリーが、どこの産地であれ大量に転がっている。差別化は、容易ではない。そんな中、「海に沈める」というのは、予想しない方角から飛んでくる球だ。ビンボールか魔球かはまだ判然としないが、消費者は一度、バットを振ってみる価値があると考えるかもしれない。

あとは、両刃の剣ながら、パッケージングにおける「自然のアート性」だ。米国の当局によって「不衛生、汚染」と断じられた、フジツボ付きの汚れたボトルを、「海のロマン」と捉える消費者もいるだろう。少なくとも販売側には、消費者にそう考えてほしいと、宣伝文句に盛り込んでいる者がいる。

しばしばワイン業界で用いられる手だが、「比較セット」を組むのは有効だろう。たとえば、デゴルジュマンまで同じロットのシャンパーニュを、地上と海中に分けて熟成させ、その2本をセット売りするのだ。並べて飲めば、海がワインに与える影響を、消費者が自分の舌で確認できる。

5. 海中熟成ワインのまとめ

本記事冒頭で提起した問い、「海中熟成は今世紀の大革新になるか?」について、暫定的な答えを出してみよう。今のところ、ノーだ。香り、味わいの差が「微妙」なのに、やたらと高コストという2点だけを考えても、この手法が全世界にあまねく普及する未来像は描きにくい。とはいえ、まだ実験も研究も始まったばかりだ。驚くような優位姓が、今後発見されるかもしれない。また、超高級のセグメントに属するワイナリーは、膨大な原価アップを吸収しうる。高額品限定で、海底熟成が標準技術になっていく可能性は、全否定できない。

宇宙空間でシャトー・ペトリュスを熟成させるという、荒唐無稽なトライアルは、すでに実現している。火星にカベルネ・ソーヴィニョンが植えられる日も、いつしか来るかもしれない。それらと比べれば、海中熟成ワインは、手が届く範囲の無茶だ。どちらに転がっていくか、しばらくは暖かく見守っていこう。

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