連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.82 2018.04.27

~ワインがなくなる日~

 地球温暖化が葡萄の栽培や育成に影響していることはよく指摘されています。それが悪影響なのかどうかは一概に言えないですが、温暖化自体は環境問題なのですから、いい影響だ、と両手を挙げて賛成するわけにはいきません。温暖化の影響で葡萄の収穫日が、早まっていることも周知の事実です。葡萄栽培の北限がかつてシャンパーニュだったのが、イングランド南部、そしてひょっとすると来世紀にはスコットランドまで、などということもあるかもしれません。ロジェ・ディオン氏は、フランス・ワイン史で、もともと地中海気候にふさわしい葡萄が、ヨーロッパを北上していき、結果的に上質のワインを生産するに至った経緯を述べています。一見起きていることは同じかもしれませんが、古代や中世と現代では状況が異なりますからね。彼の著書は、ワインの消費と都市の関連とか、葡萄栽培の適切地について、つまりテロワールの神秘を暴く点では面白いのですが、高品質ワインのもつイデオロギー、ワインと権力との視点が欠けています。それでもフランス・ワインを知る上では基本となる文献です。

さて、温暖化の問題です。あるネットの記事 (https://gizmodo.com/something-strange-and-terrible-is-happening-to-frances-1766151410) によると、コロンビア大学とハーバード大学の研究者たちが、ここ400年のフランスとスイスでの早期収穫を調べたら、過去にも近年のように、異常なほどに早い収穫時期を迎えることが数年あったということです。

数世紀前、ピノ・ノワールやシャルドネといった、早く収穫される葡萄の「良好な」ヴィンテージワインは、共通して、ある特定の気候パターンから好影響を受けていました。つまり、涼しく、大変湿気の多い気候の後に、急激に暖かく乾燥した日が続くことです。この冷たい雨、そして暑い乾燥という伝統的パターンは今では完全に覆ってしまって、暑い季節が続き収穫が早まっています。このため、ワインの味がおちるだけでなく、葡萄そのものが育たなくなる危険があると、警告する研究者もいます。でも、たぶん、そういうことはないでしょう。温暖化に耐えるよう品種改良することや、栽培エリアの北上(南半球では南下になるのですかね)という対策研究が進められています。それでも今までのワインとは異なる味わいになるかもしれませんが、というのが記事の内容です。

そういった中、こうした楽観的な見方に釘を刺すような、ずばり『ワインがなくなる日』"Le jour où il n’y aura plus de vin"という本が出版されました。RVFでは、記事のサブ・タイトルに「フランスの葡萄の97%が病気だ」というショッキングな文言をつけています。
書き手は、三世代にわたって葡萄の苗木を扱い、栽培家に苗木に関わる問題を指摘しているLilian Berillon。彼は持続可能な葡萄栽培のため、2007年以来、病気と温暖化に対応した苗木の販売をしています。そして、ソルボンヌでブルゴーニュ史を専攻し、『フランス・ワイン地図Atlas des vins de France』 にも執筆している『モンド』紙のジャーナリストLaure Gasparotto、彼女はラングドックで葡萄栽培も行っています。この二人に加え、葡萄栽培家Eloi Durrbachも協力しています。彼はプロヴァンスのDomaine de Trevallon(vin de pays des Bouches-Du-Rhones)で、ビオディナミを行っています。RVFガイドでは二つ星のドメーヌですが、45-60ユーロと少々お高い。

さて、記事の内容です。・・・セパージュや生物相の多様性の喪失、樹木の病気、温暖化などがあいまって、フランス・ワインはきわめて良くない方向に向かっているという危機意識は栽培家や苗木屋、研究者などワインを扱う人々に共通しています。
この他の要因として、葡萄の樹の切断方法、土壌の質、ここ数十年以来続く植物衛生製品の過剰使用、苗木の質の低下などがあります。葡萄の危機の兆候は、2016年で、フランスではINAOや農業省も含め、官民一体で葡萄畑の衰退に取り組んでいます。試算では年間380万ヘクトリットルの減少に及ぶそうです。幸いにも今年は聞かれませんが、このところ続く春の雹と嵐による新芽の喪失もかなり影響していることと思います。
RVFとのインタビューで、Berillon氏は苗木についての正確な知識をもっていない同業者を批判しています。現在、コストを削減し、早くに生産できるスタイルが葡萄栽培でも基本になってしまっていて、これに応えようと多くの苗木業者はクローンの苗木を供給している。これが問題を起こしている。葡萄の病気はクローンの間で素早く広がりやすい。

今日フランスのブドウの97%が病気だ。おまけにこうしたひ弱な苗木は土壌にしっかり根ざさないので気候変動にも対応できない。おかげで、昔とは異なり、20年もすれば引っこ抜かざるをえなくなってしまう。苗木を買う葡萄栽培者で、苗木の由来を気にする人は少ないし、その苗木が土壌にマッチするかを気にかける人も少ない。栽培業者には、遺伝的な多様性を保持し、コンプランテーション(混合植え付け)を敢えて行うこと、先祖がやっていたことを再学習することを、素材そのものを正確に知ることを要求したい。今日では、接ぎ木や新しい苗木を作り上げる技術を正確に知っているものも、実は少ない。この問題についてのコンサルタントもいない。

また、苗木自体が高騰しているが、栽培家はそれに抵抗し、適正な価格になるようにしてもらいたい。ヨーロッパで適正価格の規制が必要だ。政府は、クローンの苗木の再栽培に、ヘクタールあたり8000から10000ユーロの補助金を出しているが、古来の希少種には何も手当がない。こうした姿勢も葡萄を消滅させる方向を進めている、というのがBerillon氏の主張です。

葡萄の苗木の問題は、RVF誌で時々、指摘されています。セパージュが多様性を失っていることも。ビオディナミは、葡萄の樹よりも土壌改善に取り組むということでは一つの対応策でしょうが、原因が複雑なので対応策も、それに応じて様々になるでしょうし、費用もかかりそうですね。ワインはますます高騰しそうです。 

がらりと話が変わりますが、高騰と言えば、昨年秋にClos de Tartが、ラトゥールのオーナーでもあるFrancois Pinault氏によって買収されました。モメサンからの買収ですが、フランス革命後も細分化されなかったブルゴーニュ最大のモノポール畑ですね。所有者としては四代目になります。 

価格は7,53 haに対して2億5千万から2億8千万ユーロ、ヘクタールあたり3500万ユーロ、45億円となります。坪152万くらいです。私が住んでいる小金井市は坪128万なので、それより高い!ミュジニーでは平米5億を超えるらしいので、とんでもない数字です。