連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.62 2016.08.06

不作のフランス・ワイン ドゥブリュドゥ氏訃報

 フランスの今春の不純天候は葡萄栽培にかなりの影響を与えています。RVF誌本体でも恒例のインタビューに続くトップ記事として大きく取りあげられ、それによると四月末の寒さの影響でロワールとブルゴーニュはかなりのダメージを受けています。シャブリなどは二度にわたって雹に見舞われました。シノンワイン組合代表のジャン=マルタン・ドゥトゥール氏は「アペラシオンの50%が影響をうけ、私自身のドメーヌ、ボードゥリイ・ドゥトゥール(Baudry-Dutour)は根こそぎやられた。ラブレーもおそらく涙しているだろう」と語っています。
フランスでワインを語るときは、常に文化、とくにいわゆる人文教養がついて回ります。バカロレア(大学入学資格試験)のせいでもあるのでしょうか。「涙しているラブレー」とは、『パンタグリュエル』『ガルガンチュア』で有名なシノン生まれのフランスの文学者フランソワ・ラブレー(1483?-1533)のことです。この書はスカトロジーに満ちていますが、グルメ本の要素もあり、ワインの話もでてきます。そう言えば、帝国ホテルの食材ショップがガルガンチュアという名でした。ロワールの生産者シャルル・ジョゲのシレーヌのエチケットにはラブレーが描かれています。同じロワールの生産者、かのニコラ・ジョリーの本にもシュタイナーやビオ・ディナミ関連の引用だけでなく、ドイツの文豪ゲーテ(1749-1832)の言葉がちりばめられています。ゲーテは作家でもありましたが、政治家でもあり、自然哲学者でもありました。ニュートン流の近代物理学の特徴である要素主義的な側面―物事や現象を分解(分析)して、要素に分け、それを再構成するプロセスで法則やメカニズムを明らかにする考え―に反対し、全体論的な見方を採用し、自然を有機体と見なします。実はR.シュタイナーは若き頃、「ゲーテの自然観の認識論」という論文を書き、ゲーテ全集の自然科学に関する巻の編集をし、序文も書いています。人文教養にも関連する自然についての考え方がビオ・ディナミにも息づいています。一方、私たちがワインを語るとき、あるいはむしろ日本酒を語るとき、文化や古典素養となかなかつながらない―自ら酒壺になりたいと歌った大伴旅人、味噌でつつましやかに酒を楽しむ『徒然草』(215段)、太郎冠者と次郎冠者がなんとかして留守の間に主人の酒を飲もうとする能や歌舞伎の『棒しばり』などが語られることがめったにないのは、少し寂しい・・。
 それはともあれ、ロワールとブルゴーニュ、シャンパーニュでは4月26日と27日夜にきわめて激しい雹に見舞われ。ロワールでは80%以上の区域が、ブルゴーニュでは6,680haの葡萄畑が被害に。それ以前の13日はマコン地区で1,500haが、また5月13日と23日は、シャブリの2000haが雹の被害に遭いました。(この記事の写真では、シャブリで夜間に雹に対して暖房の明かりが輝いている様子が映っています。)ボジョレーの被害も伝えられ、5月27日と6月24日の雹で相当数のドメーヌが打撃をうけ、苗木育成所や醸造所などにも被害が及んでいます。またロワールなどでは、ワイン生産停止に追い込まれるところもありそうで、一億ユーロの損失も見込まれます。
 ブルゴーニュは近年、雹の被害が続き(2010、2012、2013年)、ポマールは去年もやられました。そのため気候に関わる保険も値があがり、栽培農家は二重の苦しみです。ある栽培家は「2004年の三倍にもなった」と訴えています。
 さらに追い打ちをかけるようなニュースが次々と。
 まずシャンパーニュでは、春先の雹と雷雨で、新芽の14%が完全に破壊され、ここ20年平均の三倍もの雨量でした。そのため葡萄を攻撃するキノコの増殖が目立ち、質に関しても、なによりも量に関しては、きわめて不作になる見込みです。2016年の収穫については1haあたり10,800キロとし、そのうちの1,100キロはリザーブ用にとっておくと、ネゴシアンと栽培家が合意したそうです。
