連載コラム

葉山考太郎の「新痛快ワイン辞典」 Vol.14 2018_11_16

葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「ナ」「二」で始まる語をお届けします。

【見出し語について】
(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー
(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー
(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート



■な■

ななじゅういちねんめのめざめ(71年目の目覚め)
酒、競馬、ノーベル文学賞と「飲む、打つ、書く」のチャーチルがシャンパーニュに目覚めた年齢(71才)。第二次世界大戦を祝うパリの英国大使館での晩餐会で、チャーチルはポル・ロジェ未亡人に同社のシャンパーニュを勧められた。夫人の色っぽさも影響して瞬時にハマり、その場で数千本をオーダーする。ポル・ロジェ社は看板シャンパーニュに「サー・ウィンストン・チャーチル」と名付け、チャーチルは自分の競走馬に「ポル・ロジェ」と命名。年を取ってから酒と女に入れ揚げると怖い。「巡洋艦のような鉄の宰相」が、「公園のアヒルボート」になってしまった。

ナポレオンのこうぶつ(ナポレオンの好物)
フランス政府広報部的には、ブルゴーニュの王者、「シャンベルタン」。実際のナポレオンの大好物は、パルメジャーノを振りかけたマカロニ、鶏肉、水で割ったシャンベルタンだったそう。典型的な味オンチとのこと。ワインなら何でも良かったのだろう。コルシカ島の貧乏な家庭に生まれたせいか、フランス人のくせに、美食に興味を示さず、女も妻のジョセフィーヌを持て余していたそう。

なまざけ(生酒)
搾ってから熱処理をしていない日本酒。再発酵しないよう、マイクロ・フィルターで濾過する。デリケートな味わいがあり、フィルター嫌いのロバート・パーカーに飲ませると面白いかも。なお、「生貯蔵酒」は生酒状態で貯蔵し、出荷直前に火を入れ、「生詰酒」は火を入れて貯蔵し、出荷のときはそのまま。どちらも一回火入れしているが、字面から「熱処理」は想像できず、逆に高級感を出しているところがウマい。この2つも生酒と呼ぶ場合があるので、まぎらわしい。(関連項目:日本酒のパーカー銘柄)

『なんとなくクリスタル』
2000年、長野知事選挙に当選した作家・田中康夫が一ツ橋大学在学中に書いた出世作。女性月刊誌みたいにブランド品やおしゃれな店が満載で、各々に注釈がつくため、しょっちゅう巻末をめくる必要あり。大逆転で知事に当選した直後、輸入業者の倉庫やワイン・ショップからクリスタルだけがなくなる異常事態が発生。もちろん、この小説に関連した需要だ。同小説は韓国でも『オチョンジ・クリスタル』の題で翻訳出版された。


■に■

にしあざぶ(西麻布)
お忍びで東京のワイン・バーに行く場合、最適の場所。渋谷は暴徒とティッシュ配りで溢れた「戒厳令下の街」だし、新宿は貧乏学生用の居酒屋と博徒のイメージがあって情緒がない。六本木は怪しい外人が跋扈しているし、銀座は大混雑で席が空いてない。その点、西麻布は、交通手段が少なくて辺鄙だし、街の照明が薄暗く、ヘンな奴は来ない。妖しく怪しいワイン・バーが多く、お忍びのカップルにはぴったり。

にせもの(偽物)
商品の知名度、高級感に比例して世に出回る物。時計の偽物はロレックスが圧倒的に多く、ブランド品はルイ・ヴィトン、次いでシャネル。絵画は、雪舟、棟方志功。ワインはペトリュスとロマネ・コンティが圧倒的。コルクが短くて澱がなく、色の薄いペトリュスやロマネ・コンティは要注意。中国産の偽ロマネ・コンティを見たことがあるが、ラベルが銀色と金色で、「vin blanc」と書いてあり、アペラシオンはラングドック。ロートシルト家の「五本の矢の紋章」も印刷してあり、何でもありの「鍋焼きうどん」状態。本物を見て作るのが「偽物道」の仁義なのに、本物を見ずに作った「勇気」にビックリする。

にせんねんボトル(2000年ボトル)
ゼロが3つ並んだ珍しい年。ラベルに印刷されて「2000」を見ると、1998年や2015年に比べ、緊張感がなく、書類記入例の「山田一郎」みたいに、スッキリしすぎて間が抜けて見える。

にほんしゅどとさんど(日本酒度と酸度)
清酒の専門店に行くと、1瓶ずつに表記してある数字。例えば、「日+3.6、酸1.7」と書いてあり、「日」は甘辛口を示す日本酒度の略。元は比重を表したもので、糖度が多いと比重が大きくなり、日本酒度がマイナスになる。酸度と相関関係があり、あくまで目安だけど、日本酒度が+で酸度が1.5以上はモンラッシェみたいにフルボディの辛口(高級酒はほとんどこれ)、日本酒度が-で酸度が1.3以下は、すっきりした辛口。日本酒度+、酸度1.5超はドッシリ甘口、日本酒度-、酸度1.3下はスッキリ甘口。私のワイン評価は、ネチネチと超辛口……。

