連載コラム

連載コラム:伊東道生の『<頭>で飲むワイン 』 Vol.20 2012.12.12

不作の年

 今年2012年は、葡萄の不作年でした。Revue du vin de Franceによると、乾燥、低温、霰のため半世紀ぶりの不作で、ワインの生産はEU全体で、昨年比10%ダウンの1億4千400万ヘクトリットルになるということです。南は乾燥、ブルゴーニュでは、低温でシャルドネに大きな影響。世界全体でもダウンの見込みです。
 シャンパーニュも例外ではなく、2002年からビオディナミを行っているLarmandierでは、6月と7月の記録的大雨で結実不良がおき、さらに、ベト病発生で、ビオ農法に限界を感じているそうです。2012年はシャンパーニュ全体で20%減、Avizeは、比較的ましなほうでしたが、Cramantでは、耕地の50%に影響ということで、1997年と似た状況になっているようです。もちろんカーヴには、リザーブワインはありますとのコメントが追加されていますが、不作が続くと、大変そうです。
 アルゼンチンでも24%の落ち込み。アメリカでは2年続きの不作で、ワイン不足が起きているとか。しかも現在、アメリカのワイン消費量は、年間9リットル。それが、2025年には13,5リットルに上昇する可能性もあるうえ、2015年までには、中国がアメリカを抜き世界最大のワイン消費国となるという予想もでています。その代わりにというか、中国国内での生産量を、フランスの半分程度まで増産する計画もあるらしい、とのことです。自社畑の葡萄のみ使用というドメーヌなども打撃を受けるでしょうし、葡萄の買い付けが価格競争になりかねないかもしれません。もし、そうなってしまうと、恐ろしい中国資本が・・・。

 マカオのカジノ、Ng Chi Sing Louis(SJM Holding)が、ブルゴーニュのChâteau de Gevrey-Chambertinを購入したことが先頃報じられました。価格は800万ユーロ。地元グループでは、500万ユーロしか用意できなくて、13世紀に立てられた由緒ある建物とその畑が、中国人の手に渡るというので、震撼としているとか。これに続いて、はじめてボルドーで、Château Bellefont-BelcierをWangという45歳の中国人が購入しました。このシャトーは、Saint-ÉmilionのGrand Cruです。13haの広さで、年間5万本を産出、ワインの価格もリーズナブルとの評判です。これからも中国資本の介入が続くのでしょうか。かつてロマネ・コンティの経営不振に、高島屋が関わろうとした際に、フランス国内で起こったブーイングで、結局取りやめになった時とは、隔世の感があります。

 そんな不作の年ではあっても、ブルゴーニュ恒例の、11月のオスピス・ド・ボーヌHospices de Beauneの競売は、サルコジ元大統領夫人のCarla Bruni-Sarkozy を司会に迎えたからか、どうかはともかくも、5900万ユーロの売り上げと、史上2番目の好結果。Igor Iankovskyiというウクライナの大金持ちが、270000ユーロをはたいてコルトンを購入。ここにはまだ中国資本が入ってきていないのかな。以下、高価格ベスト3です。

1- CORTON GRAND CRU
Cuvée Charlotte Dumay (350 litres) 価格 270.000ユーロ
買い手 Igor Iankovskyi  ネゴシアン Albert Bichotを介して
2- CLOS DE LA ROCHE GRAND CRU
Cuvée Georges Kritter 価格 71.690 ユーロ、買い手は、ヨーロッパの愛好家!!
3- BÂTARD-MONTRACHET GRAND CRU
Cuvée Dames de Flandres 価格 59.920 ユーロ
買い手は、Maison Michel Picard

5位になっているBÂTARD-MONTRACHETには、買い手にアジア人愛好家、6位と7位のCLOS DE LA ROCHE も、ヨーロッパの愛好家と記されています。へえーという感じです。

 ところで、Pol Roger の第五代目Hubert de Billyによると、シャンパーニュではネゴシアンが栽培家と一緒に働き、少なくとも戦前までは、ネゴシアンがすべての仕事をしていたそうです。Pol Roger自体も、60年代までは自社畑はもっていなかったのが、父の代になってから自社畑をもち、今では89ha、生産の50%をまかなっている状態です。Maurice Pol-Rogerの言葉にこういうのがあるそうです。「葡萄は栽培家のもの、ワインはネゴシアンのもの » La vigne aux vigneron,le vin aux négociants »」。ボルドーではシャトー元詰め、シャンパーニュでは自社畑主義が、盛んになってきて表舞台から後退しているように見えますが、不作の年になると、ネゴシアンの役割が見直されるようになるかもしれません。

 フランスでは、最近、 “droits de plantation”という文句が眼につきます。あえて訳せば、「植え付けの権利」でしょうか。AOC法で縛られ、やたらめったらに行なわないように葡萄の栽培に制限があるのは、一面では品質保証になりますが、一方で、農業をする自由=権利は誰にでもあり、葡萄栽培に関しても同じ事がいえます。とくに不作が続いたり、地球温暖化などの影響があったりで、気象条件がかなり変化していくなかで、従来通りには、なかなかいかなくなりそうです。

 最後に宣伝です。立花峰夫さんと共著で、『ワイナート』で連載をはじめました。テーマは「ワインと美学」です。第四回目のコラムで、芸術とワインの話を少し書きましたが、その本格版?です。