 と、するうちに他地域でも被害が。7月22日にコニャック地方を激しい雹の嵐がみまい、1,500ha、葡萄畑の2%、そのうち500haでは畑の80%が破壊されました。30分におよぶ雹によって、とりわけグランド・シャンパーニュ種の被害が顕著です。実はコニャック地方をおそった雹は、今年に入って二度目。5月27日には、葡萄畑の7%にあたる5,500haが被害をうけ、そのうちの3,000haでは80%におよぶ被害。このときは、プティ・シャンパーニュ種がやられました。ローヌの被害報告もあります。5月と6月末の雹被害で3,000haで、3,000万ユーロ
 こうした事情で、2015年比8%減の生産量になりそうとの見込みがフランス農業省から7月22日に発表されました。2015年が4,780万ヘクトリットルに対し、2016年は4,400万ヘクトリットルになるとのこと。 ここ5年の平均が4,610万ヘクトリットルでしたので、それに対しても4%減。上に挙げた地域に関しては、シャンパーニュではオーブ地区を中心に4,600haで、ブルゴーニュではコート・ドゥ・ボーヌ、コート・シャロネーズ、ヨンヌを中心に10,000haで、ロワールは地域により10-15%減。
 ボルドーは比較的順調のようで、ただベト病の危惧。ラングドック=ルーションは昨年比1%減ですが、こちらもだいたい順調。アルザスでもベト病が見られますが、ボルドー同様微減ですみそう。プロヴァンスは大きな問題はないようです。いずれにしても、今年初めての評価なので、この先の天候次第で、いくらでも(とは言い過ぎかもしれませんが)変わる可能性がありますので、悲観的にならないほうがいいとは思いますが、栽培者は大変でしょうね。よくコラムで書いていますが、こうしたことが起こるとどんどん寡占化がすすみ、個性あるドメーヌが減っていくのではないか、と心配です。
 話題が変わりますが、ドゥニ・ドゥブリュドゥ氏が亡くなりました。67歳というのですから今では若死にです。いろいろとエピソードはありますが、ステファーヌ・ドゥルゥノンクール、エリック・ボワスノ、ミシェル・ロランともども4人のflying winemakerとしてRVF誌上で会談をした2014年の現代ボルドーについての記事もその一つです。(La Revue du vin de France No 581 mars 2014) ―現在のボルドーで批判される数々のことが、じつは昔から言われてきた。例えば、エミール・ペイノーの時代でもボルドーがすべて似通った味がしていると批判されていた。でも今飲むと、それぞれまったく異なる。ワインは社会の産物なので、社会が変化すれば食事やニーズなども変わるから、ワインも変わるものだ。アルコール度の高さは過去にもあり、多くは気候のせいだ。エノローグとしての技術は前の世代とそれほど変わっていない。変わったのは熟成し、健康な葡萄を短期間で収穫するようになったことで、70年代は収穫時期は早かったし、三週間もかかった。革命は葡萄栽培にある。とくに熟成の見極めが大切である。食用とワイン用は異なる基準である。おなじみの話も出てきます。青ピーマン香はボルドーの特徴ではなく、未熟なカベルネに由来するメトキシピラジンによる欠陥である。パーカーの悪口も。彼のすすめる過熟成で樽臭プンプンのサンテミリオンは一杯も飲めない。ドゥブリュドゥ氏自身、パーカーと話をしたとき「酸味が嫌い、ミルクをよく飲む家族だったらしい」と発言し、これには腹を抱えて笑いました。私のコラムの最後に似た言葉をドゥルゥノンクールが言っています―悲劇的なシナリオをえがくと、一つは、過度な濃縮ワインが好まれ、それを産出しない弱小農家は縮小し、大規模なグループに買い取られ、小さな伝統農家がなくなる、と。
 ともあれご冥福をお祈りします。