にほんしゅのこうこく(日本酒の広告)
昔から、ネタに詰まったテレビ広告マンが使うのが「子供、動物、外国人」。でも、日本酒のCMに外人は出ない。アメリカ人に「トテモウマい酒ダヨ」と言われると、甘くてベタベタでマズそうと思われるせいだろう。逆に、必ず外人を使うのが女性用下着の昔のコマーシャル。日本人の女性を使うと、ポルノ・ビデオ風になり、妙な色気が出るためだったらしいが、今では日本人のモデルさんがほとんど。1969年(人類初の月面着地した年)、丸善石油(今のコスモ石油)のテレビCMで、小川ローザのミニスカートが風で少しまくれてパンティーを1cmだけ見せたCMがあり、高校生だった私はドキドキしながら見ていた。当時を思うと、時代と体形と感覚の進歩を感じる。

にほんやっきょくほうぶどうしゅ(日本薬局方ブドウ酒)
健康保険が(多分)きくワインで、分類上は第3類医薬品。ネットで検索すると、中北薬品の500mlの物(価格は1,500円前後)しかヒットしない。効能は、「疲れやすい、食欲がない、眠れない」に効くそう。「日本薬局方」とは、医薬品の規格基準書らしいが、最も重要なブドウの品種が書いてないのはなぜ?

にれんしょう(二連勝)
トゥール・ダルジャンのソムリエ、石田博さんの快挙。1998年11月12日、新高輪プリンスホテルで開かれた第10回フランスワイン・スピリッツ全国ソムリエ最高技能賞コンクールと、翌日、同じ場所で開催された第2回全日本最優秀ソムリエ・コンクールで一位になった。二日連続でソムリエ・コンクールに優勝するのは、二回連続でホールインワンを記録するより遥かに大変な偉業。二日目の「第2回全日本最優秀ソムリエ・コンクール」では、今では当たり前の英語か仏語による課題が出題され、「外国語ができないと日本のソムリエ選手権では優勝できない」との不文律ができた画期的な大会となる。

にんか(忍歌)
忍者の心得を覚えやすいように和歌の形式にしたもの。例えば「窃忍(にんじゃ)には習ひの道は多けれど、先(まず)第一は敵に近づけ」。これは、忍者道だけでなく、ワイン道でも同じ。本ばかり読まず、ワイン・ショップでボトルをベタベタ触ったり、安いワインをグビグビ飲めということ。

『にんきものでいこう』(人気者で行こう)
2001年まで続いたテレビ朝日の人気バラエティー番組。あのル・パンと、5,000円のワイン(多分、カリフォルニア産)を目隠しで当てる趣向により、ワイン愛好家に人気の『芸能人格付けチェック』の前身となった番組。ワインだけでなく、楽器、料理、演奏などの超一流品と、価格が100分の1以下の普及品と並べ、芸能人に目隠しで当てさせる。ワインに詳しくない視聴者は、5,000円のカリフォルニアの赤と、200倍も高価な100万円のル・パンを比較試飲すれば間違わないと思うところがポイント。ワイン通の川島なお美(2015年没)をはじめ、ワイン通ほど魅入られたようにハズした。ハズすのは当たり前で、今ではマニア垂涎の超高級カルトの赤ワイン、カレラ・ジェンセンは、リリース当時、アメリカで12ドル前後だった。価格と品質は比例しない。安い方のヒッカケ・ワインは、悪意をもって高級ワインのそっくりさんを選ぶので、ワイン通ほど簡単に間違える。「ワイン通が間違える5,000円のワイン」の名前を知りたいと思うのは私だけではないはず。

にんぽうかわりみのじゅつ(忍法「変わり身の術」)
例えば、パヴィヨン・ルージュを彼女にプレゼントしながら「ほら、シャトー・マルゴーだよ。ここにそう書いてあるだろう」とか、DRCのエシェゾーを渡しながら「ロマネ・コンティって印刷してあるよね」と巧妙に誤解させること。彼女がワインのことをよく知らない場合、相手は大感激してくれるが、知っていれば一発でバレて顔面パンチを食らう。(関連項目:パヴィヨン・ルージュ・ド・シャトー・マルゴー)

にんぽうのみにげのじゅつ(忍法「飲み逃げの術」)
高級ワインをダシに女子と仲良くなろうと下心満載で目論んだのに、「おいしかったわ。ごちそうさま」と逃げられること。男性側が最も注意すべき秘術。これに対抗できる術はない。「ディナーの席上で、彼女の話題がワインだけ」「彼女が沈黙して、窓からジッと東京タワーを見ている」等の兆候があり、面白い話しをしても、男性側の身体を軽くひっぱたかないなど、一切自分に触れてこない場合、間違いなくこの術にかかっている。ムキになってロマネ・コンティ1988年をぶつけても火にガソリンを注ぐだけ。相手は役者が違うと諦めよう。