連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.52 2015.10.12

再び巡礼のワイン

 第35回に「巡礼のワイン」というお話をしました。フランスからスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼街道のお話でした。その続きです。
 もともと宗教には、聖地への巡礼という行為はつきもののようです。江戸時代に盛んだった伊勢参りや富士講も観光気分は多いとはいえ、伊勢神宮や富士山という聖地への巡礼だったのでしょう。聖地は一カ所とは限りません。西国33カ所めぐりのお遍路さんはそれに入るでしょうか。現在では巡礼のバスがあるようですね。徒歩だけで行くのも困難、しかも「ローカル路線バスの旅」ではないですが、やたらにローカルバスは廃止されている結果、そうなってきたようです。自家用車でめぐってみても、さすがにお遍路とは言い難いでしょう。バスを使いながらも、ちゃんと徒歩で歩く行程は確保されているようです
 巡礼という言葉は、フランス語では pélerinage(ペレリナージュ)と言います。辞書を引くと aller en périnage à Lourdes (ルルドに巡礼する)という用例が出ています。ルルドは、フランスとスペインの国教となるピレネー山脈の麓にあります。1858年にベルナデットという少女が聖母マリアを複数回見かけ、しかもそこの洞窟に湧きでる水が、不治の病を治した奇跡の水であることが評判を呼んで、カトリック教会認定の聖地となっています。フランスでは最も有名でしょう。今風に言うと、強力なパワースポットです。一方、英語で巡礼はpilgrimage。フランス語 と同系列の言葉です。Pilgrim Fathers(ピルグリム・ファーザーズ)と言えば、1620年にメイ・フラワー号ではじめてアメリカに居を定めたピューリタン(新教徒)の一団ですが、この場合は、巡礼と言うよりも入植(者)といった意味合いでしょう。もっとも、ワイン好きには、例えばボルドーやブルゴーニュが聖地で、ワインが聖水でしょうが・・・。
 ルルドと並んで、最も有名な巡礼が、世界遺産ともなっているサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼で、フランス側からいうと、ピレネー山脈を越えるのがメイン・ストリートです。
 ワインの区画としては南西地区にあたり、ジュランソンやイルーレギー、またアルマニャックも街道筋界隈にあります。スペインのナバーラ州にあるロンスヴォー修道院では、11世紀に葡萄を植え、巡礼者にワインを振る舞っていたそうです。ロンスヴォーという場所はフランス中世の叙事詩「ロランの歌」で有名で、街道は中世ロマネスク建築のメッカでもあります。今月のRVFでは、イルーレギーで中世の伝統を守っている畑とワインの作り手を紹介しています。この話題はフィガロ紙でも取りあげられています。
 イルーレギーの葡萄は、カベルネ・フランとカベルネ・ソーヴィニョン(赤)とおなじみなもの、タナ(赤)とクルビュとマンサン(白)というあまり見慣れないものがあります。そのなかでサン・エチエンヌ・バイゴリーにある共同組合に参加しているオリヴィエ・マルタン(Olivier Martin)は4.5ヘクタールの畑でビオ栽培をして、中世の伝統を守っており、アキテーヌ地域圏では山岳地帯の階段状の畑で、唯一手摘みを行っている栽培家です。組合は135ヘクタールを有し、41の生産者をまとめ、70万本を供出しています。
 イルーレギーは20世紀初めフィロキセラで壊滅的な打撃をうけます。一握りの栽培家がまた葡萄を植え始め、オリヴィエ氏の祖父もその一員でした。その作業はたいへんだった、と。組合ができたのは1980年代。ワイン価格は、6ユーロから高級品で25ユーロ。彼らにとってはうれしい価格だったようです。
 レストランでもよく出されて評価の高いDomaine Arretxea(アレチェアと読むそうです)は高度400メートルで、同じく最近ではビオディナミを行っています。ここはRVF誌のガイドブックでは一つ星で、運営はミシェルとテレーズ夫婦、その夫婦の姓(家族名)がRiouspeyrous―なんと読むのでしょう。リウスペイルーでしょうか。バスク地方は文化も言語も独自なので、難しいです。Domaine Ilarriaもイルーレギーで著名なドメーヌです。こちらもバスクの名前なのでしょう。少しスペイン風のペイオ・エスピル(Peio Espil)が運営し、ドメーヌ自体は何世紀にもわたり受け継がれる家族経営です。
 この二つのドメーヌがRVFのガイドでは一つ星(二つ星以上はありません)で、価格は上記のように、11から26ユーロとお手軽です。個人的には白ワインの方が、地域の個性を知るためにはいいかと思います。けっこうしっかりしており、時にエキゾチックな香りが好ましく、ものによっては、20年はもつものもあります。バスク料理は最近、日本でもお店がありますが、干し鱈、豆、羊や牛肉の煮込み、そしてなによりもバイヨンヌの生ハムが有名で、国際的にも評価が高くなっています。ワインも同様で、評価が上がってきて、RVF誌でしばしば取りあげられます。個人的な感想ですが、エキゾチックな香りと味わいは、中華料理―とくに広東料理にも合いそうです。